第4話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。黄色いちょうちょ――』




 ん~~。



 ラブが大きく伸びをする。ほどいた髪が、蛍光灯の光を浴びて金色に輝く。
 すでにお風呂も入り終えていて、ピンクと赤の可愛らしいパジャマが並ぶ。

 ラブの部屋。夕ご飯後の恒例お勉強タイム。
 机の上には終えたばかりの問題集と、教科書や辞書が山のように積み上げられている。

 ただ宿題をするだけ。でも、その意味をちゃんと理解するまで、せつなは関連問題を出し続ける。
「せつな厳しいよ~」と愚痴がこぼれることもしばしばあった。


「やっと終わったよ。ありがとう、せつな」
「どういたしまして。おつかれさま、ラブ」

「さぁ~、今夜はパジャマパーティーだね」
「今夜も、でしょ。パーティーと言っても二人きりじゃない」

「せつなは、楽しくないの?」
「そりゃあ……とても楽しいわ」


 恥ずかしがって横を向くせつなを、ラブは嬉しそうに見つめた。

 せつなが帰ってきて以来、前にもまして共に過ごす時間を大切にするようになった。
 パジャマパーティーと称して、一緒に眠ることが増えた。表向きは遅くまで勉強するためだ。
 少しでも遊ぶ時間を確保しようと集中するためか、あるいはせつなの教え方がいいからなのか、ラブの成績も目に見えて上がってきていた。







帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。黄色いちょうちょ――』







 今夜の遊びはトランプ。これも最近のお気に入りだった。
 相手の表情を探りながら手の内を読む。手札を操り駆け引きを行う。
 自然と見つめあう時間は増える。お互いの色んな表情や感情を感じ取れる。


“ババ抜き”

「参りました――グタッ」
「ラブは顔に出すぎなのよ」


“神経衰弱”

「ほとんど取れなかった……」
「ラブってば、自分でめくったのすら全然覚えてないんだもの」


“ポーカー”

「やったね! フルハウス」
「ストレートフラッシュよ」
「…………せつな、容赦ないよ」
「何言ってるの。手加減する方が失礼でしょ」

「でも、せつなのトランプさばきって凄いね」
「そうかしら。まあ一応、占い師だったもの」


 解説つきで実演してもらう。
 ヒンズーに、オーバーハンドに、リフルシャッフル。切る手が早すぎて、指の動きがまるでわからない。
 真似しようとして、バラバラと落としてしまった。


「あちゃ~。できないよ、せつなぁ……」
「いきなり早さを求めてはダメよ。丁寧に、正確に、早さは自然についてくるものよ」


 せつながラブの背中に回って手を取った。上から握るようにして、カードの切り方を教える。
 急な出来事にラブはどきまぎしてしまう。ラブからせつなに抱きつくことはあっても、その逆は初めてかもしれない。

(せつなの指、すごく細いな。しなやかだな。サラサラした髪があたしの頬を滑る。なんだか気持ちがいいな)

 おかあさん以外の人に抱きしめられるのはいつ以来だろう。体にかかる力を感じながら幸せな気持ちに浸る。


「もうっ、ラブったら。手が全然動いてないじゃない。やる気あるの?」
「ごめ~ん、せつな。ちょっと考え事しちゃって。ちゃんとやるよ」

「そう。でももう遅いわ、また今度にしましょう」


 せつなはちょっと心配そうにラブの顔を覗き込む。大丈夫そうだと確認すると、優しく微笑んだ。


「さあ、もう寝ましょう。明日も学校あるのよ」
「うん、そうだね。おやすみ、せつな」
「おやすみなさい、ラブ」


 枕は持参してある。一緒に布団に潜り込む。ラブが先で、せつなが後から。逆だと、ラブが寝返りを打ってベッドから落ちてしまうことがあるからだ。
 二人で眠るには少し小さめの畳のベッド。自然に体はくっつきあう。
 せつなはラブの体温を感じながら、幸せな気持ちで目を閉じた。





 もぞ。もぞ。もぞもぞ。

 寝返りを打とうとしたラブの指が、せつなのわき腹をかすめた。
 ビクン! とせつなの体が硬直して目を覚ます。


「きゃあ! なにっ、ラブ!?」
「あ、ごめん。なんかもったいなくて眠れなくて、起こしちゃったね」

「もう、ウトウトしてたからびっくりしたじゃない」
「だって、目が冴えて眠れないんだもの……。何かお話ししてよ、せつなぁ」

「ええっ? 私、お話なんて知らないわ」
「なんでもいいから。今日あったことで、あたしが知らないこととかでも」


 じゃあ、とせつなが話し始める。
 それは、今日のお昼休み。ラブがクラス委員の仕事でいなかった時間のこと。


「あの時、私は校庭で花壇を見ていたの。色んな種類のお花が咲いていて、とても綺麗だったわ」
「そっか。せつなはお水あげたりしてたよね。そう言えばラビリンスではお花とかなかったの?」

「昔は――咲いていたのかもしれないわね。でも、私は見たことがないわ」
「あたしたちがラビリンスに行った時も見なかったね」

「そうね。でも今は異世界から適性のある植物や動物を探して、栽培、繁殖させようって計画もあるのよ」


 話がそれちゃったわね、と言ってせつなは続けた。少し低くて優しい声が、薄明かりの部屋に心地よく響く。


「それでね、花壇のお花が突然動いたの。よく見るとね、黄色いちょうちょだったの。
 ひら、ひら、ひらって不思議な飛び方だったわ。
 まるで木の葉が空に向かって落ちていくみたいにね。
 そしたらね、もう一枚……じゃなくて、もう一匹ちょうちょが飛んできて、一緒に舞いはじめたの。
 じゃれあうみたいにくるくる位置を入れ替えて、まるで空でダンスを踊ってるみたいに見えたわ。
 お花みたいに綺麗なちょうちょ。空を飛べるのにまるで目的がないみたい。
 とても自由で楽しそうで――そして、幸せそうだったわ」





「ねえ、ラブ。聞いてるの?」

「すぅ~~」
「もう……自分だけ先に寝ちゃって」


 せつなは、布団から出たラブの腕を優しく中にしまいこんだ。


「おやすみなさい。ラブ」


 愛らしい寝顔を見つめてそっと囁やく。
 そして、静かな寝息を子守唄に聴きながら、緩やかな眠りへと落ちていった。

 今夜は同じ夢を見られるかもしれない。そう、願いながら。
最終更新:2013年02月17日 08:14