第5話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーで遊園地――』
たくさんの人が波を作る。
波は大きな流れとなって人々を誘う。
大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。ラビリンスでは馴染んだ光景。
違うのは表情。そして、繋がり。
家族、友達、恋人同士。
笑顔と興奮と感動。
そこにある――幸せ。
「どうしたの、せつな。驚いちゃった? 休日の遊園地だもの、このくらい当然よ」
「もし、調子悪いなら言ってね。色々お薬もあるから」
「ごめんなさい、平気よ。みんな楽しそうね」
心配そうな美希とブッキーに笑顔を返す。せつなにとって初めての遊園地だった。
「お待たせ! チケット買ってきたよ。今日は一日フリーパスなんだから」
「そうこなくっちゃ!」
「うん、楽しみ!」
「私もたくさん乗ってみたいわ」
せつなは期待に胸を膨らませる。それは、幾度か経験のあるラブたちも同じ。
せつなと乗れる。せつなと遊べる。新鮮な喜びを分かち合える。それが何より楽しみだった。
入場門をくぐる。
一歩先はおとぎの国。人を楽しませるためだけに存在する空間。幸せの集う場所。
「さあ、行こう!」
ラブにつられるように、四人はいっせいに駆け出した。
『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーで遊園地――』
「私、あれに乗ってみたい!」
せつなが指さしたのはメリーゴーランド。
優しい光と、楽しい音楽。可愛い動物達に乗って回転に身をまかせる。誰に振ったかわからない手を見つけて、せつなは手を振り返した。
「とほほ、この歳で乗ることになるなんて」
「まあまあ、このポニー、家で預かってる子にお鼻が似てるし」
「知らないわよ、そんなの」
「恥ずかしくないよ、美希たん。あたしは今でも好きだよ」
次はコーヒーカップ。
緩やかな螺旋を描きつつ、高速で回転する。――いや、高速なのは一重にラブのせいだ。
せつなは平然と、美希と祈里は抱きあって悲鳴を上げていた。
「いっくよ~」
「ちょっと、ラブ、早すぎよ!」
「ラブちゃん目が回る」
「複雑な動きね。サイクロイド曲線になっているのね」
「だから……知らないわよ」
そして……観覧車で休憩。
コトコトコト、ゆっくりと上昇していく。室内は冷房が効いていて快適だ。
ラブは案内図を見ながらせつなとコースを確認する。美希と祈里は……。
「う~~気持ち悪い。酔った……」
「はい、美希ちゃん。乗り物酔いのお薬、先に飲んでおけばよかったね」
そう言う祈里も、青い顔をしながら薬を飲み込んだ。
そして、ジェットコースター! 最近リニューアルされた目玉アトラクションだ。
ゴンゴンゴン。ゆっくりした上昇から一気に急降下する。自由落下に迫る下降速度は、人体の感覚を狂わせ混乱に陥れる。
水平回転、宙返り、垂直ループ。バンク角度と高低差がついた急カーブ。次々に襲いかかる恐怖に乗客は絶叫する。
「「「きゃぁぁぁぁぁ!!!」」」
みんなも叫んだ。ラブは笑顔で、美希とブッキーは目を閉じて。
せつなはそんな様子を、不思議そうに見ていた。
「どうしたの、せつな? 楽しくなかった?」
「楽しくないわよ、アタシは死ぬかと思った」
「うん、怖かったよ~~」
「どうして……。――ううん、なんでもない」
乗り物は疲れたので、お化け屋敷に入ることにした。
このお化け屋敷は、本格派と評判も高い。
ラブはせつなと。美希は祈里とそれぞれペアを組んだ。
「きゃぁぁ! せつな、あれ! あれ!」
「落ち着いて、作り物よ。そっちはただの水蒸気よ」
「いゃぁぁぁぁぁ!」
「大丈夫よ、美希ちゃん。この子たちは可愛いよ」
なんとか出口にたどり着いた。
「なんか色々疲れた……」
「わたしは楽しかった!」
「あたしもすっごく楽しい。せつなは? あれ……せつな?」
「ねえ、ラブ。どうして……わざわざ恐怖を与えるような物を作るのかしら。ジェットコースターにしてもそう。スピード感を楽しみたいにしては、度が過ぎていたわ」
不満、と言うほどでもない。ただ、何か釈然としないとせつなは語った。
実際、出口から出てくる子供たちの中には、恐怖で泣いている子も少なくなかった。
そして、そんなものほど人気が高いのも納得がいかなかった。
「えっと、なんて言うんだろう? 怖いから楽しいというか」
「叫ぶのが気持ちいいのかな?」
「勇気を試すのよ……多分」
ラブたちの説明も、どれも満足のいくものではなかった。
(この世界で育っていない私には、理解できないのかもしれない)
なんとなく寂しい気持ちになる。
「えーん、えーん。おにいちゃん。ぱぱ~、まま~」
小さな女の子が泣いていた。迷子らしい。ラブたちは駆け寄った。
「どうしたの?」
ラブはしゃがんで事情を尋ねる。祈里はハンカチを取り出して涙を拭う。
美希は係員を呼びに走った。
手際のよい行動に、せつなは目を丸くする。自分は何もできなかった。
少し考えて、アイスクリームを買うことにした。甘いものを食べれば、少しは気持ちが落ち着くかもしれない。
「はい、どうぞ」
お姉さんたちに囲まれ、優しくしてもらって安心したのだろう。お礼を言って女の子は食べ始めた。
そのまま、しばらく話し相手になった。両親とはぐれて兄妹だけになったこと。そのお兄さんともはぐれてしまったこと。
話していて恐怖を思い出したのか、また泣き出しそうになる。大丈夫よ、そう言ってせつなは抱きしめた。
遊びにきて、怖い思いをする。残念なことだと思う。
「あっ! ぱぱ~、まま~、おにいちゃん~」
女の子が、迎えに来た家族を見つけて駆け寄った。抱きついて号泣する。そして、すぐに満面の笑顔を取り戻した。
その子のご両親が丁寧にお礼を言う。
別れ際、その笑顔を見て思う。それは――今日見たどんな笑顔よりも輝いていると。
でも、どうして……。
そう考えて、思い至る。あの子の心を満たすもの。それは――安心。
はぐれるという不幸を体験したことで、普段感じていない、家族と一緒にいられる幸せを実感したんだ。
幸せと不幸は隣り合わせ。幸せを求めることは、ただ不幸を否定して遠ざけることではないのかもしれない。
だったら……。
ジェットコースターもお化け屋敷も、同じなのかもしれない。
安全に恐怖を体験することで、無事帰還する安心と喜びを得るためのアトラクション。
やっぱり……この世界の全ては優しさに満ちている。せつなは嬉しくなった。
「ラブ~美希~ブッキー~! 私、もう一度ジェットコースターに乗りたいわ。行きましょう!」
「うん、行こう。せつなっ」
「「えぇぇぇ――!!」」
せつなとラブは、それぞれ嫌がる美希と祈里の手を取って駆け出した。
「ねえ、ラブ。私はあまり恐怖は感じないの。だから、みんなほどさっきは楽しめなかった」
幼い頃からの訓練の繰り返し。その中にはGの耐性訓練も含まれていた。
「でも、今度は楽しんでみせる。精一杯、大声で叫んでやるんだから!」
そう言って笑うせつなの表情は――やっぱり今日一番に輝いていた。
たくさんの人が波を作る。
波は大きな流れとなって人々を導く。
大勢の人が同じ目的で列を成して歩く。繋がり、共感し、分かち合う喜び。
思いやりに満ちた施設と催し物。
家族、友達、恋人同士。
緊張と恐怖と安堵。
そして思い出す――幸せ。
最終更新:2013年02月17日 08:14