第14話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーフェスティバル――』
遠くから聞こえてくる、太鼓と鐘の音。
祭りの開始を告げる祝砲が鳴り響く。
四ツ葉町の一大イベント、クローバーフェスティバルの開催だ。
「これすっごく可愛いよ。ありがとう、おかあさん」
「ありがとう。昨年の浴衣もまだ一度しか着てないのに」
「いいのよ、せっちゃん。晴れ着を新調するのは母親の喜びなんだから」
「いやあ、父親だって嬉しいものだぞ。よし、次は二人一緒に並んでポーズだ」
ラブとせつなが新しい浴衣を披露する。圭太郎は嬉しそうに記念写真を撮っていく。
「頑張って作った甲斐があるわ」とあゆみも上機嫌だ。
ラブは白地にいっぱいの花柄。ピンクに紺のラインの浴衣帯。
せつなは薄紅色の生地に大きなリボンと水玉の柄。赤い菱形模様の浴衣帯。
チーズなんて言う必要もない。自然にこぼれる笑顔。うずうずして勝手に動く体。せつなはすっかり浴衣が気に入っていた。
華やかな浴衣を着ると心が弾む。わくわくして晴れやかな気持ちになる。
それでいて、しっかりと肌に馴染んで落ち着く。矛盾してるけど全部ほんとうの気持ち。不思議だと思う。
お風呂上りの着衣として生まれたものらしく、軽くて風通しも素晴らしい。
もっと普段から着る機会があればいいのに。それだけが不満だった。
「美希たんとブッキーが待ってるんだ、あたしたちは先に行くね」
「おとうさん、おかあさん、行ってきます」
新調したばかりのピンクと赤の下駄を履いて玄関を出た。
賑やかな祭り囃子と勇ましい掛け声。いつもよりずっと多い人の流れ。
そわそわする気持ちを抑えながらゆっくりと歩く。
浴衣を着ると自然と動作はゆるやかに上品になる。決して動きにくいわけではないのに。
美しい着物姿をより美しく見せたいと思うからだろうか。
心なしか普段より人目を引いているような気持ちになる。
履きなれない下駄が更に歩みを遅くする。でもそれも悪くはなかった。
ゆっくり静かに動くことで、普段とは違う時間の流れを体験できる。いつもと違う景色も見えてくる。
年に一度しかないイベントを、余すところなく満喫するにはうってつけだった。
『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クローバーフェスティバル――』
「ラブ~せつな~こっちよ」
「ラブちゃんもせつなちゃんも可愛い」
待ち合わせ場所は決めていたものの、人だかりが多すぎて合流に手間取ってしまった。
やっと揃って安堵の表情を浮かべる。
美希と祈里ももちろん浴衣姿。美希は紺に近い青地に蝶の柄。黄色い花柄模様の浴衣帯。大人の雰囲気。
祈里は黄色の生地に赤い金魚の柄。黄緑の無地の浴衣帯。美希とは対象的に幼く可愛い印象だった。
まずは広場に設立されたメイン会場に向かう。地元出身の超人気ダンスユニット“トリニティ”のステージがあるのだ。
会場に近づくにつれて祭りの露店も増えてくる。無数の屋台がひしめき合い、競い合う様子は圧巻だ。
色んな食べ物やおやつの匂いが交じり合って食欲を刺激する。
屋台の垂れ幕や所狭しと突き立つのぼりが雰囲気を盛り上げる。
大きさを増す囃子と威勢のいい売り子の掛け声。五感の内の四つを刺激されてはたまらない。
「あ~~もう我慢できないっ! おじさ~ん、たこ焼き四つお願い」
「ちょっ! ちょっと、ラブ。アタシはいいわよ。自分で食べるものは選ぶから」
「美希ちゃんは食べ過ぎたら大変だものね」
「………………………………」
せつなはしばらく呆然として、その後吹きだしそうになるのを必死で堪えた。
美希のタコ嫌いは秘密なんだ……。幼馴染なのによく隠し通せてきたものだと思う。ジト目でサインを送ってくる美希の様子がまた可笑しかった。
おじさんに椅子を貸してもらって熱々の内に頂いた。
タコ焼きは屋台の食べ物の中でも一番人気だ。そして、冷めたら極端に味の落ちる料理でもあった。だから最初に食べるのが良いのだとか。
食べながら歩けるのも人気の理由なのだが、浴衣姿の女の子はそうもいかない。
次に目をつけたのはりんご飴。赤い果実が飴に覆われてキラキラと輝く。大きいのは我慢して、選んだのは姫りんご飴。
隣にはチョコバナナ。これも色んなトッピングが美しかった。小さなコーンが帽子のように被せられて、顔が描かれてるものもあった。
突き刺したポッキーは腕の代わり。「これじゃカカシよね」と祈里が呟いて周囲のお客さんも大笑い。
せつなが目をつけたのはわた飴。砂糖を入れるだけで出てくるふわふわのお菓子。味は駄菓子屋で知っていたものの、作り方が不思議だった。
「お嬢ちゃん、やってみるかい?」と声をかけられる。せつなは乗り出すように見つめていたことに気がついて、恥ずかしくて真っ赤になる。
おそるおそる割り箸に絡めていく。作りたてのわた飴は、ふんわりしててとろけるような甘さだった。
そして会場に着く。
今年のゲストはトリニティのみ。スケジュールに余裕が出来たため、コンサート形式の立派なステージプログラムが用意されていた。
まだ時間が早く、その前のイベントである一般参加のダンスコンテストが始まったばかりだった。
コンテストというのは名ばかりで、楽しく踊る姿を見てもらうのが目的だ。昨年の漫才大会がそうだったように。
始めたばかりで動きがちぐはぐなユニット。緊張して転んでしまうユニット。お世辞にもレベルが高いとは言えなかった。
でも――
みんな、本当に楽しそうだった。失敗すらも会場の笑いに変えて。その後、ちゃんと励ましの声援を送ってもらって。
せつなたちもクローバーの活動を思い出して懐かしい気持ちになった。そして、ちょっとうらやましかった。
クローバーはプロを目指すユニットだった。その練習は厳しく、楽しむという感じではなかった。
人前で踊ったのはダンス大会だけ。不安と緊張との戦い。それはそれで充実していて素敵な思い出だけど――
「こんな風に、踊ってみたかったな」
ポツリとつぶやいたラブの言葉に全員が一瞬驚いて――そして、頷いた。
みんな同じ気持ちだったから。それぞれの道を歩んではいても、みんな本当にダンスが好きだったから。
ダンスコンテストが終わり、順位の発表と景品の授与が行われる。優勝したのはダンス大会の一次予選で見かけたユニットだった。
そしてしばらくの休憩を挟んで、メインイベントが始まる。
「皆様、お待たせいたしました。これよりクローバ-フェスティバル特別企画、トリニティのスペシャルステージを開催します」
司会者が宣言してトリニティがステージに上がる。巻き起こる盛大な拍手。
会場は同じ。照明も音楽も、ダンスコンテストと特に変わることはない。
しかし――空気が一変した。
ミユキ、ナナ、レイカ。たった三人の登場で会場が別の空間に姿を変える。
彼女たちの声に、視線に、魔力でもあるかのように。一挙手一投足に神秘の力でもあるかのように。
全ての観客から私語が消える。バラバラに楽しんでいた人たちが一つになっていく。
全ての意識は一つに。全ての関心は一点に。体を揺らし、腕を振り、合いの手を入れる。
美貌? 技術? 知名度? そんなものでは説明しきれない真のダンサーの魅力、吸引力を思い知る。
せつなも、美希も、祈里も、久しぶりに見るトリニティのステージに魅了される。
ただ一人――ラブを残して――
「ラブ、ラブ、どうしたの?」
せつながラブの様子のおかしいのに気付いて声をかける。
喜びと興奮に包まれる会場において、一人切なく悲しそうな表情を浮かべる。
拳は固く握り締められ、相当な力が込められていることを示すように両腕が小刻みに震えていた。
「せつな……。大丈夫、なんでもないよ。トリニティのダンス、やっぱり凄いね」
「ええ……そうね」
せつなはそれ以上は追求せずに、ラブの拳をそっと開いて手を握った。
それでラブも落ち着いた様子だった。しかし、ステージが進むうちに再び様子がおかしくなる。
何かをこらえるような表情、せつなの手が痛みを感じるほど強く握られる。もう――理由を聞くまでも無かった。
せつなの表情が後悔に歪む。ダンス大会で優勝したクローバーには、本来はプロデビューへの道が開けていたはずだった。
だが、せつながラビリンスへの帰還を宣言したことでクローバーは本来の姿を失った。残された三人はせつな抜きで続けることを望まなかった。
美希と祈里もまた、それぞれモデルと獣医の夢を追うことになり、クローバーは解散した。
ただ一人――ラブの夢を置き去りにして。
再会した時の、震えるラブの体を思い出した。溢れる涙を思い出した。
酷いことをしたと思う。ラブは家族として愛してくれた自分と、掴めたはずのプロダンサーへの夢を同時に失ったのだ。
それでも笑顔を絶やすことなく励まし、送り出してくれた。
平気なはずはない――平気なはずはないのに――
「せつな、どうしたの? 泣いているの?」
「ラブ……ごめんなさい。私は……そんなつもりじゃなかった」
いつの間にか立場が逆転していた。気が付くとステージは終了し、ラブの様子も元に戻っていた。
湧き上がる心のまま謝罪の言葉を口にする。でも、そんなつもりじゃないなら、どんなつもりだと言うのだろう。
あの時の私には、ラブのことまで考える余裕が無かった。私が成すべきことを知って、果たすべき使命を見つけて、それで精一杯だった。
今度は、みんなにも幸せになってほしかったから。
だから――最も愛してくれた、助けてくれた、支えてくれた人の幸せを犠牲にしてしまった。
ううん――本当はそんなことすら、考えようとしなかった。
「せつなは悪くないよ。全然ちっとも――悪くなんてないんだから」
ラブはそれだけで全てを察してせつなを抱きしめる。そして、そっとせつなにささやいた。「あたしは幸せだよ。だって、せつなと一緒だもん」って。
せつなの瞳に浮かんだ涙が一粒の雫となって流れ落ちる。
「ラブ、せつな、どうかしたの?」
「何かあったの? ラブちゃん」
「あ、ううん、なんでもない。久しぶりのコンサートで感極まっちゃったみたい」
せつなはラブの腕の中でそっと涙をぬぐった。脳裏によみがえる記憶。巨大ドームでピーチに抱きしめられたことを思い出した。
あの時と、同じだと思う。ラブは私と出会ってから傷付いてばかりいる。
繰り返される後悔と自責。私の人生はこんなことばっかりだ。私は人を――不幸にする。
でも、それでも今を頑張るしかない。過ぎてしまった時間は戻らないから。ひとつひとつやり直していくしかないんだ。
顔を上げてラブと視線が合う。優しさと愛情に溢れた瞳が語りかけてくる。「せつなは何も心配しなくていいんだよ」って。
小さく頷いてラブから離れる。心配そうにする美希と祈里に笑顔で振り返る。
今の私にできること、それは、今日という一日を精一杯幸せな日にすること。
「さあ、行こう! 美希たん、ブッキー、せつな。お祭りはこれからが本番だよ」
辺りはすでに薄暗くなっていた。
昼間のお祭りとは全く違った趣があらわれる。
賑やかな飾りにすぎなかった提灯がその真価を発揮する。
暗闇の中で揺れる光の波。夜空にうねるように走る、幾千もの灯りが描く軌跡の美。
ただ綺麗というのではない。何か心を躍らせる、楽しい気持ちにさせる力が感じられた。
自然の生み出す輝きとは異なる美しさ。街の美しさ、祭りの美しさは人の心が生み出す幸せの煌き。
無数の屋台が灯りをともし、夜店へと姿を変える。祭りを楽しむ人たちの笑顔を明々と照らし出す。
街の人全員が一つの生き物であるかのような不思議な一体感に包まれる。
普段なら同じ場所に居ても、目的は人により様々だ。
大勢の人が同じ目的で同じ場所に集い楽しむ。街全体で心を一つにして楽しむ。きっとそれが祭りなんだと思った。
「う~ん、どれも美味しそう」
「種類も多いけど、同じものがあちこちで並んでるのね」
「ちょっと歩けば大体そろっちゃうね」
「甘い甘い。匂いやお店の人の手付き。使ってる具材。選ぶ要素は沢山あるのよ」
焼きとうもろこし。イカ焼き。この二つは匂いが素晴らしかった。クラクラしてくるほどに。
焼きソバにお好み焼き。チジミに焼き鳥。鉄板で焼く小気味良い音と立ちこめる煙が食欲をそそる。
フランクフルトにフライドポテト。ラーメンにおでん。日頃見慣れた食べ物が、祭りの中では抗いがたい誘惑を放つ。
結局選ぶことが出来ずに、みんなバラバラに違うものを買って少しづつ分け合って食べた。
お祭りに慣れていないせつなに楽しんでもらおうと、せつなの皿にはたくさん盛り付けられた。
とても全ては食べきれない。「ラブ、あーん」せつなはラブの口にせっせと運ぶ。ラブの頬に冷汗が流れた。
腹ごしらえが済んだら他の夜店を見て回る。
射的。ダーツ。輪投げ。ヨーヨー釣り。景品に欲しいものがなくて挑戦しなかったが、見ているだけで楽しかった。
そして、ひときわ大きな子供たちの声に足を止める。聞いたことのある名が出てきたからだ。そこは金魚すくいのお店だった。
男の子と女の子の二人。手元にはたくさんの破れたポイが散らばる。あれでは子供のお小遣いはかなり圧迫されるだろう。
ヌシと呼ばれる大きな金魚を狙っているらしいが、見る限りとてもすくえそうになかった。
「ちっきしょー、隼人あんちゃんならこんぐらいわけないのにな」
「今年は来ないのかな? いっぱい探したのにね」
「ねえ、あななたち。隼人って言ったわよね?」
「言ったよ。図体でかくて馬鹿だけど、金魚すくいはすっごく上手だったんだ」
「おにいちゃん口が悪いよ。優しくて面白いお兄ちゃんなの。お姉ちゃんお知り合い?」
「ええ、残念ながら知り合いよ。あの金魚をすくえばいいのね、私にやらせてみて」
手にしたポイは二つ。構造は針金の輪に和紙を貼り付けたもの。水の付加をかければあっという間に破れてしまうだろう。
だったら追いかけるのではなく、待つ。ヌシの進路を予測して頭の位置にポイをそっと沈める。乗った瞬間に水面と平行に滑らせるように持ち上げる。
しかし――後少しということろでポイが破れ逃げられてしまった。落胆する子供に、次は大丈夫よと声をかける。
気をつけるのは尾の動き。全身をポイに乗せては駄目なのだと知る。今度は更に慎重に、頭と尻尾を枠に乗せるようにしてすくい上げた。
店主さんはやられたなあと頭をかきながらヌシを袋に入れてくれた。小さな袋に大きな体、少しの間だけ我慢してねと謝った。
ヌシは赤と白の対照がきれいな金魚だった。サラサリュウキンという品種だと祈里が教えてくれた。
そして子供たちにプレゼントする。今年は隼人は来られないから、その代わりだと言って。
「やった! 姉ちゃんも凄いな」
「ありがとう、お姉ちゃん。でしょ、おにいちゃん」
「いいのよ、大事にしてあげてね」
子供たちのキラキラ輝く尊敬の眼差しに気恥ずかしさを覚える。仲良く手をつないで帰る二人を、せつなは手を振って見送った。
凄い……か。隼人もそう言われていたらしい。ラビリンスで受けてきた訓練。他人を傷付け奪うための技術でも、使いようによっては笑顔を生むことも出来る。
決意を新たにする。今度こそ自分の命を、力を正しく使って生きていこうと。
クローバーフェスティバルもいよいよ大詰め。ラストを盛大に飾る、花火大会が行われる時間になった。
爆音と共に閃光が闇を切り裂く。
幾多の星が煌く夜空も、今夜ばかりは主役の座を奪われる。
一瞬の沈黙の後に開花し、色鮮やかな大輪の華を咲かせる。
次々と打ちあがる花火は、息つく暇も与えず大音響と共に振動を体に伝える。
低空で炸裂する庭園花火。見上げる必要すらなく、迫力を持って見るものに迫ってくる。
直径二百メートルを超える尺球。視界いっぱいに広がる星が球状に飛散する。
網仕掛。遥か上空より、光の雨が滝の如く降り注ぐ。
スターマイン。時間差で連続で爆発し、美しき光の絵画を夜空に描く。
繊細かつ大胆。儚くも激しい音と光の競演。見るのではなく、記憶に焼き付けられるような美しさ。
「ねえ、せつな。花火ってね、一発一発がいろいろな思いや願いをこめて作られているんだって」
「人の手で作られているの? あれだけ大掛かりなものが?」
「うん、長い時間をかけて色んな工夫を重ねながらね。花火職人さんの夢を乗せて咲くから美しいんだって」
ラブがせつなの手をしっかりと握る。そして、ささやく。「いつかあたしたちも、大きな夢を咲かせようね」って。
せつなは返事ができなかった。ただ、強く――強くラブの手を握り返した。
凄い数の花火が同時に上がる。耳をつんざく炸裂音。眩しいほどの強烈な閃光。
無数の色の光が更に次々と変化していく。形を変えながら夜空一面を染め上げる。感動のフィナーレだった。
「美希たん、ブッキー、今日はありがとう。またね」
「ありがとう。本当に楽しかった」
「また四人で見られるなんて思わなかったもの。アタシこそありがとう」
「うん、おじさんとおばさんにもよろしくね」
ゆっくり歩いて家路につく。同じ緩やかな歩みでも、帰りの足取りはなぜか重い。皆、祭りの余韻を惜しむかのように――
「ただいま、おとうさん、おかあさん」
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
「おかえり、ラブ、せっちゃん」
「しっかり楽しんできたかい? 後悔しても後の祭りだぞ」
圭太郎の冗談で苦笑ながらも二人の間に笑顔が戻る。ラブもせつなも、なんとなく元気がなかったので気を使ったのだ。
「まあ、祭りの後というのはそういうものだ。楽しみだった分、終わると喪失感が大きいんだよな」
「ラブは毎年だけどせっちゃんまで。やっぱりお祭りの後は寂しい?」
「はい――少し」
「あはは、今から来年が待ちきれないよ」
本音を語るラブと、嘘を――ついたせつな。
せつなは特に寂しいとは感じなかった。この家で過ごすことこそが一番大切な幸せだから。
戸惑いを覚えるほどに、申し訳ないと感じるほどに、得がたい幸せだと思うから。
元気がないんじゃない。ただ、考え込んでしまっていた。
胸に渦巻く想い。コンサートの時のラブの様子。
手の届かなくなったものを苦しそうに見つめる瞳。伝わってくる激しい喪失感。あれが――夢だと言うの?
花火を見ながらラブが言ってくれた「一緒に夢をつかもう」って想い。答えられなかった自分への歯がゆさ。
夢って何だろうと思う。幸せを導く大切な願い。わかるのは、ただそれだけ。
私の心からの願い。みんなを笑顔と幸せでいっぱいにしたいという想い。これとラブや美希やブッキーの描くものは果たして同じなのだろうか。
わからないから逃げてきた。考えないようにしてきた。そんな気がした。
だから向かい合おうと思った。すぐには見つからなくても、探していこうと思った。教えてもらうものじゃないような気がした。
必ず見つけてみせる。私の本当の夢。夢というものの真実の姿を。ラブと――一緒に。
「ねえ、ラブ! 私――精一杯がんばるわ!!」
「えっ、どうしたの? せつな」
「ふふ、なんでもない」
せつなの表情に明るい輝きが戻る。それはラブに、圭太郎に、あゆみに伝わり、たちまち桃園家に明るい笑い声が響き渡る。
きっと見つかる、この街でなら。ラブや美希やブッキーや、おとうさんとおかあさんと一緒なら。
せつなの決意をやさしく包みながら、幸せの街の一番幸せな日は静かにその一日を閉じた。
最終更新:2013年02月17日 08:19