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第27話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。大晦日の約束――』




 パーン パーン パーン

 澄み切った冷たい空気。静かな冬の空の下。
 しかし、桃園家の庭には熱気が溢れ、小気味良い音が響き渡る。

 白く煙る吐息と大きく舞い上がる蒸気。
 蒸したてピカピカのもち米に、芳しい匂いの湯気が立ち昇る。


「そーれっ」
「はい」
「そーれっ」
「はい」


 ケヤキの木で出来た臼と杵。熱々の蒸したもち米をついていく。
 圭太郎が勢いよく振り下ろし、あゆみがタイミングよく手水をつけてこねる。
 始めはスピードが肝心。臼の丸みを上手に使って、お米を素早くすり潰していく。
 少しまとまってきた所で、ラブが我慢できなくなった。


「おとうさん、あたしにもやらせて」
「そうか。じゃあ、せっちゃんとやってみるかい」
「私にできるかしら」
「手水を小まめにつけてね。軽く表面を叩くようにするの」


 ペッタン ペッタン ベッタン べッタ……ン


「あれぇ~~」
「手水も足りないが、ラブはもうちょっと力を入れないとな」
「今度はせっちゃんがついてみたらどう?」
「わかったわ。じゃあ交代ね」


 ペッタン ペッタン パーン パーン パーン


 せつなは、恐る恐る振るっていた杵を徐々に鋭く振り下ろし始めた。
 重い杵を軽々と持ち上げ、体のバネを上手に使って勢い良くついていく。
 規則正しい一定のリズム。寸分違わぬ位置に叩きつける。
 ラブもコツを掴んだのか手際よく手水を加えていく。乱れた形を素早く整える。
 餅はみるみる粘り気を出していった。


「大したもんだな、二人とも」
「さすがね。息がぴったり」

「にはは、って――熱っ~~い!」
「ちょっと! よそ見しないで、危ないじゃない!」


 せつなは振り下ろした杵を、信じられないほど高い運動神経と体捌きで止める。
 ラブに火傷の無いのを確認してため息を付く。めっ!っと叱って、二人で軽く笑って。
 そして、また餅つきを再開した。

 桃園家恒例の餅つき行事――ではなかった。
 おじいさんが亡くなってからは、毎年お店で切り餅を買ってくるだけだった。
 今年からはせつなが一緒。少しでも楽しいことを知ってもらいたい。そんな一心で久しぶりに引っ張り出したのだ。

 つきたて熱々のお餅を二人でテーブルに運ぶ。もち粉をたっぷりと敷いたボードの上に置いて伸ばしていく。
 ちぎっては丸めて、またちぎって。丸餅をこしらえる。大きなものを二つ、これは鏡餅に使うため。
 あんこを入れたお餅も作っておいた。
 一仕事終えて満足げなラブとせつな。嬉しそうな圭太郎とあゆみ。
 初めて四人で迎えるお正月の準備はこうして始まった。







『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。大晦日の約束――』







 暮れの慌だしさの象徴、年末の大掃除。もともと整然とした家の中が、一斉に磨き上げられていく。
 ラブは自分の部屋で悪戦苦闘。見た目は整頓されてても、机や押入れの中は酷いものだった。
 せつなは特に片付ける必要もない。さっさとラブの手伝いに来ていた。


「たはは、何から手をつけていいかわからないよ」
「順にやりましょう。用途と使用頻度で分類するわよ」

「せつなは昔から片付け上手だったの?」
「私は……整理なんて必要になるほど、色んなものは与えられなかったから」


 よくわからないわ。と続けた。特に上手なわけではない。ただ、この家のものはどれも大切なものばかりだから。
 使った後は、使う前よりも綺麗に片付ける。ただそれだけだった。


「うーん……あたしも物は大切にしてるつもりなんだけどな」
「そして、何も捨てられないわけね。なんとなくわかるわよ」

「あっ、うさぴょんだ。寂しくなかった? あっ、これはあたしの小学校のアルバムで」
「はいはい、終わってからゆっくり見ましょう。まずは集中よ!」


 ようやく二階の全ての部屋の片付けと清掃を終える。次は台所。そして居間と順に綺麗にしていく。


「せつな、楽しそう」
「楽しいわよ。この家に、少しでも恩返しできるんだもの」

「頼もしいわね、せっちゃん。でも一度中断して、お買い物にも付き合ってもらえないかしら」
「「はーい!」」

「あらあら、じゃあ三人で行きましょうか」
「おいおい、僕を置いていくつもりかい?」


 結局四人全員で食料品やお正月飾りなんかの買出しに行くことになった。
 商店街は年始はお休みだけど、あゆみの勤めているスーパーは元旦から開いている。そんなに買い込む必要も無いのだけど。
 そう言いながらも揃って楽しそうにお出かけした。


「よう、ラブちゃん。これ買ってってくれよ」
「やあ、ラブちゃん、せつなちゃん。安くしとくよ」
「新年のお祝いにケーキはどうだい? 作りたてだよ」
「は~い! はいは~い! ありがと~~!」

「こんなに買って大丈夫なの? おとうさん。おかあさん」
「ラブと来るといつもこうなのよ。困っちゃう」
「まあ、安く買えているのも確かなんだが……」


 せつなやあゆみにも声はかかる。それでもやっぱりラブの人気は絶大だった。
 せつなと二人なら、子供どうしということで遠慮もあるのだろう。しかし、家族で買い物となると容赦なかった。
 行く先々で声がかかり、遅々として買い物は進まない。
 四人で来て正解だったわね。と、大量の荷物を見てあゆみがぼやいた。

 門松にしめ飾り。おせち料理の材料に、その他もろもろの食材。箱ごとのミカン。
 目的のものと、それ以外の大量の収穫を得て家路についた。

 翌日の大晦日もお正月準備は続く。
 すっかり綺麗になった台所で、今度はおせち料理作り。

 田作り、黒豆煮、数の子、昆布巻き、栗きんとん、たたきごぼう、だて巻き、紅白なます、酢れんこん。
 漬け込んだり、水で戻したり。あらかじめ下準備しておいた食材を、あゆみは手際よく調理して盛り付けていく。
 ラブとせつなも一生懸命手伝った。


「たはは。お料理は得意な方なんだけど、年に一度じゃ覚えられなくて」
「品目も多いものね。そして、とても綺麗。なんだか食べるのがもったいないわね」

「お祝い物だから、それぞれに意味があるのよ。それに日持ちするの」
「日本食は保存食の文化だからなあ、どれどれ」

「おとうさん。つまみ食いはいけません」


 ぴしゃりとあゆみに叩かれてがっかりする圭太郎。そして沸き起こる笑い。これまでにないフルコースのおせち料理が完成した。







 夕ご飯は水炊き。今年最後に頂くご飯だから、一つの鍋を囲もうって。
 白菜、白ねぎ、菊菜、しいたけ、えのき、豆腐、しらたき、鶏肉、つみれを入れてコトコト煮込む。
 お鍋の中で踊る具材。湯気と共に立ち昇る匂い。 昆布の出汁と下処理した鳥の骨のスープに舌鼓を打つ。
 さっぱりしたポン酢が食欲をそそる。


「いや~やっぱり大晦日は鍋に限るなあ」
「家族の一体感が得られるし、準備も簡単だもの」
「体も温まるしね~~」
「美味しい。でも、ラブは食べすぎ。おソバが食べられなくなるわよ」

「あ~~そうだった!」


 普段よりもゆっくりと時間の流れる食卓。食事が終わっても、今日だけはそれぞれの部屋に戻ることもなくて。
 家族みんなでこたつに入ってテレビを見たり、お話したりして過ごした。
 会話は何気ないもの。テレビのお話。学校のお話。最近あった事。明日着ていく晴れ着のこと。
 紅白歌合戦。お気に入りの歌をラブとせつなで一緒に口ずさむ。


「あ~~いけない! 年越しソバ作らなきゃ!」
「私も手伝うわ!」


 すっかり馴染んだラブとせつなの台所のエプロン姿。
 嬉しそうに、そして誇らしそうにあゆみと圭太郎は見つめた。

 お鍋の時に一緒に作っておいたお汁に、頭付きのエビのテンプラ。商店街のソバ屋さんの打ちたてソバが豊かに香る。
 もうお腹いっぱいのはずなのに、別腹と言わんばかりにみんなで美味しく頂いた。

 そして再び訪れる、静かで温かな団欒。絵に描いたような平和な光景。そんな中で起きた一つの出来事。
 あゆみの胸によみがえる、過去の記憶。

 居間で幸せそうに笑うせつなの姿が、寂しげな微笑を浮かべる記憶の中のせつなと重なりあう。
 昨年の今頃は圭太郎と二人きりだった。ラブとせつなの無事を祈る苦痛の毎日。
 やっと帰って来た先に待っていたのは、悲しい別れ。

 のどかな団欒の中、突然あゆみが手で顔を覆う。肩が小刻みに震えて、嗚咽がこみ上げてくる。


「おかーさん? どうしたの?」
「どうかしたのか?」

「ごめん……なさい。なんでもないの」


 そして、あゆみはせつなを抱き寄せた。


「おかあさん?」
「少しだけ、このままでいさせて」


 心配して追求する声に負ける。せつなを抱きしめたまま、あゆみは涙声で話した。
 自分には、レミや尚子のような夢がなかったこと。
 その分、深く深く家族を心から愛して、一緒に暮らす日々を大切に生きてきたこと。
 だからなおのこと、せつなとの別れが辛かったって。
 いつかは子供は巣立つもの。だけど、それと手の届かない異世界に行ってしまうこととは全然別なんだって。

 話した後、少しだけ後悔してあゆみはせつなに謝った。
 これは言ってはいけないことだった。子供の自由を妨げてはいけなかったのにと。
 駄目な母親だと思う。昨年の自分よりも、ずっと……。
 この幸せな半年間の思い出が、さらにあゆみを弱くしていた。

 あゆみの気持ちが伝わって、結局みんな泣いてしまった。気持ちは一緒だったから。そして、それはせつなも同じ。
 一人きりで旅立った分だけ、ほんとうに一番寂しかったのはせつなだったのだから。
 せつなもあゆみの腰に手を回して抱きあった。やがて恥ずかしそうに離れる。
 白い頬は赤く染まり、凛とした美しい顔立ちは笑顔で可愛らしく崩れる。


「おかあさん、来年は私がおせち料理作ってみる。ラブと一緒に」
「ええ――楽しみにしてるわね」


 小さな約束。でも、今のせつなには精一杯の約束。それに満足して、あゆみはもう一度せつなを強く抱きしめた。

 必要のないこと。他愛のないこと。だからこそ、幸せなこと。

 楽しいことばかりの一年じゃなかった。
 悲しい別れがあった。
 辛く寂しい日々があった。
 そして、嬉しい再会があった。

 みんな大切な思い出を一つ一つ振り返りながら、一年の最後の時間を穏やかに過ごした。







「鐘の――音が聞こえるわ」
「えっ、何も聴こえないよ?」
「もうすぐ年が明けるわね。でもここからじゃ神社は少し遠いかも」
「テレビの音だろうな。今、ちょうど始まったところだ」

「違うわ、確かに聴こえるもの」


 せつなは窓に寄って耳を澄ませる。ラブ、あゆみ、圭太郎も同じようにするが、やはり何も聴こえなかった。
 あゆみは不安そうにせつなを見つめる。
 各方面で発揮される非凡な能力。ずっと前から気になっていた。
 危険だと思えた。特にそれが先天的なものである場合、その人の平凡な幸せを奪い去ってしまうこともあるのだ。
 その力を必要とする何かが、またせつなを自分の元から連れ去ってしまうんじゃないかって。


「これ、除夜の鐘っていうのよね」
「そうだ。人が持つ百八の煩悩を払い去ると言われているんだ」
「その年の内に百七回。年が明けてから最後の一回を突くらしいの」

「ラブの煩悩は百八じゃ足りないかも?」
「あ~~ひどいよ、せつな。あたしはそんなに欲張りじゃ……あるかも」

「せっちゃんは他人事じゃないのよ。あなたはもっと欲を持ちなさい」
「そうだ。子供は子供らしくだな」
「難しいわ……。もう十分に幸せなのに」


 そして、時計の長針と短針が十二の位置で重なった。新しい年の幕開けだ。


「「あけましておめでとう。ラブ、せっちゃん」」
「「あけましておめでとう。おとうさん、おかあさん」」


 圭太郎とあゆみ。ラブとせつなが申し合わせたようにハモる。
 少しだけ笑ってから、今度こそ申し合わせて大切な一言を口にする。


『今年もよろしく』って。


 昨年も、今年も、そしてきっと来年もその先も。
 ずっと一緒に暮らしていけると信じて。


「そうだ! みんなで初詣に行こうよ!」
「ええっ、今から? 夜に行ってもいいものなの?」
「僕は構わないけど」
「明日、美希ちゃんや祈里ちゃんと約束してるんじゃないの?」

「明日は明日で行けばいいよ!」
「そうね、私もおとうさんとおかあさんと行きたい」


 部屋着のままそれぞれ上着を羽織る。せつなはわくわくしながら玄関の扉を出た。
 着飾った晴れ着もいいけれど、こうして気軽に出かけるのもなんだか楽しくて。
 深夜のお出かけ。なんとなく不思議で、何か良いことが起こりそうな気がして足取りも弾む。


「早く行こうよ! せつな!」
「待って、ゆっくり行きましょう。すぐに終わってほしくないもの」
「そっか、そうだね」


 そう、ゆっくり行こう。せつなは思う。自分は急ぎすぎたんだと。だからラビリンスに帰っても、何もできなかったんだろう。
 ラブ。あゆみ。圭太郎。せつなを愛し、支えてくれる大切な家族。
 ここから始めようと思った。幸せは、きっと家族との繋がりから広げていくものだと思うから。

 誰も一人では幸せにはなれなくて。誰か一人を幸せにすることもできなくて。

 自分から家族に、家族から外に。笑顔と幸せの輪を広げていこう。
 そしてみんなで幸せになるために。
 新しい年に向けて、あらためて誓いを立てようと思った。


 私――精一杯がんばるわ。



最終更新:2013年02月17日 08:27