翼をもがれた鳥 第5話――そして飛べない現実を知る(後編)――
路地の中央で燃え盛る激しい炎。
舞い上がる黒煙が悪臭を放ちつつ視界を覆う。
不幸中の幸いか。それとも意図したものか。
炎の周辺の建物は跡形もなく破壊されており、火の手が広がる心配はなさそうだった。
付近に居た住人達の姿が消えると、水晶の巨人、ナケワメーケは破壊活動を停止した。
イースもまた、静かに様子を見守る。まるで、プリキュアの到来を待ち受けるかのように。
「何やってんだ! 早く逃げないと踏み潰されちゃうぞ!」
「だって、おにいちゃん。足に力が入らなくて立てないの」
逃げ遅れた最後の住人。子供たちだけで遊びに来ていたのだろう。十歳くらいの男の子と、もっと小さい女の子の兄妹。
女の子は、腰が抜けたのか立つこともできない。男の子が屈んで、女の子を背負う。時折ふらつきながらも走り出した。
火を恐れ、店舗沿いに逃げたのが失敗だった。崩れた建物の一部が、二人に圧し掛かるように落下してきた。
「おにいちゃん、危ない!」
「うわあぁぁぁあ――」
しかし、いつまでたっても痛みも衝撃も感じなかった。恐る恐る兄妹が目を開ける。
巨大な瓦礫を、軽々と片手で支える黒衣の女性。光の粒子でできたような美しい髪が風になびく。
怒りと、安堵と、困惑。複雑な感情を浮かべる赤い瞳が兄妹を見つめる。
二人は一瞬、状況すら忘れて見惚れてしまった。
「何をしている。もたもたするな、目障りだ」
「あ……ありがとう、お姉ちゃん」
「ありがとう」
「……さっさと行け」
イースは、兄妹が離れたのを確認してから瓦礫を投げ飛ばす。
(ありがとう、だと……私が起こした惨事とも知らずに……)
死なれでもしたら、以後、不幸を集められなくなってしまう。だから助けた。それだけだと自分に言い訳をする。
動揺を懸命に静める。自分に向けられた、感謝の言葉と笑顔の記憶を振り払う。愚かな子供の誤解がどれほどのものか。
(どうしてしまったというのだ……私は……)
もっと、徹底的に破壊していいはずだった。
全てを、焼け野原にしてもいいはずだった。
たった、これしきのことで胸が痛い。
威嚇ばかりで、まるで住人を逃がすのが目的のようではないか。
日に日に、自分が自分でなくなっていくのを感じる。全力で戦えるのは今日で最後。そんな気がしていた。
『翼をもがれた鳥――そして飛べない現実を知る(後編)――』
引き裂かれ、積み重ねられた数台の車。叩き潰され、瓦礫と化したいくつもの建物。
いずれも、幾度となく利用したことのあるお店ばかりだった。
その前に立ち塞がる半透明の巨人。
それは、かつて見たこともないほど精悍な体躯のナケワメーケ。
そして、その一歩後ろに控えてこちらを睨み付ける黒衣の少女。
「せつな……。やっぱり、せつなだったんだね」
「思ったより早かったな。だが、お前の愛した場所はこの有様だ。それも、お前の甘さが招いた事態と知るがいい」
「どうして――どうして、こんなことをするのっ!」
「言ったはずだ、メビウス様のためだ。怒り、憎しむがいい。そして、今日ここで決着をつける!」
「怒ってるよ……凄く。だけど! 憎しみなんて持たない。悲しいだけだよ!」
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
ラブは携帯電話を手に取る。ピルンと融合して生まれたプリキュアの証、リンクルンのカギを開く。
伝えるメッセージは愛。友の幸せを願い、共に幸せを掴みたい想い。
戦う意思を送信し、戦う力を受信する。
全身が眩い光に包まれて、踊り! 走り! 飛ぶ!
変身のプロセス。聖なる儀式。そして、生まれ変わる。
愛に満ち溢れた心を、戦う力に変える。守りたいものがあるから強くなれる。
精神力の物質変換。想いを貫く勇気が、可憐な闘衣となって少女を包む。
大きな髪飾りは愛ある印。みんなで幸せになるために!
そして、降臨する伝説の愛の戦士。
ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて!――フレッシュ!――
“キュア・ピーチ”
ピーチは、わき目も振らずにイースに走り寄る。それを半透明の巨人、ナケワメーケが遮った!
イースは出てこない。後ろに退き、ナケワメーケに戦いの指令を下す。
「こんなものがせつなの出した答えだと言うのなら! あたしは絶対に認めない! 叩き潰して、今度こそちゃんと聞かせてもらうから」
“クリスタル・ゲージング”
「邪魔しないで!」
ナケワメーケの拳と、ピーチの拳が激突する。圧倒的な力の前に弾き飛ばされるピーチ。
立ち上がる暇もなく距離をつめられ、追撃を加えられる。
――疾い!
ピーチは地面を転がって、かろうじて連打を避けていく。しかし、その先にある街路樹にぶつかり動きが止まる。
その一瞬の隙を突いて、巨人の足がピーチを蹴り上げた。
銀杏の樹を圧し折り、ピーチの身体が宙に舞う。背中から雷に打たれたような激痛が走る。
更に落下のタイミングを見計らって、ピーチの腹部に巨人の拳がめり込んだ。
「がっ……はっ……」
悶絶して、うずくまるピーチ。その肩と足を巨人が掴む。そして、そのまま雑巾を絞るがごとく捻りあげた。
ミシミシと、嫌な音を立てながら、少女の小柄な体があらん方向に曲がっていく。
「きぃやぁぁぁ――」
「やれっ! そのまま――捻じ切ってしまえ!」
「ぁぁぁぁあああああ!」
「っ――やめろ!」
「…………ぁ……せ……つな、お願い……話を……させて」
「これが最後通告だ、投降しろ。いや……二度とプリキュアにならないと誓って去れ!」
「できないよ……せつなのことも、絶対あきらめないから」
「ならば――ここで散るがいい!」
「きぃやぁぁあああ!」
「早く――早く、止めを刺せ!」
ピーチの悲鳴に耳を塞ぐようにイースが怒鳴る。その両目には涙が溢れていた。
苦し……かった。
ナケワメーケのコントロールには、苦痛など伴わないというのに。
ナキサケーベを使っていた時よりも、辛くて、苦しかった。
泣いている――自分の中のせつなが泣いている。ピーチと運命を共にしようとしている。
そして、元のイースに戻るのだ。忠実で、冷酷で、孤独なラビリンスの幹部に――
それは、絶望的な想いだった。
“ダブル・プリキュア・キック!!”
閃光の如く空間を切り裂き、青と黄色の軌跡がナケワメーケに突き刺さる。
巨体もたまらず吹き飛び、背後の建物に叩きつけられる。巨人の手から解き放たれたピーチが道路に転がり落ちた。
「パイン! ピーチを!」
「ベリー! 後ろっ!!」
ダメージを感じさせずに、すぐさま反撃を開始するナケワメーケ。恐るべき俊敏性でベリーの背後に迫る。
強敵なのはわかっていた。攻撃を捨てて回避に専念する。
驚異的なスピードで振り回される腕を、足を、紙一重でベリーは交わしていく。
「ベリー、ピーチは無事よ。意識は戻ってないけど」
「パインはそのままピーチに付いてて! こいつはアタシが!」
ベリーは、徐々に巨人の動きを見切りつつあった。
確かに――疾い。
プリキュアに匹敵するほど速いナケワメーケは初めてかもしれない。
だが、プリキュア並みであって、それ以上ではない。威力は大きくても、打撃の軌道が単調で先読みするのはたやすい。
最速の敵幹部、サウラーとやりあったことのあるベリーには、避けられないほどの動きではなかった。
無理をせず守りに専念し、ピーチの回復を待つ。三人でかかれば容易に倒せると判断した。
しかし、ここでナケワメーケの持つもう一つの力、特殊能力が発動した。
“スクライイング“
過去と未来を映し出すという、水晶占いの秘術。巨人の胸の水晶球が、一瞬先のベリーの未来を映し出す。
頭部に蹴りを被弾、弾け跳び電柱に叩きつけられる映像。
「きゃあぁぁぁ――」
身体が硬直し、自然と巨人に吸い寄せられるように動く。蹴りが飛んでくるが、ブロックしようにも腕が動かない。
避けようにも身体が動かない。迫り来る攻撃に恐怖を感じながらも何も出来ない。
見たままの映像通りに、ベリーは電柱に叩きつけられた。
「ベリィー――!!」
パインが悲鳴を上げる。ベリーは霞む意識を気力で繋ぎとめつつ、片手を上げて無事を知らせる。
不可避の攻撃、これほどタチの悪いものはない。
せめてもの救いは、攻撃の種類と角度とタイミングがわかっていることだった。
避けることも、受けることもできなくても、心で備えることはできる。それだけで、不意の攻撃に比べれば大きくダメージを減らすことができた。
“スクライイング“
「させないっ!」
巨人は、再びベリーを映し出そうとする。その前にパインが割り込んだ。
水晶球に映るパインの映像。それを再現するように、腹部に拳を受けてうずくまる。
すかさず追撃に移る巨人。しかし、ベリーがフォローに入る。
胸の水晶球が煌くたびに、確実に攻撃を受けるベリーとパイン。しかし、水晶球は同時に二つは映し出せない。
互いにフォローに回ることで、致命的なダメージを受けずになんとか凌げるようになっていた。
「ラブ……キュアピーチはどうなった……」
フラフラとイースが立ち上がる。ベリーとパインの乱入。しかし、それに一番安堵していたのはイースだったのかもしれない。
無事と聞いてほっとした。しばらくの間、呆然として座り込んでしまっていた。
本来なら、ベリーなど放っておいて、パインを蹴散らし、ピーチに止めを与えるべきだった。
もう――それもできなかった。
あの時の攻撃が、イースの最後の意地だった。
散り散りに乱れた心が闘志を奪う。今は――ただ、ラブのことが心配だった。
「いない――ピーチはどこに……」
「あたしならここだよ、せつな」
背後から声がしてイースは身構える。しかし、ピーチは構えようとせず、自然体のままイースとの距離を縮めた。
「気を失った振りをしていたとはな……。しかし、そんなダメージで私と戦えると思うのか?」
「友達が苦しんでいるのに寝てられないよ。それに、召還中はせつなも戦えないんでしょ」
「全力を出せないだけだ! 今のお前なら倒せる!」
「そっか。じゃあ――とことんやるよ、せつな」
ピーチが矢のように襲いかかる。両手でブロックしたものの、威力を殺しきれず転倒させられる。起き上がった目の前にはピーチの拳があった。
ピーチも傷付いていた。本来の力など到底出せはしない。それでも、イースに分の悪すぎる戦いだった。
スイッチオーバーは強化。変身であるプリキュアと違い、解除するたびに傷が癒えたりはしない。昨日の戦いでイースの身体はボロボロだった。
そして、初めて使う強化されたナケワメーケ。軽々使いこなすウエスターが信じられない。
特殊能力を使い出してからは、体中から力を抜き取られていくような感覚に襲われた。
そして、召還中によるパワーの減退。集中力の低下。何より、もう、イースは心が折れてしまっていた。
異様な光景だった。苦しみの声をあげて泣いているのは、一方的に攻め立てているピーチだった。
イースは途中から防御すら捨てた。一撃ブロックしただけで腕の感覚がなくなる。次に受ければ動かなくなる。そしたらもう、戦えなくなる。
ピーチは話したいのだろう。だが、イースはそれこそを一番恐れた。最も自分を脅かすもの。それは、ラブのせつなへの想い。
当たりもしない攻撃をノロノロと繰り出しつつ、ピーチの攻撃に弱った身体を晒す。
こんな苦痛がどれほどのものか。心が痛いよりずっといい。むしろ安らいだ表情で打たれ続け、そして……力尽き、崩れ落ちた。
ピーチは駆け寄ってイースの体を抱き起こす。両目から溢れ落ちる涙がイースの頬を濡らした。
「せつなっ!」
「もういい……私の負けだ。止めを刺せ」
「ごめん……せつな。ごめん……ごめん……ごめん」
「私はせつなではない、イース。結局お前の目には、一度も私の姿は映らなかった」
「だったら、イースでいいよ」
「なに?」
「あたしはイースも含めてせつなが好き。だから、一緒にやり直そうよ」
「イースである……私と? どれだけ――奪ってきたか、壊してきたか知ってて言うのか!」
「その分、あたしはたくさん救って、守ってきたよ。それを半分こしようよ」
「何を……言っている?」
「あたしの幸せを半分あげる。だから、せつなの、イースの不幸を半分ちょうだい。
そして、せつなの悩みや苦しみを聞かせて。その代わり、あたしの夢や喜びを聞かせてあげる。
楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、全部分け合って乗り越えて行こうよ。二人一緒なら、きっと今からでもやり直せるよ」
「馬鹿ね……。そんな……そんなこと……できるわけないのに」
そこから先は涙で言葉にならなかった。何も話せなくなったイースを、ピーチは優しく抱きしめた。
ピーチももう限界だった。そして、イースを抱きしめた安心感から気が緩んでしまっていた。
だから――背後から迫る影に気が付くことはなかった。
巨人の胸の水晶が光るたびに、確実に攻撃を食らい、ダメージを受ける。
そんな絶望的な戦い。身をすり減らすだけの消耗戦も長くは続かなかった。
突如、ナケワメーケの攻撃が鈍くなった。特殊能力が発動しなくなったのだ。
「一体、何があったというの?」
「ベリー、見て! ピーチが居ない」
「戦って……いる。イースと。気が付いたのね!」
「いけるよ、ベリー!」
巨人はもはや暴走状態だった。近くにいるもの、動くものにただ襲いかかるだけのモノ。
ベリーとパインは、巨人の周囲を円を描くように回転しつつ攻撃を加える。
常に一人は囮。反対にいる者が、死角からの攻撃を繰り出す。頑強な体躯に無数の亀裂が入っていく。
“ダブル・プリキュア・パンチ“
“コンビネーション・プリキュア・キック“
畳み掛けるような、前後左右からの連続攻撃に、ついに俊敏な巨人も膝を突いた。
ベリーとパインの呼びかけに応じて、希望の青いカギと祈りの黄色いカギ、プリキュアの妖精が姿を現す。
くるくると舞い踊り、リンクルンの封印を解き放つ。
「とうっ!」
「えいっ!」
開放の儀式、乙女の口付け。
二人はリンクルンのローラーを回す。
ベリーは水平に切り裂くように。パインは優しく弾くように。
“響け! 希望のリズム! キュアスティック・ベリーソード!”
“癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック・パインフルート!”
ベリーは帯刀からの抜刀の動きで――パインはフルートを奏でるように。
それぞれのスティックの鍵盤から、聖なるメロディが鳴り響く!
“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・エスポワール・シャワー!!”
“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・ヒーリング・プレアー!!”
凝縮されたエネルギーが、解放を求めて先端に集う。
スペードとダイヤの形をした力の結晶が、光弾となって水晶の巨人、ナケワメーケに襲いかかる。
そして、開放の言葉と共に、巨大なハートに膨れ上がって対象物を浄化する。
“フレ――ッシュ!!”
「「はあぁぁぁぁぁ――!」」
額の宝玉が崩れ落ちる。巨人の肉体が、浄化の光に焼かれて失われていく。
本来の姿である、占いの水晶球に戻る。
無数の亀裂で白く濁った水晶球は、そのまま地面に落下して砕け散った。
召還者の闘志と、核となる対象物によって力を変化させるナケワメーケ。
改良されたウエスターのダイヤと、多くの人々の幸せと不幸を映し出して蓄積した水晶球。そして、イースの悲壮な覚悟。
これまでで最強とも思えるナケワメーケの、これが最後であった。
「よくやった! と誉めてやりたいところだがな、プリキュアども」
「「ウエスター!!」」
悠然と歩み寄る、ラビリンスの幹部の一角、ウエスター。
変わった男で、普段はおちゃらけていい加減な戦いをすることも多い。
しかし、今の表情は鬼気迫るものであり、全身から発せられる闘志は、ベリーとパインすら怯ませるほどだった。
そして、その逞しい両肩には、気を失った二人の少女が担がれていた。
「くっ、ピーチを離しなさい! ウエスター」
「イースも離してあげて!」
「どちらも連れて帰るつもりだったが、イースのピーチへの借りは返しておいてやろう」
ウエスターは、気を失ったピーチを放り投げた。
無事を確認して抱き寄せるパイン。ベリーは構えを解かずにウエスターを威嚇する。
「イースも置いて行きなさい。そうすれば、あなたは見逃してあげる」
「イースを、せつなさんを返して。もう……あなたたちの元には置いておけない」
「イースの説得を試みているようだが、無駄だ。ラビリンスの国民は、メビウス様を裏切ることは決してない」
「そんなの、やってみなければわからないわ!」
「現に、せつなさんはラブちゃんに心を開き始めているもの」
「ならば教えておいてやろう。ラビリンスの国民は、生まれた時から寿命を管理されているのだ。仮に寝返ったとしても、その先に永らえる命はない」
「そんな……」
「そんなことって……」
勝利の高揚感も、ピーチを取り戻した安堵感も、何もかも全て吹き飛んでしまった。
絶望を二人が襲う。
ラブのためにも、せつなを救い出す。
二人で立てていた計画も、何もかもが甘かった。
地面にへたり込んで動けなくなったベリーとパインを横目に見ながら、ウエスターは静かに歩み去って行った。
最終更新:2013年02月17日 08:57