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翼をもがれた鳥 第9話――ただ一度きりの飛翔――




 せつなとの出会い。
 せつなとの時間。
 せつなの声。せつなのしぐさ。
 せつなの笑顔。そして、せつなの……涙。

 そういえば、ちゃんと考えたことなかったよ。
 どうして、あたしはプリキュアになったのかってこと。
 みんなで幸せをゲットしたかった。ただ、その想いだけだった。

 せっかく生まれてきたんだもの。あたしは幸せになりたかった。
 せっかくみんなと出会えたんだもの。みんなにも幸せになってほしかった。

 でも、今、はっきりとした目的ができた。

 あたしが何よりも望んでいるもの。
 どうしても手にしたいもの。

 この出会いは、決して偶然なんかじゃないから。

 ありがとう、ピルン。あたしをプリキュアに選んでくれて。
 待っててね、せつな。何も心配しなくていいからね。あたしが……。あたしが必ずなんとかするから!







『翼をもがれた鳥――ただ一度きりの飛翔――』







 全ての、始まりの場所。
 道に迷ったラブが、運命の糸に手繰り寄せられるように立ち寄った場所。

 占いの館。もう――その姿は見えないけれど。
 あの時は、せつなが迷ったラブを導いてくれた。

 今度は自分の番だと思った。
 出口のない迷宮に囚われたせつなを救い出す。


(あたしの――全てを賭けて!)


 心の整理がついた。不安もある。未練もある。心残りもある。
 でも、それらを乗り越えて、果たしたい願いがあるからここに来た。

 キュアピーチの瞳が大きく開かれる。


「ウエスター! サウラー! 見ているんでしょ、話したいことがあるの!」


 ほどなくして空間が歪み、扉が開かれる。
 先にウエスターが、そして、けだるい表情でサウラーも姿を見せた。
 殺気を纏うウエスターとは対照的に、つまらなさそうにピーチを眺めるサウラー。
 彼はピーチの様子から、戦いに来たわけではないことを見抜いていた。


「昨日の焼き直しのつもりか? 今度は返り討ちにしてやろう」
「待つんだ。キュアピーチは話したいと言っていたよ」

「先に聞いておきたいことがあるの。あなたたちも寿命を管理されているの?」
「当然だ! ラビリンスの国民は皆そうだ。全てはメビウス様のために存在するのだからな」
「そういう事だね。まわりくどい話は御免だ、君が聞きたいのはイースのことだろう?」

「お願い、せつなの寿命管理を解いてほしいの」
「ふざけるな! そんなことができると思っているのか」
「管理はクラインが行っている。その判断を下すのはメビウス様だ。僕らの意思の及ぶところじゃない」

「うん、わかってる。なら――メビウスに会わせて!」
「お前、意味がわかって言ってるのか?」
「いいだろう、約束はできないが手配はしてみよう。ただし、変身解除とアイテムをここに残していくのが条件だ」

「……持ってこいと、言われると思うんだけど」
「その手には乗らないよ、必要なら後で回収する。僕らには触れられないらしいからね」


 しばらくの間逡巡する。断れば、ここで戦いになるだろう。二対一で……。
 勝敗は問題ではない、それでは目的が果たせないのだ。
 ピーチは変身を解除して、リンクルンを地面に置いた。


「――これで、いいんだね」
「付いて来たまえ」


 サウラーは、確認もせずに背を向けて館への扉を開いた。ウエスターが一度だけ振り返り、同じく歩を進める。
 ラブは硬く拳を握り締め、後に続いた。







 主を失ったリンクルンに、細く白い手が伸びる。
 一足遅かった。駆けつけたイースが目にしたのは、争った跡すらない草むらに残された、変身アイテムだけ。
 恐る恐る手を伸ばす。前回触れた時は、激しい光とともに雷に打たれたような衝撃が襲った。
 だけど、放っておくことはできない。これは――ラブにとって大切なもの。

 触れた瞬間に光り、軽い痛みが走る。しかし、その後は静かにイースの手に収まった。


「ありがとう、しばらく我慢してね」


 懐に大切に入れて、館への扉を開く。住み慣れた家に戻るだけなのに、緊張で体が震える。
 恐怖ではない。もとより保身に興味もなければ意味もない。

 ただ、上手くやらなくてはならない。
 ラブを救い出すだけでは足りないのだ。ここに来た目的――ラブの笑顔と幸せを守ること。
 それを妨げるものを、排除しなければならない。
 そのうちの一つが自分自身の命。そして、自分がこれまで集めてきたもの。


(急がなければ……)


 ラブが本国に送られてしまったら、もう手の打ちようがない。ウエスターとサウラーが付きっきりになっている今がチャンス!
 イースは館の地下を目指して走りだした。まずはコントロールルームから。警備カメラの映像を、録画画像に差し替えて無力化する。
 転移装置を破壊して、送還を止める。

 口元にわずかに笑みが漏れる。謀反が知れればそこまで。後、どのくらい生きられるかわからない。ラブのことも心配だった。
 そんな状況の中でも、少しだけ楽しいと感じる自分がいた。
 ほんの数日前まで、最も忠実なしもべを自称していたイースが反逆を企てている。
 命令でもなく、任務でもない。自分自身の望みに従って判断し、自分だけの目的のために行動する。生まれて初めて手にした自由。
 それが――楽しいと思った。たとえ、一瞬の輝きであったとしても。

 目的の部屋に到着する。無数の機器に囲まれた一室。
 光点の一つ一つが超空間回線であり、特殊な計器であり、優れたコンピューターでもある。
 そのうちの一つに触れる。画面が開き、キーボードが現れる。
 並みの者では使いこなせない煩雑な操作。しかし、イースはその扱いに幹部の誰よりも長けていた。
 力でウエスターに劣り、頭脳でサウラーに劣る彼女が、幹部に選ばれた理由。
 高い適応能力と記憶力。一度見ただけで、その技術を自らの力とする能力がイースにはあった。


 監視モニターカット。
 転移装置、電力ダウン。
 異空間通信装置、ジャミング起動。
 館の座標軸修正、館の隠蔽モード解除。

 不幸のゲージ、自爆時限装置起動。
 ERROR
 ERROR
 ERROR

 ならば――

 不幸のエネルギー供給装置爆破。
 ERROR
 ERROR
 ERROR


 そして、画面がエラーの文字で埋め尽くされる。全ての操作を受け付けなくなる。 
 部屋が赤く点滅し、非常警報が鳴り響く。


「くっ、失敗したというのかっ! 次は無いというのに――」


 プロテクト解除の手順は完璧だったはず。あらかじめ、このような事態を予測したプログラムを組んであったとしか思えない。
 拳を叩きつけて、操作していた端末を破壊する。
 もう――一刻の猶予も無かった。後は時間との戦い。
 イースは不幸のゲージの間へと急いだ。







 占い館の前。焦りの表情を隠そうともしない、ベリーとパインが立ちすくんでいた。
 必死になって入り口を探すが、それらしきものは見当たらない。
 大声を張り上げもした。威嚇の技を放ちもした。しかし、どれも反応を得ることはできなかった。


「キュアスティックなら破れないかな?」
「駄目だと思う。イースが通常の手段では干渉できないと言ってたわ」

「シフォンちゃんに来てもらえば、もしかしたら何とかなったかもしれないね」
「うん――ゴメン。アタシの判断ミスだった。先にラブの家に寄るべきだったわね」

「ベリーのせいじゃない。シフォンちゃんを危険に巻き込みたくなかったんでしょ」
「そうだけど……。アタシ行って来る!」

「待って! なんだか様子がおかしい」


 周囲の木々が大きく揺れ動く。地響きをあげながら巨大な建築物が具現化する。
 一瞬後には、始めからそこにあったかのように、占い館がその姿を取り戻していた。


「出入りなら、空間の扉を開けばいいはず。一体、何が起こっているの?」
「とにかく急ごう! ベリー」


 ベリーとパインは、館の扉を開いて飛び込んだ。
 入って直ぐの昇りの階段。その後ろに、隠れるように配置されている降りの階段。
 どちらに行けばいいのか? 迷いが焦りを呼ぶ。この選択のミスが致命的な遅れを招くかもしれない。


「どうしよう、ベリー」
「下に行くわよ。大切な物や場所は地下に設置するはず、その方が安全だから!」


 パインは力強く頷いた。同じ意見であったのだろう。二人は地下へと降りていく。
 いくらも進まないうちに警報が鳴り響く。
 自分たちの進入が見つかったのだろうか? しかし、館をわざわざ出現させておきながら警報もおかしな話だった。
 もともと隠密行動できるなんて期待していたわけでもない。成すべきことは同じ! 二人は更に足を速めて下層へと急いだ。







 黙々と、地下への階段を降り続けるサウラーとウエスター。少し遅れてラブが続く。
 拘束も何もされていない。しかし、そこに自由があるわけではない。
 彼らの力は常人の数千倍もあり、プリキュアすら肉弾戦だけなら凌ぐほどだ。変身を解除し、リンクルンを失ったラブは普通の十四歳の女の子にすぎない。
 彼らの視界に納まっている以上、囚われているに等しかった。

 一歩階段を下るごとに恐怖が募る。どこに連れて行かれるのか。
 いや、それはわかっている。ラビリンス本国、メビウスの元だ。それは自分自身で望んだこと。
 せめて、リンクルンが腰にあればと思う。そうすれば、こんなに不安に心を塗りつぶされることは無かったろう。例え、戦力差が絶望的であったとしても。
 言っても仕方ないことだった。自分の見通しが甘かっただけ。感情にまかせて、飛び込むように来てしまった。

 こんな時、いつも美希が叱ってくれたのにと思う。祈里が心配して、引きとめてくれたのにと思う。
 そんな二人を突き放したのも自分自身。
 二人とも、自分のことが心配で仕方なかっただけなのに。
 心配してくれる人がいることは幸せなんだって、わかっていたはずなのに。


(せつな……)


 心の中で、そっと名前をつぶやく。それだけで心が温かくなった。勇気が湧いてくるような気がした。
 そうだ――もともと力で押せるような状況じゃないのはわかっていたこと。
 それでも助けたかった。生きていてほしい人がいた。だから――ここに来たのだから。

 しっかりしなきゃ! と自分に言い聞かせる。まだ、何も始まってすらいないのだから。
 メビウスと対峙して、せつなの寿命管理を解かせなくてはならない。
 説得が通じる相手とも思えない。何か交換条件が必要となるだろう。
 もうプリキュアにすらなれない以上、それがどのようなものであっても呑むつもりだった。


(美希たん、ブッキー、ごめん。後のことはお願いね)


 目的の場所に着いたのか、サウラーの足が止まる。
 そこは大きな部屋だった。中央の巨大な装置に、円形の台座が備え付けられている。その周囲を、またいくつもの計器類が取り囲む。
 科学の知識なんてないけれど、なんとなくそれが転移装置なんだろうと思った。

 サウラーがパネルらしきものを開き、誰かと通信し始めた。


「お久しぶりですね、サウラー。どうかなさいましたか」
「クライン、イースのことは承知しているんだろう?」

「ええ、あなた方の報告には目を通しています。それ以上のことも調べていますよ」
「ならば話は早い。プリキュアのリーダー、キュアピーチを確保した。メビウス様に会いたいそうだ」

「お会いするかはメビウス様がお決めになられること。ご報告はしておきましょう。あなた方はキュアピーチを護送してください」
「そのつもりだ。今からそちらに向か――」


 突然、映像が乱れる。通信回線がノイズとともに遮断される。そして――


「変だな、転移装置が動かないぞ。おい! サウラー、どうなっているんだ」
「それはこちらのセリフだ。また叩いて壊したんじゃないだろうね?」


 地震のような揺れを感じる。そして、非常警報が鳴り響く。
 これは第一種警戒体制。つまり直接建物内に何者かが入り込み、攻撃を加えていることを意味していた。
 もちろん、ウエスターとサウラーにとっても初めてのことだ。


「一体、何が起こっているのだ!?」
「君も少しは手伝ったらどうだ! 館の隠蔽モードが解除されている。プリキュアの仕業かもしれない」

「どうして中に入れたんだ!?」
「それを今調べている。――だめだ、モニターには何も映っていない」


 戦闘体制と言っても、他に戦闘員がいるわけではない。館に迎撃用の装備があるわけでもなかった。
 危険を知らせるためのものに過ぎない。
 高すぎる潜伏能力。隠蔽モードがあるがゆえに、一度内部に潜入されると脆い構造になっていた。

 サウラーは侵入者の位置を探ろうと、ウエスターは通信装置と転移装置を回復させようと躍起になる。
 しかし、どのような手段でロックがかけてあるのか、それぞれの機能は全く操作を受け付けなくなっていた。
 唯一、転移装置だけは電力供給を切られているだけだった。もともとこの装置は、その性質上遠隔操作を受けないように作られている。
 手動で再接続する。あと、数分で使用可能になりそうだった。

 混乱しているのはラブも同じだった。何が起こっているのか?
 プリキュアの仕業かもしれないとサウラーが言っていた。一瞬喜び、すぐに不安に変わる。
 それではダメなんだ。襲撃でいいなら、ラブは一人で来たりはしていない。
 ここで実力行使に出たら、せつなが――
 もう、せつなを救う手段がなくなってしまう。必ず――なんとかするって約束したのに!

 決意してここにやってきた。何が起きても、せつなだけは助けるって誓いを立てた。
 なのに何一つ思い通りにならず、成す術もなく成り行きに身を任せるしかないなんて――
 ここに来た時の自信が音を立てて崩れていく。
 プリキュアの力に甘えて、なんでもできる気になっていた。本当の自分は、無力な中学生の女の子に過ぎないことも忘れて。

 絶望の淵でせつなの救済を祈るラブの前に、黒い人影が歩み寄ってきた。







 ラビリンス四大幹部の一角、イース。この館の主の一人。本来居てしかるべき人物の到来に、一同が凍りつく。
 その表情は自然体で、何の感情も映していない。数日前まで彼女の心を支配していた焦燥感も感じられなかった。


「なにやら騒がしいわね。そこをどいて。お前がやっていたのでは日が暮れるわ」
「イース……。無事だったのか!」
「いつ……戻ったんだい、イース」
「せつ……な? どうして……ここに……」

「もう平気よ。今帰ったばかり」


 喜びを露わにするウエスターと、怪訝な表情を浮かべるサウラー。そして、驚愕に目を見開くラブ。
 イースはラブには応えず、一瞥もくれず、ウエスターを押しのけるように転移装置に近づく。

 そして、メインコントロールパネルに拳を振り上げて――叩きつけた!


「イース! 何をするっ!」
「気でも触れたのかい? イース」
「せつなっ?」

「なんとでも言うがいいわ。これでもう、当分はラビリンスへの行き来はできなくなった」
「なるほど、一連のトラブルは君の仕業というわけだね」
「イース、お前は自分のやっていることがわかっているのか?」

「ラブ、私はあなたに伝えていない想いがあったの。ありがとう――あなたと出会えて、楽しかった」


 イースはラブと向かいあい、優しく微笑んだ。氷のようなイースの表情に、花が咲いていくように柔らかな感情が宿る。
 それは嬉しそうな笑顔――でも、やっぱり、儚げで寂しそうな笑顔だった。
 ようやく事情が飲み込めて、怒りの表情を浮かべるウエスター。そして、サウラーは警戒しつつイースとラブの間に割って入る。

 ラブの瞳に涙が溢れる。その言葉は嬉しかった。気持ちが通じたのは嬉しかった。
 でも、それはあきらめの言葉。そして、お別れの言葉だった。

 そこに聞こえてくる足音。新たなる来訪者。キュアベリーとキュアパインが扉を叩き破って現れた。


「ラブっ! 無事?」
「ラブちゃん、助けに来たよ!」


 これで、三対二。分の悪くなったのを察して、サウラーがラブを拘束する。プライドの高い彼にとって、それは屈辱的な行為だった。
 普段なら撤退を選んでいただろう。しかし、ここは本拠地。大切な不幸のゲージの保管場所。それも許されなかった。

 展開に付いていけないウエスターとラブ。しかし、イースに動揺はなかった。館を戻し、ベリーとパインを呼び込んだのも彼女だった。
 不敵に笑うと、右手に収まる小さな機械を掲げた。


「全員動くな! 不幸のゲージの間と道中に爆弾を仕掛けてきた。この意味、おまえたちならわかるはずよ」
「よせっ! そんなことをしたら」
「本気で反逆するつもりのようだね。その命、もう長くないと思うよ」

「そうね、でもスイッチを押す時間くらいはあるわ。サウラー、ラブを離して! ベリーとパインは、ラブを連れてここから脱出して」
「せつなっ……あなた……」
「せつなさん!」
「ダメだよ、せつな。それじゃせつなが!」

「そうはいきませんよ、イース」


 突如空間が歪み、初老の男が出現する。痩せ型で神経質そうな顔。どう見ても武官ではなく、文官のような印象だった。
 空間に浮いたまま近づいてくる。


「サウラー、あなたはその娘を転移装置に乗せてください。座標は本国から誘導します」
「ラブっ! そうはさせない!」
「ラブちゃん!」

「動けばその娘がどうなるかわかりませんよ。生身の人間など、この場の者なら撫でただけで首が折れます」
「よせ! クライン。このスイッチが見えないのか!」

「イース、あなたには失望しました。メビウス様の命により、あなたの寿命を今日ここまでとします」


 クラインが空間から出現させたキーボードを弾く。死を告げるコマンドが入力される。
 イースの体に深く刻み込まれた“強制”が発動する。――生命活動停止の指令が脳に送信され、全身に伝達される。

 イースは声を上げることもなく、突然崩れ落ちた。糸の切れた、操り人形のように――

 当然、予測されたことだった。少なくとも、ウエスターとサウラーには。そんな彼らにすら、あまりにも唐突な別れだった。
 クラインの宣言。そして、動かなくなったイース。しばらくしてから、ようやくラブたちにも状況が理解できた。
 突然で、乱暴で、理不尽で、とても受け入れられない現実。ラブの心を満たすのは、悲しみではなく否定の感情だけ。


「せつ……な? せつな……せつな……。いやぁぁぁあああ!!」
「せつなさん……」
「クッ……なんてことを。あなたたちは仲間じゃないの?」


 倒れたイースをつまらなさそうに眺めてから、クラインは地面に降り立った。
 ベリーの問いかけには答えず、そのままラブの方に歩み寄ろうとする。
 そして、突然後ろを振り返った。その目が驚愕に見開かれる。
 彼の視線の先にある異変。

 死んだはずのイースの体が――小刻みに震えていた。



最終更新:2013年02月17日 09:28