翼をもがれた鳥 第16話――四葉のクローバー――
夕食の後、せつなは部屋に戻り、私服のままベッドに倒れこんだ。今夜だけは食事の味もよく覚えていない。
先ほどの、ミユキの言葉が頭に焼きついて離れない。この世界の人間の中で、最も苦手な存在だった。
他の誰でもない、せつな自身の行動がそうさせたのだ。
目を合わせることすら辛いほどに、後ろめたい人だった。しかし、恐る恐るうかがった瞳には、不思議と憎しみの色は無かった。
少し開いた窓、カーテンを揺らして夜風が吹き込む。
ふと目に入る、部屋の家具や装飾品の数々。乱暴に身を投げ出して、乱れてしまったシーツ。
慌てて起きて、丁寧にベッドメイクをやり直す。優しい部屋。あゆみが買ってくれたお布団。こんな使い方は許されないと思った。
外に出て、ベランダの涼しい風にあたる。美しい四ツ葉町の夜景が一面に広がっている。
無数の灯りの一つ一つの先には、この家と同じように幸せな家庭があるのだろう。
そんなことを考えながら、またミユキの言葉を思い出していた。
「事情はどうあれ、多くの人々を不幸にした事実は許せない!」
“許せない!”シンプルなその一言を、頭の中で何度も繰り返しながら噛み締める。
当然だ! ――許せないなんて――そんなの当たり前だ。
それなのに、この街に来て以来、初めて聞いた言葉だった。
「どうすれば――許してもらえますか?」
なんて――都合のいい質問だろうか。
どうにかすれば、許してもらえるとでも思っていたんだろうか?
愚かだと思う。それでも、初めて自分の罪を認めた人だから。ただ、純粋に聞いてみたかった。
ラブ、美希、祈里。彼女たちは、せつなの罪を認めようとしなかった。謝罪すら拒絶した。口にするほどに苦しそうな顔をした。
始めから、責める気がない。そんな人たちに謝ったところで、自己満足にすらなりはしない。
謝ることもできないのに、許されるはずが無い。許しなんて、請う資格がない。
知念 ミユキ。ラブに、夢と幸せを与えた人。この人ならば、自分にも何か答えを示してくれるような気がした。
たとえ、それが拒絶や断罪であっても構わない。もう、一人で抱えるのは苦しかった。
その答えは、自分で見つけろと言っていた。ならば、あるのだろうか? 本当に――そんな答えが。
ラビリンスと共に、この身を滅ぼす。それ以外の、未来が――
「一つだけ、ヒントをあげる。守るだけではなくて、――」
なにを?
守りたいものは、ラブの笑顔と幸せ。ただ、それだけだった。
いや、違う。――今はもう、あの時とは違う。
ラブと、優しくしてくれたご両親。そして、美希と祈里も守りたい。
たった数日で、ずいぶんと欲張りになったものだと思う。これ以上増えたら、自分の手には余るかもしれない。
それも、違う。――守るべき数なんて、関係ない。
ラビリンスを打ち倒す! メビウスの野望を打ち砕く! 果たすのは、ただそれだけでいい。
そうすれば、もともと幸せに溢れていたラブたちは、きっと本来の笑顔を取り戻せるはずだった。
「――与えられる存在になりなさい」
与える? 東 せつなが、他人に幸せを与える? 無理だ! と思えた。
確かにこの街に来て、望んでいたままの幸せを手に入れた。でも、それは、みんなから与えられたもの。
そして――本来は、受け取ることすら許されないもの。
いつかは、返すべきものだった。
他人に分けて、与えられるものなんて、これっぽっちも持ってはいなかった。
自分の自由にできるのは、この身体と命だけ。だから――戦うと誓った。
この身が、砕け散るまで。ラビリンスの野望を、砕き切るまで。
他に、どんな使い方があるというのだろうか。
「せつな? どうしたの」
「ちょっと、夜風にあたっていたのよ」
髪をほどいた、パジャマ姿のラブが部屋から出てきた。
ツインテールの時とは違い、長い髪を揺らしたラブは、びっくりするほど大人っぽく見えることがある。
大きな瞳が、憂いを帯びて揺れる。一瞬でこちらの心情を察して、心配しているのだろう。
「ミユキさんの言ったこと、気にしてるの? 大丈夫だよ。きっと、わかってくれるから」
「そうじゃないの、与えられる存在になりなさいって意味がわからなくて。そんなもの、何も持っていないもの……」
「だったら、今から手に入れようよ! そしてみんなで――って、どうしたの、せつな?」
せつなの目が、驚きに見開かれる。幸せになりなさい。それは、何度もかけられた言葉だった。その度に、空しくせつなの心をすり抜けていった。
これ以上、望んではいけないと思ったから。誰よりも、せつな自身がそれを許せなかったから。
その言葉が、今、全く別の意味を持ってせつなの心を捉える。
「自分で見つけなさい」ミユキの忠告が甦る。
一つだけ、ヒントをあげる。ミユキはそう言っていた。そして、ラブからもたった今、その一つを受け取ったように思えた。
後は、美希と祈里。彼女たちからも聞いてみたい。そうしたら、答えに行き着くような気がした。
「ありがとう、ラブ。私、明日、美希と祈里に会いに行ってみるわ!」
「それなら、あたしの部屋で集まろうよ」
「ううん。それぞれ、二人っきりで話してみたくなったの。今のラブと、私のように」
「わかった。頑張ってね、せつな」
『翼をもがれた鳥――四葉のクローバー――』
「四葉フォトスタジオ――ここね」
クローバータウンストリートから少し離れたオフィス街、そのマンションの一角にせつなは足を踏み入れる。
初めて訪れる場所だが、地図をもらっていたので迷うこともなく辿り着いた。
今からここで、美希の読者モデルの撮影があるらしい。終わってから待ち合わせても良かったのだが、せっかくなのでと見学を勧められたのだ。
几帳面なせつなのこと、つい早く着きすぎたらしい。外で時間を潰そうかとも思ったが、中学生がうろつく場所でもない。
中で待たせてもらおうとしたところで、カメラマンらしき人から声がかかった。
「遅いよ、君。もう撮影の準備は済んでいるんだ。さあ、早くこっちへ」
「えっ? 私は……」
「いいから早く! 午後からは次の雑誌が控えてるんだろう? それまでに終わらせないとね」
若いカメラマンは、せつなの腕を掴んで中へと案内する。表情と口調は優しいが、行動は有無を言わさず強引だった。
スタジオをくぐり抜けた先に待っていたのは、プロのメイクとスタイリスト。
もともと美しいせつなの容姿が、瞬く間に磨き抜かれていく。
「あのっ! 聞いてください!」
「質問は説明の後にしてくれるかな。まずは撮影の手順からだ」
何を言っても聞いてもらえない。せつなは観念して従うことにする。
内容は簡単だった。決められたポーズを取り、カメラに要求される表情を向けるだけ。
「いいよ~、そこで笑って!」
「はい」
「ダメダメ、笑顔が固い。作り笑いじゃカメラは誤魔化せないよ。もう一度!」
「こうですか?」
「それもダメ。君の笑顔からは喜びが感じられない。目に輝きが無いんだ」
何がいけないのか? 頭が混乱していく。容姿は認めた上での撮影のはず。
表情? 笑顔? それも、この世界に潜入する時点で、念入りに調査して身に付けたつもりだった。
ラブもあゆみも誉めてくれたのに――ここでは通じない?
繰り返されるダメ出しに、せつなの表情もだんだんと険しくなっていく。怒って出て行こうとした時だった。
「すみませ~ん、遅くなりました。蒼乃 美希です」
「美希!」
「せつな……どうして?」
それから二時間ほど後のこと、お昼の休憩時間にせつなと美希はスタジオ近くの喫茶店に移動した。
美希が時々撮影の打ち合わせで使うお店だった。高級感の漂う美しい店舗で、テーブルの間隔も広く天井も高い。
要するに中学生が二人で入るようなお店ではないのだが……。
他人に聞かれたくない話をするには、打って付けの場所でもあった。
「まったく、美希のせいで酷い目にあったわ」
「だからゴメンってば。お詫びにここはアタシの驕りでいいから」
「そう、悪いけどお言葉に甘えさせてもらうわ」
メニューを見て心配していたのだ。どれも信じられないほど高額なものばかりだった。
払えないほどではないが、あゆみからもらった大切なお小遣いを、こんな贅沢で使ってしまうのは躊躇われたのだ。
結局のところ、完全な人違いだった。前の撮影の仕事が長引いて遅刻した美希の代わりに、せつなをモデルと勘違いしたらしい。
基本的に部外者が立ち入る場所でもなかったし、一般人離れしたせつなの美貌も災いしたのだった。
OKをもらえるカットこそ無かったものの、カメラマンたちはせつなのことを大変気に入ったらしい。素人と聞いて目を丸くしていた。
美希と一緒に撮ってみないか? 読者モデルになる気はないか? などとしきりに声をかけていた。
それを、これ以上ないくらいキッパリとせつなは断った。かなり気分を害していたらしい。
「それにしても、せつながモデルって良かったわよ。くくっ」
「笑わないで! 雰囲気に流された私が馬鹿だったわよ……」
「いいじゃない、狼狽したせつななんてそうそう見れるものじゃないんだし」
「一番高いメニューは何かしら……」
せつなが気を取り直そうとするたびに、美希が蒸し返してからかう。そんなやり取りがしばらく続いた。
美希にしてみれば、こんな雰囲気を簡単に手放すのが惜しかったのだ。
言うまでも無く、三人の中で一番せつなと気まずいのが美希だ。この間のイースの影との戦い以来、一応友人と呼べる間柄にはなれた。
それでも、親しいかと言うとかなり微妙な関係だった。
せつなが四つ葉町で暮らすようになって、既に一週間が過ぎようとしている。基本的に四人で行動しているものの、ラブ抜きでせつなと向かい合う時間も少なからずあった。
そんな時、一番会話に困るのが美希だった。
押し黙るせつな。空気を読まずにニコニコしている祈里。せつなを無視して、祈里とだけ話すわけにもいかない。
なんとか場を持たせようと美希が声をかけるものの、せつなからはそっけない返事しか帰ってこない。
何してるの? 美希たん。ラブが戻ってくる頃には、疲れきってテーブルに突っ伏してる美希の姿がしばしば見受けられた。
「あれが、美希の夢? 美希の幸せ? 美希が本当にやりたいことなの?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるわ。アタシの目標はハイファッションのトップモデルよ」
憤慨はしていたものの、このトラブルはせつなにとっても好都合だった。肩の力が抜けて、自然に聞きたいことが口をついて出る。
今のは読者モデル。モデル業界のほんの入り口であり、美希の目指すのは国内外を問わぬコレクションのステージだった。
目を輝かせて、世界の舞台で活躍するモデルの話をする美希。そんな姿をせつなは不思議そうに眺める。
今日の撮影とだいぶ違うことはわかる。それでも、何がそんなに楽しいのかは理解できなかった。
「他人より優れた容姿を持つ者が、衣装の流行を先導する。そういうことね?」
「実も蓋も無い言い方ね……。アタシ以外のモデルにそんなこと言っちゃダメよ」
「ごめんなさい。でも、本当にわからないの。容姿が優れているって、そんなに誇れるようなことなの?」
「モデルに関して言えば――その通りよ。でもね」
モデルとは、たまたまルックスに恵まれた、そんな次元で目指せるものではない。生まれ付いての容姿など、最低条件の一つに過ぎないのだ。
「せつなの顔とスタイルは、アタシから見ても完璧よ。それでも通じなかったのはどうしてだと思う?」
「笑顔が固いって、喜びを感じないって言われたわ」
「何から生まれた笑顔か使い分けること。理想的な顔の筋肉の動かし方をすること。ただ笑えばいいものじゃないの」
「そうかもしれないわね。でも、今日、私が聞きたいのはそういうことじゃないわ」
「モデルというのはね――」
「もう、モデルの話はいいわ!」
「いいから聞いて、アタシがモデルを目指した理由。ラブとブッキーしか知らないことよ」
どこで開かれたのかは、もう覚えていない。母親に連れられて見た、華やかなコレクションの舞台。そこで美しく輝くモデルたち。
いつかは、自分もそこに立ってみたい。幼心に抱いた夢。それは――よくある話だった。
「パパ、アタシモデルになるのっ!」
「いいかい、美希。モデルを目指すとは、完璧な女性を目指すことだ。モデルとは手本なのだよ、わかるかい?」
「うん! アタシ完璧になる!」
今となっては滅多に会うこともなくなった父親とのやりとり。その中でも、忘れ得ぬ一つだった。
美希が魅せられたのは、舞台の照明でもなければ、モデルの顔でもスタイルでも衣装でもない。それぞれのモデルが培ってきた人生の輝きそのもの。
考え方も、立ち振る舞いも、教養や身体能力も。広い知識や経験も。それら全ては糧となってモデルの美しさを磨き上げる。
美希にとってモデルになるとは、女性として完成させること。そして、父親との約束を果たすことでもあった。
幼い頃から身体が弱く、同じ歳の子と遊べずに美希に付いて回っていた弟の和希。その目標になりたい、そんな気持ちもあった。
美しい母親に対する憧れもあった。離れてしまった家族に、自分を見せ付けてやりたい気持ちもあった。
「だから、アタシは完璧なの。そうでなくちゃいけないのよ」
「どうして――私にそこまで話してくれたの?」
「せつなが、体の弱さに負けて希望を失っていた弟に似てるからかな」
「私が――負けている?」
「ねえ、せつな。後悔はつらい? 一度道を間違えてしまったなら、なおさらその先は完璧であるべきよ」
休憩が終わり、再び美希は撮影へと戻っていった。
全ては自分を輝かせるために。家族を引き裂いた悲しみすらも、前進する力に変えて。
不幸すらも――希望に変えて。
常に希望が持てる生き方こそ完璧。美希の言葉を胸に刻んで、クローバータウンストリートに戻ることにした。
次は、祈里と会うために。
クローバータウンストリートの表通り、特に賑やかな場所に山吹動物病院はあった。買い物を楽しむ客が行き交う往路において、目的を異にする建物。
言葉の話せない動物の処方はどうしても遅れがちだ。苦痛を訴えられないから、継続して治療を行うことも難しい。
買い物のついでにでも気軽に寄れるように、なるべく通院が負担にならないようにとの配慮だった。
「こんにちは。初めてかしら?」
「あ、せつなさん!」
「こんにちは、東 せつなといいます。よろしくお願いします」
勝手がわからなくて、せつなは正面から院内に入った。迎えてくれたのはあゆみと同じくらいの歳の美しい女性。
どうやら祈里の母親らしかった。すぐに祈里が駆けつけて、奥の男性と一緒に紹介する。
恰幅のいい大柄の男性は正先生。祈里の父親で、この動物病院の院長だ。
「祈里、ここはもういいわ。せつなさん、ゆっくりしていってね」
「うん、せつなさん、わたしのお部屋に行こう」
「お邪魔します」
初めて見る祈里の部屋。黄色のイメージで統一された、柔らかい印象の内装だった。
一見、女の子らしく可愛く整えてあるものの、ラブや自分の部屋と決定的な違いがあることに気が付いた。
「すごい数の本ね。これ――全部、祈里のなの?」
「わたしのもあるし、お父さんやお母さん、おばあちゃんからもらった本もあるのよ」
つまり、全ては祈里が読む本らしい。サウラーもかなりの読書家だけど、それ以上かもしれない。
詩集、文学書、神学書、図鑑、医学書。パッっと見ただけでも、冊数だけではなくジャンルも多岐に及ぶようだった。
許しをもらって、そのうちの何冊かを手に取る。やはりただ持っているだけではなくて、全てのページに読み込まれた跡があった。
本を戻して、祈里と向かい合う。
どう切り出していいか分からず、沈黙が続く。今日も約束を取り付けただけで、用件は何も伝えていなかった。
祈里は何も話さず、尋ねもせず、ただせつなの様子を微笑みながらずっと見守った。
「祈里は、私と一緒にいるのが平気なのね」
「どういうこと?」
「美希は、いつも居心地が悪そうにしてるから……」
「美希ちゃんは、あれで色々気を使う人なの」
せつなの質問の意図を汲んで、祈里が口を開く。これも、二人きりでなければできないお話だったに違いない。
会話は確かに有効なコミニュケーション手段だけど、それが全てってわけじゃない。
もしそうなら、人は動物と仲良くなんてなれるはずがない。
会話は信頼から生まれるのだそうだ。それは相手を信用するとか、そういう類の話ではない。
互いの口にする言葉が、相手を傷付けることは無いと信じ合うことで、初めて会話が成立するのだ。
生まれた国が違い、生活習慣も考え方も、常識の段階から何もかも違うのがせつなだ。
敵味方に分かれて戦っていた相手であり、今は心に深い傷を抱えている友人でもある。
迂闊に言葉を発せられないのは当たり前だった。
「だから、一緒にすごせる時間を持つことができた。それだけでも楽しいのよ」
「私も、祈里の傍にいるだけで気持ちが落ち着くわ。でも、今日はそうもいかないの」
「わかってる、大事なお話があるのね。心の準備はできてる」
「そんな大したお話でもないの。――医学書が一番多いのね、祈里の夢は獣医だったわね」
「うん、動物さんが大好きだし。お父さんが獣医だし」
美希のように朗々と語ることはなかった。でも、それだけじゃないのは聞くまでもなかった。
膨大な蔵書が、祈里の内に秘められた情熱を表していた。
命を救う仕事をしてきたのなら、救えなかった命もまた多いに違いない。その悔しさが根底にあるのだろう。
「入院して気が付いたの。この世界は、他の技術レベルに比べて医学が極端に発達しているわ」
「そうなんだ。でも、それだけは全然満足できないの」
「ここの人たちは、動物の命すら、これほどまでに大切に扱うのね」
「愛している人がいるのなら、命の大切さに人も動物もないと思う」
「愛してくれる人がいないなら、人の命は動物にも劣るってこと?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「ごめんなさい。まさしく、ラビリンスはそういうところなのよ」
「せつなさん……」
怖いとは思わないのだろうか? 関わりたくないとは思わないのだろうか? ラブも美希も祈里も、あゆみや圭太郎も。そして、きっとミユキも。
他人を愛して受け入れることによって、その人を苦しめている不幸まで抱えてしまう。
ラブは自分と知り合ってから、悲しい顔をすることが多くなった。美希は家族を愛していたからこそ、悲しい別れをする羽目になった。
祈里にいたっては、この上、無数の動物たちの不幸まで抱えようとしているのだ。
「悲しみだけじゃないもの。それを乗り越える喜びだって分かち合えるわ」
「それが、祈里の幸せなの?」
「わたしだけじゃないと思うよ。ラブちゃんも、美希ちゃんも、きっと、せつなさんも同じ」
「私も――?」
「どうして、ラブちゃんを助けようと思ったの? お礼のためだけに命を捨てようと思ったの?」
「私は……。ラブには笑顔で、幸せでいてほしかった。ただ、それだけよ」
「それが、せつなさんの祈りなんだと思うの」
「祈り?」
「そう。祈りはね、目標よりも、目的よりも、より純粋な想いなの」
獣医は、祈里が現実に望める最良の手段であって、目的そのものではないらしい。本当の願いは、人と動物とが一緒に幸せになること。それが、彼女の祈りだった。
代価を求めないからこそ、力を伴わないからこそ、欲が働かない。純粋なる想い、そして、願い。それが――祈り。
ふと胸に手をあてる。銀の鎖を手繰り寄せ、緑色に輝くハートのアクセサリーを手に取る。
これこそ、祈りではなかったのか。
「せつなさん、それは?」
「これは、私が砕いてしまった幸せの素よ。唯一残った部分を削ってハートのアクセサリーにしたの」
「四つ葉の一枚ね。それも、十分に綺麗だと思う」
「ラブがくれた幸せを、私は踏みにじってしまった。だから、私は幸せになってはいけないと思うの」
「違う! それは違うと思う」
「何が――違うの?」
「これをきっかけに、せつなさんが幸せについて考えるようになったのなら、幸せの素は壊れてなんかいないもの」
ラブの言葉を思い出す。残った一枚がせつなの分で、足りない三枚はラブと美希と祈里で補うからって。
本当だと思った。変わっていない。カタチは壊れても、込められている想いは何も変わっていない。
「ありがとう、祈里。みんなから、大切なことを教わった気がする」
「ねえ、四葉のクローバーに、それぞれの意味があるの知ってる?」
「幸せの素じゃないの?」
「それとは別に、一枚一枚に意味があるの。一つは愛、一つは希望、一つは祈り、そして、四枚目の奇跡――幸せよ」
祈里もラブと同じことを口にした。それは、きっと四枚目の葉っぱ。一枚で、同じ意味を持つのだと。
幸せ それは――四つ葉に例えられるプリキュアの最後の一葉。だったら、その資格を持つミユキの教えは……。
(守るだけではなくて、与えられる存在になりなさい)
あの言葉の意味とは、人の幸せの在り方そのもの?
イースは、奪うことによって人々の不幸を集めてきた。ならば、幸せとはその反対、与えることによって生まれるもの?
だから、人は繋がっていくのだとしたら――
守るだけでは足りない。そして、与えるとは必ずしも幸せそのものじゃない。
「やっと、やるべきことが見えてきた気がする。ありがとう、祈里。ううん――ブッキー!」
「うん! せつなちゃんならできるって、わたし――信じてる!」
「ええ、精一杯かんばるわ!」
四つ葉公園の夕暮れ。仕事の合間を縫って来てくれたミユキの前に、緊張した面持ちのせつなが立つ。
この前と全く同じ光景。違うのは、あれから三日過ぎていることと、四人の瞳に、決意の輝きがあることだった。
ミユキは口を開かず、ただ、黙ってせつなの言葉を待つ。
何かを言いかけるラブに、せつなは視線で合図を送って止める。美希と祈里も、心配そうに後ろで様子を見守った。
「ミユキさんに、お願いがあります」
「何かしら?」
「私に――ダンスを教えてください!」
お願いします! 深く、深く頭を下げる。図々しいのは百も承知だ。
拒絶されるかもしれない。罵られるかもしれない。構うものかと思った。元より失うものは、自分の命くらいしかありはしない。
それを戦いに使う覚悟も、失う覚悟もできている。
なら、それまでの時間を無為に使うのはもったいないと思えた。
今はただ――確かめたかった。この人が、伝えたかった言葉の意味を。
「私のコーチは、厳しいわよ」
耳を疑う。自分の口からお願いしたにも関わらず、とても信じることができなかった。
呆然としているせつなに、ラブが最初に抱きついた。美希が肩に手を置いて微笑む。祈里が手を取ってお祝いする。
今、ここに――新ユニット“四つ葉のクローバー”が誕生した。
最終更新:2013年02月17日 09:47