翼をもがれた鳥 第21話(最終話)――幸せの赤い翼――
「チェインジ・プリキュア・ビートアップ!!」
両手を胸の中心で合わせ――そして、開く!
変身のキーワードを唱える。光は爆発的に膨れ上がり、周囲が知覚できない程の眩い光体となる。
視界一面が真っ赤に彩られる。その光が収まった時、イースは未知の空間に来ていた。
(ここは――どこ?)
“プリキュアの力の源。たくさんの人の想いや願いが集まるところ”
身体が勝手に動く。ダンスを踊るようなモーションと共に、イースの姿が解かれていく。
白銀の髪は、本来の黒髪に戻って柔らかく解ける。白い衣装は空中に四散し、生まれたままの姿へと帰る。
そして、足元が液状に変化して水中に投げ出される。
水に温度はなく、呼吸も妨げない。何より、あたたかい心が身体の中に流れ込んでくる。
“幸せの泉。たくさんの人の嬉しい気持ちや楽しい気持ちが集まって生まれたところ”
(不幸のゲージの反対。幸せのエネルギーというわけね)
知っている。この気持ちは感じたことがある。優しくて、あたたかくて、そしてとっても嬉しい。
私が見つけていきたいもの。守っていきたいもの。そして、広げていきたいもの。
泳ぐ必要はなかった。まるで導かれるように、“想い”という名の水中を高速で潜り抜けていく。
染み込んでくる優しい心は、せつなの身体に力を与え、新たなる姿を創り上げる。
胸にはクローバーのマークが、身体には真っ赤な衣装が、髪は大きく伸びて薄紅色に染まる。
両足にブーツ、耳にはハートのイヤリング。頭の左右には大きな髪飾り、翼を思わせる真っ白な羽が伸びる。
精神力の物質変換、腰にリンクルンが装着される。額にはイースのシンボルの赤いダイヤ、ティアラとなって燦然と輝きを放つ!
恵み、注がれる想いが臨界に達した時、イルカのように軌道を変えて垂直に飛び上がる。
水面から巨大な水柱が伸びる。突き破るようにして、
舞い降りる――伝説の戦士。
幸せの赤いプリキュア!
ハートを形取った指から、真紅の瞳が覗く。愛する者を見つめるために。
失いたくないもの。大切なものを守るために!
細く美しい腕が華麗に十字を切る。
真っ赤な!――ハートは!――幸せの証!
熟れたて!――フレッシュ!――
“キュアパッション”
『翼をもがれた鳥 最終話――幸せの赤い翼――』
現実の世界ではほんの一瞬、またたくような刹那の出来事。
光が収まった後に立つのはイースではなく、ドレスを思わせる衣装を身に纏った美しき戦士。
「馬鹿な――イース……なのか?」
「イースが、プリキュアになっただと!」
「イースお姉ちゃんが、プリキュアになっちゃった……」
「イースお姉ちゃん、きれい……」
「パッション……キュアパッション! やったね!」
「イースがプリキュアになるなんて」
「まいったわね、衣装で魅了するのはアタシの専売特許なんだけどな」
新たなるプリキュアの誕生。奇跡を目の当たりにした観客たちが、ようやく我に帰る。
もちろんその一部始終は、スクリーンを通じて街中に映し出されていた。
ここに至って、わだかまりを捨てきれなかった人々も、残らずパッションを応援する列に加わった。
「パッション頑張れ!」「プリキュア頑張れ!」「俺達が付いてるぞ!」三万全ての観客が、声を張り上げて声援を送る。
「ミユキさんを、返してもらうわ」
キュアパッションは、真っ直ぐにサウラー目指して歩き出す。
「そうはさせん!」
「もう用はないが、利用価値はありそうだからね。渡さないよ!」
『がっ!!』
パッションの身体が一瞬揺らぎ、赤い光と共に消失する。
その直後に二人の身体は弾け飛び、ウエスターは腹を、サウラーは顔を押さえてうずくまる。
イースの個人スキルである高速移動と、アカルンの特殊スキルである瞬間移動。そのコラボレーションだった。
「ここで見ていてください、ミユキさん」
「ありがとう。がんばってね!」
「ありえん! 仮にプリキュアであることを認めたとして、それだけでここまで強くなるものか!」
「召還中で力が落ちているとは言え、僕をこうまでコケにしてくれるとはね」
「私一人の力じゃないからよ」
パッションがスクリーンを指差す。会場中のスクリーンが、それぞれ異なる街のスポットを映し出す。
そこではここと同じように、キュアパッションの誕生を祝い、応援する人々が集まっていた。
「私は一人じゃない。想いは集まって力になるの。だから、絶対に負けない!!」
「それがどうした! 戦えるのがお前一人である事実は変わらん。ソレワターセが倒せるものか!」
「一人じゃないよ!」
「た~っぷり、休ませてもらったものね」
「応援で力をもらったのは、パッションだけじゃないんだから!」
ピーチが、ベリーが、パインが立ち上がり戦列に加わる。
「みんな! 行くよ!!」
「ええ!」
「オーケー!」
「うん、やろう!」
“Let's! プリキュア!!!!”
四人でポーズを決める。プリキュアの勇士に、会場中が盛り上がり興奮の渦に包まれる。
「せつな、やればできるじゃん」
「さすがに、恥ずかしがってる場合じゃないでしょ」
「でも、どうするの? ソレワターセには打撃が通じないのよ」
「必殺技を撃っても、受け止めて弾かれちゃうし」
「私に考えがあるの、見てて!」
パッションはソレワターセ目がけて勢いよく飛び出した。
無数の蔦による攻撃を華麗に避けて距離をつめる。
そして、両手を肩幅に開く。イースが得意としていた、気の打ち込みによる内部からの破壊。
この姿ではあの時の力は出せない。しかし、それに代わる、より大きな力がこの身体に眠るのを感じていた。
“ハピネス・ハリケーン”
左右から掌底を叩きつける。その動作そのものに破壊力はない。しかし、掌から流れ込む力が敵の体内を食い荒らす。
物理攻撃を寄せ付けないソレワターセが、始めて苦悶の声を上げる。
「そうかっ! あたしたちも行くよ!」
「完璧に決めるわよ!」
「上手くいくって、信じてる」
ピーチが、ベリーが、パインが、ソレワターセの四方を囲むようにしながらその輪を縮めていく。
彼女たちの手が、それぞれピンクとブルーとイエローの輝きを放つ。
“ラブ・サンシャイン”
“エスポーワール・シャワー”
“ヒーリング・プレアー”
ピーチの拳が、ベリーの手刀が、パインの張り手が、まばゆい光を放ちながら炸裂する。
防御不能、不可避の、零距離攻撃の必殺技がソレワターセを襲う。おぞましい苦しみの声を上げ、のた打ち回る。
“グォォォ――!!”
「やったよ! パッション!」
「まだよっ! 油断しないで!」
ソレワターセは、ステージまで後ずさりしてナケワメーケと衝突する。
そして、サウラーのナケワメーケを――吸収した!
名前の通り、奪うことに特化した魔物。対象を融合捕食することによって、その器だけでなく能力まで奪い取る。
一回り大きな、機械と生物が入り混じったような混沌の化け物として成長を果たす。
“ソレ・ワターセ!!”
無数の蔦に電気コードが巻き付く。電気ムチの束と化してプリキュアに襲いかかる。
「きゃあぁぁ!!」
「身体が、痺れて!」
「なんてこと! スピードもパワーも段違いじゃない!」
「でも、見て! 樹皮があちこちで剥がれてる。あれなら攻撃は通じるわ」
パンッ! と拍手の音がする。ダンスレッスンで、ミユキが何かを伝えたい時に使う合図。
彼女たちは、どんな音楽や騒音の中でもその音を聞き逃すことはない。
「みんな、ダンスを思い出して! 流れは変えちゃダメ! リズムは乱しちゃダメよ!」
「そうかっ! みんな、ダンスだよ!」
クローバーの真価、それは四人であること。より大きな単位のチームでありながら、ダンスの基本であるペアに分かれることもできる。
「シンメトリー!」
ミユキが指示を出す。一人で回避できないなら二人で補えばいい。四つの瞳が死角を塞ぎ、二組のペアでかく乱する。線対称になってコンビを入れ替えながら華麗に舞う。
ソレワターセは的が絞れず、がむしゃらに蔦を振り回す。そのたびに生まれる隙に攻撃を加える。
「コントラスト!」
二人づつが強弱をつけて動きに変化をもたらす。
繰り返される虚と実。フェイントは建て直しが早く、攻撃組の防御の役も担う。
「カノン!」
同じ動作のタイミングをずらし、流麗な波を作りだす。
即ち――!
“プリキュア・コンビネーション・キック”
「ユニゾン!」
トリニティの真髄、その系譜たるクローバーが同一のリズム、モーションで――
“プリキュア・クワドラプル・パンチ”
分離と融合の繰り返し。変幻自在なプリキュアの攻撃に、ついにソレワターセも動きを止める。
モニターは破られ、電線はショートし、本体の至るところから火花を撒き散らす。
「みんなっ! フィナーレよ!」
ミユキの号令で、四人が必殺技の発動準備に入る。ピーチ、ベリー、パインの呼びかけに応じて、プリキュアの妖精が姿を現す。
愛の桃色のカギ“ピルン”、希望の青いカギ“ブルン”、祈りの黄色いカギ“キルン”。
くるくると舞い踊り、リンクルンの封印を解き放つ。
「はっ!」
「とうっ!」
「えいっ!」
開放の儀式、三人の乙女の祈り。
それぞれリンクルンのローラーを回す。
ピーチはすくい上げるように、ベリーは水平に切り裂くように、パインは優しく弾くように。
“届け! 愛のメロディー! キュアスティック、ピーチロッド!”
“響け! 希望のリズム! キュアスティック、ベリーソード!”
“癒せ! 祈りのハーモニー! キュアスティック、パインフルート!”
ピーチはロッドを滑らすように――ベリーは帯刀からの抜刀の動きで――パインはフルートを奏でるように。
それぞれのスティックの鍵盤から聖なる旋律が鳴り響く。
“悪いの、悪いの、飛んで行け! プリキュア!!!”
“ラブ・サンシャイン”
“エスポワール・シャワー”
“ヒーリング・プレアー”
凝縮されたエネルギーが解放を求めて先端に集う。
ハートとスペードとダイヤの形をした力の結晶が、光弾となってソレワターセに襲いかかる。
(私たちも行くわよ! アカルン!)
“キ――!”
アカルンが生まれたてのリンクルンから飛び出して跳ねる。
華麗に宙を舞いながらホイールを回す。ディスプレイから光のエネルギーが飛び出し、ハープを形作る。
胸の四つ葉から生まれたハートのコアを取り付ける。
“歌え! 幸せのラプソディ! パッションハープ!”
ハープの弦を弾く。神秘的な旋律が鳴り響き、周囲に真っ白な羽が出現する!
“吹き荒れよ! 幸せの嵐!”
高く掲げたパッションハープ。勝利への願いと共に、上昇気流に乗って天使の羽が舞い踊る!
“プリキュア・ハピネス・ハリケーン”
両手を広げ、美しく回転する。プリキュア唯一の空間制圧攻撃。
握られたハープからは無数のハート型のエネルギーが生まれ、羽と共に敵を包み込む。
舞う――踊る――回る――
(待って! これは――! ウエスターの心?)
ソレワターセに触れた羽から、召還者の心が逆流して流れ込んでくる。
ソレワターセに注ぎ込まれた負のエネルギー。力の根源である不幸のエキスの正体。
ウエスターのプリキュアへの恨み。激しいまでの憎しみと復讐心。それは、理不尽に奪われた――
大切な仲間を奪われたことへの――悲しみと寂しさだった。
(そう――だったの。きっと、サウラーも……)
イースが迷うたびに出てきて、彼に押し込められるかのようにラブの家で世話になることになった。
美希と祈里と和解し、ミユキと交流を持つきっかけになった。
パッションの心から、ウエスターとサウラーを憎む心が晴れていく。
それで――いい。もう、恨み、憎む必要なんてない。
守るために戦うって、約束したのだから。
(いつか、いつかきっと、あなたたちも救ってみせる!)
誓いを新たにハープを握りしめる。横回転から縦回転に、風の渦が十字を切る!
優しい想いを力に変えて、開放の言葉を口にする。
キュアスティックとパッションハープの力が一つになる。巨大なハートに膨れ上がって対象物を幾重にも囲む。
四人の心が一つに重なる。四枚そろった時に“真実の力”を発揮する。クローバーの伝説が今、現実のものとなる!
“フレ――ッシュ!!!”
『はあぁぁ――!!!』 四人のアーティファクトの先端が回転する。
綻んだソレワターセの体表から、エネルギーが体内に浸透する。愛と希望と祈りと幸せの“想い”が流れ込み浄化する。
“シュワ~シュワ~“
パンッ! パンッ! と弾けるような音を立てながら、ソレワターセーは消滅した。
勝てるはずのない強敵の撃破。絆とチームワークの勝利。四人は抱き合って無事と勝利を喜ぶ。
そして、周囲から沸き起こる大歓声。プリキュアを遠目で見守る人々の中から、一人の女性が歩み寄る。
「お疲れ様、みんな。素敵だったわ!」
「ミユキさんのおかげです!」
「それで、ウエスターとサウラーはどうしたのかしら?」
「ほんとだ、どこにもいない」
「多分、人間の姿に戻って逃げたんだと思う。この数の中から探すのは無理ね」
あの二人は必ずまた襲ってくる。自分のような奇跡を求めるのは酷だし、そのチャンスもないだろう。
一つ救いなのは、ウエスターもまた、パッションの気持ちを感じ取っていたであろうこと。
次に相対する時には、昔の彼に戻っているのではないか? そんな気がしていた。
後一つの気がかりは――
「ミユキさん……。私は――」
「いいの! わたしはプリキュアにはなれなかったけど、戦う気持ちは捨てないわ」
「また、アタシたちの指揮をしてくれるってことですか?」
「そうじゃなくて、あなたたちの夢のお手伝いをする。その分みんなは戦いに専念できるでしょ?」
「わはっ! これからもミユキさんのコーチが受けられるんですね!」
「ええ、ビシバシしごくから覚悟しなさい」
「あのっ! ミユキさん」
「どうしたの? せつなちゃん」
「今日は素晴らしいステージで、一緒に踊れて幸せでした。ありがとうございました」
「いつか、今度はちゃんとプロデビューしたクローバーと、また一緒に踊りましょう!」
『ハイッ!!!!』
レイカとナナがミユキを見つけて抱きつく。通路が開放されたからか、救急車や警察のサイレンが鳴り響く。
ピーチ、ベリー、パイン、パッションは静かにその場を離れた。
「さあ、これ以上騒ぎが大きくならないうちに、アタシたちも帰りましょう」
「きっと、街中大変なことになってるね。帰るの大変そう……」
「私、今日起きたこと、その全てを――絶対に忘れない」
「よかったね、せつな」
三万の観客が沸き立つ競技場を出た先は、彼らを心配する人々によって身動きもできないほどに埋め尽くされていた。
避難と逆の行動。助けるために立ち上がった人々の群れ。それがプリキュアの勝利を知って、パレードのようなお祭りに変わっていく。
「これは……徒歩で帰ることになりそうね」と美希がため息を付く。そして、みんなで顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
深夜と呼べる時間になって、ようやくラブとせつなはクローバータウンストリートに帰り着いた。
祝勝会が続いているのだろうか? 無数の灯りが夜道を優しく照らしてくれる。
プリキュアを讃える声と、朗らかな笑い声が聞こえてくる。
「やだな~。おとうさんとおかあさん、心配してるだろ~な~」
「そうね、きっと心配してる。帰りを待ってくれている」
「せつな?」
「ねえ、ラブ。私、あなたと出会えてよかった」
家が見えてくる。優しい肌色の壁に、ピンクの屋根。赤い色のひさし。
手入れの行き届いた広めの庭。二階には植物を這わせてあるバルコニー。
決して大きくはないけれど、温かみを感じさせる家。
(ううん。きっと、世界中のどこよりもあたたかい家)
ほんの数週間前、せつなはラブに手を引かれてこの家の家族となった。
今度は、せつなからラブの手をとる。そして、二人で一緒にドアを開いた。
「せっちゃん! ラブ! 無事で――良かった……」
「二人とも怪我はないって本当だろうな? テレビを見て心配したんだぞ」
「おかあさん! おとうさん!」
ラブが駆け出してあゆみの胸に飛び込む。目には涙を浮かべて――
今日は、色々なことがありすぎた。気丈なラブも、本当はずいぶん弱っていた。
プリキュアであっても、クローバーのリーダーであっても、ラブはやっぱり十四歳の女の子だった。
せつなは動かない。玄関から上がろうとしない。潤んだ瞳で、あゆみと圭太郎に何かを伝えようとしている。
ラブも不安になって、せつなを迎えに玄関に戻ろうとする。
その時、やっとせつなの想いが言葉となって紡がれる。
「――ありがとう。行き場のなかった私を、家族に迎えてくれて」
「なにを――言ってるの? いいから上がって休みなさい」
「ただ……いま」
「どうした? せっちゃん」
「ただいま――おとうさん、おかあさん」
「せっちゃん!」
「せつなっ、今っ!」
「おかえりなさい……。せっちゃん」
あゆみは玄関に飛び出した。靴も履かずに、素足のままで……。
大切な娘を、力強く抱きしめる――
そして、せつなもあゆみの背中に腕を回す。
愛する家族の、温もりを感じながら――
~~ La fin ~~
最終更新:2013年02月17日 09:53