『星空の仲間たち(後編)』/夏希◆JIBDaXNP.g




 夜中の美翔家のリビングに、重々しい空気が立ち込める。父の弘一郎、母の可南子、兄の和也が集まって家族会議が行われた。
 舞は慎重に言葉を選びながら、薫と満が天涯孤独であり、頼れる者がいないことを伝える。
 力になってあげたいこと。できるなら、この家で二人と一緒に暮らしたいこと。
 どうしてそうなったのか、事情は話せないことを伝えた。

「それで、今は薫ちゃんはどうしているんだい?」
「疲れて、私の部屋で眠ってるわ。今日は色々あって大変だったの」

「事情を話せないってのが問題ね。それじゃ戸籍も取れないし。それに、一緒に暮らすとしても家には和也がいるでしょ」
「そうだね。何かあるとは思わないが、年頃の異性と一緒に生活することはお互いのためにならないだろう」

「それなら、僕が学校の寮に入ってもいいよ。その方が勉強にも集中できるかもしれないしね」
「そんな、お兄ちゃんが出て行くことなんてないわっ!」

「とにかく、今のままじゃ中学校までしか先がないわ。進学や就職をするなら、やっぱり」
「それに関しては、何か方法がないか調べておこう」
「私も知り合いを当たってみるわ」

「お父さん、お母さん、お願いね」
「僕にもできることがあれば、遠慮なく言ってくれるといい」

「うん、お兄ちゃんもありがとう」

 舞は音を立てないように、そっと部屋に戻る。
 しかし、寝ていたはずの薫の姿はどこにもなくて――

「まさかっ! 今の話を聞かれたんじゃ?」

 舞は玄関に駆けつける。予想通り、そこからは薫の靴が消えていた。






『ふたりはプリキュア Splash Star――星空の仲間たち(後編)――』






 夕食後、咲と満とみのりは、一緒にトランプ遊びをした。
 何をやっても満が圧倒的に強くて、みのりはつまんないとか不満を口にする。
 しかし、そのうち満が手加減を覚えてきて、良い勝負ができるようになってきた。

「いけないっ! もうこんな時間だ。みのりも宿題やっちゃわないと」
「はぁ~い」
「満は……心配ないか。わたしの宿題は~っと」

「咲、お腹空いたラピ」「チョッピも、何か食べたいチョピ~」
「フプ~」「ムプ~」

「えっ? おねえちゃん、今、なにか言った?」
「あはは、気のせい気のせい。お願い、満っ! みのりの勉強見てて」
「ええ、いいわよ。行ってらっしゃい」

「おねえちゃんどこに行ったの?」
「さあ? トイレじゃないかしら」

 咲は廊下に出て人の居ないのを確認すると、クリスタルコミューンを出して先端のフェアリードロップに息を吹きかける。
 上下に振って生まれた光が、スプラッシュコミューンに吸い込まれる。
 ディスプレイの中に生まれた料理はカレーライス。先ほどの咲たちの食事を見ていて、どうしても自分たちも食べたくなったのだとか。

「咲、お世話を忘れるなんてひどいラピ」
「舞は、自分の食事よりも優先してくれてたチョピ」
「フプ~!」「ムプ~!」

 これでも限界まで我慢していたらしい。咲に抗議の声を上げる、フラッピにチョッピにフープにムープ。
 咲も口を尖らせる。チョッピが増えたのに加えて、今日は満もいる。みのりの世話もしなきゃならない。大所帯で大変なのだ。

「何よ、フラッピはチョッピに伝えたい気持ちがあるって言うから、わたしがまとめて預かってるんじゃない」
「あ~それは……ラピ~」
「急に元気がなくなったムプ?」
「何だか赤くなってるププ?」
「チョッピも聞きたいチョピ」

「いや……あの……話すと長くなるラピ」
「ならないでしょ! 一言伝えるだけじゃない。わたしの時はさんざんからかったクセに」

「そうだっ! わたし、お父さんとお母さんにお話があるんだった。フラッピ、がんばりなさいよね!」

 咲は、大介と沙織の休む寝室に向う。まだ眠っていなかったのか、一度のノックですぐに二人は出てきてくれた。
 立ち話できるようなことじゃないからと、居間のテーブルに座ってもらい、咲がお茶を淹れた。

「どうしたんだ? あらたまって」
「突然、満ちゃんを家に連れて来たことと関係あるのかしら?」
「やっぱりお見通しか~。そう、満と薫のことなの!」

 咲は真剣な表情になって、二人にお願いする。
 何も聞かず、何も求めず、ただ、ありのままに満と薫を家族に迎えてほしいって。
 そのためなら、自分はどんなことでもするからって。
 両親の仕事の大変さも、家計のことも、もう咲は十分に理解していた。その上でのお願いだった。
 もともと、おねだりなんて滅多にする子じゃない。愛娘の懸命なお願いに、大介と沙織は厳しい表情で唸り声を上げる。

「う~ん、コロネを預かると決めたのとはワケが違うからなあ……」
「お父さんったら、真面目に考えてくださいな」

「考えてるさ。家はお店にスペースを取られてるから狭い。咲とみのりも同室にしてるくらいだしな」
「そうね。部屋はなんとかなるとしても、高校や大学に二人を行かせるとなると、家計も頑張らなくちゃいけないわね」

「それは大丈夫! 二人ともすっごく頭も良いし運動もできるの。きっと、特待生とかになれると思うんだ」
「ともかく少し考えさせて。いい子たちなのは分かるんだけど、里親ともなると責任も重大なのよ」

「家族として迎えるだけでいいと思うんだけど……」
「そう簡単にもいかないさ」

 咲はため息を一つ付いて部屋に戻る。できれば、早く満と薫に居場所を作ってあげたかった。
 しかし、元より二つ返事で承諾してもらえるような内容ではない。考えると言ってくれただけでも、大きな収穫なのだろうと思うことにした。

「あれっ? みのり一人? 満はどうしたの?」
「ええ~っ、一緒じゃないの? おねえちゃんの帰りが遅いから見に行くって言ってたよ」

「満っ!? まさか!!」

 咲はクローゼットからマフラーとコートを取り出して、そのまま外に駆け出した。






 夜のトネリコの森を、満は一人歩く。冬の森の闇は深く、他の生き物の気配も感じられない。
 黄色のセーターにピンク色のコート。咲の服を借りてきたにも関わらず、冷気は容赦なく身体から体温を奪っていく。
 寒い、そう感じるのも初めての体験だった。
 やがて見えてくる、大きな影。
 夕凪の山頂にそびえ立つ、巨大な樹木。トネリコの森の御神木――大空の樹だった。

「誰っ? こんな時間に誰かいるの?」
「その声は――満?」

「薫じゃない! どうしてこんなところに?」

 月や星の光すら届かない、大空の樹の下に立つ人影。
 目が慣れてきて、ようやくその姿を確認できるようになる。
 水色のトレンチコートに、白いマフラー。舞から借りた冬服に身を包んだ薫だった。

「ほんとにどうしたのよ? 愛想が悪くて追い出されたとか?」
「私は満みたいには振舞えない。でも、舞も、ご家族も、みんなよくしてくれたわ」

「ふうん、じゃあ、わたしと一緒ね」
「多分ね。もう、前のように満のことが何でもわかるわけじゃないから」

 たった半日離れていただけなのに、随分と久しぶりに再会したような気がする。
 確かに、これほど長い時間、別々に行動したことはなかった。

「こんなに、人間は弱いものだったのね。暗いと物は見えないし、少し動くと疲れるし、この程度の寒さで震えてしまう」
「弱いからこそ、わかることもあるわ。私は満の背中をあたたかいと感じたことなんてなかった」

 大空の樹の根元。かつて空の泉でしていたように、互いを支えあうようにして座り込んだ。
 背中と背中を合わせて、両手で膝を抱えて――

「人間は、弱いから助け合うのかしら?」
「人間だけじゃないわ。さっき望遠鏡を覗かせてもらったの。星も、互いに影響を与え合うことで存在しているそうよ」

 確かに人間は弱い。そして命は脆い。いくらあがいたところで、滅びへの道を転がっていく運命は避けられない。
 そんな儚い者たちが、支えあい、助け合って生きている姿を、美しいと感じた。
 だけど、そう感じている自分たちは、やっぱり強者だった。
 同じ立場になってみて、不安に心が押しつぶされそうになる。
 もう、自分たちだけの力で生きていくことはできない。
 咲と舞しか頼れる人もいなくて、その二人を困らせているんだって。

「薫、今、何を考えているの?」
「満が考えていることと、同じだと思うわ」

「わたしたちが、このまま緑の郷に居てもいいのかってこと?」
「そして、駄目だとしても、他に行ける場所もないってことよ」

 満と薫が、この世界に来た時の力、その残滓は今も残っている。
 まだ学校に籍はあるだろうし、クラスメイトも自分たちを覚えてはいるだろう。
 でも、その先がない。この世界では、何をするにも戸籍というものが必要になるらしい。
 この世界の住人ではない満と薫は、その元となる国籍すらないのだ。新たな暗示を植えつける力も失った今、この世界に自分たちの居場所はない。

「もう、ダークフォールもない。あったとしても、今のわたしたちじゃ生きていけない。それは泉の郷でも同じよ」
「それに、私たちは咲と舞と一緒に居たい。この緑の郷で生きていきたい」

 満と薫は立ち上がり、大空の樹の幹に触れる。かつて咲がしていたように、両手を広げておでこを付けてみる。
 でも――何の答えも得られなかった。

 一歩下がり、両手を合わせて頭を下げる。この樹の向こう側にいるはずの、フィーリア王女に願いを訴える。

「フィーリア王女、お願いします。どうか、わたしたちに精霊の力を――」
「滅びの力に代わる、新たな力を授けてください」

 微かな期待を込めて、一心に祈り続ける。しかし、いつまで待っても、大空の樹は何の変化も見せなかった。
 一層の生命力を取り戻し、濃い葉を茂らせた枝々も、今はより深い影を作り出すだけだった。






 二人は肩を落とし、再び背中を合わせて座り込む。声が、フィーリア王女に届かなかったとは思えなかった。
 世界樹の精霊である彼女は、全ての命を同時に見守っているはずなのだから。

「ダメね、虫が良すぎるのよ。こうして、生きていられるだけでも奇跡なんだもの」
「何か、思い違いをしていたのかもしれない」

「薫、どうしたの?」
「私たちは、咲や舞と繋がったわ。でも、二人はこの世界のみんなと繋がっていた」

 自分たちが、どうでもいいと思ったこと。それを、咲と舞はとても大切にしていた。
 例えば、学校の授業やスポーツ。それに、テストなんてのもあった。
 無下に断ってしまったけど、クラブ活動を勧められたりもした。
 それだって、この世界のみんなと繋がるためには、必要なことだったんじゃないのか?

「わたしたちもそうすればいいってこと? 無理よっ! 滅びの力で生み出されたわたしたちは、愛されて生まれた二人とは違うわっ!」
「でも、運命は変えられる。咲と舞はそう言ったし、私たちはそれを信じてきたはずよ」

「あの時のわたしたちには、力があったわ。この世界のために、してあげられることがあった。今はもう、何もないのよ?」
「無くしたからこそ、感じられるものもあるわ。こんなに、満の背中は温かいから」

「そういえば、咲と舞も言ってたわね。わたしたちのおかげで、嬉しいって気持ちがもらえたって」
「つまらない些細なこと。大したことじゃなくても、それを積み重ねたら、私たちもこの世界で居場所を見つけられるかもしれない」

 背中を合わせたまま、どちらともなく、満と薫は手を握る。
 始めは冷たかった掌は、少しづつ体温を取り戻す。やがてポカポカと温かくなった。

「そうね。力を失わなければ、薫の手があたたかいだなんて気が付かなかった」
「家族はいないけど、私たちは一人じゃないわ」

「わたしたち、初めから一緒だったもの。もう一度、二人でやり直しましょう」
「二人じゃないわ。咲と舞がいるもの」

 満たちが運命を変えたいと思うなら、わたしたちが力になるから。
 そんな、咲の声が聞こえたような気がした。

「帰ろう、薫。きっと、咲も舞も、みのりちゃんも心配してる」
「おじさんたちや、おばさんたちだって、心配してると思うわ」

 二人が立ち上がった時、遠くから満と薫の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
 咲と舞が、息を切らせながら走ってきた。
 その後ろからも、何人かの人影が近づいてくる。
 咲の両親の、大介と沙織。妹のみのりにコロネ。舞の両親の、弘一郎と可南子。兄の和也。
 咲のバックが微かに揺れる。フラッピにチョッピ、フープやムープも中に隠れているんだろう。

「満、薫。やっぱりここに居たんだね、心配したんだからっ!」
「隠すみたいに話してた、私たちがいけなかったの。返って余計な気を使わせてしまったわ」

「咲と舞は何も悪くないわ。勝手に出てきてごめんなさい」
「一人になって考えたかったの。心配かけてごめんなさい」

 二人に頭を下げたところで、両親たちが追いついてくる。
 満と薫は、同じように無断で家を抜け出して心配かけたことを謝る。
 そして――咲と舞ではなく、ご両親に向き合って、お願いを口にする。

「お願いがあります。もうしばらくだけ、わたしたちを家に置いてもらえませんか?」
「大したことはできないけれど、何でもお手伝いします。だから……お願いします!」

「そのことなんだが、私たちも日向さんのご両親と相談してね」
「もう、心配しなくていいのよ」

「「どういうことですか?」」

「満ちゃんと薫ちゃんの二人は、うちで家族として迎えようと思うんだ。店も手伝ってもらえるし、みのりも喜ぶだろう」
「部屋も、一つくらいなら開けられると思うの。同じ部屋になるけど構わないわよね?」

「戸籍のことも、心配はいらないよ。帰化申請という制度があってね」
「外国には、国籍のない子供たちがたくさんいるの。私がそのうちの二人を連れ帰ったことにするわ」

「こう見えても私たちは顔が広くてね。多少のことならごまかしは効くんだ」
「後見人として、身元保証も引き受けるつもりよ。広い意味では、私たちの家族でもあるってことになるわね」

 展開に付いていけず、ただ呆然とする満と薫。そこに、事前に話を聞かされていたみのりが我慢しきれずに口を挟む。
 続いて、和也も。そして、咲と舞も。

「つまり~、薫おねえさんと満おねえさんは、本当にみのりのおねえちゃんになるってことなのだ」
「僕の妹にもなるわけだね。あらためてよろしくね」
「わたし言ったよね。満たちが運命を変えたいと思うなら、わたしたちが力になるって!」
「薫さん、満さん。これからも、ずっと一緒よ」

「そんな……。わたしたちは、そんなことまでしてもらう理由なんて」
「こんなに大きな恩を、返す力なんてありません」

「そんなこと、考えないのが家族というものよ。でも、どうしてもって言うなら」
「いつか、あなたたちが大きくなった時に、同じように困ってる人に手を差し伸べてあげてほしいの」

 沙織と可南子が続ける。涙き崩れそうになる満と薫を、咲と舞が肩を抱くようにして支えた。

 突然、大した風もないのに大空の樹が揺れる。
 祠を中心に、金色に輝きを放つ。
 ただ、その光に気が付いた者は、咲と舞と満と薫だけのようだった。

 フィーリア王女の言葉が甦る。

 昔、世界は命の存在しない暗黒でした。
 しかし、命が生まれ、星となって、暗い宇宙の中でお互いを照らし出した。
 そんな星たちのように、あなたがたも互いを大切に思う心で、照らしあって輝いているのです。

 満と薫は手を合わせ、大空の樹に心の中で語りかける。

「フィーリア王女、やっとわかりました。これが、互いを大切に思う心で、照らしあって輝くってこと」
「星空の仲間たち。それは咲と舞だけじゃなかった。星は宇宙に、無数に輝いているのだから」

 光が収まった後、満と薫はみんなのいる方に振り返る。
 咲も、舞も、大介と沙織も、弘一郎と可南子も、みのりと和也も、そしてコロネまで。
 みんな微笑みながら、二人を優しく見守ってくれていた。

「満ちゃん、薫ちゃん。この樹には、こんな言い伝えがあるのよ」
「お母さん、それ知ってる! 大空の樹の下で出会った者は、強い絆で結ばれるんだよね!」
「そして、これからもきっと、もっともっと、たくさんの人たちと出会うのよね」

「出会いたい! もっと、もっと、たくさんの人たちと」
「この美しい緑の郷の、みんなと繋がりたい」

「えっ? 緑の郷って?」

「あはは、なんでもない、なんでもない。さあ、帰ろう! 満、薫」
「そうね、帰りましょう!」

「帰るラピ!」「そうするチョピ!」
「ムプ~」「ププ~」

「今……、変な声が聞こえなかった?」
「気のせいよ。早く帰って休みましょう」

 仲良く連なって帰る二組の家族を、大空の樹は優しく枝を揺らして見送った。



 ここより永久に――永遠の星空の仲間たち。






 ~~ fin ~~
最終更新:2014年02月13日 05:50