「甘い生活」/SABI
 「ただいま~」 
 家のドアを開けると、独特のスパイスのいい香りがした。 
 今日の夕飯は見なくても分かる。日本人の好きな献立の上位に必ず入る、カレー。 
 あたしもカレー自体は好きなんだけど、うちのカレーはあんまり好きじゃない。 
 だって、お母さんがあたしの嫌いな人参をたくさん入れるんだもん。 
 じゃがいもと人参の割合が半々なら許せるよ。 
 でも、人参8にじゃがいも2って、はっきり言って、それカレーじゃないって思わない? 
 「ただいま。あれ、せつな一人?」 
 「うん。さっき、お母さんから電話があって、お仕事遅くなるんだって」 
 「ふーん、そうなんだ」 
 ということは、大きな鍋にあるカレーはせつな作ってことだ。 
 考えてみれば、せつながカレーを作るのは初めてのはず。 
 カレーって、味付けに市販のルウを使ったら、料理の中では簡単な部類に入ると思う。 
 具材が生煮えのままルウを入れたり、ルウを入れて強火で煮込まなきゃ、失敗することはまずない。 
 学校などの課外授業やキャンプなんかで、人生初の料理がカレーってことも多いし。 
 コンロには大きな鍋の他にも小さな鍋が置かれている。 
 「カレーだけじゃなくて、他のも作ったの?」 
 「ううん、これもカレー。ラブのは甘口で、特別に作ったの」 
 ラブのだけ特別、なんていい響き。 
 何故か、テーブルの上はお菓子やジュースなどの残骸が散乱している。 
 ちょっと早い、ハロウィーンパーティでもしたかのようだけど、せつな一人だよね・・・ 
 「今日、パーティがあったの?」 
 「パーティじゃなくて。これ、カレーの隠し味に使ったの」 
 カレーの隠し味といえば、チョコとかが定番だけど・・・ 
 板チョコ一枚全部はちょこっと多いかな。隠し味だから分量ってどこにも載ってないしね、仕方ないか。 
 隠し味にコーヒーとかも定番だけど、缶コーヒー?しかも甘ったるいやつ。 
 あたしは苦くてブラック飲めないし、砂糖とミルクが入っていいんだけど、 
 入れるのってインスタントコーヒーじゃなかったっけ。 
 他にも空箱がある。 
 野菜ジュース・・・はあまり聞いたことはないけど、味に深みが出ていいのか? 
 でも、パッケージにデカデカとあたしの嫌いな人参が書いてあるし、一本丸ごとってどうだろう。 
 生クリーム・・・もあまり聞いたことはないけど、牛乳を入れたりするし生クリームでもいいのか? 
 まあ、時々あるよね。お店で出てくるスープに生クリームがかかっていたりするの。 
 でも、あれって味をまろやかにする為で、元々甘かったら入れる意味があるんだろうか。 
 そんな思いが頭を過ぎったけど、まあ杞憂だよね。美味しそうな匂いしているし。 
 「お母さんが先に食べてていいって」 
 「じゃあ、食べよう。美味しそうな匂い」 
 せつながあたしの皿にカレーをよそってくれる。 
 上げ膳据え膳、なんて素敵。据え膳食わぬは男の恥って言うしね。この場合は違うか。 
 「「いただきます」」 
 見ると、せつなとあたしのカレーの色が全然違う。 
 せつなのはイメージ通りのカレーなんだけど、あたしのは野菜ジュースの影響だろうか。 
 かぼちゃスープというか、食卓で想像したらまずいものが頭に浮かんだんだけど、必死に頭から追い出す。 
 うん。目を瞑れば大丈夫。スプーンでカレーを掬い、口の中に入れる。 
 甘い。甘い甘い甘すぎるよ。 
 甘さが口の中を容赦なく突き刺す。 
 ご飯に救いを求めようとするけど、ご飯も甘い。 
 辛さはご飯とかで中和されるけど、このカレーはとにかく全てが甘い。 
 「ラブ、美味しい?」 
 甘い塊を喉に流し込もうとしている時に、どうして聞くかな。 
 咽そうになるのをちょっと待ってというように片手を挙げる。 
 なんとか無事?に喉を通過すると、笑顔を作って感想を言う。 
 「タイヘンオイシュウゴザイマス」 
 淀みなく言葉を言えた自分を褒めてあげたい。 
 本当に美味しいの?って感じに、せつながあたしの方を見る。 
 今一度、食べねばなるまい。 
 震える手を意思で抑え、スプーンでカレーを掬う。 
 震えるな、あたし。こんな緊張感はナキサケーベと対峙して以来。 
 震えて焦点が合わないスプーンをまるっと、がぶっと、一気に。 
 「ウン、スゴクオイシイヨ」 
 微妙にロボット口調だけど気のせいだよね、きっと。 
 「でもね、美味しいんだけど、明日食べようかな。あはは~」 
 「ほら、一晩寝かせれば、更に美味しくなるっていうしさ」 
 「明日の分なら、別にとって冷蔵庫に入れたわよ」 
 ええ~、そんなあ。 
 愛に満ちた幸せな生活を甘い生活って言うけど、これじゃ甘すぎるよぉ~ 
 了 
 ~おまけ~ 
 「ラブが食べてるの、私、食べてもいい?」 
 「いやいや、食べない方がいいって。せつながあたしのために作ったんだし、あたしが全部食べるって」 
 「どして?美味しいんでしょ。だったら、問題ないじゃない」 
 「それはそうなんだけど・・・・止めた方がいいって」 
  (あーあ、食べちゃった) 
 「・・・・ラブ、ごめんなさい。もう食べなくてもいいから」 
 「でも、折角、せつながあたしのために作ってくれたんだし」 
 「だけど、私が」「いや、あたしが」 
 「だから、私が」「でも、あたしが」 
 ・・・・・・・・ 
 結局、二人仲良く、半分に分けて食べましたとさ。 
最終更新:2013年02月16日 17:03