第4-2話 悲しい嘘に、乾杯を
1
「……どうしたの、お嬢ちゃん。なんか悩んでるみたいだけど?」
「え?……あれ?カオルちゃん、あたしこんなの頼んでないけど……」
ジュースのコップを持ってきてくれたカオルちゃんに、あたしは聞き返した。
カオルちゃんは二カッと笑う。
「サービス。夏向けにさ、新メニュー作ってみたんだ。試しに飲んでみてよ」
蝉の声も賑やかな、夏の日の午後。
今日はダンスレッスンも、読者モデルの仕事も無いあたしは、一人でドーナツカフェへとやって来ていた。
いつもならラブやせつな、……それにブッキーも誘うところだけど。
「ありがとう。……ねぇ、カオルちゃん。あたし、悩んでるように見える?」
「悩んでないコは、オジサンの作ったドーナツ残したりしないよ。……って自信持ちすぎかな。グハッ」
テーブルの上には、一口だけ齧ったドーナツが一つ。
「オジサンで良かったら、話聞くけど?口はよく開くけど、心にはちゃんと鍵ついてるから」
「―――ありがとう。カオルちゃん」
ちょっとだけ迷ってから、あたしは話し出した。
「――――もしも自分の知り合いが、隠し事したり、ウソついたりしたら、どうしたらいいのかしら?」
「うーん……相手が女の子だったら許しちゃうかな。オジサン、女の子のウソとワガママは無条件で許す事にしてるんだ」
「もう……フザケないで」
握り拳で叩く真似をするあたし。
「冗談冗談。いやホント。―――相手はお嬢ちゃんの大切な友達なのかな?そこまで悩むって事は」
「―――そう……そうね。何よりも大事な……友達よ」
ふむ、とカオルちゃんは顎に手をやり、いつになく真剣な表情。
「じゃあ、ウソも隠し事もしてないんじゃない?そのお友達は」
「え?」
カオルちゃんは、白い歯を見せて笑ってみせて。
「そういうのは結局、お嬢ちゃんの考え方次第って事。分かっててもさ、大切な友達なら信じてあげればいいと思うよ。全部」
「でも―――」
「お嬢ちゃんだって、同じ立場になったら同じ事するかもしれないでしょ。お友達と」
―――あたしだったら。
ううん、あたしだったら、そんな事絶対にしないわ。何があっても、彼女にウソや隠し事なんて。
あたしの沈黙を不満のサインと取ったのか、カオルちゃんは続ける。
「ま、納得行かないなら突き詰めてみるのもアリかも。それも青春だよね。何かあったら、またここへ来ればいいさ」
軽く手を振ってワゴンへと戻るカオルちゃん。
その背中を見送りながら、あたしは大きく溜息をついた。
突き詰める、か。やっぱりそれしかないのかしら。
そう考えながら、カオルちゃんの持って来てくれたジュースを飲んで、苦笑い。
「……分かっててやってるなら、スゴイわよね」
パインジュースを飲み干すと、あたしは彼女の元へ向かうため立ち上がった。
2
彼女と―――山吹祈里とは、しばらく会っていない。
レッスンは何回かあったんだけど、ブッキーの調子があまりにもひどくて……ミユキさんが夏合宿とプリキュアの活動の疲労が回復するまでは、ってお休みにしてしまったから。
「何か精神的なものもあるんだろうから、無理強いしても、ね?」
レッスンを休む事に唯一人反対したあたしに、ミユキさんはそう言ってウインクした。
あたしは、何も返せず言葉を飲み込んだ―――だけど。
不安、だった。
ブッキーに会えなくなる気がしたから。
嫌な予感ほど的中してしまうのだろうか。彼女はその後、あたしやラブ達の前に姿を現わさなくなった。
リンクルンに連絡しても、いつも、家のお手伝いが忙しくて、って返事ばかり。
(―――ウソ、ついてるよね?)
その度に、あたしは答えの分かってる疑問を心の中で呟いた。
そうだ。答えは分かっている。
ブッキーは会いたくないのだ。あたし達―――いや、彼女達に。
東せつな―――。
ブッキーは、彼女を、ラブの恋人であるせつなを……好きになってしまったから。
思えば、合宿の時から少し違和感を抱いてはいた。普段はどちらかというと人見知りで、大人しい印象のブッキーが、積極的にせつなに話しかけたり、練習着を作ってきたりしていたから。
でも、まだその時は、早くも仲間意識が芽生えたのかな、くらいにしか考えていなかった。
(なんで気付いてあげられなかったんだろう……)
いつも彼女の隣で、彼女を見てきたはずのあたしが。
お祭りの夜まで、何も気付いてあげられなかった。
あの日が原因で、ブッキーはおかしくなってしまったのに。
胸が、締め付けられるように苦しくなる。
(……どうして、話してくれなかったの?)
それも、答えは分かっている疑問。
きっとあたしには理解できないってブッキーは思ったんだ。女の子を、しかも友達の恋人を好きになるなんて、そんな歪んだ愛情を。
けど、あたしは―――話して欲しかった。
理解できなくても、例え間違ってるって思っても、あたしは―――彼女の支えになってあげたかった。
(―――あなたの隣には、いつもあたしがいたじゃない……)
苦しさを押さえつけるように、着ているシャツの胸をギュッと握り締めると、あたしはブッキーの家へと向かった。
「あら美希ちゃん、いらっしゃい。祈里なら出かけてて、今いないわよ?」
動物病院のドアを開けると、尚子さんはあたしを見て言った。
「……そう……ですか……」
「どこへ行くかまでは聞いてないから……本人に連絡してみたらいいんじゃないかしら?」
……それで彼女が、家の手伝いが、なんて言ったら……。
手を握り締めると、あたしは恐る恐る、尚子さんに確認する。
「分かりました……ところで最近、病院の方は忙しいんですか?ほ、ホラ夏だし……熱中症になっちゃう動物とかいたりして……」
「それがね、美希ちゃん。動物にとってはいい事なんだけど……。この間人と動物が入れ替わるおかしな事件があったでしょ?あれ以来、飼い主の方も動物の気持ちが分かったっていうのかしら。大切にしてるみたいで」
尚子さんは、ふふ、と笑って。
「ここしばらくは開店休業みたいなものよ」
―――やっぱり。
動揺を悟られないよう、なんとかぎこちなく微笑んで、あたしは動物病院を後にした。
3
ブッキーが―――ウソをついていた。
分かっていた事だったけど―――改めて知るその真実の衝撃は大きくて。
糸の切れた人形が倒れこむように、あたしは商店街のベンチに腰を下ろした。
(どこにいるのよ、ブッキー……)
彼女に会って、話がしたかった。
ウソや隠し事を責めるのじゃなくて、ただ悩みを聞いてあげたかった。
泣きそうになったのなら、それを慰めてあげたかったのに。
(あんな悲しい顔なんて、もうさせたくないのよ……)
両手で顔を覆うあたしの脳裏に、あの花火の夜の光景が浮かぶ。
その途端、また胸が苦しくなりだして。
夜空に舞い散る光の中、一人、唇を噛み締め、涙を隠すように空を見上げていたブッキー。
そんな彼女を目にした時、あたしは―――――………。
そこまで考えて、慌てて頭を振る。
―――そんな事、あるワケないもの……。
「美希ちゃん?何してるの、こんなところで?」
唐突にかけられたその声にハッとして、あたしは顔を上げた。
「……ブ…ッキー……?」
目の前には、不思議そうにあたしの顔を覗き込む、ブッキーの姿。
思わずあたしは立ち上がり、彼女の両肩を掴む。
「ブッキー!!どこに行ってたの!?あたし、あなたの家まで―――」
「え?家まで来てくれたの?リンクルンに連絡してくれればよかったのに……」
「だってリンクルンじゃ―――」
そこまで言いかけて、あたしは言葉を飲んだ。
あまりにも、彼女の様子が普段と変わらなかったから。
……あたしの心配が、杞憂だったかのように。
「?リンクルンじゃ……何?」
「……何でもないの。気にしなくていいわ」
「なんだか様子が変だけど……大丈夫?」
なんであたしが心配されてるのよ……。
はぐらかすように、彼女のきょとんとした顔から足元へ視線を落す。
その視界に、ブッキー以外の二対の足が入ってきて。
「リンクルンじゃ言えないような、大切な用があったんじゃない?ね、美希たん」
「そうなの?―――美希、何かあったなら相談に乗るわよ?」
ブッキーの横に並んだラブとせつなを、あたしは呆然と見つめた。
「それならちょうど良かった!今からラブちゃんの家に、美希ちゃんも誘って行こうって話してたの。何か用があったなら、そこでゆっくり聞くね!」
にっこりと微笑むブッキーと対象的に、あたしは唇の端を上げる事すら出来なかった。
ただ頭の中をグルグルと疑問だけが回り続けている。
(―――どうして、二人がブッキーと一緒にいるの?)
歩き出したせつなとブッキーの背中を、戸惑った顔で見送る。
そんなあたしの手を、ラブが両手で取って。
「さ、早く行こ、美希たん」
「あ、で、でもあたし別に用なんか無いし―――」
一瞬躊躇ったあたしの耳元に、ラブはそっと口を近付けた。
「―――ウソつき」
あたしの心の中を読んだかのようなラブの囁きに、ギクッとする。
……でも、ウソなんかじゃないわ。ブッキーが立ち直ったなら、あたしはそれで―――。
動揺するあたしには構わず、ラブはあたしの手を引き、二人の後を追う。
「……なんちゃってね。待ってよー、せつな、ブッキー!」
「遅いわよ、ラブ。ねえ、今ブッキーと話してたんだけど―――」
「行く前に、お菓子とか買って行きましょ?四人揃うのも久しぶりだし、色々話したいよね!」
「わはー、いいねー。確かアイスなら家にあった筈だから―――」
いつも通りの、取り止めの無い会話。
けど、あたしはその輪に入る事も出来ず、ただ無言で後ろを歩いていた。
ブッキーは、せつなへの想いを断ち切ったんだわ。
それなら、何も今更話を蒸し返す事もないし―――。
あたしが彼女のために何もしてあげられなかったのは―――悲しいけど……。
「?美希ちゃん、聞いてる?」
ブッキーの声に、我に返る。
「あ、な、何?ブッキー?」
「お菓子、何がいいって話。……本当に大丈夫?いつもの美希ちゃんらしくないけど……」
「だ、大丈夫だってば」
「ならいいけど……」
そう言って、ブッキーは楽しげに話しているラブとせつなをチラッと見ると、二人の会話に入っていく。
―――その目を見たとき、あたしには分かってしまった。
彼女は想いを断ち切ってなどいないという事に。
ブッキーは、ウソをつき続けているんだ――――――。
4
「すっかり遅くなっちゃったね、美希ちゃん」
ラブの家からの帰り道。ブッキーは明るい声であたしに話しかけてきた。
あたしはといえば、ラブの家でも考え込んだまま、ほとんど無言で。
そんなあたしの様子を意に介してないかのように、いつになく饒舌に彼女は続ける。
「でも面白かった!ずっとね、おウチのお手伝いばっかりしてたから、皆に会いたかったの!」
うーん、と背伸びをするブッキー。
でもあたしには分かってる。
「……そうね。ブッキー、しばらく忙しそうだったもの」
「そうなの!夏休みに入ってから、ずっとお客さんが途切れなくて――――――」
彼女が、必死でウソをついてるんだって事が。
病院の手伝いの事も、ラブの家で彼女達と楽しそうに笑いあっていた事も。
「ふふっ、また来週からダンスのレッスン、頑張らなくちゃ。やっぱり皆と踊るのは、楽しいもの!」
その微笑みも、その言葉も。
全部、ウソだ。
「……レッスンね。随分調子悪かったみたいだけど、大丈夫なの?」
「うん!もう平気。……今日皆から元気を分けてもらったしね」
軽くステップを踏みながら、彼女はそう言った。
(じゃあ、ブッキー。さっきの目は何?)
ブッキーが、さっき
ラブとせつなの話に入る時、一瞬見せた、あの目。
あの目の中には、確かに嫉妬の光が宿っていた。
―――あたしは知らないうちに、自分のスカートを握り締めていて。
「美希ちゃん、ここの振り付けって、これであってたよね?」
クルッ、とあたしを振り返るブッキー。
彼女は、にっこりと笑っていたけど。
あたしには、今の彼女は花火の夜と同じにしか見えなくて。
悲しみを堪えてる姿にしか―――。
胸が、苦しくなる。
「……合ってるわよ、調子悪かった割には、ちゃんと踊れてるし。ま、あたしは信じてたけど」
「へへ……美希ちゃんがそう言ってくれるなら、わたし、完璧?」
ブッキーは、ウソをつき続けようと、決めたんだ。
せつなの傍に居れるだけで、同じ場所に立っているだけで、満足しようって。
ラブとせつながいつも一緒で、離れないと分かってて、それでも。
――――――好き、だから。
だから、彼女は自分の心にさえ、ウソを――――……。
「美希ちゃん、どうかした?……やっぱりどこか調子悪いんじゃ……?」
そう言って、ブッキーはあたしの瞳を見つめてくる。
その顔を見た途端に、彼女だけじゃなく、全てがあの夜に重なって思えてきて………。
ドクン!
あの夜を思い出すたびに感じていた胸の苦しさが、消えた。
代わりに、鼓動が高鳴り出す。
―――あの夜、あたしは悲しみを堪えているブッキーを見て、なんて思った?
ラブの囁きが、耳元に蘇る。
(―――ウソつき)
そうだ。あたし……あたしは………。
「か、考え事してただけよ。大丈夫だって!」
「本当?」
なおもあたしを見つめるブッキーから顔を逸らし、隠すように頬に手をやる。
やだ……熱くなってる。赤くなってるの、気付かれてないわよね?
あたしはあの時。
ブッキーを抱きしめたいって、思ったんだわ。
悲しい顔の彼女を、守ってあげたいって。
心の底から、愛しく感じて。
きっとこれは、ずっと前からあたしの中にあった感情。
あたし自身が自分にウソをついて、隠してきた思い。
「……そうだ!ね、美希ちゃん。結局、リンクルンじゃ言えないような大切な用って……何?」
今の会話から思い出したのか、ブッキーが尋ねてきた。
あたしは乱れそうになる気持ちを押さえ込むのに必死で、言い訳なんか考えている余裕も無く。
「あ、あ、あれね。い、今考えたら、大した事じゃなかったわ」
「―――もう……やっぱり変だよ?今日の美希ちゃん―――」
少しだけ困ったように言うと、ブッキーは優しい声で続ける。
「……何かあったなら、相談してね?」
――――あなたが、好き。
思わず口にしてしまいそうになりながら、深呼吸。
そしてかろうじて微笑むと、彼女に言葉を―――返す。
「当たり前でしょ?……だって、あたしはブッキーが―――――」
5
「やぁ、いらっしゃい。今日も一人?―――どう?その後」
あたしは今日もドーナツカフェへとやって来ていた。
カオルちゃんの明るい声に、曖昧な笑顔で答えると、席につく。
「まあ、それでもこの間よりマシみたいだね」
「………カオルちゃんには何でもお見通しみたいね」
「そうそう、俺、超能力あるから。おみ透視、なんてね。グハッ」
カオルちゃんのジョークに苦笑いして、少し考えたあと、話を切り出す。
「色々考えたんだけど、カオルちゃんの言うみたいに、信じてあげる事なんて出来ないみたい。でも、同じ立場になったら、同じ事するっていうのは……分かったわ」
ブッキーなら、「わたし、信じてる」って言ってくれるだろうか。
その前に、彼女はあたしのウソに気がついてもいないだろうけど。
―――悲しい、ウソに。
「じゃあ少しはお友達の気持ちも分かったかい?」
その言葉に少し躊躇して、話を続ける。
「そう、ね。ウソをついたり、隠し事をするのは……辛いわ。一番大事な人に」
「きっと相手もそう思ってるさ」
「……それも分かるから―――今は何も突き詰められないわ。ただね、カオルちゃん」
背筋を伸ばして、カオルちゃんのサングラスの奥を見つめる。
「自分にだけは、もうウソはつかないって、決めたの」
ブッキーは自分にすらウソをつく方法を選んだけど。
あたしは、あたしの心にだけは……ウソはつきたくない。
あたし―――蒼乃美希は、ブッキー、山吹祈里が、好き。
それが本当に、完璧なあたし。
だから、何があっても彼女の傍にいるわ。
あたしの言葉に、カオルちゃんはグッ!と親指を立てる。
「―――いいね。オジサン、そういう熱いの好きだよ。ちょっと待ってて」
ワゴンへと戻っていくカオルちゃんの背中を見ながら、あたしはもう一つ、心の中の決意に付け足す。
もしこの想いが……悲しい結末を迎えたとしても。
パインジュースの入った紙コップを二つ手にして、カオルちゃんが戻って来る。
「お待たせ。こないだはサービスだったけど、今日はおごり」
「何それ……どこが違うの?」
カオルちゃんの言葉に、コップを受け取りつつ、クスッと笑ってしまう。
「まあ細かい事はいいじゃない。それじゃ、お嬢ちゃんの誓いに―――」
自分のコップをあたしに傾けるカオルちゃん。
あたしはちょっと考えてから。
「いつの日か、あたし自身にだけじゃなく、彼女にもウソをつかなくていいように」
あたしはブッキーが大切な友達だと思ってる、なんて偽りの言葉じゃなくて。
大好き、って言えるように。
「乾杯」、とコップの縁を軽く合わせて、あたし達は互いに微笑んだ。
了
最終更新:2013年02月14日 00:31