決戦前夜 ~バックステージの男たち~/一六◆6/pMjwqUTk




 汽笛に紛れて近づいてくる足音に、男は慌てて小さな相棒を背中に隠す。やってきたのは、黒のスーツをビシリと着こなした、手の切れそうな美女。
「カオルちゃん・・・私たちの元へ戻って来てくれない?これからも、あなたの力がきっと必要になるわ」
「それよりさ。頼んでいたもの、手に入った?」
「ああ・・・これよ。いくら私でも、さすがに4日で手に入れるのは骨が折れたわよ。」
 差し出された封筒を無造作に受け取って、
「ありがとさん。」
 男はそのまま、女に背を向ける。
「・・・どこ行くの?」
「俺を必要としてくれる場所へ、帰るのさ。」
 あっけにとられる女の視線を背に、両手をポケットに突っ込んで、男は歩み去る。
 背広の裾から、相棒のしっぽがブラブラと、揺れているのもそのままにして・・・。



決戦前夜 ~バックステージの男たち~



 人気の無くなった公園で、男は黙々と作業を続けていた。ワゴンに搭載されたフライヤーから、揚げたてのドーナツのいい匂いが漂ってくる。
「あんなことの後だから、ドーナツ食べる人なんていないよね~。てか、この時間だから、人がそもそもいないんだけど~。グハッ!」
 誰も居ないのに、テンション高く独りごとを言う男。
 思ったことをほとんど口に出して言う癖は、この仕事を始めてから付いてしまった。もしかしたら、いかなるときにも沈黙を旨としていた、前職の反動かもしれない、と自己分析する。


 今日はクリスマス・イブ。クローバータウン・ストリートの天使の像の前には、今年も商店街の人々の手によって、大きなクリスマスツリーが飾られている。いつもの年なら、男もこの時間には店をたたんで、賑やかであたたかな人の輪に加わっているのだが。
(お嬢ちゃんたち・・・今年はツリーを見られないかもしれないねぇ。)
 きれいに揚がったドーナツを、丁寧に並べる。ワゴンに備え付けた冷蔵庫に、アイシングの材料を取りに行こうとしたとき、見知った顔が近づいてくるのに気付いた。


「おう、圭ちゃんじゃねーの?久しぶり。ドーナツ、食べる?」


 立ち止まったのは、さっきまで公園のステージでみんなに取り囲まれていた少女たちのうちの2人・・・桃園ラブと、東せつなの保護者である、桃園圭太郎であった。


 まだ片づけられていなかった、ドーナツ・カフェの椅子のひとつに、圭太郎は腰掛ける。そして、愁いを帯びた顔で、今はガランとしたステージを見つめる。
 ほんの15分ほど前。このステージで、4人の少女たちが、家族や友人たちを前にして、とんでもない告白をした。
 自分たちはプリキュアで、ラビリンスと戦っていること。世界の危機が迫っていること。奪われた大切な友達を助けるために、これから旅立たなくてはならないことを。
 そんな娘たちを、身体を張って止めたのは、母親たちだった。ラブとせつなの手首を固く握りしめ、肩を震わせていたあゆみの姿を、圭太郎はまざまざと思い出す。そして結局、少女たちは母親たちに連れられて、それぞれの家へと戻ったのだが・・・。
 このまま、あの子たちが諦めるはずがない。圭太郎のその思いは、確信に近かった。


 肩を落として考え込んでいる彼に、男はプレーンのドーナツをひとつ、差し出す。
「悩んでるときは甘い物、ってね。」
「・・・悪いな。」
「いーのいーの。食べるもよし、しゃべるもよし。俺はまだ、しばらくここに居るからさ。」
 そう言ってワゴンへと戻る彼の後ろ姿に、
「カオル。」
 圭太郎はそっと、呼びかけた。




 街のみんなからカオルちゃんと呼ばれているこの男は、実は圭太郎とは、同郷の幼馴染だった。歳は、圭太郎の2つ下。
 小さい頃から、人々の無責任な噂話に、よく登場する子供だった。
 町はずれにある大きな屋敷に、母親と2人暮らし。立派な外車が家の前に止まって、とある大物議員が降りてくるのを見たと言う者。いや、あの子の母は極道の女で、彼はその忘れ形見なのだと言う者。
 周囲の好奇の目に晒されていることを、子供心に感じていたのだろう。
 彼は、近所の子供たちにも、同級生たちにもそっぽを向いて、独りでいることの多い少年だった。その癖、生意気で負けん気が強く、上級生とも平気で喧嘩して、生傷の絶えない少年だった。


 そんな彼が、なぜか圭太郎にだけはよくなついた。仲間たちといるときは、誘ってもあまり遊びの輪に入ってこないのに、圭太郎が一人でいると、よく圭ちゃん、圭ちゃんとまとわりついてきた。末っ子だった圭太郎にとっても、彼は可愛いやんちゃな弟のような存在だった。


 彼が突然母と郷里を離れ、圭太郎の前から姿を消したのは、圭太郎が中学2年の冬。居なくなってからも、彼の話は相変わらず、人々の口の端に上った。
 チンピラになってヤクザの仲間に入っただの、傷害で何度も捕まって少年院を出たり入ったりしているらしいだの、いや、仲間と組んだバンドが当たってレコードデビューするらしいだの、アメリカに渡って飛び級で医学部に入ったらしいだの・・・時間が経つにつれ、彼の噂はどんどん現実離れしていった。


 そして月日は流れ、昨年の秋。
 四ツ葉町公園に、超おいしいドーナツワゴンが出てるんだよっ!と、娘のラブが目をキラキラさせて言い始めた頃。
 仕事の合間に公園に立ち寄った圭太郎を、先に見つけたのは彼の方だった。
 お互い、もう幼い頃の面影なんて、なかなか見つからないくらいの立派な大人。とりわけ昔の彼を知っている圭太郎は、すっかり力の抜けた、誰とでも気さくに話す彼の様子に、最初はあっけにとられたものだ。でも、サングラスを外して近寄ってきた彼の笑顔は、確かに昔、圭太郎の後ろを付いて回っていた頃と同じものだった。


 再会を果たしたとは言え、子供の頃のような無邪気な親密交際が始まったわけではない。男はむしろ、圭太郎と昔馴染みであることを、周囲にひた隠しにしたのだ。
 娘を紹介しようとした。妻の手料理で一緒に飲もうと誘いもした。でもそれを、彼はやんわりと、しかしことごとく断った。


「俺は一応、謎だらけの男ってことになってるからさ~!」
 だから、圭ちゃんも俺の過去は秘密にしといてよね~、と冗談としか思えない口調で笑う男。
「謎だらけの男が、堂々と本名を名乗っていていいのか?」
 一度、少しだけ不満を込めて軽口を叩いた圭太郎に、男は一瞬押し黙った後、
「へーきへーき!俺は、本名が一番、人に知られてねーのっ!」
 と、相変わらず明るい声で言った。
 その一瞬の沈黙の、違和感を覚えるほどの重さに、彼の言葉の真実を見たような気がした。
 だから圭太郎は、彼・・・カオルとの昔の縁を、娘たちにはおろか、妻のあゆみにすら、話していない。



「カオル。君は知っていたんじゃないのか?あの子たちが・・・ラブたちが、プリキュアだったってこと・・・」
「圭ちゃんさぁ。」
 男が相変わらず脳天気な口調で、圭太郎の言葉を遮る。
「間違えちゃいけないよ~。お嬢ちゃんたちがプリキュアだったんじゃない。プリキュアになって戦ってくれてるのが、お嬢ちゃんたちだったんだろ?」


 同じことだろう、と言いかけて、圭太郎はその違いに気付く。ごく普通の少女である彼女たちが、大きな使命を背負わされ、それを受け入れて、仲間たちと共に必死で戦ってきたという事実。ラブたちが、元々特別だったわけじゃない。彼はそう言いたいのだろう。


「あの子たち・・・やっぱり、行く気なんだろうな。」
「う~ん。そうだろ~ね~。」
 男はすっかり暗くなった空を仰いでため息をついてから、いきなりガラリと口調を変えた。




「それにしても、今日は寒いよね~。こんな日は、タコの刺身にアサリの酒蒸しなんか、オツだよね~。オー!タコに襲われて、アサリを渡せ~!なんちって~。グハッ!」
「???」
「負うた子に教えられて、浅瀬を渡る、って言うだろ?圭ちゃん。」
「・・・そう来るか?」
「子供だ子供だと思ってても、使命と仲間との絆を身にまとったお嬢ちゃんたちは、立派に正義の味方ってことよ。親鳥の翼の下には、もう収まりきれないくらいにね~。」
「あのな・・・。話の展開に、無理矢理ことわざを嵌め込もうとするなよ。」
 ニヤリ、と笑う男に、思わず圭太郎も苦笑する。さっきまで心配で押しつぶされそうだった胸の中が、ほんの少し、軽くなったような気がした。


「正義の味方、か・・・。」
 娘たちが果たしてそういう存在なのか。圭太郎には、正直言ってわからない。
 しかし、ずっとこの街を守ってきた彼女たちの思いを、ただ危険だからという一言で、親たちが止めることは出来ないだろうと、少し冷静になった頭で考える。


「いずれにせよ、みんなで一度、相談することになるだろうな。」
「親御さんたちでかい?」
「ああ。」
「ふぅん。」
 そう言って少し黙った後、男が何気ない調子で口を開く。


「圭ちゃん。・・・そんなことは万に一つだろうが、もしも、4人のうちの誰のせいでこんなことになったんだ、なんて話になったら・・・お嬢ちゃんたちの中で、一番分が悪いのは誰か、分かってるよな。」
 老婆心だよ、老婆心。俺、男だけど!とけたたましく騒ぐ男に苦笑を返す圭太郎の脳裏に、少し恥ずかしそうに微笑む朱の瞳が浮かぶ。
 言われなくても分かっている。幼い頃から・・・それこそ赤ん坊の頃から街の人々に愛されて育った3人と、数ヶ月前に突然やってきて、この街の住人となった1人。
 今は街の人たちもみんな、彼女のことをよく知っている。控えめで礼儀正しく、誰にでも優しい彼女を愛している。
 でも、非常事態に直面した人間の心理を、人の弱さを、想像できない圭太郎ではない。


「レミさんも、山吹先生ご夫妻も、そんな人じゃないさ。」
 だが。そう言って、圭太郎は光る眼で男を見据える。
「だが、万が一、そんな事態になったら、せっちゃんは、僕とあゆみとで必ず守るさ。親が子供を守るのは、当たり前だろう?」
「そう言ってくれると思ったよ。」


 素直に嬉しそうな顔をする彼に、圭太郎はこの半年、心の中にあった疑問を口に出す。
「やっぱり君は、せっちゃんのことが気になるんだな。」
「あん?」
「ずっと考えてたんだ。君が今年の夏に、僕に渡してくれたもののこと・・・」


 あれは今年の夏。せつなが桃園家で暮らし始めて、半月ほど経った頃。
 いつもは家の近くでは見かけることすら無い彼が、会社帰りの圭太郎の前に、ふらりと現れた。そして、家族が増えたお祝いだと言って、薄い封筒を手渡したのだ。
 その中に入っていたもの・・・。せつなは勿論、家族の誰も知らないことだが、せつなが夏休みが終わってから、当たり前のようにラブと同じ中学校に通えたのは、実は、この時彼から渡された封筒のお陰に他ならない。


「ああ、あれ?手続きするのに、特に問題なんかなかったろ?俺ったら、完璧に足のつかないルート選んじゃったからさ~。グハッ!」
「本当に・・・何者なんだ?君は。」
「だから言ったろ?俺は謎だらけの男だ、って。」
「せっちゃんと、過去に何か関係があったわけじゃないのか。」
「残念ながら、ないね~。」
 男は実にあっさりと否定する。そしてフッと小さく笑ってから、少し低い、しかし優しい声で言った。




「最初は、あのお嬢ちゃんが、何となく昔の俺に似ているような・・・そんな気がして、ちょっと気になってただけさ。でも、圭ちゃん家で暮らし始めてから、彼女、笑顔がとっても柔らかくなってった。」
 男の指が、照れ隠しのように、サングラスを押し上げる。
「あのお嬢ちゃんは、もうあの頃の俺とは違うよ。圭ちゃんの家族だもんな。当たり前だよな。」
 他でもない、彼にそう言ってもらえたことが、圭太郎には無性に、嬉しかった。



「それにしても、なんでこんな時間に、こんな沢山のドーナツ揚げてるんだ?パーティーの予約かなんかか?」
 やっと周囲を見回す余裕を取り戻したのだろう。この時間からせっせとドーナツの袋詰めを始めた男の行動に、ようやく首をかしげる圭太郎。
「う~ん。パーティーっていうより、ちょっとしたお土産かな~。」
 男はポリポリと、無精ひげの生えた顎を、人差し指で掻きながら言う。


「俺さぁ。ドーナツを、愛しちゃってんだよね~。俺のドーナツ食べれば、誰でも笑顔になってくれる、幸せになってくれるって、本気でそう思ってんの。ドーナツハートが世界を救う!奇跡を起こすドーナッツ~ってね。グハッ!」
 あくまでも軽く、明るく、そう言い放って笑う男。でもその姿は、自信に満ち、とても誇り高く見えて・・・。
 そんな彼を見ながら、圭太郎は思う。ひょっとしたら、ここにも1人、世界の危機を救う、正義の味方がいるのかもしれない、と。


「ありがとな、カオル。そろそろ帰るよ。」
「そっか。」
 コートの襟を立て、寒そうに立ち去る圭太郎の後ろ姿。でも、来た時よりも大きく見えるその背中に。
「圭ちゃん。」
「ん?」
「メリー・クリスマス!」
 カオルは、精一杯の思いを込めて、ぐっと親指を立てて見せたのだった。


~終~
最終更新:2013年02月16日 19:38