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バレンタイン狂想曲/一六◆6/pMjwqUTk




 突然の電話なんてものは、得てしてとんでもないタイミングで、かかってくるものだ。
「久しぶりだねぇ、兄ちゃん。へい、お待ち!」
「おおっ、これだ! これが食べたかったんだぁ!!」
 西隼人ことウエスターが、久しぶりの四つ葉町で、待ちに待ったカオルちゃんのドーナツにかぶりつこうとした、まさにその瞬間。
 無造作に置かれた彼の携帯電話が、テーブルの上から落下せんばかりの勢いで震え出した。
「うわっ、止まれ! ……誰だ? この忙しいときに」
 少々ムッとしながら電話に当てた耳に飛び込んで来たのは、この世界で何度も聞いた、凛とした少女の声。
「ウエスター! お願い、力を貸して」
「その声はキュアベリーか? どうした! 何かに襲われたのかっ?」
 通話口に向かって叫ぶウエスターを、冷静な声が制する。
「そんなんじゃないわよ。あのね。今日はバレンタインデーっていう、大事な日なの」
「おお、知ってるぞ。何でも大切な人に、チョコレートを贈る日らしいな。イースがそう言って、何やら準備していたぞ」
 ウエスターが何の気なしにそう言うと、電話の向こうで息を飲む気配がした。
「せつなが!? ねえ、それって本命は、ちゃんと本人に手渡すって言ってた?」
「本命? よくわからんが、ホホエミーナに頼んで渡してもらうようなことを言っていたぞ」
 その途端、少女の声がハッキリと凄味を帯びて、ウエスターを圧倒する。
「ダメじゃないの、それじゃあ! ウエスター、よく聞いて。バレンタインデーはね、ただチョコレートを贈るだけじゃダメなのよ」
「そ、そうなのか?」
 なんで自分が怒られなくちゃいけないんだ? と頭の片隅で思いながら、ウエスターは思わず問い返す。
「そうよ! 今日は、大切な人にちゃんとチョコを手渡して、想いを伝え合わなきゃいけない日なの」
「ちゃんと……手渡して?」
「そう! て・わ・た・し・て。ね? ここが何より、いっちばん大切なの!」
「手渡さないと……どうなるんだっ?」
 高まる緊張感に、ゴクリと唾を飲み込むウエスター。そのせいで、電話の向こうで小さく「え? どうなる、って言われても……どうしよう、そこまで考えてないわ」などと呟いているのには、全く気付いていないらしい。
「え、えーっとぉ……こ、この日にちゃんとチョコを手渡さないと……」
「手渡さないと?」
「て、手渡さないと……」
「手渡さないと……何なんだ? ちゃんと教えてくれ!」
「と、とにかく! ……た、たたたたた、たい」
 ガチャ。ツー……ツー……ツー……。
「おいっ、キュアベリー! 何だ、“たい”って。その続きは何なんだっ!」
 怒鳴り返すウエスターに、手の中の電話はただ、無情な機械音を繰り返すだけ。
「“たい”……。そうかっ! 「大変」の「たい」だなっ? 何だかよくわからんが、大変なことになるんだなっ!?」
 ウエスターはグッと拳を握り、ドーナツカフェの椅子を蹴倒して立ち上がった。
「よしっ! とにかく俺に任せておけっ!」

 ☆

「……よし。あとはホホエミーナに任せればいいわね」
 東せつなは自宅のキッチンで、きれいにラッピングした手作りチョコを手にして微笑んだ。
 四つ葉町にいる、大切な人たちのために作ったチョコレート。本音を言えば、自分で渡しに行きたいけれど、なかなかそんな時間は取れない。
 せつなは、中でも一番大きな包みに架けられたリボンを、そっと人差し指でなぞってみる。小さなキッチンに漂うのは、あたたかで、穏やかで、なんとなく甘酸っぱい雰囲気……だったのが、次の瞬間、遠慮会釈のカケラも無い声が、その空気を一瞬でぶち壊した。
「イース! おいっ、イース! いるんだろう?」
 何事? とチョコレートを持ったままで外に出てみれば、なぜかやたらと勢い込んだ様子のウエスターがそこにいた。
「ウエスター、ちょうどよかったわ。今、ホホエミーナにこれを持って行ってもらおうと……」
 皆まで聞かず、ウエスターはせつなの手元を見て、ニカッと満面の笑みを浮かべる。
「おお! ちゃんとチョコ、持ってるな? よし、じゃあ行くぞ!」
 その言葉が終わるや否や、ウエスターの後ろに立っていた茶色の巨人が、せつなに迫ってきた。
「ホ~ホエミ~ナ~! コッチコッチ~……デモ、カタクナ~イ。トケイデモ、ナ~イ。グハッ!」
「……何なの? これ」
 後ずさるせつなをあっさりと捕まえた巨人は、そのままウエスターと共に勢いよく空へと舞い上がる。
「えーっ? ちょ、ちょっとウエスター! 降ろしなさいよっ!」
 不意を突かれたせつなの抵抗もむなしく、三人の姿はラビリンスの空の彼方にかき消えた。あとには哀愁……と言うより単なる怒りを帯びた、せつなの悲鳴だけを残して。
「ねえ、何なのっ!? 一体、何なのよぉぉぉ~!!」

 ☆

(一体、何なんだろう。何だか不思議な予感がする……)

 桃園ラブは、自分の部屋のベランダから、所在無げに空を眺めていた。
 今日はバレンタインデー。クラスの女の子たちと友チョコを交換し、大輔と裕喜と健人に、「義理だからねっ!」と念押ししながらひとつずつ渡し、放課後には、何やら急いでいる美希と祈里とも慌ただしくチョコを渡し合って、それなりの荷物を抱えて学校から帰って来た。
 今晩、父の圭太郎に手作りチョコを渡して、そして……残るは、あとひとつ。

(きっと、会いには来られないんだろうな~。せめてあたしの方から行ければいいのに)

 思わずうつむきかけた視線を、ブン!とひとつ頭を振って上向けたラブが、空の真ん中に不自然な茶色い塊を見つけて、ん? と目をぱちくりさせた。その塊は見る見るうちに大きくなって、まっすぐこちらに迫ってくる。
「……へ? ……えっ? えっ!? ええぇぇぇ~!!」
 既に太陽を遮らんばかりに大きくなったそれは、巨大なこげ茶色のリングに、小さな羽と垂れ目を貼り付けたような姿。その上にすっくと立って、白いマントを翻している人影は、まさに「どやっ!」という顔をしている。
 そして、リングの真ん中にあいたハート型の穴に腰掛けて、怒ったような、照れたような、泣いてるような顔をしているのは……。
「せつなっ!!」
 思わず大声を上げるラブ。
「ニッコニコ~! デモ、イッコ~。グハッ!」
 茶色い塊が、不気味にも見える笑顔でよくわからない雄叫びを上げる。そして、体の割には華奢な両手でせつなを抱き上げると、ラブに手渡すような格好で、そのまま彼女を解放した。
「きゃっ!」
 ベランダめがけて落ちてくるせつなを、ラブは両腕でしっかりと受け止め、勢い余ったラブを、窓ガラスのサッシがガコンと音を立てて受け止めた。
「いったぁ~!」
 でも、頭の一個や二個ぶつけようが、今のラブには、そんなことちっとも問題じゃない。
「せつなぁ! ホントにせつなだぁ! チョコレート作ったけど、今年は渡せないかもって思ってたんだよぉ。会えてよかったぁ! ……あれ?」
 早口でまくしたてたラブが、そこでふと気が付いて、鼻をひくひくさせる。
「せつな、なんかすっごく甘~い匂いがするんですけど。わっ! なんか身体じゅう、ベタベタになってるし!」
 慌てるラブに、真っ赤な顔でうつむいていたせつなが、ひくっ、としゃくりあげた。
「ラブぅ~! ヒック、もう、久しぶりに会えたっていうのに、ヒック、ウ、ウエスターがっ、ヒック、こんなホホエミーナ、ヒック、呼び出すからぁ……!」
 まるで泥んこ遊びをして叱られた腕白小僧みたいに、顔も身体もあちこち茶色くなって泣きじゃくるせつなを、ラブは汚れるのも構わず、満面の笑みを浮かべて、ギュッと抱きしめる。
「わっはぁ~! まるでせつなが本命チョコみたいだよぉ! 泣かないの。ホラ、一緒に素敵なバレンタイン、ゲットだよっ!」

 ☆

「どうだった? 二人で素敵なバレンタイン、過ごしてるって?」
 山吹祈里の、ほんの少し心配そうな声に、蒼乃美希はビクッ! と肩を震わせて、リンクルンを置いた。
「あ、あったりまえでしょう!? アタシ、完璧に計画したんだから」
「その割に、隼人さんに電話したときは美希ちゃん、なんだかオロオロしてるみたいだったけど?」
 おっとりしているようで、見るところはちゃんと見ている祈里だ。美希は観念して、今ラブからかかって来た電話の一部始終を話す。せつながホホエミーナに乗って、会いにやって来たこと。ただ、そのホホエミーナが少々問題で、かなり大変な姿で現れたらしいこと……。
「全く、ウエスターったら慌て過ぎよね。いくらそのとき手に持っていたからって、何もチョコドーナツをホホエミーナにしなくてもいいのに」
「そりゃあ、美希ちゃんがいきなり電話切っちゃうから、隼人さんも慌てたんだと思うよ」
 さも呆れたように溜息をついた美希だったが、祈里にニコニコしながら痛いところを突かれ、頬を赤くした。
 さっきの電話を思い出す。
『とにかく、大切な人に面と向かって手渡さないで、何がバレンタインよ!』
 そう啖呵を切ろうと思ったのに、口から飛び出したのは、何の打楽器かと自分で自分を疑うような、「た」の連打。いたたまれなくなって、つい電話を切ってしまったのだが……あれをウエスターは、一体どう受け取ったことだろう。
「あんな嘘付かなくても、隼人さんなら協力してくれたと思うけどな~」
「ダメよ。騙すならウエスターから騙さないと、せつなにすぐバレちゃうわ」
 祈里の言葉にキッパリとそう言い切った美希は、その言葉でやっといつもの調子を取り戻し、ゆっくりと微笑んだ。
「大丈夫よ、ブッキー。アタシ、当面はエイプリルフールを前借りして、二月に使うって決めたんだから」
 そう。せつなが自分から気軽にラブに会いに来るようになるまでは、アタシが二人のバレンタインは引き受ける。アタシ、完璧!
 密かに誓いを新たにする美希に、祈里がニコリと笑ってこう言った。
「ふぅん、そっかぁ。じゃあわたしも、エイプリルフールの前借りしようかな」
「え? ブッキー、どういうこと?」
 怪訝そうな顔の美希に、祈里はもう一度、楽しそうに笑った。
「ウフフ。わたしも、美希ちゃんの真似してみるね」

 ☆

「一体何の真似だい? ウエスター」
 ラビリンスの首都の中心部にある、ウエスターとサウラーの執務室。四つ葉町から慌てて戻ってきたウエスターは、自分の歩いた道に沿って、冗談みたいに点々と続く足跡をサウラーに見つけられ、こっぴどく油を絞られていた。
 冬とは言え、小春日和の四つ葉町の空は、チョコレートがゆっくり溶けるにはちょうどいい温度だったらしい。お陰でホホエミーナの上で仁王立ちしていたウエスターの靴からは、甘ったるい匂いが立ち上っている。
「いや……これは……。サ、サウラー! お前、甘いものは大好きだろうがっ!」
「あくまでも、口にするのは、ね」
 ギロリと睨まれて冷や汗をかくウエスターの耳に、ポケットの中から響く軽快な音楽が聞こえてきた。

 突然の電話なんてものも、たまには丁度いいタイミングで、かかってくることがあるらしい。
 これ幸いと通話ボタンを押すと、やっぱり今まで何度も聞いた、でも今度はやわらかな声が、耳に飛び込んできた。
「もしもし、隼人さん? あのね。ちょうど今から一カ月先の、三月十四日なんだけどぉ。その日も今日と同じくらい、大事な日なの。その日には、今日チョコを手渡された人が、必ずお返しを手渡しに行かなくちゃいけないの! さもないとぉ……」

~おわり~
最終更新:2013年02月16日 20:38