ミルクと青い薔薇(V)
『さあ、逃げられるものなら、逃げてみなさい』
巨大なクラゲの化け物と化したクラケーヌは、何本もある触手をミルキィ・ローズ目掛けて振り下ろす。
余裕で跳び退いてかわしたものの、圧倒的な質量を受けて背後の建物が代わりに押し潰された。
『こんなちっぽけな国…、一瞬で潰してあげるわっ!』
四方八方に触手を打ち下ろしながら、クラケーヌはじりじりと突き進んでいく。
建物も木々も草花も、その巨体の下に巻き込まれ灰燼と化していった。
「やめなさいっ!」
ローズが飛び上がり、パンチとキックを浴びせる。 しかし軟体質の身体に衝撃は吸収され、大して効いている風にない。
小うるさく攻撃してくるミルキィ・ローズをあえて無視して、クラケーヌはパルミエの街を蹂躙していく。
狂気の沙汰だった。 ミルクに勝てないと悟り、子供じみた感情で代わりに彼女の故郷を滅ぼそうとしているのだ。
「あああ…。 何てこと!」
青ざめた両頬に手を当て、ローズはその様子を呆然と見上げる。
クラケーヌは今のミルクすら遥かに超える大きさの巨体と化している。 このままパルミエ王国を横断するだけで、王国は壊滅的な被害をこうむるだろう。
(どうすればいいの? どうやって止めれば…?)
その時、ローズの手にあの“ミルキィ・パレット”が再び姿を現した。
付属したブラシペンがふわりと宙を舞い、パレットの側面に差し込まれる。 ブラシの先端に光が点る。
そこに夢の中で会った女性、“フローラ”の意思を感じて、ローズはうなずいた。
「邪悪な力を包み込む…、薔薇の吹雪を咲かせましょう!」
パレットのペン先で、クラケーヌを指し示す。 そこにクラケーヌの姿すら覆い隠すほどの巨大な青い薔薇のイメージが現れた。
「ミルキィ・ローズ、ブリザード!!」
逆手に構えたパレットを振るう。 それを合図に巨大な薔薇は無数の花びらとなって砕け散り、文字通り吹雪と化して一斉にクラケーヌへと向かっていく。
クラケーヌが気づいた時には、もはや遅かった。
無数の花びらがみるみるその巨体を覆いつくし、再び巨大な薔薇の姿を形成していく。
『なんだ? これは…』
一瞬の静寂の後…。
薔薇は内部からすさまじい爆発を起こし、その内側のクラケーヌごと、原子単位にまで分解、四散していった。
招かれざる異邦人は、清めの薔薇と共に“無”へと帰する…。
「…やった」
クラケーヌの巨体が消え去ったのを見て、ローズは緊張を解いた。
ぎりぎりだったけど、本当にぎりぎりだったけど、自分の力でパルミエ王国を、“大切なもの”を守りきれた…。
気が緩んだと同時に、ひどい脱力感に襲われてぐらりと身体が真横に傾く。
“ミルキィ・ローズ”への変身と、人化の術が順に解ける。
ミルクの白い小さな身体は、そのままぽとりと地面に落ちていった。
…………
どこかのパラレル・ワールドにある、エターナル拠点の美術博物館。
その中にある長い回廊を、その男…“スコルプ”は歩いていた。
書き終えたばかりの報告書の束を手に、館長秘書の部屋へと向かうその途中。 ふと気配に気づいて足を止める。
「そこにいるのは誰だ?」
油断なく柱の影に目を光らせる。
「………スコルプ」
そこから姿を現したのは……、自らを支えるように腰に腕をまわし、足を引きずるようにして歩く“クラケーヌ”だった。
スコルプの手から離れた報告書の束が、バサリと廊下に散らばる。
倒れかけたクラケーヌの身体を、駆け寄ったスコルプが抱き止めた。
見た目、外傷はない。 けれどスコルプには、今まさに彼女が消えゆかんとしている事が見て取れた。
「お前…、パルミエ王国への偵察任務に就いていたのでは? 何があった? 誰にやられた!?」
「青い…」
スコルプの肩に手を掛け、クラケーヌがかすれた声を漏らす。
「青い薔薇に、気をつけろ。 ミルキィ…、ローズ!」
吐き捨てるようにその名を告げた直後。 クラケーヌの身体は光の粒子と化し、スコルプの指の隙間からこぼれ、消えていった。
「ミルキィ…、ローズだと?」
得体の知れない冷や汗が頬を伝い、スコルプはその場に立ち尽くす。
足元には報告書の用紙と共に、青い花びらが散らばり、ほのかな薔薇の香りをはなっていた。
…………
「…ミルク。 ミルク。 しっかりするパヤ!」
パパイヤ世話役長が呼ぶ声が聞こえる。 薄目を開けたミルクの目に、ぼんやりとその顔が映る。
「パパイヤさま…」
「おお、ミルク! 気がついたかパヤ?」
地面から起き上がったミルクは思い出した。
きらめく青い薔薇。 人間になった自分。 “エターナル”の襲撃。 白と紫の戦士への変身。
夢の中で訪れた“キュアローズ・ガーデン” その守り人“フローラ”の言葉。
“ミルキィ・ローズ”への覚醒。 巨大なクラゲと化したエターナル。 “ミルキィローズ・ブリザード”の爆発。
そして、力を使い果たし倒れてゆくミルク…。
「…ミル!?」
ミルクは自分が、元の小さな姿に戻っている事に気付いた。
「力が…。 力がなくなっちゃったミル!?」
「按ずる事はないパヤ。 一時的に“力”を使い果たしただけじゃろう。 ほれ…」
パパイヤが示す方を見る。 そこに咲く、淡い光を放つ青い薔薇を見て、ミルクは顔をほころばせた。
今のミルクには分かる。 あのキュアローズ・ガーデンを守る“フローラ”のような慈愛と優しさで、青い薔薇はいつもミルクを見守り、力を注いでくれている事が。
立ち上がったミルクは、パルミエの街を見渡して、また沈んだ気持ちになった。
一部で上がっていた火の手は治まっていたが、目に付く建物のほとんどは崩れ、木々は折れ、花は押し潰されている。
逃げ去っていた王国の民たちは戻って来ていたが、浮かない顔で早くも瓦礫の片付けを始めていた。
「ごめんなさいミル…。 街をこんなに壊されて。 せっかくみんなで頑張って、ここまで造ったのに…」
「いやいや、壊れた建物はまた築けば良い。 それより王国の皆が無事だった事が何よりパヤ。 ミルク、よくみんなを守ってくれたパヤ」
てっきり怒られるかと思っていたミルクは、パパイヤからの思いもかけない言葉に笑顔を取り戻す。
「お任せくださいミル! これからは、このミルクが、“ミルキィ・ローズ”の力で、パルミエ王国を守ってみせますミル!」
「いや…」
一度言葉を切り、しばし考えた後にパパイヤ世話役長はミルクに告げた。
「ミルク。 お前はココ様とナッツ様の元へ行きなさい」
「ミル?」
ココ様とナッツ様…。 “プリキュア”たちのいる世界へ?
「でも、それじゃ…。 もしまた、エターナルが攻めて来たら…」
パパイヤはミルクに背を向け。 重々しくも優しい声を掛ける。
「ミルク。 なぜお前がその“力”を授かったのかはワシにも分からん。 じゃがきっと、そこには何か大きな意味があるはずパヤ。 おそらく、この王国を守るという以上のな」
“すべてのパラレル・ワールドに危機が迫ろうとしています”
“いつかプリキュアたちと共に来てください。 このキュアローズ・ガーデンへ…”
「もしかしたら今、世界を救おうとしているココ様とナッツ様の助けにもなるやも知れん。
我々の事は心配いらん。 わしの力で、プリキュアのいる世界に送ってやるパヤ。 ミルク…」
ミルクだけではない。 パパイヤ世話役長、それに“フローラ”の願いもまた、ミルクに勇気と力を与えてくれる。
「ココ様とナッツ様、それに世界を頼むパヤ」
「…はいミル!」
……そして今。 傷ついたプリキュアたちとココ、ナッツを背に、“ミルキィ・ローズ”は立ちはだかっていた。
目の前には巨大な“サソリ”の怪物。 その尻尾から放たれる速射砲を踊るようにかわし、左右から打ち下ろされた巨大なハサミをがっしりと受け止める。
「…さっきプリキュアが言っていたとおり、力は強い人のところに集まるわけではないわ」
左右のハサミを押し返し、両手を合わせ肘を構えると、ローズはその凶悪な顔面目掛けて、輝く光と共に跳び上がった。
「力というのは、たくさんの思いや願いから生まれるものなの!!」
“フローラ”の意志を伝える代弁者として。 世界を危機から救うため。
そして何より、ミルクの、みんなの、大切なものを守り抜くために。
プリキュアたちと“青い薔薇”の伝説が、今…始まろうとしていた。
~Fin
最終更新:2013年02月24日 14:58