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「出会いと未来と約束と」/黒ブキ ◆lg0Ts41PPY




ありすは小さく溜め息をついた。
半歩前を歩くマナと六花には気付かれてはいないはず。
小学校の最終学年も終盤に差し掛かり夏休みに運動会、修学旅行も終わった。
楽しい行事の殆どが済んでしまった。
マナと六花は卒業の寂しさは勿論だが、新しく始まる中学校での新生活に期待に胸を膨らませている。
ありすはまた一つ溜め息を溢す。

後どれくらい、二人と過ごせるのだろう。
後幾つ、思い出を作る事が出来るだろう。

一日一日が終わるのが辛い。
たんだん少なくなる残った日々を指折り数える。
マナと六花にいつ言えば良いだろう。
同じ中学には進めない事を。


小学校への入学を目前に控えた六歳の時、一族の長である祖父が、ありすを地元の小学校に
入学させる事を決めた時はちょっとした騒ぎになった。
まだ幼いとは言え、行く行くは財閥の跡を継ぐ事が決まっているありすだ。
親族は口を揃えて、それ相応の上流階級の子女が連なる名門へ入学させるべきだと進言した。
あるいは、少し早いが海外の寄宿学校でも良いのではないかと。
それを、いうなれば玉石混交の公立校へ入れる等とは、暴挙と言われても仕方の無い事だった。
ありす自身、祖父の鶴の一声とは言え、不安で一杯だった。
今までは帝王学の為、身近にいたのは武道や学問の家庭教師達。
遊び相手には厳選された躾の行き届いた行儀の言い親族や、その係累の子供達。
それらもただ遊ぶだけでなく、後の親戚付き合いや、一族の結束を強める為の次世代の教育の場であり、
マナーやエチケットを学ぶ為の小さな社交界である事をありすは弁えていた。
いくら相手が自分と年の変わらない少年少女であろうと、いや、同世代であるからこそ、一切の遅れを見せてはならなかった。
長じて後、誰が女王であり、君臨する側であるのか。
それを幼い内から徹底して固めなければ総帥の地位など砂上の楼閣に過ぎなくなってしまう。
その事をありすは明確に言葉には出来なくても肌で感じて育って来たのだから。

だからこそ、祖父の決定には恐怖すら覚えた。
まるで知らない子供達の集団に放り込まれる。丸裸で外を歩けと言われるくらい頼りなく心細かった。

「何、心配する事など何もあるものか」

いつもは厳しい祖父が、いつに無く柔らかな笑みを浮かべてありすの頭を撫でてくれた。

「友達をたくさん、いや、一人か二人でいい。本当に仲良く出来る友達を作りなさい」

大丈夫だ。小学校は楽しいぞ。
そう言って頭を撫で続けてくれた大きな手のひらに、いつしかありすの不安も小さくなっていった。

果たして、祖父の言う通りになった。
最初は戸惑いの連続だった。
時には心無い言葉でからかわれたりする事もあった。
それでも、無二の親友と呼べる友人が出来た。
マナと六花、この二人のお陰で毎日が光に満ちていた。
自分の事を特別扱いしない、喧嘩や行き違いになっても、あっという間に仲直りして笑い合える。
自分の事で本気で怒ったり悲しんだりしてくれる。
ありす自身も友人を貶められる事が、自分を侮辱される事よりもずっと腹立たしいと感じる、
それが当たり前だと思う様になっていた。

しかし、そんな生活ももうすぐ終わりを告げる。
さすがにもうのんびり遊んでいる事は出来ないだろう。
今まで、精一杯努力してきた。
勉強も、武道も、それ以外のありとあらゆる次期総帥としての役割を。
雑多な庶民に混じらせ学ばせた事が失敗だと言われない様に。
自分が隙を見せれば、友人達に迷惑がかかる。
程度の低い輩と付き合うからだ、そんな事を死んでも言わせない為に。
恐らく、中学は地元を離れさせられる。
ひょっとしたら、海外でも不思議では無い。
卒業すれば離ればなれになると分かれば、きっとマナも六花も悲しんでくれるだろう。
離れてもずっと親友だよ、そんな風に言ってくれる光景がありありと目に浮かぶ。
しかしありすは楽観的にはなれなかった。
人の心は移ろいやすく、冷めやすい。
離れてしまえば、心の距離も驚く程に急速に離れてしまう。
良くも悪くも大人の世界を間近で見てきたありすには、子供の純粋な情熱をどこかにしまいこんで
しまった様な所があった。
いずれ、マナや六花の中ではありすの存在も、たくさんの小学校時代の思いでの一つでしか無くなってしまうかも知れない。

(…それでも、構いませんわ)

自分は忘れない。それでいいではないか。


「…す、ありす!ねぇ、聞いてる?」
「ー!あ、はい、何ですか?!」
「もう、最近ありすってばぼんやりが多いよね~」

苦笑いで誤魔化すありすに、二人は屈託の無い笑顔を向けてくれる。
胸が痛かった。ずっと親友でいられる、そう信じて疑っていないであろう二人の表情が眩しい。

「あ、あの、私、今日はもう帰ります。習い事があるので…」
「そっかあ、いつも大変だよね」
「そうだ!また今度うちでご飯食べよ。お父さんにオムライス作って貰うから!」

たぶん、いつもと同じ笑顔でいられたと思う。
それでも帰りの車の中では涙が滲みそうだった。

(いけませんわ。こんな事では…)

まだ別れの日が来たわけではない。
これからだって、きっと楽しい事がたくさんある。
せめて最後の一日まで笑顔で過ごさないと。


「セバスチャン、今日の予定は?」

出迎えた忠実な執事に鞄を渡しながら、機械的にいつもと同じ言葉を掛ける。

「はい、お嬢様。旦那様がお呼びでございます」
「お祖父様が…?」

いよいよ来た。そんな思いがありすの身を硬くさせた。
どこに行かされるのだろう。せめて国内ならいいのに、緊張で覚束ない足元のまま、失礼致します、
そう声を掛けて祖父の部屋に入った。


「………あの、お祖父様、今なんと…」
「聞こえなかったか。お前の進学先だ」

祖父はいつもの表情の読めない顔で事も無げに伝えた。
祖父が告げた進学先は地元の私立中学。
確かに伝統ある名門ではあるが、四葉財閥次期総帥の進学先にわざわざ選ぶ学校とは思えなかった。

「ですが、お祖父様…大叔父様方の御意向は…」
「わしが決めた事だ。不満か?」

ありすは言葉が続かず、大急ぎで首を振るのが精一杯だった。
夢だとしか思えない。頬を思い切りつねりたいのはこう言う場面なのだろうと馬鹿みたいに考えた。

「相田マナ、に、菱川六花、と言ったか」
「ーーーっ?!」
「中々に良さそうな娘達だ。素直な、美しい目をしている」

祖父は、自分が友人達と離れずに済むようにしてくれたのだろうか。
ありすには信じられなかった。
全幅の信頼と尊敬を寄せている祖父ではあるが、長らく財閥の頂点に君臨し、その統率力は時に非情とも言える決断をも厭わない。
その祖父が孫可愛さに今後の運命を左右する進学にそんな甘い情を掛けるとは思えなかった。
そんなありすの疑問はお見通しだと言わんばかりに、祖父はゆったりと、跡継ぎである孫に視線を合わせた。

「ありすよ。わしにも、お前と同じ年頃には仲の良い友人がいたのだよ」

友人は、ごく普通の、いや、少し貧しい部類に入る家の出であったよ。
しかし不思議と気が合っての。何事にも物怖じしない朗らかな性格で、彼とおると時間を忘れたものだ。
ある冬の寒い日の事だ。外から帰って芯から凍えたわしらに友人の母上が麦湯を御馳走して下さった。

「それがまた旨くてな…」

祖父は懐かしむ様に顔の皺を深める。

本当に、こんな旨い物を飲んだのは初めてだと思った。
早速屋敷に帰ると女中を呼んで同じ物を作らせた。
しかしな、何でこんな物をといぶかしがりながらも作ってくれた麦湯がちっとも旨くは感じない。
何度も作り直させて、終いには『麦湯とはこうした物でございます!』と女中が泣き出す始末での。
それを見咎めた親父殿にこっぴどく叱られたわ。
要らぬ事で女中の手を煩わせるな。友人に馳走になる物と、人に命じて入れさせた物が
同じ味である筈が無かろう、とな。

「正直、その時は親父殿の言葉の意味が良く分からなかった」

しかし、やはり後日友人の家で頂く麦湯は相変わらず旨いのだ。
やがてな、ようやくわしにも分かってきた。
友人と一緒なら、夏の暑い日に井戸の釣瓶から直に飲む水ですら天上の甘露であった。
口が曲がりそうなほど酸っぱい山グミの実もこの上無い御馳走に感じたものだ。

目を細めて語る祖父の言葉は、ありすの深い部分に届いた。

「ありすよ。お前はこの先、巨大な物を背負わなければならない。お前は覚悟は出来ていると思っているかも知れないがな、
実際に背負ってみれば、その大きさ、重さはお前の想像を遥かに越えているだろう」

そして、その重さを感じ、畏れを抱かぬ者に次期総帥は務まらぬ。
長く険しい道を、ただひたすら荷物を背負い、歩いて行くのは辛い。投げ出したくなる日が必ず来る。幾度もな。
そんな時、自分を支えてくれるのは家族であったり、今までの努力であったり、色々だ。
友人と飲んだ麦湯の味もその一つ。
何の利害も損得勘定も無しに互いの為に尽せる友とは、何物にも換えがたい財産だ。
そしてそれは、誰でも手に入れられるものでは無い。

さすがに、そろそろ人脈も大切になってくる。
ただ仲の良いだけの友人では無く、制限のある中での付き合い方も覚えなくてはならない。
同じ公立中学、と言う訳にはいかぬが、この程度の距離なら行き来もし易かろうて。

「友人は、大事にしなさい」
「…はい、お祖父様…」

祖父は常に無い、柔和な表情で久々にありすの頭を撫でた。
あの日、小学校への入学を控え、不安で一杯だったありすにしてくれた様に。

「なあに、長々と話したがの、祖父として孫の喜ぶ顔を見たかった迄の事よ」

年寄りは話が長くていかんな。
そう締め括り、祖父はありすにもう下がる様にと言い渡した。
感謝の言葉と共に祖父の部屋を辞したありすだが、事はそう簡単では無かったであろうと想像はついた。
今まで以上の努力が必要とされる。
祖父の期待を裏切る事は出来ない。
そう、己を戒め、身を引き締める。
しかし、どうしてもそれを上回る歓喜が体中から沸き上がり、今にも溢れだしそうだった。

(マナちゃん、六花ちゃん、ちょっぴり離れてしまいますけど、ずっとずっと一緒ですわ…)

夢の様だった。まるで雲を踏む様な心地だ。
きっときっと、新しい生活が始まれば、また素晴らしい出会いがある予感がした。
光に溢れた未来は、どんな出来事も輝かせてくれる。
明日、どんな顔で二人に会えばいいだろう。
自分が一人で悶々としていただけなのだから、二人にこの事を話しても寝耳に水だろう。
何故打ち明けなかったと叱られるかも知れない。
でも、いい。済んだ事だからこそ笑って話せる。

(お祖父様、ありがとうございます)

友人達に叱られるのすら、楽しみだった。明日が待ち遠しい。
こんな気分は本当に久しぶりだった。


……………
………………


(でもさすがに、ここまでの出会いや変化は想定外でした…)

ありすは腕の中ですやすやと安らかな寝息を立てる黄色い小さな生き物を愛しむ様に撫でる。

屋敷の中央に据えられた巨大モニター。
その中で舞い踊るが如く軽やかに戦う三人の少女。
アイドルのステージ衣装も地味に見える程の華やかな桃色、青、黄色のコスチューム。
忠実なる執事、セバスチャンの完璧な記録が上映されていた。

(人生って不思議の連続ですわね)

もう一人、確実に同じ使命を持った仲間がいる。
果して、どんな出会いが待っているのか。

「…楽しみですわ。ねえ、ランス?」

どんな出会いも、運命も楽しんで見せる。
プリキュアとして、また巨大財閥の総帥として、自分の出来る限りの力を尽くそう。
それが、祖父と自分自身への約束なのだから。
最終更新:2013年02月28日 22:11