大いなる力




「あれなに?」
 キュアミューズが上空を指差した。真っ白な光が二本延びてくる。
「伏せろ!」
 ゴーカイジャーとプリキュアは距離をとることができたが、ファルセットたちは逃げる余裕がなかった。その衝撃で森の中に投げ飛ばされる。
「一体、なんだ」
「ファルセット、あれ!」
「『ファルセット』様だ――なんだ、あれは」
「ネガトーンが、あんなに大きく」
 バリトンがあっけにとられている。バスドラが指差している間にも、ふたつのネガトーンは雲を衝く大きさに成長していた。
「ザンギャックか」
「こんなときに」
「一気に決めるぞ」
 ゴーカイレッドがモバイレーツを操作すると、青い空に地響きが木霊した。
「さっきの船」
「離れてろ」
 ゴーカイジャーたちはゴーカイガレオンから下ろされたロープに捕まって空に浮かび上がっていった。
「僕も行きます!」
 ゴーカイシルバーがゴーカイセルラーを操作する。空が割れて、三つの機械が飛び出してきた。
「離れててくださいね」
 もはやプリキュアはあっけにとられて見ているしかなかった。
「あたしたち夢見てるのかな…」
「海賊合体、ゴーカイオー!」
「豪獣神!」
「まさか、ゴーカイオーでゴーカイガレオンの旗と戦うことになるとはな」
「僕だって、まさかゴーカイスピアと戦うことになるなんて」
「お前のは自業自得だ。
 行くぞ」
 ゴーカイオーの胸が開き、大きな砲門が姿を見せた。轟音とともにゴーカイホーが火を噴いた。
「大砲ぉ?!」
「大事な旗だって言ってなかった?」
「自信があるんだろうけど…」
「野蛮なだけなんじゃないの」
「ハニャァ…」
 プリキュアは呆然と見ているだけである。4 体の巨大な化け物相手にできる事は何もなかった。
 豪獣神はスピアネガトーンとがっぷりと組んだ。しかし、ゴーカイスピアに手足がついただけのネガトーンと、重厚な豪獣神とではスピードに圧倒的な違いがある。組んだかと思えばほどかれ、捕まえたと思えば逃げられる。こちらは、ドリルで攻撃することもできないようだった。
「面倒くせぇ。
 スターバーストだ」
「自棄になるな」
「旗が燃えちゃうよ」
 ゴーカイブルーとゴーカイイエローが停めるが、ゴーカイレッドは聴く耳を持たなかった。全弾を打ち込む気になってしまっている。
「ねぇ、落ち着こうよ」
「短気は損気ですわ」
「じゃぁ、どうしろって言うんだ――うわっ!」
 ハタネガトーンが巻き起こす強風が襲った。ゴーカイオーだけでなく豪獣神も押しやられている。細身のスピアネガトーンはまったく影響を受けていなかった。
「見ろ、あいつはもう俺たちの旗じゃねぇ。
 ゴーカイ スターバースト!」
 全身に格納されている砲弾が胸のゴーカイホーに送られる。地面を揺るがす轟音とともに、次々に打ち出されていった。
「全弾、撃ちつくしました」
 ゴーカイピンクが一人だけ落ち着いた声で言った。
「なんだと」
 ハタネガトーンが体を開くと、その弾丸がゴロゴロと転がり落ちた。その柔らかい体ですべての弾丸を受け止めたのだった。
「スターバーストも効かないなんて――あぁっ!」
 ゴーカイシルバーがその光景にあっけにとられていると、スピアネガトーンが自分の体を振った。袈裟懸けをくらい大きく後ずさる豪獣神。
「こうなったら。
 豪獣トリプル ドリル ドリーム!」
 豪獣神の三つの形態のすべてのドリルを一気に叩き込む。結果は同じだった。「棒」が立っているだけのスピアネガトーンは、わずかに位置を変えるだけで容易によけることができた。
「ガイ、合体だ!」
「は、はい!」
「豪獣ゴーカイオー!」
「ゴーカイレックス ドリル」
 同じである。大きくなっただけ動きが鈍くなる。ひらひらと逃げ回るハタネガトーンとスピアネガトーンに触れることもできない。
 その光景を見ていたプリキュアたちの表情が険しくなった。
「ダメだよ、ゴーカイジャー」
 キュアメロディが言った。
「ネガトーンには力で立ち向かったってダメ!」
「大事な旗と槍が傷つくだけで何もならないわ!」
「倒すだけじゃなくて、守ることを考えて!」
 その声はゴーカイレッドの苛立ちを増した。
「勝手なことを言ってんじゃねぇ!」
「その旗も、槍も、そして音符も。
 ノイズの力で操られてるだけなんだから。
 ノイズの力を消さない限り、どうしようもないんだよ!」
「なら、自分でやってみろ!」
「…」
 キュアメロディは口元を結んだ。
「やってみよう」
「うん」
 四人が手を伸ばす。その中央に、「ヒーリングチェスト」が現れた。
「いでよ、すべての音の源よ」
「クレシェンドトーン、ゴーカイジャーを助けて」
〈わかりました〉
 ヒーリングチェストから飛び出したクレシェンドトーンが光を発しながら、大きなシルエットに変化する。四人の体がゆっくりと浮かび上がった。
「届けましょう、希望のシンフォニー」
「なんだ、あれは」
「まぶしい」
 クレシェンドトーンは空を一度旋回すると豪獣ゴーカイオーの背後に回った。
「え」
「浮いてる」
 コクピットを光が満たした。豪獣ゴーカイオーがクレシェンドトーンの中に取り込まれた。
「なんでしょう、この暖かい光は」
〈ゴーカイジャー、胸に思い浮かべて〉
〈あなたたちの大事なものを〉
〈一緒にすごしてきた日々を〉
〈これからの毎日を〉
「なんだと…」
〈大事なものを取り戻すには、それが必要なの〉
「…」
 六人はマスクの中で目を閉じた。
 あの旗の下に集まった五人。ともに戦い、ともに笑ってきた。
 ゴーカイスピアで多くの敵を倒し、人々を救ってきた。
「そういうつもりか」
 ゴーカイレッドがつぶやく。
「考えてもみなかったぜ」
「どうする、マーベラス」
「救い出すぞ、俺達の旗を」
〈プリキュア スイート・セッション・アンサンブル〉
〈ゴーカイ・クレッシェンド!〉
 クレシェンドトーンの中で一体となったゴーカイジャーとプリキュアが二体のネガトーンを包み込む。
 今度は、あっけにとられているのはゴーカイジャーだった。巨大な翼を使って攻撃を仕掛けるのかと思えばそうではない。その翼が発する光自体が力を持っている。しかも、その力で叩くのではないのだった。その光が邪悪な力を浄化していく。彼らが一度も見たことのない光景だった。
 やがて、旗とゴーカイスピアに張り付いていた顔の表情が緩み、眠りについた。
「フィナーレ!」
「ニャップニャプー!」
 ハミィがハートの肉球をうちあわせると、旗とゴーカイスピアから音符が離脱した。旗の四分音符はドリーに、ゴーカイスピアの十六分音符はシリーに吸い込まれた。
「ゴーカイジャーのおかげで音符が二つも手に入ったニャ」
 ハミィは、ドリーとシリーを振って音符を確認するとうれしそうに笑った。

 ゴーカイジャーたちは豪獣ゴーカイオーから降りてくると変身を解いた。
「あいつらは逃がしちまったか」
 ファルセットたちはもう影も形もなかった。
「ありがとう、ゴーカイジャー」
 マーベラスは響に突然、言われて面食らっていた。
「お前たちに礼を言われる筋合いはねぇぞ」
「ううん。
 あんな大きなロボット、あたしたちにはどうしようもなかったから」
「お前たちの羽の方がよっぽど大きいと思うがな」
 ゴーカイジャーたちはどうやら、クレシェンドトーンのことを、プリキュアの翼だと思ったようである。
「で」
 ジョーは、さてどうする、とマーベラスを見た。マーベラスは、ちょっと待て、と言うとモバイレーツを取った。
「鳥、さっきのやつは集めてあるか。
 わかった。
 おい、プリキュア」
「なに」
 今度は、「おい」と言われても怒らなかった。
「いいもん見してやる」

「うわー!」
「すごい!」
「加音町が全部、見える」
「風も気持ちいい!」
 マーベラスは、そうだろう、という表情で笑った。
 ゴーカイガレオンのマストから見える風景は格別のものだった。
 その後ろでは、彼女たちが取り戻した旗が誇らしげにはためいていた。
 少女達はいつまでも歓声を上げている。このままではずっとここにいる羽目になる。
「そろそろ体が冷えただろう。
 降りるぞ」

 暖かいキャビン。
 アイムがアコの前のカップに紅茶を注いだ。アコが小さな声で、ありがとう、と言うと、アイムは、どういたしまして、と笑顔で答えた。
「このクッキー、おいしい!」
「響、もう食べてるの?」
「カップケーキだけじゃないのね」
「うん、お菓子はなんでも好き」
「ハミィもこのクッキーは好きだニャ」
「ネコちゃん、ありがとう」
「ネコちゃんじゃなくて、ハミィだニャ」
「あ、でもカップケーキは奏のが一番だよ」
「そういうことじゃなくて」
「意地汚い…」
「いいじゃねぇか。ハカセの料理がうまいのは事実だ」
「アイムの紅茶もね」
 マーベラスが響よりも乱暴にクッキーを頬張り、ルカも紅茶の香りに目を細めた。
「マーベラス、これ」
 ナビィが足で何かをつかんで飛んできた。マーベラスはそれを響に放り投げた。
「なに」
「やる」
 空っぽの瓶。何が入っているのかと振ってみるが、何も見えない。
「なんだろ、これ」
 奏にもわからない。しかし、それをのぞき込んだハミィ、エレン、アコは同時に悲鳴を上げた。
「なになに?」
「音符ニャ!」
「え?」
「ゴーカイガレオンの甲板に落ちてた。
 お前らが集めてるんじゃなかったのか」
 響と奏は瓶の中をのぞき込んだが、彼女たちには音符は見えない。ついで、マジマジとマーベラスの顔を見た。
「な、なんだ」
「マーベラス、これ見えるの?」
「見えるって、何が」
「音符…」
「見えるに決まってるだろうが」
「なんでぇ?」
 ふたりが声をそろえてマーベラスに迫る。ジョーたちも、見えるよなぁ、と言いながら顔を見合わせていた。

 響たちは時計台の前でゴーカイガレオンを降りた。
「ありがとう」
「もうこんな時間」
 奏が時計台を見上げて言った。15:59.
「あ、マーベラス、ちょっと待ってて」
「なんだ」
「いいもの見してあげる」
 エレンとアコも響の意図を察して一緒に時計台を見上げた。
 そして 16 時ちょうど。
 時計台の蓋が開き、人形の楽隊が楽しげなメロディを演奏し始めた。
「どう。
 加音町自慢の時計台だよ」
「ふん」
 マーベラスはわずかに肩を揺すった。そしてつぶやいた。
「悪くねぇ」
「でしょ!」
「あんた達、本当は音楽好きなんでしょ。
 でなかったら音符が見えるはずないもの」
 アコが言うと、マーベラスは顔を背けた。アイムが、そうですわ、と頷く。ルカも笑顔を浮かべて人形を見上げていた。
「行くか。
 おい、プリキュア」
「はいはい」
「しっかりやれよ」
「そっちこそ」
「ふん。
 海賊を激励する地球人なんて、お前らぐらいのもんだ」
「だって、一緒に戦った友達じゃん」
「…。
 あ?」
「違うの?」
 少女達のまっすぐな瞳にたじろぐマーベラス。
「そうだね」
 手を伸ばしたのはルカだった。アコはおずおずとその手を握った。
「頑張ってくださいね、王女様」
「ファミーユ星は…」
「再興いたしますわ、わたくしが」
「…。
 うん」
「すいません。
『ドンくさい』なんて言って」
「いいんです」
 奏の微笑みに、鎧の頬が染まった。慌てて背を向けると、カワイイ、とつぶやく。
「あんたはすごい戦士だ…と思う」
「ありがとう」
 ジョーは手を伸ばしたりはしなかったが、エレンは微笑を返した。
「ネコちゃんも元気でね」
「だから、ハミィの名前はハミィだニャ」
「ごめん、ごめん」
「マーベラス、また加音町に来てね。
 この時計台の音が聞きたくなったら、いつでも」
「…。
 あぁ」
 行くぞ、と短く言う。マーベラスに続いてゴーカイジャーは踵を返した。ゴーカイガレオンから長いロープが下ろされ、彼らの姿が見えなくなる。響はいつまでも手を振っていた。

 その夜。
 キャプテン・マーベラスが目を閉じた。静かなメロディがキャビンを満たす。
「あれ、この音楽」
「加音町の時計台の」
「マーベラスが録音しろって言ったんだ」
 ナビィが言った。
「素敵ですわね」
「うん」
 ルカは、黙ってマーベラスを指差した。ジョーたちは声を出さずに笑った。
「こんな『大いなる力』は初めて見た」
「だね」
 あのマーベラスを静かに微笑ませるメロディは、まさに「大いなる力」と呼ぶにふさわしいものだった。
 海賊たちは、その音色に身をゆだねた。
最終更新:2013年03月10日 22:58