アットウィキロゴ

せつなの苦手なもの/ねぎぼう




「せつなちゃんは何でも美味しそうに食べるわね」
「おばさまの料理って本当に美味しいんですもの」

 桃園家で暮らすことになったせつなはあゆみの台所仕事を手伝い始めた。

 日々の食事にも幸せを見つけたせつなにとって、料理ができるプロセスに関わることも幸せなことだった。

「せつなちゃん、サラダの野菜を出しておいて」
「はい、おばさま!」

 その中にはニンジンやピーマンもあった。

(これはラブが苦手なニンジンかしら……でも、おばさまが作る料理ですもの、大丈夫だわ)

 その日の夕食。

 せつなは野菜サラダに入っていたピーマンを口にした。

(え?苦い!)

 ラビリンス本国にいた頃の無味乾燥な食事でも苦い食べ物はなく、本能的に不快な味覚であった。
 外世界潜入時のチュートリングで初めてその感覚を知るとともに「苦いものは毒物の畏れあり」と教わっていた。

(私、いけないものを出してしまったの?)

 一方、圭太郎もあゆみも普通にこの緑の野菜を食べていた。

 ラブもニンジンは案の定避けていたがそれ以外のものは普通に口にしていた。

 これは食べるものであることには疑いない。
 となるとせっかく作ってくれた料理を残すことなどあってはいけないことだ。

「精一杯、頑張るわ!」

 残りのピーマンを口に入れ、飲み込んでいった。

 他の料理は美味しくて、いつもの美味しそうに食べる顔はキープできていたつもりであった。

 同じ頃、ニンジンを残していることをあゆみに指摘されたラブが苦しそうにニンジンを飲み込んでいた。


 あゆみは晩御飯の一品にピーマンの肉詰めを作ろうとしていた。

「せつなちゃん、ピーマン切っておいてね」
「はい、おばさま……」

 この間食べてすごく苦くて困った野菜。
 でも、あゆみが選んだ食材を嫌だなんていうわけにはいかない。

 頼まれた通り、ピーマンを半分に切っておく。

「これでいいですか?」
「ありがとう、せつなちゃん」

 食卓でのせつなはいつもより饒舌であったが、リビングでは物静かであった。


 その日の夕ご飯のメニューは酢豚。

「せっちゃん、野菜切っておいてね」
「あの、おばさま……何でもない」

 すっかり包丁の使い方にも慣れて、ニンジン、ピーマン、玉ねぎなどを手早く乱切りにしておいた。ピーマンは3個手に取ったものの切ったのは2個。

 あゆみは切った野菜を見て、

「野菜もう少し入れたほうがいいかしら?」
「ご、ごめんなさい…」

 せつなは、ピーマンを2個程追加して乱切りにした。

 その晩の食卓では、相変わらずラブはあゆみにお小言をもらいつつ残したニンジンを食べるはめになっていた。

 せつなは心なしか食べ急いでいるようであった。
 食事がすむと、少し疲れたといって自分の部屋に早く戻っていった。


 せつなは自分の部屋で一人膝を抱えていた。

(無意識とはいえ酢豚に入れるピーマンを少なくしようとしたのではないか?)
(そんな自分が幸せのプリキュアだなんて……)
(しかも少なくしようとしたのをおばさまに気付かれてしまった?)

 一人思い悩む。

 コン、コン!

 ラブがベランダからせつなを呼んでいた。

「ラブ、そんなところからどうしたの?」
「せつな!ベランダに出ておいでよ」
「私、今は……」
「外は気持ちいいよ」

 ラブに強引に連れ出されたような恰好になったせつな。

 何を話すでなく、しばらく夏の夜風に身を預ける。

「せつな……ピーマン苦手?」
「え?そんなことは……」
「ピーマンを食べている時だけは、ほんのちょっと無理してるね」

(ラブには全てわかっちゃうのね……)

「本当はアレ、食べたくないの…… でも、おばさまが作ってくれる料理を
イヤだとは言いたくないの……」
「それにしてはピーマン多くなかった? 今日はせつなが野菜切ってたんでしょ?」
「え? おばさまはピーマンが少ないって言ったんじゃなかったの?」
「今日はお肉が特売でかなり入れたから、野菜も大目にしようと思ったんじゃ
ないかな?」

 せつなのなかで何か切れた。

「ラブ……私、あのとき入れるピーマンを減らそうとしてた……おばさまはそれを知って……」

 家族の食卓というこの上ない幸せな場所に自分を迎えてくれた。

 それだけにピーマンが苦手なことを知られることで余計な気遣いをさせたくなかった。

 我慢ならいくらでもできる……今までも色々な痛みに耐えてきた。

 そう思っていたところに出てきた心の隙のようなもの。

 悔しさやら安心感やら色々な感情からか涙がこぼれた。

 ラブはそんなせつなに胸を貸す。

「せつなってすごいね。苦手なものでもちゃんと入れられるんだもん……」
「そんな、私……」
「でもね、苦手なものをそんなに隠さなくてもいいんだよ」
「?」
「誰だって苦手なものはあるって……あたしだって自分が夕食当番の時は苦手なニンジン入れなくってお母さんに叱られちゃうし、お母さんだってホウレン草苦手だから。あんまりホウレン草をおかずに出さない」

 ラブはイタズラっぽく笑う。

「でも、あたし、お母さんが大好きなことには変わりはないよ。お母さんもね、きっと同じだと思う。せつなのこともね……」

「おばさま……」
「せつなはさ、もっと自分に素直になっていいんだよ」

 総統と呼ぶもののために痛みに耐えながら戦ってきたせつなを見てきた。
 その末に一度は散華し、見つけた幸せを手にできなかった命。

 もう誰のためにもに一人痛みをこらえて欲しくはない、それがラブの願い。

「だから、苦手なものは苦手って言ってもいいと思うんだ」

 誰にも気付かれまいとして一人で苦しんだとしても、それが誰かの苦しみを呼ぶのでは何にもならないとせつなはラブに知らされた。

「今度おばさまにアレはちょっと減らしてって言ってみるわ」
「とはいっても、好き嫌いはダメってお母さんは言うけどね」
「それじゃ変わらないじゃない?」

 呆れるせつなであったが、心の重石はとれたかのようであった。

「これからはせつなのピーマンはあたしが食べてあげるからさ、
ニンジン代わりに食べて」
「だーめ、ちゃんと食べなさい」
「たはは……」

 駄目なところを見せることが時にはあってもいい。
 この町で、桃園家で、せつなが見つけた一つの幸せ。
最終更新:2013年04月18日 21:53