『フレッシュプリキュア!(パラレルストーリー)――コードネームはカオルちゃん(後編)―― 』/夏希◆JIBDaXNP.g




 屍累々、そんな表現の似合う光景だった。
 真っ白に舗装されたコンクリートの床の至る所に、黒い染みを作るように男たちが倒れている。
 もっとも、それは死体ではなくて、動きを奪われた怪我人ばかりだった。その半数は意識を失い、残り半数は苦痛に喘いでいる。その数は、目視できる範囲だけでも四十を超えていた。

「加勢は必要なかったみたいね」

 無人の野を行くが如く、悠然と足を進めるカオルちゃんの前に、キュアパッションが立ちはだかる。

「プリキュアのお嬢ちゃんか。ここにラブちゃんたちが捕らわれているらしいんだが、見なかったかい?」
「それなら大丈夫。ジュリアーノさんに助けられて、みんな無事よ」

「そうか……。じゃあ、お嬢ちゃんも出て行きな。俺は――ケリをつけなきゃならないんでね」
「あとは私たちにまかせて、ってわけにはいかない?」

「生憎だが、これは俺の戦いなんだ。プリキュアの出る幕じゃない」
「ラブたちは、カオルちゃんが居なくなることを心配しているわ。お願い――」

 パッションは、深々と頭を下げる。
 しかし、カオルちゃんは固い表情で彼女を見つめるだけだった。

「もう一度言う。道を開けてくれ」
「――腕ずくでも、通さないと言ったら?」

 そこでパッションの態度が変わる。やや低い声で、挑発的な口調で問いかける。
 立ち姿も変化を見せた。左足を半歩踏み出して半身になる。
 歩幅を広く取り、膝を僅かに曲げて重心を下に落とす。そして、両手を胸の前に持ち上げた。

「やれやれ、プリキュアと戦えっての? おじさん、子供たちに嫌われちゃうな~」

 カオルちゃんは、手にしていた拳銃を放り投げた。それは緩やかな弧を描いて宙を舞い、数メートル離れた地面に落下する。
 それを降参の意思表示と受け取り、パッションは一瞬表情を和らげる。しかし、そうではなかった。
 カオルちゃんもまた、戦うための予備動作――“構え”を取ったのだ。






フレッシュプリキュア!(パラレルストーリー)――コードネームはカオルちゃん(後編)―― 』






 両手に拳を軽く握り、ボクサーのような構えで“待ち”に徹するカオルちゃん。
 先に仕掛けたのはパッションだった。カオルちゃんのパンチの射程ギリギリまで突進し、上体を落として足払いをかける。
 カオルちゃんはほんの一歩、後ろにステップするだけでそれを回避した。

「残念でした。足技なんて使ったら、せっかく踏み込みで生んだスピードが台無しになっちゃうのよね~」
「アドバイスのつもり? なら、参考にさせてもらう!」

 大きな動きは当たらないと判断して、パッションは手技での攻撃に切り替える。拳が、手刀が、鋭い風切り音を立ててカオルちゃんに牙を剥く。
 彼はそのことごとくを、最小限の小さな動きで、しかし余裕を持ってかわしていく。

「雑だね~お嬢ちゃん。大きな相手とばかり、力にまかせて戦ってきたクセが出てるよ~ん」
「なっ!?」

 カオルちゃんがパッションのストレートに合わせるように、クルリと身体を捻る。ボクシングのヘッドスリップの応用だ。
 まるでペアダンスを踊るかのように、彼女の腕を支点に回転して、その勢いのまま裏拳を叩き込んだ。

「くっ、こんなことって……」
「なあに、大したことじゃない。お嬢ちゃんの攻撃はストップとアクションの繰り返しだから、タイミングが予測しやすいんだよね~。それに動きが遅い遅い。ま、手加減が難しいんだろうけどね~」

「だったら!」

 パッションは体当たりの要領で懐に飛び込み、足を取ろうとする。相手は予想通りバックステップで避ける。
 ここまでは読み通り! 彼女はそこから更に跳躍して、本命の腕を掴んだ。

「捕らえた! ――えっ!?」

 カオルちゃんの左腕の第一関節を取り、パッションは両手で締めつける。腕力の差なら、蟻と象ほどの違いがある。そのまま力でねじ伏せるつもりが……。
 ドンッ! と背中から地面に叩き付けられたのは、パッションの方だった。何が起こったのかもわからず、一瞬、頭が真っ白になる。
 不思議なことに、両手に力を込めた瞬間、こちらの腰が砕けてしまった。腕どころか足の力まで抜けて、そのまま投げ飛ばされてしまったのだ。

「どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。今のは関節の連携を断ったのさ。おじさん、合気柔術の師範だったんだよね。あれ、中国武術の師傳だったっけ? まあ、どっちでもいいか」

 その軽口は、圧倒的な実力を持つ者の余裕なのだろうか。カオルちゃんは、ふざけた態度とは裏腹に、全身から強大な威圧感を放っていた。
 まるで悪い夢でも見ているかのようだった。二メートルにも満たない非力な人間が、巨大なナケワメーケにも匹敵する戦闘力を持つのだ。

 パッションは接近戦では分が悪いと判断して、足を使い、スピードで相手をかく乱する戦術に切り替える。
 プリキュアの力は常人の数百倍もあり、その脚力は目で追えない高速移動を可能にする。
 しかし――彼もまた常人ではなかった。

 高速で死角に移動するパッションに対して、カオルちゃんは軸足を起点にほんの数歩動くだけで、彼女の位置取りの優位性を潰してしまう。
 痺れを切らして突撃した瞬間、再び足を払われ転倒させられてしまった。

「そんな……。どうして?」
「力が百倍あるからって、百倍速く動けるわけじゃないだろ? 体重は変わらない上に、加速するわけだからさ。力が地面に伝わらない上に、重心はどんどん上がっちゃうんだよね~。その結果、転びやすくなっちゃうわけ。わかる?」

 プリキュアの力は強すぎて、地面の強度では受け止めきれない。ぬかるみの上で車のタイヤが空転するようなものだ。しかも体重が軽すぎて、紙飛行機が空を飛ぶように、ダッシュ力も上に逃げてしまうらしい。

「……見事なものね、私だって鍛えてきたつもりなのに。でも、このままじゃ、カオルちゃんも私にダメージを与えられないでしょ?」
「さあて、そいつはどうかな? 弱い人間だからこそ、到達できる境地だってあるんだぜ」

 カオルちゃんは大きく息を吸い込み、爆ぜるように地面を蹴り跳ばす。ここに来て、初めて彼から踏み込んできた。
 パッションは相打ち覚悟でカウンターを狙う。大したダメージにはならないと、高を括っていたのだが――

(いけないっ!)

 パッションの直感が警笛を鳴らす。ゾクリと背筋に寒気が走り、とっさに攻撃を中断して飛びのいた。
 防御に切り替えた腕が痛みで痺れている。これでしばらくは、利き腕での全力攻撃はできなくなった。
 もっとも、まともに喰らっていたら、今の一撃で倒されていたかもしれない。

(甘く見ていた。キック一つで、ナケワメーケの体にヒビを入れたこともあったのに……)

「どうする? 降参するかい」
「その必要はないわ。次で、終わらせる!」

 これが――最後の一撃。僅かな静寂の後、両者が同時に地面を蹴った。
 カオルちゃんの拳がパッションの腹部に迫る。
「勝負あった!」そう思われた。

 インパクトの直前、パッションの身体が光って変身が解除される。
 カオルちゃんは、とっさに腕を引いて打撃を減速させる。だが勢いが付いていて、完全な静止は間に合わない。生身の状態で当ててしまったら、命にも関わりかねない。
 しかし、その絶望的な瞬間は訪れなかった。

 せつなは、健在な左腕をカオルちゃんの右腕に添えて、内から力を逃がしていく。
 打撃が強すぎて弾けないなら、滑らせて距離を殺す。
 必殺の一撃を、彼の懐まで走る――“道”に変える。

「踏み込みで生んだスピードは、活かす――のよね?」
「ぐっ、がっ……」

 カオルちゃんのミゾオチに、せつなの右肘がめり込んでいた。痛めた腕であっても、これならば支障はない。
 打たれた腹部を押さえながら、カオルちゃんはその場にうずくまる。無警戒、無防備で受けたため、痛みで呼吸ができないようだった。

「アイタタ……。参った、おじさんの負けだ。今のはどうやったのか、聞いていいかい?」
「教わった通り、過剰な力と、力みを捨てただけよ。手加減も必要なくなって、動きの切れが増したのね」

 アドバイス通りだと、まるで何でもないことのように言う。それを実戦の中で学び取り、体現できるのは天才と呼ばれる者だけだ。
 せつなはカオルちゃんに手を差し伸べる。
 サングラスがずれ落ちて覗いた彼の表情は――いつもと変わらない、脳天気に見える笑顔だった。

 カオルちゃんは、パッションが変身を解除したのには驚いたが、正体がせつなであったことには少しも驚いていなかった。
 どうやら、前々から気付いていたらしい。

「どうしてエージェントに戻る気になったの? 私たちが襲われたことに責任を感じているなら……」
「ま、それもあるんだけどね」

 カオルちゃんは、五年前の出来事について簡潔に話す。
 あの戦いで不殺の誓いを破ってしまったジェンマは、自身を死亡扱いにして引退することにした。
 そして、当時潜入用のコードネームであったカオルちゃんの名前で、四つ葉町でドーナツ屋さんを始めたのだった。

 そんな平和な時も束の間、今度はラビリンスの進攻が始まった。
 彼らに敢然と立ち向かうプリキュアの戦いぶりを見て、何か力になりたいと思った。

「お嬢ちゃんたちばかりに戦わせてる自分が嫌になってね。もう一度、正義のヒーローってやつを目指してみようかと思ったんだが……」

 本当は、プリキュアの力になりたかった。だけどいくら強くても、しょせんは生身の人間。プリキュアと同じようには戦えない。
 そんな時、ジェフリー誘拐事件が起こった。

「せめて悪の組織と戦うために、立ち上がろうと思ったのね?」

「そういうこと。でも、ラブちゃんたちにも迷惑かけちゃったし。やっぱり、プリキュアみたいにはなれないのかもしれないね」
「プリキュアは……ラブたちは、正義のために戦ってるんじゃないわ」

「でも、正義のヒーローなんだろう? あ、女の子だからヒロインか」
「そうなんだけど、そうじゃない気がするの」

 せつなはそう言うと、握った拳をじっと見つめた。
 ラビリンスは確かに悪なのだろう。ゲットマウスも同じだ。だけど、悪の反対にあるのは――正義なんかじゃない。
 ラブを見ていると、どうしてもそう思えるのだった。

「ずいぶん話し込んじゃったわね。そろそろ行きましょう!」
「へ? おじさん負けちゃったけど、いいの?」

「ええ、時間稼ぎは十分にさせてもらったわ。今頃はピーチたちが、全てを終わらせているはずよ」

 せつなは再びパッションに変身し、カオルちゃんと共に仲間の元へ向かった。






 果たして、ゴードンはとんでもない場所に居た。それは、巨大な積荷用の運搬具であるガントリークレーンの上。
 地上二十メートルを越える橋の上で、タルトを人質にして銃口を突き付けていたのだ。
 ピーチ、ベリー、パイン、そしてジュリアーノは、迂闊に手を出すこともできず、じっと救出のチャンスを伺っていた。

「念のために保険をかけておいて正解だったな。まさかお前たちがプリキュアだったとは」
「なにが保険や! ワイが捕まったのはただの偶然やんか!」

「黙れ! 頭を撃ち抜かれたいのか?」
「やれるもんならやってみい! ワイが死んだらあんさんはもうお終いやで」

 タルトの挑発に、ゴードンは不敵な笑みを浮かべる。
 人質は複数居るから役に立つ。一人なら、タルトの言うように、手を出したらそれでお終い。脅しとして機能しないはずだった。

「ところが、こんな方法もある」

 ゴードンはリボルバー式拳銃を開き、弾層から一本を残して弾薬を抜き取った。
 そのままシリンダーを回し、銃口をタルトの頭に押し付けて――

「なっ! やめぃ!!」
「ダメッ! やめてっ!!」

 躊躇わずに引き金を引く。
 ガチン! と嫌な音がして、タルトはそのまま気を失った。

「わはは……運が良かったな。俺も助かったぞ。この運がいつまで続くか、試してみるか?」

 いわゆるロシアン・ルーレットだ。玉が出る確率は低いが、そのたびに死の恐怖が襲い掛かる。
 ピーチたちは、怒りの表情でゴードンを睨み付けた。

「どうすれば、タルトを放してくれるの?」
「そうだな。しゃべるのが珍しいとは言え、人質が動物なのは心許ない。プリキュアのリーダーはお前か? 変身を解いてこちらに来い」

「まって! 人質交換なら私が!」
「黙れ! プロのエージェントが人質になどなるものか」

「アタシたちも行くわ!」
「お前たちは要らん。ただし、変身は解いてもらおう。何をしでかすかわからん化け物を、何人も監視する余裕などない」

 ベリーとパインは、それぞれ変身を解除する。
 ピーチはガントリークレーンの上まで跳び上がり、そこで変身を解除した。

「これでいいんだね?」
「ああ、そのまま腕を頭の後ろに組んでこちらに来い」

 もう不要とばかりに、ゴードンはタルトを橋の下に投げ捨てた。
 ジュリアーノが抜群の体術を駆使して、なんとか地面に激突する前にキャッチする。

 ゴードンはそれ以上何も要求せず、ただジュリアーノたちの動きを牽制するだけだった。
 人質となったラブは、しきりに説得を試みる。

「これからどうするの? こんなことしたって、いつかは捕まるよ」
「心配無用だ。逃亡用のヘリがじきに到着する」

「なんで……。どうして、こんなに酷いことをするの?」
「フン、恵まれた国で生まれ育ったガキが聞いたような口を。それが人間の本質だからよ」

「そんなことないよっ!」

 まっすぐに自分を見つめて叫ぶラブを、ゴードンは鼻でせせら笑う。
 他人の為になりたいと考えるラブと、他人を利用しようと考えるゴードン。
 対極の生き方、考え方を持つ二人の会話に、わかり合える部分なんてあるはずもなかった。

「じゃあ聞くが、十人の人間が居るのに、五人分の食料しかないとしたら、どうすればいいと思う?」
「半分づつ分けて食べればいいよ」

「ならば、食料が三人分だったら? 一人分しかなかったらどうする?」
「それは……」

 手分けして食料を探せばいいと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。ゴードンはそんなことを言ってるのではない。
 例えば食料じゃなくて水が足りないなら、探している余裕はないかもしれない。事故の際の救命具が足りないなら、助け合っても全滅することだってあり得る。
 世の中には、確かに綺麗事では救われない命もある。

「俺はそんな国で生まれ、ひたすら奪うことで生きてきた。甘ったれた国でぬくぬく育ってきたガキに、説教される筋合いは無い!」

「――わかった」
「ほう?」

 ラブの声が一段階低くなる。それは、彼女が本気で怒っている時のサインでもあった。
 うつむいた顔を上げて、爛々と燃える瞳でゴードンを睨み付ける。

「おじさんが弱虫だってことが、よくわかったよ! 自分から不幸をゲットしてるってわかったから!」
「なんだとっ!」

「不幸な国に生まれたと思うなら、みんなで幸せになれる国を目指せばいいじゃない!
 どうして自分がされて嫌だと思った事を、他の人にも押し付けるの? 嫌だと思ったことを繰り返して、広げようとするの? それは負けてるってことじゃない!」

「みんな、だと? そんなもの、どうだっていい! 自分さえ良ければそれでいい。それが人間の本質だ。愛情や思いやりなど、飢えを知らない者の偽善に過ぎん!」
「嘘だよっ! おじさんは、それが嘘だって知ってる!」

「なぜ、そう思う?」

「自分さえ良ければいい。それが人間だと思ってるなら、人質なんて取るはずないもの。本当はわかってるんでしょ? 人と助け合って生きるのが、素晴らしいことだって!」
「貴様……ここまでされて、どうしてそんな甘っちょろいことが言えるんだ! この俺が憎くはないのかっ!」

 ゴードンのわめき声に、怒りとも焦りともつかぬ色が滲む。
 それを聞いて、ラブはそっと目を伏せると、静かに息を吐き出した。

「――罪を憎んで、人を憎まず」
「何ぃ?」

「カオルちゃんに教わったんだ。だからあたしは、あなたを憎まない!」

 ゴードンの目が、極限まで見開かれた。
『憎まない!』そう答えると、ラブはゆっくりと表情を和らげていく。
 まるで家族に接するように、ラブはゴードンに微笑みかける。愛情の篭った眼差しで見つめ、優しい声で語りかけた。

「ねえ、おじさんの幸せって、なに? こんなこと、もうやめようよ。今からでも、きっとやり直せるよ」

「言いたいことは――それだけか?」
「えっ?」

 ゴードンの雰囲気が変わる。認められない価値観を突き付けられて、追い詰められた彼は狂気に走る。
 唸るような低い声は怒りに震え、開かれっぱなしの瞳は、興奮のあまり真っ赤に血走る。
 彼は左手でラブの胸倉を掴んで引き寄せ、右手で銃口を額に突き付けた。
 本物の――本気の殺意を感じて、ラブの表情が恐怖に染まる。

「口は災いの元だと知るのが、少し遅かったようだな。もういい――あの世に行けっ!」
「やめてっ!!」

 ゴオォ――ン!

 ゴードンが引き金を引こうとした瞬間、彼の手から拳銃が弾き飛ばされる。
 地上二十メートル。下方から上方への、重力に逆らった長距離からの精密射撃。こんな真似が出来るのは――

「おのれ……貴様か、ジェンマっ!」
「超えちゃいけないラインを踏み外したな、ゴードン。――あばよ」

 カオルちゃんの銃口が、今度はゴードンの心臓を狙う。素人でも感じられるほどの濃厚な殺気が迸る。

「カオルちゃん、ダメ――ッ!」

 ラブがとっさに両手を広げ、ゴードンを庇うように前に立つ。既に引き金を引いていたカオルちゃんには、僅かに銃口をズラすことしかできなかった。
 銃弾が本来の軌道を外れ、ラブの肩をかすめる。
 身体に傷こそ付かなかったものの、弾丸はジャージを切り裂き、ラブは衝撃でバランスを崩してしまう。
 フラフラとよろめいて、そのまま橋から足を踏み外し――

「えっ?」

 落下しそうになったラブの腕を、ゴードンが掴んで支えていた。

「どうして……?」
「クソッ、知るかっ!」

 そう言いながらも、ゴードンはラブの腕を離そうとしなかった。
 力尽きそうになった彼の腕を、赤い光と共に出現した少女が、しっかりと掴んで引き上げたのだった。






 ゴードンたちが警察に引き立てられていく。遅れて到着したゲットマウスのヘリも、警察航空隊のヘリに囲まれ取り押さえられた。
 その後、簡単な事情聴取が行なわれたが、カオルちゃんとジュリアーノは罪に問われなかった。
 ジュリアーノが所属するのは政府直属の諜報機関であり、独立捜査権限と銃器の使用許可すらも与えられているのだ。

「これで一件落着だね~」
「そう上手くいくかしら? 組織が無くなったわけじゃないし、また脱獄して悪さするかもしれないわよ」

「それでもさ。信じてみたいって、気にさせられちゃうんだよね~」

 もう、としかめっ面をするジュリアーノに、カオルちゃんはへらへらと笑ってみせた。
 警官隊が居なくなったのを見計らって、ラブたちが駆け寄ってくる。

「カオルちゃ~ん! 早く帰ろう! あたしたちお腹空いちゃった」
「よ~し、おじさん、みんなに奢っちゃおうかな~。今日は特別! とっておきのドーナツだよ~ん。グハッ!」

「行くの? ジェンマ」
「ああ。悪の反対側にあるものに、気付いちまったからな」

「え? なによ、それ」

 どうしてプリキュアが、戦いに向いていない少女たちの間から選ばれるのか。カオルちゃんには、少しだけわかったような気がした。
 彼女たちは正義のヒロインじゃない。悪を挫くために戦っているわけじゃない。

 ただ、目の前にいる人の幸せを守りたいだけ。みんなの笑顔を守りたいだけ。
 悪を裁きたいんじゃなくて、一緒に幸せになりたいだけ。
 だとしたら――

「ドーナツだって、立派な武器になるってこと。人生、みんながみんなヒーローで、一生かけて、自分の戦いをするだけってことさ。じゃ、あばよ!」
「待って! それじゃわからないってば、ジェンマ!」

「おっと、忘れてもらっちゃ困るなぁ。おじさんのコードネームは、カオルちゃん。そこんとこ、よろしく!」

 そう言って、カオルちゃんはラブたちの元へ、自分の居場所へと帰っていった。

 拳銃の代わりに、ドーナツを手に。
 正義の代わりに、愛情を胸に抱いて――






 ~~ fin ~~
最終更新:2013年05月10日 21:21