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「いつか、広い海のように」/黒ブキ ◆lg0Ts41PPY




「コラコラ!可愛い顔が台無しケル!」


ラケルはふわふわと飛ぶと六花が鼻と上唇で挟んだ鉛筆を取り上げた。
いつもの一人で過ごす自宅での夜。生徒会の議事録を纏める作業中。
何となく集中力が持続せず、何度も中断してしまう。
だからと言って年頃の乙女が蛸の様に口を尖らせ、鉛筆を鼻と上唇で挟む、と言うのは
いくら誰も見ていないとは言え、間が抜けている事この上無い。

「ごめんごめん、お行儀悪いよね」

「僕は六花がどんな顔してても可愛いと思うけど、外でやったら大変ケル」

ふふん、と小さな胸を反らせるラケルに六花の笑みがこぼれる。
注意力散漫になる原因はいつも一緒だ。
少し前の剣崎真琴、そして最近のはレジーナ。
マナが他の誰かに一生懸命になる姿に何だかモヤモヤする自分がいる。
分かってはいるのだ。自分とマナは親友の中でも特別な親友だって。
もちろん、ありすや、今では真琴だって大切な親友でかけがえのない仲間だ。
それでもやっぱりマナは特別で、きっとマナもそう思ってるはずで。
だからこそ、マナは何かあると六花をほんの少しだけ、ほったらかしにする。
そこにあるのは「六花なら分かってくれる」と言う甘え。
そして、そんな甘えをマナが見せるのは六花にだけ。
それは本当に分かってるんだけど…

(私の心はマナよりずーっと狭いんだろうなぁ…)

やっぱり、少し、面白くない、と感じてしまう自分がいるのだ。


「六花?」

ぼんやりと視線を泳がせたままの六花にラケルが遠慮がちに呼び掛ける。

「ねぇ、ラケル」
「何、ケル?」
「私の事が好き?」
「もちろんケル!」

間髪入れず、と言った力の籠った返答に思わず苦笑いになる。

「どう言うところが?」
「あのね、あのね、六花は可愛くて頭が良くてしっかり者で、でもその事をぜーんぜん鼻にかけなくて、
優しくて、よく気が付いて、努力家で。それで、それで…」
「分かった分かった、ありがと。もういいって」

目をキラキラさせて矢継ぎ早に誉め立てる小さな紳士に、思わず六花の顔まで赤くなってしまう。
当のラケルは、まだまだ言い足りないのに、と言わんばかりに頬を膨らませている。

「もう。結構な親バカのうちのパパやママだってそこまで一気に誉めないよ」
「それはそうケル!だってご両親は子供を躾るのも仕事ケル!だから誉めてばかりじゃダメだケル!」

だけど、とラケルは六花の頬に頬擦りする。

「僕は六花のパートナーケル!だから、六花の良いところをたっくさん誉めて、六花に元気になってもらうケル」

ああ、やっぱり元気が無いと思われてたんだ。
この小さなパートナーの前ではつい無防備に表情が出てしまう。

「でも私はそんなに良い子じゃないよ。悪いとこや駄目なとこがたくさんある普通の子だよ」
「そんなの当たり前ケル。でも六花は…」

六花は悪い所や駄目な所に自分で気付ける子。
気付いて頑張ってそれを無くそうとする子。
頑張って無くそうとしても、なかなか上手くいかないのを分かってるけど、それでも諦めないで努力する子。

「あのね、六花。お友達に順番を付けたりするのは本当はいけない事ケル?」

ドキリとした。まるで自分の心を見透かされた様で。
でもラケルは六花を注意するでもたしなめるでも無く、満面の笑みで言葉を続ける。

「でもね、僕は六花が一番ケル!」

六花の目がきょとんと丸くなる。

「順番を付けるのがいけない事でも、僕は六花が一番大好きケル。マナもありすも真琴も、みーんな
良い子で大好きだけど、やっぱり僕は六花が誰より一番大好きケル!」

ふんわりしたブルーの体毛の下でラケルの肌がほんのりと紅潮している様だ。
その笑顔は、自分は最高のパートナーに巡り逢えた、その喜びと誇らしさではち切れそうだ。
六花は目頭が熱くなり、鼻の奥がツンと痛くなった。
真っ赤になった顔を隠す様に、えへへ、と少し情けない笑い声と共に机に突っ伏して腕に顔を埋める。

あなたが誰より一番大好き。

こんな風に言葉に出して言ってもらった事なんて初めてかも知れない。
両親は心から自分を愛してくれている。
友人達だってとても自分を大切に思ってくれているのを知ってる。
でも、こんなにまっすぐに、一番だと言って貰えるのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
涙が出て、胸が震える。

「…ありがとう」
「どういたしまして!でも当たり前ケル!」

パートナーなんだから。
ラケルの柔らかな体が六花の頭にまとわり付く。きっと抱き締めてくれてるつもりなんだろう。

「私も、ラケルが一番大好きよ」
「うん!」
「シャルルもランスもダビィも、みんな可愛くて大好きだけど、私のパートナーはラケルだけ」
「六花…!」
「もしもね、この先世界一優秀だったり強かったりする妖精がパートナーになろうって言ったとしても…」
「………」
「私のパートナーはラケルだけだもん」
「当然ケル!」
「うん、当然だね」
「僕達ラブラブって感じケル?」
「うん、かなりラブラブ」

お互いに顔を見合わせて、ふふふ、と照れ笑い。

マナの心が何処までも広がる青空なら、自分の心はその空の青さを映す小さな井戸の様な物なのかも知れない。
けど、そんな小さな井戸でも深く深く掘り下げて行けば、きっと豊かな水が涌き出てくれる。
そして、いつかその水が溢れ出し、池になって、湖になって。
やがて空を丸ごと映せるくらいの海になってくれるかも知れない。
その、今は小さな水溜まりでしかない心をラケルの小さな柔らかい手が広げて行ってくれるのを感じた。

「ラケル、一緒に頑張ろうね」
「何をケル?まあ、いいケル。六花と一緒なら」

あなたが一番。そう言葉にして言っていい相手がいる。
なんて心地好いんだろう。
最終更新:2013年07月06日 08:45