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二つの願い/一六◆6/pMjwqUTk




「お帰りなさい、美希ちゃん。あなた、お夕飯もそこそこに飛び出して、一体どこに行ってたのぉ?」
 母のレミにのんびりとした口調で咎められ、美希は、ゴメンナサイ、と詫びてから、てへっ、と小さく舌を出した。
 本当のことは言えないし、かと言って、あまりおかしな言い訳もしたくない。
 幸い、レミは娘の急な外出の理由を問い質そうとはせず、もう、と軽く睨んだだけで、リビングへ取って返した。玄関の鍵を閉め、お気に入りの水色のスリッパを履いた美希が、その後ろに続く。
 こんな場合、いつもなら自分の部屋に直行することの方が多い。でも、今日は何となく、もう少し母と一緒に居たい気分だった。

 リビングに入った美希が、思わず目を見開く。テーブルの上にバサリと置かれていたのは、まだカラフルに飾られたままの、七夕の笹。いつもは店のディスプレイに金銀の色紙で作った星を飾るくらいなのに、今年はお花屋さんが笹を分けてくれたとかで、美希や遊びに来た和希も手伝わされて、みんなで飾り付けたのだ。
 しかし、それももう十日以上前のこと。それどころか、七夕の日そのものが、既に五日前に終わっている。
「これ・・・まだ処分してなかったの?ママ。」
 娘の非難めいた口調に、レミが口を尖らせた。
「処分だなんて言わないでよぉ。せっかく作った飾り、一年で捨てるのは勿体ないし、短冊をゴミに出すって言うのも、なぁんか気が引けちゃうし・・・。でもこの笹、さすがに来年までは持たないでしょ?どうしようって思ってたら、時間が経っちゃってぇ・・・。」
 相変わらずの調子の母に、美希がはぁっとため息をつく。
「もう、ママったら・・・。とにかく、飾りと短冊、笹から外すわよ。飾りはきれいなものは取っておけばいいし、短冊は・・・まぁ、後で考えるとして。」
 はぁい、と嬉しそうに微笑む母に、やれやれ、と苦笑いして、美希は作業に取り掛かった。

「あらぁ、和希ったら、また字が上手になったんじゃない?『家族みんなが元気で過ごせますように』なんて、やっぱりあの子はいい子ねぇ。」
「ちょっとママ!いちいち短冊読んでたら、ちっとも進まないでしょう?」
 呑気な母を急き立てながら、美希は次々と七夕飾りを笹から外していく。
 網飾りや提灯は、丁寧に畳んで空箱の中へ。輪飾りは、千切れてしまった輪を取り除いて、使えそうなものだけを残して。
「ねぇママ。同じ短冊でも、和希とアタシが飾り代わりに作ったヤツは、来年も使えるわよね?」
 美希がそう言って、短冊をより分ける。家族三人の願い事を書いたものだけでは短冊が少なすぎるからと、美希と和希が金や銀のカラーマーカーを使って、「織姫様」、「彦星様」、「天の川」などと、主に七夕にちなんだ言葉を書いた、飾り代わりの短冊を作ったのだ。
 まだきれいで来年も使えそうなものは、箱の中に――そうやってテキパキと仕事を進めていた美希の手が、はたと止まった。

 手に取ったのは、笹の下の方に飾られていた、赤い短冊。美希が銀のマーカーで文字を書いたものだ。誰かが誤って引っ張ったのか、紐を取り付けた穴が破れて、千切れそうになっている。その毛羽立った表面を指で撫でていると、レミがその手元を覗き込んだ。
「取っておくのは、まだきれいなものだけで良いわよ、美希ちゃん・・・あら?それって、美希ちゃんのお願い事ぉ?」
「う、ううん、これは違うの。でも、紐が取れかかっているから、来年は使えないわね。」
 美希は、母に向かって曖昧に微笑むと、手の中の赤い短冊を、素早くポケットに突っ込んだ。



 あの時――この短冊を書いた時のことを、美希は思い出す。
 まだ退院したばかりで、学校にもダンスレッスンにも行けず、所在無げに家に居た、あの日。母が持ってきた色とりどりの短冊の中で、この一枚がひときわ美希の目を引いた。
 いつもなら、まず手に取るのは、青や水色などの美希が好きな色だ。でも、あの時は殊更に、“赤”が心に引っかかったのだ。

 四人目のプリキュア――まだ見つからない最後の仲間のパートナーとなる、妖精の色。
 そしてあの子――決まってラブの前に現れる得体の知れない少女の、唯一人目を引く、サンダルの色。

 ダンスもプリキュアも、アタシたちは絶対に諦めない。その気持ちは揺るがないけれど、プリキュアが本来四人居るべきならば、早く仲間を見つけないと、三人ではこれから先、太刀打ち出来ないのではないか、という想い。
 そして、新しい友達が出来たと喜んでいるラブと一緒に喜びたいのに、その言動も雰囲気も、どうにも美希の警鐘を鳴らしてやまない少女への、複雑な想い。

――どうか四人目の仲間が、早く見つかりますように。
――どうかせつなが、ラブの本当の友達でいてくれますように。

 心を覆う黒雲のような憂いを、雲の上にあるはずの光を求める、二つの願いに変えて――でも、それを直接文字には出来ないから、たった一つの言葉に込めて、美希は赤い短冊に書き込んだのだ。

 まさかその切なる願いが、今日二つとも、美希が願ったのとは違う形で、それも完璧に叶うことになるなんて、さすがの美希も、このときは思ってもみなかった。

(そうよ。やっぱりどんな状況でも、希望は捨てちゃダメなのよね。それにしても・・・。)

 美希は、ポケットの上に手を置いて、感謝を捧げるように、そっと目を閉じた。



「ねぇ美希ちゃん、良いこと思いついたわ。お願い事を書いた短冊、神社に持って行ってみようかしら。神主さんにお願いしたら、お守りなんかと一緒に、お炊き上げしてくれるかもしれないわよねぇ?」
 相変わらず短冊を一枚一枚じっくりと眺めながら、レミがまたおっとりとした声を出す。
「そうね、いいんじゃない?ほらママ、早く手を動かしてよ。寝るのが遅くなったら、美容に響くわよ?」
 美希は、もう一度やんわりと母を急かしてから、さっきと同じように、テキパキと飾りを片付け始めた。

 美希のパンツのポケットには、捨てられるのを免れた、一枚の赤い短冊。その表には銀色の文字で、“Espoir――希望”と一言、力強い筆致で書き込まれていた。

~終~
最終更新:2013年07月07日 13:40