ダブル・アクセント/一六◆6/pMjwqUTk
オーブンから取り出したケーキを程よく冷ましてから、レモンを効かせた生クリームを一気に絞る。
滑らかに描かれた真っ白なスロープに、ピンク、ブルー、イエロー、色とりどりのジェリーやアラザンをまとわせる。
そして仕上げに、「ガンバレ!」と書いたチョコプレートを飾り付けて……。
「う~ん……。可愛いけど、何か足りないのよね……」
奏は、通常の四倍はある巨大カップケーキを前にして、両手を腰に当てて考え込んだ。その肩の上から、白い子猫がひょっこりと顔を出す。
「奏~、どうしたニャ? うわぁ、このカップケーキ、大きいニャ! 美味しそうだニャ~」
今にも涎を垂らしそうな顔で覗き込んでくるハミィに、奏は苦笑する。
「ダ~メ、これは響専用。今日のピアノコンクールの前に、渡しに行こうと思って」
「うーん、そうだニャ~。響、パパさんが審査員だって聞いてから、何だか迷ってるみたいなんだニャ。今朝もロクに朝ご飯食べないで出かけちゃったから、ハミィもご飯食べ損ねて、お腹ペコペコなんだニャ……」
「ハイハイ。これが出来たら何か作ってあげるから、それまで……あ、そうだ、その辺に奏太がお菓子を置いてたと思うから、それでも食べて待ってて」
奏の言葉に、ハミィがいそいそと調理場の隅にある棚をあさり始める。やがて、細長い箱を見つけて、ニャハ!と歓声を上げると、器用に封を開けて、ポリポリと食べ始めた。
「それで、奏の方は何を迷ってるんだニャ?」
「このケーキね。大きいから、いつものトッピングだけじゃ何か物足りなくて。なんかこう、のっぺりしちゃってるのよね」
奏の言葉に、ハミィが何故か得意げな顔でニコリと笑う。
「エヘン! そういうときはぁ、アクセントが大事ニャ!」
「アクセント?」
「そうニャ。最初から最後までずーっと同じ調子だから、のっぺりしちゃうんだニャ。同じ一日にも、激しい日もあれば穏やかな日もあって、毎日同じように流れてはいかないニャ? だから、アクセントを大事にすることで、季節の移り変わりとか~、高~い山とか、広~い湖とか、音楽でいろんな世界が表現できるんだニャ!」
目をつむってふんぞり返り、歌うように講義するハミィの言葉に、奏が思わずクスリと笑った。
「ハミィったら。ケーキじゃなくて、音楽の話?」
「ハニャ? ……あ、そう言えばそうだったニャ~。で、でも、きっとケーキだっておんなじだニャ。昔、セイレーンが言ってたことだから、間違いないニャ!」
「なるほど、エレンがね。道理でハミィにしちゃ、話がまとまってると思った」
「ハニャニャ~。それ、どういう意味ニャ?」
不満げなハミィをよそに、奏はもう一度ケーキと向かい合う。
なるほど、ハミィの言う通り、今日は夢に向かって一歩を踏み出す、大事なアクセントになる日だ。それならば――。
「ハミィ。悪いけど、それ二本だけもらってもいい?」
「もちろんニャ。けど、どうして二本ニャ? 一本じゃ足りないニャ?」
「うん。だって今日は、響だけじゃなくてわたしにとってもアクセントになる日だもん」
そう言って、少し照れ臭そうに笑う奏に、ハミィは手に持っている赤い箱を、嬉しそうに差し出したのだった。
やがて、奏が予定より三十分も早く家を出て、スイーツコンテストの会場でなく、ピアノコンテストの会場へと向かう。その手に持っている特大サイズのケーキには、甘くてちょっとほろ苦い、まっすぐのびたお菓子の棒が二本、まるで夢への道標みたいに、特別な日の二人を応援していた。
~終~
最終更新:2013年11月11日 23:22