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Eas to Eas 第7章 訣別(前編)




 シャワシャワシャワ……

 窓の外からは朝の光と共に蝉の声が入ってくる。
それが時間と共に大きくなっていく。

 これがもこにとっては目覚まし時計となっていた。
 野営の時は時々警戒の意味で目が覚めることもあったが、
昨夜はさすがに寝入った後には目が覚めることはなかった。
 母国では平穏な環境の中、機械的に眠り機械的に起きてきたこともあったが。

(我ながらよく眠ってしまったようだな。夜討ちを仕掛けることも忘れるとは
戦士としての自覚不足以外の何物でもないか……

 眠りの質が良くなったということはもこにとって善し悪しだったようである。

 普段寝ているベッドをもこに譲り、自らは床に敷いたシーツの上で横になっていたせつな。
もこの目からはまだ眠っているように見えた。

「今なら……」

 自分の任務は国民番号ES-4039781 の寿命を完全に終わらせることだった。
 そのための充分な能力を与えられていながら、任務失敗により
一度はクラインの手紙を甘んじて受けることとなった。
 名誉挽回の切り札を与えられ、標的をあと一歩まで追い詰めるも、まさに捨て身の反撃により
リベンジはならず、諸刃の切り札の代償として戦士の力を封じられた。

 幸いにも、今の標的は変身アイテムを持たぬ身。
 力さえ取り戻せたら、今なら交戦するまでも無く任務を全うできる。

(一晩たったのだ。もう大丈夫であろう)

 両腕を広げる。

(でも回復していなければ……)

 不安を振り切る様に手首を擦り合わせる。

「スイッ…!!」

 せつなは合わせた手をすかさず抑え込んでいた。

「また、昨日の繰り返しよ」

 もこの一抹の不安をも見透かされたようであった。

「ふっ…… お前に心配されるとはな」

 もこは素直に両手を下した。

「おはよう、もこ」
「何だ、それは?」
「朝の挨拶よ」
「挨拶、か。そういえば潜入工作のときにはそう言うのだったな」

 元工作員相手とはいえ、あまりにも露骨な物言い。

「ちょ、ちょっと、そういうことは言わないの!」
「心配するな、家人の前では言わぬ。スキルがちゃんと備わっていることは
お前もわかっているであろう?」
「はあ…… 私のどういうところを引き継いだのかしら?」

 もこは枕元に畳まれている服が自分が着ていたものと違うことに気付いた。

「これは、何だ?」
「『着替え』よ。少し大きめだけど」
「そんなものは不要だ」

 手首を擦り合せ服を召喚しようとして、つと思いとどまった。

(無駄にダメージのリスクを負うより、ここは従っておくのが得策か)

「やはり使わせていただく」
「服はあとで洗濯するわよ」

 二人は各々の服に着替える。

 服を脱いだ時に一瞬見えた、せつなの身体に残る無数の傷痕。
 先だっての戦いの時のものだけではないことはもこにもわかる。

「お前……その傷は?」
「あなたが妹と言うことになっている以上『お前』はないわね」

 せつなは身体の傷の事から話を逸らそうと呼び方について指摘した。

「そういうのは想定にはなかったな」

 ふと昨日出会った少年が『せつなお姉ちゃん』と呼んでいたのを思い出した。

「『お姉ちゃん』という言葉はこの世界では同じ親から生まれた年上の女性に対して
使うものだったな? タケシという少年がお前のことを『せつなお姉ちゃん』と
呼んでいたが、やはりこの世界でも本当はメビウス様が父であり母であるのか?」
「そんなことはない……! ただ、この世界で血縁関係あるなしに関係なく、
歳上の女性を呼ぶのに「お姉ちゃん」が使われているのは確かね」

 せつなとてこのパラレルワールド自体に来て半年程度の身。知れば知るほど新たな発見もある。

「とりあえずタケシに倣って『せつなお姉ちゃん』と呼ぶとしよう」
「ええ、そうね」

『トントン』

「起きているわよ」
「おっはよー!うっわ~、ちょっと大きいかなと思ったけど、
もこちゃん、なんかその服いいよ~」

 服に着られている感が否めなくもなかったが、それがラブにとっても
なんともかわいらしく見えたようで、思わずもこをハグしてしまった。

 ほんの少し顔を赤くするもこ。
(なんだ、この感覚は? こういうのは想定にはない!)
 ほんの少し顔を赤くするせつな。
(ラブ!)

 次第に顔を赤らめていくもこ。
(この感覚、どこかで……)
 次第に顔を赤らめていくせつな。
(あのときの私も……そうだったのかもしれないわね)

 そんな二人の思いを知るべくもないラブ。

 ハグされる中で、

(ここは冷静に振る舞うものだ……)

 心に言い聞かせたもこは、

「ふっ、違和感を持たれないようにするのも潜……」
「もこ!」

 窘めるせつなの語気は心なしかキツイものとなった。

「キュアピーチならすでに知っているのだろう?」
「その呼び方はダメだって!」

 ラブもあわてて窘める。

「あのスウィーツ王国人も『ピーチはん』って呼んでいるではないか?」
「タルト? この家では『フェレット』ということになっているんだよ」

 せつなも初めてタルトを見た時、スウィーツ王国というパラレルワールドの住民と
してしか認知しておらず、この世界に生息する動物に似ているという意識はなかった。
 その経験を継承したもこがその動物のことも知る由もなかった。

「『フェレット』というものなら許されるのか?」
「フェレットがしゃべらないじゃん」
「なるほど、あのスウィーツ王国人もこの家で偽装して潜入しているわけだな」

 それを耳にしたタルトがやってきた。

「偽装して潜入やなんて、あんさんそんな人聞きの悪いこと言わんといてんか」
「でも、事実であろう」
「そやな。確かにこの家ではペットということになっとる。
でも、あの時ワイのこと『大事な家族』って言ってくれたんや」
「『大事な家族』か…… まあ、お前にも事情があるのだからな。これ以上言わぬ」

 妙な雰囲気になったのに気付いたラブが、

「あ……朝ご飯作るね」

 圭太郎もあゆみも早出のため、今朝はラブが朝食当番であった。

「タルトは?」
「ワイは今朝も兄弟の手伝いやねん。ハーブ本格的に仕込むんやて。そやから、
シフォンのご飯だけ頼むわ」
「わかったよ、ピルン!」
「キー」

 ピルンがキーになりリンクルンに装着。
 ホイールを回すと、モニター部分から野菜パンが出てきた。

「はい、栄養たっぷりの朝食パンだよ」

 湯気の上がったパンをタルトに渡す。

「おおきに」

 まだ寝ているシフォンを背中に背負ったタルトは起こさないよう、

「ほな、行ってきま(小声)」
「行ってらっしゃい(小声)」

 二人を見送ると、そのままラブは台所に向かった。

 (あのときのもこ、寂しそうだったなあ…… よし、元気づけるにはやっぱりアレだね)

 冷蔵庫を見ると、卵が1個だけ残っていた。

 「あっちゃ~。でも、何とかやってみますか!」


「ごめーん、今朝は卵が残り少なくって、オムライス一皿しか作れなかったんだ」

 そのオムライスにはケチャップで笑顔のもこが描かれていた。

「もこちゃんの本当に笑った顔がみたいなーって思ってね」
「ふん」

(誰かの笑った顔が見たい、だと? やはりこの世界の人間はやはり変わっている)

 もこは、コップに入った白い飲み物を見て尋ねた。

「これは、まさか牛乳か?」
「そうだよ。ノンホモなんとかって言って牧場の絞りたての味らしいんだって」
「(焦りの表情)そうだな。この世界の人間は……これを普通に……」

 牛乳はラビリンス人にとっては酒と同じ作用がある。
 今の自分は完全な変身ではない。髪も変身できなかった。
 体質もラビリンス人のままだったら……

 せつなは動揺が見え隠れするもこの様子を見てそっと告げる。

「この世界では牛乳アレルギーというものがあるの。そういうことにすればいいわ」
「いや、大丈夫だ。昨日食べたドーナツというものにも牛乳が含まれているのではないか?」

(そういえばウエスターが牛乳ドーナツをスイッチオーバーした状態で食べて占い館で
大暴れして大変だったわね……って、そんな記憶も引き継がれているの?)

 もこはコップを手にして牛乳を口にした。

(何とも、無い?)

 一口飲んだだけで大変なことになってしまうのかと思っていたが、そうでもない。

 むしろ、美味い。

(やはり、杞憂であったか)

 そう思うと、早速一杯飲み干してしまった。

「もう一杯……いいか?」

 ラブはそんなもこに嬉しくなり

「うん!」

♪~

 リンクルンが鳴った。

「みきたんからメールだ」
「美希から?」
「来週のレッスンまでに仕事入っちゃうかも知れないって。新ステップ教わるまでに
しっかりおさらいしておきたいから、今日の午前中に一緒に自主練できないかだって?」
「美希らしいわね……もこも連れて行っていいかしら」
「そうだね。もこちゃん、朝ご飯食べたら公園に行くんだけど、一緒に行こうよ?」

 その公園では昨日タケシに恐ろしい姿に見せてしまった。
 今日も来ていたら、果たしてタケシは再び自分を受け入れてくれるのか?

 そう思う自分は一体どうしてしまったのだろうか?
 総統メビウス様より与えられた任務のためにこの世界に来た。
 任務を果たすために、今この世界にいる。
 それだけだったのに……どして?

「今日も……タケシは来るのか?」
「うーん、来るかなあ? いや、きっと来てくれるよ!」
「私は……タケシに会ってもいいのか?」
「大丈夫だよ!」
「もこがもう一度友達になりたいという思いがあるならね」

 もこは腹を決めた。

「それなら……一緒に行こう」
「そんじゃ、取りあえずみきたんにOKのメール返しておくね」
「お願い」
「あ、ブッキーからもメールだ。来るって」
「ところで……もう一杯、いいか?」


 その頃、ラビリンス本国ではクラインは淡々と端末を操作していた。

 総統メビウスの計画に従い、ラビリンス国民の誕生と成長と、そして死を
ワンクリックで粛々と確定していく。

 生まれた時から定められている寿命を途中で終了させる国民は、いわゆる「鬼籍」に
ドラッグアンドドロップする。その過程で手紙の送付プログラムが起動される。

「ESも昔に比べてずいぶん少なくなったわね」

 背後に現れた気配に対しクラインは振り向きもせず、

「貴女の復活には未だ少し時間がかかることになっておりますが」
「あの子は良いものをナキサケーベにしてくれたわね」
「前のナキサケーベは無機物ばかりでしたから」
「命のあるものはいいわね。お蔭であの世界にも出向けるわ」
「とはいえ身体が……」
「まだ身体は必要ないの」

 端末を覗き込む。

「あら、そのESは保護がかかっているのね」
「まだ消せません……メビウス様のご意志と……エラーです」
「そう……」

 気配が消えた。

(やはり待ちきれないようですね、あの御方は……)



後編へ続く
最終更新:2013年11月25日 22:50