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家路にて/一六◆6/pMjwqUTk




「はい……はい、ありがとうございます。それでは、明日はよろしくお願い致します」
 ピッ、と電話を切ると、車の中がしーんと静まり返る。ダビィは運転席のシートにもたれて、大きく息をついた。

(良かった。これで明日は、真琴も準備からちゃんと参加できるわ)

 彼女の笑顔が思い浮かんで、自然に頬が緩む。そのとき、バタンと扉が開く音がして、『ぶたのしっぽ亭』から出てきた四人の少女の姿が、バックミラーに映し出された。
 マナが、いつもの満面の笑みで、真琴に小さな紙袋を差し出す。真琴は、少しはにかんだ笑みを浮かべて、嬉しそうにそれを受け取る。六花が何やらマナをからかって、真琴と二人で笑っている。その様子を、ありすがニコニコと見守っている。
 もうすっかり見慣れた光景に、ダビィが目を細めたとき、三人に手を振って、真琴が小走りでこちらへやって来るのが見えた。
 すぐさま車のエンジンをかける。そしてダビィは、真琴がいつもの後部座席ではなく、助手席に乗り込んだのを見て、少し怪訝そうな顔をした。



   家路にて



 とっぷりと日の暮れた通りを、車は滑るように走っていく。
 少し前までは、この時間なら辺りはまだ薄明るかった。この世界では、季節に応じて昼と夜の長さが変わる。最初にそれに気付いたときには、随分と驚いたものだ。

「その袋、マナに何を貰ったの?」
「マナのお父さんが作ってくれた、ももまんよ。ダビィの分も、ちゃんとあるからって」
「そう、楽しみね。じゃあ帰ったら頂きましょうか」
 真琴が、ええ、と頷いた。ちらりと目をやると、その茶色い紙袋は、彼女の膝の上に大事そうに置かれている。

 初めてこれを食べたのは、真琴の二度目の握手会のときだった。イベントが終わって、すっかり冷めてしまったこの食べ物を、スタッフの女性が温め直してくれたのだ。
 ひと口食べてその美味しさに頬を緩ませつつも、それを周囲に悟られるのが恥ずかしくて、わざと澄ました顔をして、パクパクとももまんを平らげた真琴。
 あのときと比べて、真琴も、そして周囲の環境もずいぶん変わったものだと、ダビィはほんの少し感慨にふける。が、そんな表情はおくびにも出さず、すっと背筋を伸ばすと、いつものきびきびとした口調で言った。

「ところで真琴、明日のスケジュールなんだけど」
 ダビィの言葉に、真琴の表情もさっと引き締まる。
「雑誌の取材が二件入ってるわ。今度の新曲についての記事を書きたいんですって。少し早いけど、朝七時にヨツバミュージックのスタジオよ。早起きしてね」
「分かったわ。明日の予定は、それだけ?」
「ええ。午前中には終わるだろうから、パーティーのケーキ作りには十分間に合うわね」
「そうね。ありがとう」
 短い言葉ながらも、嬉しそうな真琴の声。それを聞いて、ダビィも前を向いたままで静かに微笑む。

 マナの発案で、明日は急遽、亜久里の誕生パーティーが開かれることになった。そして、プレゼントは何にしようという話になったとき、真琴は、もしも出来れば亜久里のためにバースデーケーキを作りたいと言い出した。
 それを聞いたマナの父の健太郎が、作り方を教えてくれることになり、ダビィはさっきまで、真琴のスケジュール調整のために、あちこちに電話をかけていたのだ。

「その代わり、明後日は朝から晩までスケジュールびっしりよ。覚悟しておいてね」
「ええ、任せて」
 真琴が弾んだ声で、きっぱりと答える。それを最後に会話は途絶え、車のエンジン音のほかは、何も聞こえなくなった。

「ねぇ、ダビィ」
 しばらくして、真琴が心なしか小さな声で呼びかける。
「何?」
「さっき……私がマナたちに両親のことを話したとき、ダビィ、どうして泣いていたの?」
「……」
「私の生い立ちのことは、ダビィはとっくに知ってたことでしょう?」
「……」

 前方の信号が、赤に変わった。ブレーキを踏んでから、ダビィはいつもの癖で、ちらりとバックミラーに目をやる。
 当然ながら、そこには空っぽの後部座席が見えるだけで、誰も映っていない。代わりに真琴の視線を、左の頬に痛いくらいに感じる。
 いつもの車中なら、こちらから真琴の様子を見ることは出来ても、こんなに間近から真琴に顔を覗き込まれることなど、無いというのに……。

 車は停止しているのに、前を向いたまま固まってしまったダビィの顔から、真琴の視線が離れる。
「さっきも言ったけど……私、本当に子供のころ、寂しいと思ったことなんてなかったのよ。でも、やっぱりそのことを知ってるダビィから見ても、私って可哀想に見えるのかしら」
「違うわ、真琴。そうじゃないの」
 ダビィは、観念したようにギュッとハンドルを持つ手に力を籠めると、ふーっと長く息を吐き出した。

「あの涙は、悲しい涙なんかじゃないわ」
「え?」
「嬉しかったのよ、私は。真琴が仲間に……マナたちに、自分のことをそこまで話せるようになった、っていうことがね」
「え……涙が出るほど?」
「ええ、涙が出るほど」
 ダビィはそう言って、右手で眼鏡を押し上げると、照れ臭そうに微笑みながら、真琴と目を合わせた。

 何事にもいつも一生懸命で、真っ直ぐな分だけ不器用で、人一倍責任感の強い子――だからこそ、一人で何もかも抱え込んでしまう危うさを持っている子。
 相棒になったときから感じていたダビィの懸念は、トランプ王国の悲劇を経験して、一度は現実のものとなった。この世界に流れ着いてしばらくの間、真琴は何とかして王女を見つけ出そうとあがき続け、心の休まる暇など無かったはずだ。
 でも、マナたちと出会って真琴は変わった。いや、一生懸命で不器用で責任感が強いところは変わらないけれど、最近ではダビィが代弁する必要なんて無しに、マナたちの前で、本当の自分の気持ちが出せるようになった。仲間たちの輪の中で、心からくつろいだ様子を見せるようになった。

(それが私にとって、どんなに嬉しいことか――きっと真琴にも、分からないでしょうね)

 薄暗い車の中で、ダビィの顔を見つめて穏やかに微笑む真琴の瞳が、キラキラと輝いている。まるで紫のロイヤルクリスタルのようだ――そう思ったとき、後ろからけたたましいクラクションの音が響いた。
 どうやら信号は、いつの間にか青に変わっていたらしい。
 慌てて前方に視線を戻し、アクセルを踏むダビィの耳に、心から嬉しそうな真琴の声が届いた。
「ありがとう、ダビィ」

 車は再び、夜の街を静かに走り始める。真琴とダビィが暮らす高層マンションまで、あと少しだ。


~終~
最終更新:2013年12月08日 17:59