【ねがいごとふたつ】/れいん
ケーキ作りというものを初めてした。
しかも、材料を買いそろえるところから。
真琴と二人でカートを押して。
そんなささやかことなのだけれど、とても楽しくて、幸せで……。
自らの立場を考えもせず、「こんな時間が長く続けば」などと考えてしまう自分は、もう既にどこかおかしくなってしまったのだろう。
【ねがいごとふたつ】
ハミングが聴こえる。
ダビィはココアをかき混ぜる手を止めて、しばしその透き通る声に耳を寄せた。
(また新曲?)
この間、レジーナに歌った曲とはちがう。
曲調がとても楽しげだ。
真琴が楽しいのは、喜ばしいこと。
トランプ王国が滅びたあと、マナ達と出会う前の頃を思えば、信じられないほどだ。
(この姿も、もう必要がないかもしれないわね……)
真琴をフォローすべく、願って手に入れた人間の姿。
傷ついた真琴を抱きしめるためでもあったこの体も、今は彼女のマネージャーとして以外、使用することがない。
真琴にはマナ、六花、ありすに亜久里、助け合うことのできる仲間ができたのだ。
(抱きしめてくれる人は、他にもいる)
出来上がったココアを手に持ち、真琴の部屋の扉を開けた。
室内はキッチンより少しだけ暖かくて、心なしか空気がしっとりとしている。
真琴の喉に負担をかけないために加湿器をつけているためだろう。
「今日はご機嫌ね。また新曲かしら?」
そう言ってカップを手渡すと、
「え? 私、歌ってた?」
真琴は少し驚いた顔をした。
「とっても楽しそうだった」
(無意識に……)
誰の事を想って歌っていたのだろう?
そうは思っても、口には出せず、ダビィはそれ以上何も聞かなかった。
真琴とは一定の距離は保っておかなければ。
そうしないと……。
(堪えることができなくなる)
真琴の気持ちを欲しがってはいけない。
欲すれば、真琴に関わる全てに嫉妬し、自分が真琴を傷つけてしまうだろう。
そうなってはもう、彼女のパートナーでいられなくなってしまう。
――――真琴が、幸せなのは喜ばしいこと。
自分にそう言い聞かせる。
例えそれが、自分の力によるものではなくても。
(真琴が笑ってくれるなら)
そんな彼女のそばにいられるのならば……。
それでいい。
彼女が楽しくて、幸せであるのなら、自分はそうでなくてもいい。
けれど、それは本心ではなく心の底に黒く澱が溜まる。
「わたしね……今日は、とっても楽しかったの。だって、ダビィとお料理したのなんて初めてじゃない?」
ドキンと、心臓が跳ねた。
(違う。きっとそうじゃない)
頭の隅でアラームが鳴り響き、喜びに震えそうになる気持ちを無理矢理に抑える。
真琴は“そう言う風”に自分を見ているわけではないのだ。
自分は彼女にとって、親友、家族、そう言った類なのだろう。
「そうね。今まで仕事も忙しかったし、家で料理したことはなかったわね」
平静を装い、ダビィは穏やかな笑顔を作った。
「……ケーキを作っていた時のことを思い出していたから、きっとダビィの歌ね」
真琴は少しだけ頬を染めて、無邪気にそんな風に言う。
人の気も知らないで。
(もうこれ以上私を、幸せにしないで……)
「嬉しいわ、ありがとう」
ダビィはそれだけをかろうじて答え、真琴の肩にカーデガンを掛けた。
「明日も早いわ。それを飲んだら、早く寝なさいね……歯をみがいてから」
「は~い」
子ども扱いされて不服なのか、真琴は丸く頬を膨らませた。
「オヤスミ、真琴……」
「おやすみなさい」
ダビィは目を伏せて笑って、真琴の部屋を後にした。
(……神様)
もしも、この世界に神様がいるのなら。
部屋の扉の前で、ダビィは祈る。
真琴が、楽しく、幸せでいられますように。そして、
(どうか、私のこの気持ちに……)
――――永遠に気が付きませんように。
最終更新:2013年12月09日 21:48