せつなとラブと願うこと




「学校始まっちゃうねー」
「そうねー、ラブのことだからまだ冬休みの宿題終わってなかったりして~」
「……」
「ラブちゃんもしかして…」
「まさかラブまだ終わってなかったの!?」
「………」
「明日からなんでしょ?学校…」
「あは、あははは…は…」

美希が冗談半分で宿題の話をしたら、あからさまに目が泳ぎだし、乾いた笑いを出し始めたラブ。
今は公園にあるカオルちゃんのドーナツ屋にいる。冬でも日当たりが良く、ビニールハウスのように囲まれた冬限定特設ブースの中で話をしているため、寒さなど感じずいつまでも喋っていられそうな場所だった。実際、ここに来てから結構時間がたっていたが、とりとめのない話をいつまでもしていた。

「ラブ!今すぐ帰って宿題やんなさい!」
「ええ!?ひどいよ美希たん!もっとみんなで話してたいよー」
「ラブ、あの課題は計画的にやってたらとっくに終わってるはずよ。私が立ててあげた計画表通りにやらなかったの?」
「…だってせつなが作ってくれたやつだと、自由時間少なくてこの前買った漫画全然読めないんだもん!」
「ラブちゃん…」

「だって…う、うぅ………ごめんなさい…やります…」

美希は怒り、せつなは呆れ、祈里は悲しそうに見つめる。三人の視線に耐えきれなくなったラブは、テーブルに突っ伏してそう言った。


「それじゃあ今日はもう解散しよっか」
「ま、待ってブッキー!」

お開きにしようと提案した祈里にラブは慌ててストップをかけた。まずい、このままではまだ日も高いうちから部屋にこもって勉強させられてしまう。きっと夜からやっても間に合うはず、うん、大丈夫大丈夫…

「あのさ!今から勉強頑張るためにも、モチベーションは上げるべきだと思うんだ!だから、楽しみを作るために再来週の三連休にみんなでどこか遊びに行こうよ!!」
「ラブ、あんた宿題やりたくないからってわざと話伸ばそうとしてんじゃないでしょうね?」
「そ、そそそんなことないよ美希たん!」
「…まあ、その日は予定ないし…アタシはいいわよ」
「わたしも大丈夫だよ」
「やった!…せつなはどう?何か用事とかある?」
「い、いえ…ないわ。…大丈夫よ」
「やったー!みんなで遊びに行けるなんて、幸せゲットだよ!」

突然決まった約束に、ラブも美希も祈里も宿題のことはひとまず置いて、新しくできたあそこがいいとか、この前見たあっちにしようとか楽しそうにどこに行きたいか話し始めた。そんな三人に、せつなはどこか大きな壁を感じた。再来週…きっとその時には自分はこの世にいない。

「…ねえせつな。せつなはどこに行きたい?」

ラブがそう話を振ってきた。

「私は、みんなの…」

みんなの行きたいところがいい。と言おうとしたが、美希の視線に気づいて言うのをやめた。この間、もっと主張しろと言われたばかりだったことを思い出した。

「え、えーと…今度新しく上映される映画がみたい…かな…」

ありもしない未来の話など語るだけ悲しくなるだけだが、したいことを言わなければいけない雰囲気だったので、そう答えた。

「そっか!もしかして昨日テレビのCMでやってたあれのこと?せつな興味津々だったもんね」
「じゃあ、映画館に行きましょう」
「うん。わたしもせつなちゃんの興味がある映画って観てみたい!」
「よーし!じゃあ今度の遊びは映画館に行くことに決定しましたー!」
「えっ!?ちょ、ちょっと?!みんなそんなに簡単に決めていいの?!」

映画を観たかったのは事実だが、それが採用されるとは思っていなかったし、いとも容易く自分の主張が通ってしまったことに驚く。

「みんな、せつなの行きたいところに行きたいんだよ」

慌てるせつなに、笑いかけながらそう言ってくるラブ。美希も祈里も同じように笑顔でこちらを見ていた。その表情に、なんだか照れくさいような、泣きたくなるような複雑な気持ちになった。

「ありがとう…みんな」





―――――――――

「ごちそうさま、じゃああたし部屋で勉強してくる!」

夕飯も早々にラブは自室に閉じこもってしまった。きっと今日はこのまま部屋を出ることはないだろう。終わっていない課題の量からしても想像に難くない。昼から始めていればそこまで頑張らなくてもよかったのに…
せつなもラブの後を追う様に自分の部屋へ行き、作業の準備を始めた。時間がいつもより早いが、冬だしもう暗いから見つかりはしないだろう。今日行くのは最後の場所となるあのドーム。さすがにあそこに人は来ないだろうし、頑張れば今夜中で終わるはずだ。いや、終わらせてみせる。もう怠さが限界にきているし、あとどれだけ時間があるか分からないから長引かせたくない。そう決意してアカルンで移動した。





やばい。全然わからない。机に向かって早数時間、思う様に課題は進まず、ラブは頭を悩ませてばかりいた。このままではどう考えても効率が悪くて終わらない…
…そうだ!せつなに教えてもらおう!作ってもらった計画表通りにやらなかったので、せめて自分の力で頑張ろうと思っていたが、終わらないからしょうがない。うん。頭のいいせつなのことだ。わかりやすいアドバイスで課題もさくさく進むはず。
そう思ってせつなを探しに部屋を出る。最近はリビングにいることが多いので、まっすぐ下に降りた。
「お母さん、せつないる?」

洗い物をしていたあゆみに声をかけた。

「せっちゃんならラブが部屋に行ったあとすぐ二階に行ったわよ?」
「あ、そーなんだ。わかった。ありがとお母さん」
「あ、待ってラブ」

てっきり今日もリビングかと思っていたけど部屋だったのか。最初からそっちに行っとけばよかったと後悔しながら二階へ戻ろうとしたら、あゆみに呼び止められた。

「ん?なにお母さん?」
「あのね、せっちゃんどこか具合悪かったりするのかしら?」
「なんで?」
「ここしばらくご飯も辛そうに食べるし、最近、持ってるお箸やスプーンなんか落とすことが多いから心配で…」
「うーん…どうだろう…あとで本人に聞いてみるよ」
「そう。よろしくねラブ」
「うん。ありがとうお母さん」

確かに最近せつなはどこかおかしい。いや、正しくは最近ではなくずっと前からだけど。それでもせつなは何も言わない。きっと誰かにそういった弱みを見せることが得意じゃないのだろう。なら、せつなが何も言わない分だけ自分が気づいてあげられるようになりたい。そんなことを思いながら部屋の前まで来た。

「せつなー、いるー?勉強教えてほしいんだけど…」

扉をノックしながら聞いてみたが、その言葉に反応はない。寝ているのだろうか?…もしかして具合が悪くて返事が出来ないとか?!
「せつなっ!入るよ!」
嫌な考えが頭をよぎり、急いで扉を開けた。すると、部屋の明かりはついておらず、だからといってベットにもその姿はない。なんだベランダにでもいるのかと思い、そこまでいく為に部屋の明かりをつけた。

「なに…これ…」

明かりをつけて照らし出されたその部屋は、一言でいうなら物がなかった。自分が記憶しているせつなの部屋は、もっと物が溢れていたはずだ。もともと部屋を大事に使っていたせつなだったからごちゃごちゃした感じではなかったが、それにしたってこれは生活感がなさすぎる。
そういえば大掃除以来せつなの部屋に入っていなかったことに気付いた。最近リビングにいることが多かったし、二人で話をする時もラブの部屋にいるかベランダにいるかで、それもすぐに寝てしまうため、早めの時間にそれぞれの部屋に帰っていた。
ベランダにもいないことを確認してから、唯一壁に掛けてあるカレンダーを見た。おそろいで買ったものとすぐ分かったが、表紙が破られていないことに疑問を持った。もう年も明けたが、もしかしてめくり忘れ?そう思い表紙を持ち上げてみた。
自分の部屋の物と同じように一月の日付が印刷されているが、ある日にちにだけ自分のとは違い斜めの線が書き込まれていた。…なんだこれは?この日に何かあるのだろうか?あと一週間ほどだが…
よく分からないが嫌な予感が駆け巡り、胸騒ぎがした。この感覚は、まるでイブの時みたいだ…なんだか気持ちがぐるぐるする。なんでこんなに部屋が片付いているの?この日付の印の意味は?それよりもせつなはどこに行ったんだろう?まさかこのまま帰ってこないなんてこと…いやいや、たかが部屋にいなかったからってそんなわけないよね。もしかしたら近くのコンビニとかに行っているだけかもしれないし…
色んな疑問と良くない考えで押しつぶされそうになり、うなだれる様に視線を落としながらラブはふらふらと自分の部屋に戻っていった。





赤い光と共に、せつなはアカルンで自分の部屋に帰ってきた。少し日にちをまたいでしまったが、なんとか終わらせることができた。よかった…間に合って。これでもう早朝に起きることはなくなる。明日は始業式だから午前中で授業も終わるし、やっと体を休ませることができる…安堵感と疲労から、コートだけ脱ぎ捨てドサッとベッドに身を投げた。





―――――――――

「せつな。朝だよ。起きて」

体を揺すられる衝撃で意識が覚醒していく。
「ん……あれ?…ラブ…?」

どうして自分はラブに起こされているんだろう?いつもなら逆の立場のはず…あ、そうかこれは夢か。なんだびっくりした。そうよね私が起こされる側なわけないし…

「せつな。朝だってば。今日から学校だよ!」

耳元でそう言われた声に今度こそ意識をはっとさせ、勢いよく起き上った。

「ら、ラブ!?…もしかして私寝坊したの?!」
「ううん。まだ時間あるけど、シャワー浴びるならこのくらいには起きてないとと思って」
「え?」

そのラブの言葉に、自分の服装を見る。作業したジャージ姿のまま寝てしまったために所々に土がついていた。

「わっ!ホントだわ!?ありがとうラブ。急いで入ってくるっ!」

起こしてくれたことにお礼を言いながら急いで脱衣所に行った。
シャワーを浴びて、ようやく意識がはっきりして落ち着いてきた頃、せつなはふと疑問に感じた。どうしてラブは私がお風呂に入っていない事を知っていたんだろう。それに私より早く起きて起こしに来るなんて…
もしかして課題が終わらず一夜漬けしたのだろうか?ラブならありえそうだ。
なんとなく予想がついたので、あがったらもう一度お礼を言って、ついでに課題について聞いてみようと思いながら髪についた泡を洗い流した。



「ありがとうラブ。おかげで助かったわ」
「ううん。よかったよ間に合って。それより最近疲れてるみたいだけど、具合悪いところでもあるの?」
「いいえ、特にないから心配しないで。…それより、課題は結局終わったの?」
「そう…うん。朝方までかかったけどなんとか終わったよ」
「これに懲りたらこれからは計画的にやった方がいいわよ?」
「うん。そうだね」

あれ?課題のことを聞けばもっとオーバーリアクションで反応するかと思ったのに、声音は固く、淡白な返事しかされなかった。眠いのかとも思ったが寝ぼけた様子はなく、ラブは真剣な目でこちらをじっと見ている。

「ラブ、どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「せつな、昨日の夜部屋にいなかったよね?どこに行ってたの?」
「コンビニと夜の散歩よ。星が見たくなったからアカルンで少し遠くに行ってたの」
「そう…」

部屋にいない理由はいつ聞かれてもいいように考えておいたため、間を置くこともなくそう答えた。それでもラブは真剣な表情を崩さなかったが、あゆみの「学校に遅れるわよ」という声にようやく視線を外し、「行こうせつな」と言って玄関に歩いて行った。





午前中で終わった学校から、せつなは早々に帰宅した。昨日で作業を終わらせるために頑張ったせいで、怠さがまだとれておらず、ふらふらになりながらベットに横になる。昼寝をすればさすがによくなるだろうと思い、ベッドに沈んでいく感覚におとなしく身をゆだねた。

…目が覚めたら、あたりはすっかり暗くなっていた。近くにあったリンクルンで時間をみてみると、かれこれ五時間程寝ていたらしい。
さすがに寝過ぎたかと思い、体を起こそうとしておかしなことに気付いた。なんだか寝る前より体が重い気がする。こんなに寝てもだめだなんて…久々の学校や作業のこともあったし、
…いろいろあって疲れが出たのだろうか…



……あれ?なんだろう…このフレーズ前もどこかで思った事があるような気がする…
デジャヴを感じて、それがいつだったのか記憶を辿り、思い出した瞬間、体からサーっと血の気が引いた。
そうだ……体育の時間に倒れたあの時だ…あの時も原因が分からなかったから色々な疲れのせいにしたんだった…
…え?…もしかして、そういうことなの…?
これまでのことがフラッシュのように頭に点滅する。

…待ち合わせに遅刻するような寝坊や、目覚ましでも起きられなかったのは、お正月で気が緩んだり、ラブの寝坊癖がうつったからじゃなくて

…最近箸なんかを落とすようになったのは、考え事をしていたからじゃなくて

…ダンスで体が上手く動かないことや、食欲がなくなったり怠さが抜けないのは、ずっと作業をしていたからじゃなくて

全部………………………体の機能が停止し始めていたということなのか…?

「は…はは…」

気付いた瞬間、乾いた笑いしかでなかった。…そうか…イースの時のように突然くるものだと思っていたが、こうやってじわじわと寿命を終わらせる方法もあったのか…
なんだ。私はいつ死ぬのだろうと少し怯えていたが…もうとっくに体は死に始めていたのか。


どれくらいそうしていただろう。ベッドに腰掛け、どこともいえない場所を見つめ続けていた。お昼から何も食べていないはずなのにほとんど空腹を感じない。体が重く気を抜くと倒れてしまいそうになる。驚く間もなく死んだあの時とはまた違い、ゆっくりと体が蝕まれていく感覚が、今ではよくわかる。
ウエスターは一か月以内だと言っていたから詳しい日時は分からなかったが、こうやって自分の体が停止していくのを感じ取っていると、なんとなくだが自分は後どれくらいで終わるのかが分かる気がした。
…それでも、嘆きはしない。だって私のやるべきことは全て終わったんだから……(ほんとは…)……いや、なんでもない。私はみんなの笑顔を守るために生きてきた。ラビリンスの脅威もなくなり、その必要がなくなったのなら、私の役目も存在理由もない。
ただ、もう少しやっておきたいことがある。動けなくなる前に済ませてしまおう。そう思いベッドから立ち上がった。



夕飯が出来たからせつなを呼んできてほしいとみゆきに言われ、扉の前に来た。
今日はずいぶん疲れているみたいだったから、まだ寝ていたら起こさないようにしようと思い、控えめにノックして扉を開けた。

「せつな…起きてる…?」

部屋の明かりはついなかったが、机のスタンドの光に照らされながら、せつなは椅子に座って何かを書いていた。

「あ、起きてたんだ」

その言葉に、ラブが入ってきたことに気付いて視線を机上から扉に移した。

「どうしたの?…ラブ」
「あ、うん。夕飯ができたから呼びにきたんだけど…」
「そう。ありがとう。すぐ行くわ」

前を歩くせつなに、さっき何をしていたのか聞いてみた。すると、
「手紙を書いてたの」
「へー、誰に?」
「とても大切な人によ」

くるりとこちらを向いてそう言ってくるせつなの表情は、笑顔なのにどこか儚さを感じた。





――――――――――

昨日、体の異変の原因が解ってから、せつなは手紙を書いた。ラブ、美希、祈里、あゆみと圭太郎、ミユキにウエスターとサウラーにも。一人ひとりに今までの感謝の気持ちを丁寧に書いて、その束の封筒は空いた本棚のスペースに置いた。

せつなはベランダに出て、月を見上げた。
今日の学校は気力で乗り切った。みんなに異変を悟らせないように頑張ったつもりだ。ラブだけはいつもより厳しい目でこちらを見ていたようだったけど。ただ、行動は普通を心がけたものの、食事量だけはいつも通りには食べられなかった。夕飯は全部食べることができず、お母さんにもラブにも心配されてしまった。もう幾度も食べられないあゆみの手料理を、存分に味わうことができなかったのは本当に残念だが、あれ以上は無理だったからしょうがないか…
なんだか…最近しょうがないという言葉を使うことが多くなった気がする。プリキュアとして町を守っていた時は、精一杯がんばる気持ちであふれていたのに…パッションという鎧がなくなった途端こんなにも無力な存在になってしまった。償いとして選んだ花の種を植えることも、本当に誰かの役に立つのかはあやしいし…

そんな風に考えていると、ラブがやってきた。

二人で月を見ながらしばらく無言でいると、そのままの姿勢でラブがぽつりと話しかけてきた。

「ねぇ…せつな」
「なに?ラブ」
「どうしてあんなに部屋を片付けちゃったの?」
「…気分転換よ」
「そっか……………ねえ、再来週みんなで遊びに行くの楽しみだね」
「?…そうね」
「観たいって言った映画、あらすじ調べたけど面白そうだった」
「うん」
「せつなが映画館に行きたいって言ってくれた時、すごくうれしかったよ。あたしね?遊びに行ったらやりたいこといっぱいあるんだ。映画館に行ってポップコーンを食べたい。それから近くのショッピングモールで服を見て、カフェでお茶を飲みながらみんなで楽しくおしゃべりしたい。他にも、ドーナツをたくさん食べたい。ミユキさんにもっとダンスレッスンしてほしい。お母さんにもっと料理を教わりたい。せつなとこれからもたくさん幸せゲットしていきたい。あれ?話逸れたかな?でも、まだまだいっぱいやりたいことあるよ。…せつなは何がしたい?せつなのやりたいこと、もっと教えて…?」



ベッドの中で、ラブからの問いかけを思い出す。「せつなは何がしたい?…」
私にしたいことなんてないはず……(いや、本当は…)……そんなことないっ、やめろ!心の中で何かを思い浮かべそうになって、これ以上考えないように無理やり眠った。



………夢を見ている。
雨が降る中、ラブとイースが戦っていて、その光景を今の私は少し離れたところから見ていた。しばらく殴り合いが続く。それをぼんやり見ているうちに、これはあの時の、イースとして死んだ日のことだと解った。そのうち戦いも終わって、ラブが四葉のクローバーを差し出し、イースがそれに触れようとした瞬間、その体は糸が切れる様に倒れた。私自身が知っているのはここまでだ。それから気づいたら立ち上がってキュアパッションになっていたから。
「ね、ねえ、ちょっと、せつな?」
ラブが動かない私の体を何度も揺すっている。ウエスターとサウラーがやってきて、寿命が来たと伝えた。
「そんなの知らない、知らないよっ!!ねえ起きよ…起きてよせつな!!」
三人とも泣いている。ラブの必死さが見ているこっちにまで伝わってくるようで胸が痛くなる。これは現実にあったことではないかもしれない。でも、私がまた死んでしまったら、みんなはこんな風に泣くのだろうか。また、困らせてしまうのだろうか。

場面が変わる。
今度は先ほどとはうって変わって陽気な雰囲気だ。
「せつな!早くー!」
「待って、ラブー!」
ラブが楽しそうに私の名前を呼んでいる。その後ろに見えるのは映画館の入り口で、夢の中の私も嬉しそうにラブの所まで走っていった。

場面がまた変わる。
「せっちゃん。これはこうやって切っておくと味がつきやすいのよ」
「すごいっ!私も精一杯がんばってこのレシピ覚えるわお母さん」
お母さんに台所で料理を教わっている。私はそれが本当に嬉しくて、楽しくて、笑いながら一緒に野菜を切った。

場面が変わる。
「せつな、これ着てみなさいよ」
「ええ。それじゃあちょっと試着してみる」
美希に選んでもらった服を持って試着室に向かう。しばらくしてから着た姿をみてもらうと、さすがアタシ、完璧!と言われた。その言葉が可笑しくて笑った。

場面が変わる。
「せつなちゃん。猫さん元気になったでしょう?」
「ええ。とっても。本当にありがとうブッキー」
祈里の動物病院で、以前連れてきた猫を抱き上げている。けがが良くなって、抱っこする私の手をなめてくれるその仕草に、嬉しくなって笑った。

………ああ、これはきっと…私がしたいと思っていたこと。考えないようにしていたことだ。こんな風にいつまでもみんなと一緒にいたいと思っているのに、それを認めてしまうことがとても怖かったから、なるべく考えないようにしていたのに……夢の中のどの私も、楽しそうに、幸せそうに笑っていた。

起きると、両目から涙がでていた。それが嬉しさから流れたものなのか、悲しさから流れたものなのか分からなかった。





―――――――――

限界は近いらしい。学校でも気を抜くと倒れそうになり、授業もほとんど聞くことができなかった。あまりの体調の悪さにラブに心配され、保健室に連れて行かれた後、結局早退することになった。


あゆみから静かに寝ているようにと言われたので、昼間からずっと布団の中にいた。気のせいだと思うが気持ち程度楽になった気がしたので、夜にこっそりベランダにでた。昨日から満月で、あまりにもきれいな星空に寒さなど感じなかった。
しばらくすると、昨日と同じようにラブがやってきたが、今日は両手にマグカップを持っていた。

「せつな。ココアだけど飲める?」
「ありがとうラブ。頂くわ」
「外に出ていいの?」
「ええ。昼間安静にしてたから気分がいいの」
「そう…」

いつもの元気のよさが感じられず、月を見る視線を少し下げ窺ったラブの横顔はなにか考えている様に真面目で、似ているわけではないのに、夢で見た動かないイースに呼びかける表情とダブった。頭を振ってそんな考えも表情もなかったことにしてまた月を見上げる。

「………」
「あたしね、せつなのこと大好きだよ」
「…なに?突然?」
「えへへ。そう思ったから言ったの。あたしは言いたいことや思ったことは口にするタイプだからね」
「知ってるわ。それがラブのいいところだってことも知ってる」
「ありがとう。せつなは…あたしとは逆だよね」
「逆って?」
「思ったことや言いたいことがあっても、あまり言葉にしないよね」
「そうかも…しれないわね」
「でも、言わない理由はなんとなく分かるよ。自分の気持ちを伝える事が苦手だったり、誰かのために隠しておこうと決めていたり、それか…一人で全てを抱え込んでどうにかしようとしていたり…せつなはさ、正直だけどそれ以上に頑固だから、一度こうと決めちゃったら貫き通そうとするでしょ?それはいい所だと思うけど、そういう時のせつなはすごく心配になる」
「ラブ…」
「嫌なの…自分の大事な人が一人で悩んで苦しんでるのが。悩んでるって分かっているのに、その人のために何もできないのが。それなのに、大事にしたいと思っている人は、一人でどんどん歩いて行っちゃう。その人は周りの人のためなら自分のことすら投げ出して助けに行っちゃうような人だから、たまに自分から暗闇に歩いて行くことがある。あたしが隣にいたことも忘れて、後ろも振り向かずにどこかにいっちゃうその人の背中を、見ていることしかできないなんてあたしには耐えられない。また、あんな思いをするなんて…
だから、せつなが自分のことを顧みないっていうなら、あたしがせつなのこと大切にしようって決めたの。そのために、せつなの力になりたい。せつなを助けたい。そう思ってる。」

夢の中の出来事がちらつく。

「わ、私は…でも…プリキュアである必要がなくなった今、私に生きている価値なんてもう…それに、奇跡でも起きない限り…」
「…生きるために、価値とかそういうことって必要なのかな?生きたいから生きているんじゃだめかな?
……それに、もし、せつなの悩みをどうにかするために奇跡が必要なら、あたしが起こしてみせる!」
「…あ…」

…本当は分かっていた。しょうがないという言葉で何もかも諦めてしまっているだけだって。ラブたちに悲しい雰囲気でいさせたくないだなんて、水を差すようなことはしたくないだなんて、ただの建前だってことくらい最初から分かってた。ただ、自分から何かを求めていくことが怖かった。私は一度、持っていたものを全て無くしてしまった。ラビリンスにもラブたちの所にも行けずさ迷っていたあの時の悲しさ、今まで信じてきたものを、夢を無くす辛さは、例え少しの間だったとしても忘れられない。望んだことが叶わないことには慣れているが、今の私の願いはあまりにも私の心を占め過ぎている。夢にまで出てきてしまうその願いを、強く望めば望むほど、叶わなかった時の辛さは測り知れない。夢なんて、叶わなければ呪いと一緒だ。いつまでも私の心を苦しめ続ける。
だったら、手放すのが嫌なら、最初から何も持たなければいい。そう思って、考えないように、受け身でいようとしていた。希望も願いも未来も、手放していたのは他の誰でもない自分自身だった。

「だから、言ってもいいんだよ。どんなことでも受け止めるから。それと、もう一度言うけど、あたしはせつなのこと大好きだよ。ううん。あたしだけじゃない。美希たんもブッキーもお母さんもお父さんもミユキさんも町の人みんな、せつなのこと大好きだよ。そんなみんなの大好きなせつなを、価値のないなんて言わないで」


口にしてもいいのだろうか。もうどうすることもできないのは知っている。それでも、願っていいのだろうか。夢のようなあの楽しい場面を、私なんかが望んでもいいのだろうか。望みを口にした瞬間、心が壊れてしまわないだろうか…ラブから言われてもなお踏み出せずにいたその時、頭の中にたくさんの言葉が浮かんできた。

…私はせつなちゃんのこと大好きよ。覚えておいてね…
…せつなはもっとわがままになりなさい…
…もっと自分を大切にして…
…願うことに地位も名誉も資格もいらない…
…言葉にしなきゃ伝わらないこともあると思うよ…
…もっと、自分に正直になってみたら?…
…みんな、せつなの行きたいところに行きたいんだよ…
…せつなの力になりたい。せつなを助けたい…
…どんなことでも受け止めるから…


「せつなは今まで誰かのために、それこそ命を懸けて頑張ってきた。今度は、自分のために精一杯頑張ってもいいんじゃない?そのためなら、あたしはいつだってせつなの傍にいるし、せつなの味方でいるよ」

こちらを向いてそっと笑いながらそう言ってくれたラブに、せき止めていた気持ちや想いが押し寄せてきて、涙が溢れた。

ラブが傍にいると言ってくれた。いつまでも味方でいてくれる人がいる…
…やってみようかな…誰かのためではなく、自分のために願う事を。ただ、100%私の願いだけというのはやっぱりまだ慣れないから、夢のような悲しい顔をラブにさせたくないという言い訳を作らせてほしい。そう思いながら口にした。

「っ…くっ…ラブ…私を…
わた…しを…………た、たすけて……………助けてっ!ラブっ!!」
「うん。分かった。
助けるよ!せつなのためならいつだって、どんな時だって助けるから!!」

さらにぎゅっと力強く抱きしめられて、伝わってくる温かさにまた涙が流れた。





―――――――――――――

「君はウエスターとは違った方向でバカだよね。いや本当に」
「…すみません」

あれから、ラブに今の状況を伝えた。すごく怒られて、それからまた抱きしめられた。ラブの体は悲しいくらい震えていた。
しばらくして、とにかく今の体の変化はラビリンスの技術によるものだから、あちらの世界と通信をとって情報を集めようということになり、せつなは通信機器を開いてサウラーに連絡をとってみた。事情を知らないだろう彼にも説明すると、それはそれは呆れかえってせつなをバカと言った。

「実はね…もうずいぶん前から知ってたんだよ」
「え…どうして?!」
「ウエスターが書いた日記を見たのさ。それにクラインのウイルスのことも、君から口止めされたこともみんな書いてあった。君と約束したことを破るわけにもいかないし、かといってこのまま放置も嫌だったみたいで、彼なりに頭を悩ませた結果が日記に書いて読ませる方法だったみたいだね」
「ウエスター…」
「事情を知ってからは、メビウスの塔の跡地に行って残ってるデータを調べてみた。その情報を元にウイルスを消去する方法か、対抗するワクチンを見つけようと思って。それで、実は三日前にはワクチンを発見してたんだ」
「ええ!?じゃあなんですぐせつなに言わなかったの?」
「病気と一緒だよ。治りたいという気持ちがなければ薬を飲んでもその効果は薄い。今回は原因がウイルスだったからね。ウイルスに勝ちたい、生きたいと本人が思わなければだめだったのさ。だからぎりぎりまで待つつもりでいた。これは自分自身でどうにかするしかないことだからね」
「そう…だったんだ…」

都市伝説のような話が本当だったから、噂のように元に戻る方法もないものだと思い込んでいた。でも、違った…たった一言誰かに助けを求めるだけで、こんなにも自分の周りが変化した。美希が言っていた、「世界はそんなに複雑じゃないかもしれない」という言葉の意味がやっと分かった。自分なんかが何かを望んでもいいのかとか、生きている価値はないからとか、そういうことじゃなく、自分は何がしたいのか。ただそれを口にすればよかっただけだったんだ…
「ごめんなさい…ありがとう。本当にありがとう」





ワクチンを投与するために一度ラビリンスに戻ると、ウエスターに号泣しながら抱きしめられたのでたくさん謝っておいた。
投与した後は静かに安静にしていればいいということだったので、再び四つ葉町に戻り、桃園家で療養することにした。お見舞いに来てくれた美希に怒られたのは予想していたが、祈里に泣きながらビンタされたのには驚いた。二人も、私が最近様子がおかしいと気付いていたようで、そのためにいつもとは違う行動をとったのだと後で知った。心配させたことや隠していた罰として、自分が死んだら読んでもらおうと書いておいた手紙を没収されてしまった。本当の自分の気持ちを書いていたし恥ずかしいから後でこっそり処分しようと思っていたのに、部屋に物がなかったせいであっさり見つけられてしまった。
お母さんにもありえない程長い時間説教され、抱きしめられ、泣かせてしまったので、たくさんのありがとうとごめんなさいを言った。

そして今は、部屋にラブが昼食を持ってきてくれているが…

「せつな、はい、あーん」
「ら、ラブ、私自分で食べられるわっ…!」
「だめだよ。まだ体怠いんでしょ?しばらくはこのスタイルだからね!」
「は、恥ずかしい…」

本当にいい笑顔でそう言ってくるラブに、強く拒否することもできずおとなしく従うしかなかった。
でも、本当は少し嬉しいんだけど。照れくさいので直接そうとは言えないから、別の言葉を送る。

「ねえラブ?」
「なあに?せつな」
「私、これからもラブたちと一緒にいたい」
「うんっ!これからも一緒に、幸せゲットだよ!!」






終わり
最終更新:2013年12月25日 20:50