シーソー/そらまめ




「熱は…38℃5分か…」

測り終えた体温計に表示された数字には、近頃の体調の悪さの原因が示されていた。
なんだか今日はいつも以上に口数少ないね。なんてラブに言われるまで自分でも気づいていなかった体の変化。そういえば体がちょっと重いかもしれないと思って、リビングに置いてある薬箱の中から体温計をこっそり借りた。
案の定というかなんというか…こう、熱があると分かるととたんに怠くなってしまうのはなぜだろうかと思いながらも、眠るためにベッドに入る。体調の悪さなんて寝てれば治るだろうからとあまり気にも留めずにいつもと同じように眼を閉じた。

「それで今日だいすけがさー…」
「ほんとにいつも喧嘩してるわよね。ラブとだいすけ君って」
「喧嘩するほどって言うのかなこういうの」
「違うよー!あっちが悪いんだもん!」

四人はダンスレッスンも終わって今日もカオルちゃんのドーナツ屋の前でそれぞれの学校での出来事を報告する。ラブの話はほぼ愚痴だが。ミユキは仕事があるからとレッスンが終わると早々に帰っていた。

[きゃーっ!]
[うわあああぁ!!]


「なにっ!!?」
「っ!!?」

さっきまでの穏やかさを一瞬で塗り替えるような悲鳴が商店街の方から聞こえてきた。
あまりの突然さに言葉が出なかったが、経験則からすぐにラビリンスだと判断し、個々にリンクルンを構える。

「みんな!行くよ!!」
「「うん!!」」
「…ええ!!」

「ふはははっ!もっと泣け!叫べ!!」

「そこまでよラビリンス!!」
「むっ…早いなプリキュア、そしてイース!」
「私はもうイースじゃないって言ってるでしょっ!!」
「そうだよ!いい加減しつこいから!!」
「うるさいキュアピーチ!お前らが何と言おうが…ってうぉっ?!」
「ちっ!」
「人が話してる時に攻撃してくるのはやめろよキュアベリー!行け!ナケワメーケ!!」

ウエスターの掛け声にナケワメーケがプリキュアたちに襲い掛かる。
何度かの攻防を繰り返していると、いつもはその様子を見ているだけのウエスターが珍しくこちらに向かってきた。

「パッション!!そっちにウエスターが!」
「大丈夫よパイン!こっちは任せてナケワメーケを!!」
「わかった!!」

「うおおおおぉ!!!」
「くっ!」

ウエスターの弾丸のように重い拳を正面で腕をクロスして耐える。
今日のウエスターの拳の威力はいつも以上に体に鈍く残る。これはあっちの攻撃が強いのか私の方に問題があるのか…

「ふんっ!」
「ぐっ…はあっ!!」

何度も叩きつけてくる拳を掴み腋に横から蹴りを入れた。

「…なんだ…?今日はいつも以上に力が入ってないぞ!」

蹴りを空いている方の腕で難なく止めたウエスターに、今度はこちらが足を掴まれてしまった。

「は、はなせっ!!…は…はぁ…くっ…」

必死にもがいてもウエスターの腕はびくともしない。せめてもの抵抗として目の前の人物を睨みつけた。隙ができたらいつでも攻撃できるように集中する。

「なんかお前今日変じゃないか?」
「はあ?何を言い出すかと思えば、頭だけじゃなくて眼球までおかしくなったのか?」
「なんかいつもより言動がひどい気がするぞ…」
「うるさいウエスター
……というかなんでお前は私の足を掴んでるんだ…?……ん?あれ?…別に変じゃないか…ピーチがナケワメーケと戦って…ってウエスター!プリキュアの始末は私が一人でやると言っただろう!お前の助けなどいらな…い…え…?私何言って…」
「イース?!どうしたんだ突然?!!やっぱりこちらに戻ってくるのか!!」

プリキュアを始末だなんて突然に言いだすパッションに動揺したウエスターが掴んでいた足を離した。
離されても一瞬呆けていたパッションだったが、すぐに意識を持ち直して目の前のウエスターに渾身の一撃をお見舞いする。

「……はっ!てやあぁ!!」
「えええぇ!!騙したのかぁああ!」

攻撃の衝撃で飛ばされていくウエスターが何か言っていたような気がするがよく分からなかった。
後ろの方では三人が発する光がナケワメーケに注がれ浄化されていた。自分が加勢しなくても良さそうなのでその光景を見ていたが、光が眩しすぎて目が眩んだ。



「パッショーン!!大丈夫だった?」
「ええ。問題なかったわピーチ」
「よかった。あーあ。おやつの途中だったのに…」
「戻りましょうか。カオルちゃんの事だからそのままにしといてくれてるわよ」
「うん。わたし信じてるっ!」



ドーナツのために商店街から跳躍して公園の森の方へと入った。人がいないことを確認すると四人とも変身を解く。いつもの事だ。

「っ!!」

三人は疲れたねーなんて言いながら林の出口へと歩いて行く中、せつなは変身を解除した瞬間どっと体が重くなるのを感じた。背中に米俵でも乗っているのかとおもえるほどの重力を感じたかと思うと、今度は体が浮くみたいに軽くなって足どりがふらついた。考えが上手くまとまらない。

…あれ…なんで私こんな林にいるんだっけ…さっきまでナケワメーケを……どうしたんだっけ?だしたんだっけ?いや、倒して…前にいる三人は…えーと…ラブと、たしかプリキュアの黄色と青の…いやいや、美希と祈里だ…
なんで一緒にいるんだ…遊びにいく約束なんてしてたかなあ?…あ、リンクルン奪わなきゃ……あれ?私リンクルン持ってる…じゃあいいか…これ持っていけば…?って何言ってる誰にも渡しちゃだめだろ…
ああ、それにしても体が怠いな。定期的に錠剤飲んでたはずなのに…いや、もう飲んでなかったか…えーと体調の不具合がある場合はまずセンターに連絡を…
?…通信手段がない……じゃあ応急の場合はとにかく安静にして体を適応させて…
ああ、なんで私こんな恰好なんだ。これじゃ体に余計な負担がかかる…はやくもとに…もどって…


「あれ?どうしたのせつな?」

しばらく歩いた三人だったが、やけに足取りが遅いせつなのことが気になり振り返ると、十メートルほど離れたところで立ち止まっていた。

「せつな?」
「さっきからずっと下向いてるけどどうしたのよ?」
「もしかしてさっきの攻撃でどこか怪我しちゃったのせつなちゃん?」
「ええっ!!?大丈夫せつなっ!?」

心配になって傍に行こうとした三人だったが、動き出す前にせつながぽつりと呟いた。

「…大丈夫…連絡はとれなくても対処の仕方はわかってるし…」

連絡?対処?何を言っているのか分からずその場に立ち尽くしてしまった三人はせつなを見つめた。
視線の先にいるせつなはゆっくりと力なく両手を胸の前に持ってきて、握り拳をぐりぐりとこすり合わせ始めた。
「…すいっち…おーばー」
腕が外側へ開かれるとそれまでの赤いジャージが黒に、黒かった髪が銀に変わる。

「「「えぇっ??!」」」

「あ…少し楽になったかも…じゃあ後は…?どうしたのラブ?美希も祈里もそんなに驚いて…何かあった?」

「え?は?あ、あ、あの…せ、せつな…さん…ですよね?」
「どうしたのラブ?さんづけでよぶなんて…」
「せつな…よね?なんでイースの姿なんかになってるの…?」
「美希何言ってるのよ、私は元々イースなんだから元にもどっただけ…で…元々ってなんだ?私はラビリンスのイース…あれ?違ったっけ?…あ、リンクルン光らないわね?なんでかしら。まあいいか。えーと占い館ってどっちだっけ?」
「せつなちゃん?どうしたの…?」
「祈里、占い館ってどこにあるかしら?」
「せつな…祈里じゃなくてブッキーでしょ…?この前そういう呼び方に変えたじゃん…」
「あ…そういえばそうだった…」
「せつな、占い館に何しに行くのよ?」
「え…?何しにってリンクルンを持っていこうとおもって…え?なんで?私何言ってるんだろ…」
「やっぱりさっきウエスターに何かされたの?!!」
「え…いや、別にこれと言って何も…ウエスターはいつも通り馬鹿だけど…今回も効率悪いFUKO集めの仕方だったわね…私の方がもっと上手く…」

明らかにおかしな発言をしだしたせつなにたまらずに駆け寄ったラブと美希が肩を揺らして叫ぶ。

「せつな!!しっかりして!せつなっ!!」
「ラブ?…ぁ…らぶ、私あなたからもらったあのペンダントこわしちゃって…ごめんなさい…」
「せつなどうしたの?!その話は前に聞いたよ!何度も謝ってくれたじゃん!忘れたの?」
「私本当はイースだったの…メビウス様のためにリンクルンを奪おうと…」
「せつな!!しっかりしなさい!そのことはもうみんな知ってるわ!」


「待って二人とも!!せつなちゃん…なんだか目が…それに顔色も」

どこともいえない場所を見ている虚ろな目に異常を感じた祈里がせつなのおでこに手を当てる。

「!!すごい熱…たぶん熱が高すぎて記憶が混乱してるんだと思う…早く横にさせないと!」
「ほんとにブッキー?!早くせつなの部屋に!!」
「待ってラブ!このままの姿で連れていったらおばさんに…!」
「今日は仕事遅い日だからまだ家には帰ってないよ。服は部屋着に着替えればいいし…髪は…とにかく今はせつなを!」
「そうね」




「せつなの具合…どう?」

そっとドアを開けて部屋に入ってきた美希は看病していた二人に聞いた。

「うん…とりあえず冷えピタ貼ってポカリ飲ませて寝かせたけど…たまにうなされてるみたい」
「薬を飲むかお医者さんに見せればいいんだろうけど…」
「何か食べさせないことには薬も飲めないから一応おかゆは作ったけど、なんだかそれどころじゃなくて、医者には…明日もこんな調子だったら連れて行くことにするよ」
「そう…そういえばさっき熱測ってたみたいだけどどうだったの?」

すこし息の荒いせつなの様子を見ながら、美希は傍にいるラブと祈里に聞いた。ふたりとも何か言いにくそうに口ごもったことに少しだけ首を傾げる。

「それが…」
「39℃…」
「え…ちょっとそれやばくない…?今すぐ病院行った方がいいんじゃないの?」
「あたしもそう思って連れていこうとしたんだけどさ…」
「せつなちゃん、動かそうと思って体を起こそうとしたら暴れだしちゃって」
「私に触れるなっ!ってもう大騒ぎ。あのままじゃ逆に悪化しそうだから結局ベッドに寝かせておくしかなかったんだ」
「そう…なんか口調が所々イースっぽかったしラビリンスにいた頃のつもりでアタシ達の事警戒してるのかしら?」
「わかんない…けど……いつから、熱…あったのかな…今日だってみんなで普通にダンスしてたから気付かなかった…どうして言ってくれなかったんだろう…そんなに、せつなに信用されてないのかなあたし…」

せつなのベッドを背にラブは落ち込んだように膝を抱える。
そんなラブの頭をぺしっと軽く美希が叩いた。

「あんたが元気なくしてどうすんのよ。せつなは元々人に自分の事を話すのが苦手な子じゃない。心配かけないように黙ってたのかもしれないわよ?せつなに限ってラブを信用してないなんてありえないし」
「そう…かな?」
「そうよ。それに落ち込んでなんていられないわ。今はまず、やるべきことがあるでしょ?」
「美希ちゃんやるべきことって?」
「それは…せつながボケてイースになった事で脱色されたあの髪をどうするかよ!見なさい!完全にぐれちゃったみたいじゃない。おばさんとおじさんが見たら家族会議が始まりそうよ?」
「まあ、うん…」
「オコジョみたいでかわいいよ?」
「ブッキー今そんなボケはいらないから」
「美希ちゃんひどいっ!」

美希に言われて改めて三人は寝ているせつなを見た。この街でもなかなか見ない銀髪…

「これは…目立つね」
「やばいわ」
「どうしよう…?元に戻す方法とかないのかな?」

「んー、せつなが前にイースから戻った時は手をこう胸の前でぐりぐり~ってやってたよね」
「あれって本人の意識がなくても出来るのかしら?動作だけで解除できるなんてことない?」
「それだよ美希たん!やってみよう!!」
「腕くらいなら掴んでも大丈夫かな…?」
「協力してやるわよ。ブッキーは右手を、アタシは左手を持つわ」
「美希たんあたしは?あたしは何すればいい!?」
「ら、ラブは…そうね…じゃあ、せつなの声真似でもやって」
「うんわかった!!」
「あ、わかっちゃうんだ…」




「やるわよブッキー、ラブ」
「うん」
「よしきた!」

グーにしたせつなの手の甲を片手で包みこむように胸の前に持っていき、両手をぐっぐっと何度か捻じる。

「す、スイッチオーバー(低音)…」





何も起きなかった。



「よし。じゃあ誰がいけなかったのか反省会しましょう。ちなみにアタシは完璧にやったわ」
「えっ…わたしもちゃんと美希ちゃんに合わせたよ?!」
「はい、じゃあラブのせいってことで」
「ええっ!?あたしもちゃんとやったよ?!せつなの声に近かったと思うんだけど」
「ラブあれでせつなに似てるなんて言ったら後で本人に殴られるわよ」
「せつなはそんなことしないよー!!」
「まあ、冗談はこのくらいにして…」
「!どこからが冗談だったの美希たんっ?!あたしの声真似に対する評価は冗談?」
「今の所やっぱり本人の意思じゃなきゃ元には戻れないみたいね」
「無視!?」
「そうみたいだね…どうしようか…髪を染めるにしてもさすがにこの状態じゃ無理だし」
「ブッキーまで?!フォローすらなしとか…」
「髪を………っ!そうよそれよっ!!」
「え?なにが美希ちゃん?」
「ラブ!ほらそんな部屋の隅でいじけないで。今度はホントにラブの力が必要だから」
「ぐすっ……なに…?」
「おじさんがいつも試着してくれって持ってくるかつらの中にせつなと同じような髪型ってない?」
「っ!探してくる!!」





「どうかな?少し長いけどこれくらいならばれないんじゃないかな?」
「うん。結構いいじゃない。とりあえずこれでしのぎましょう。ばれそうになったらみんなでフォローよ」
「「うん」」

―――――――――

「ん…こほっ!…けほ…ぁれ…?」

せつなが目を覚ました時、あたりはまだ暗かった。視界に入った時計ではまだ深夜とよべる時間。ナケワメーケを倒したあたりから記憶があやふやだが、自分は倒れでもしたのだろうか…
とりあえず枕元の近くにあったペットボトルを掴もうと上半身を起こした。
すると足元には布団を敷いて寝ているラブがいて、そばには何故かイースの時の服が畳まれて置いてあった。
…なんで?
ぼーとしながらもそれをしばらく見つめていたが、結局よく分からないままペットボトルの中身を口に流し込んだ。喉がカラカラだったからおいしい。
…そういえば熱があったんだっけ…あ、上着にいつも入れてたタブレットあるかな…
傍のラブを起こさないように、畳まれていた黒い服をそっと探る。暗闇の中手さぐりしていたが、そのうちカツンと指先が何かに触れた。
…あ、あった。よかった。

リンクルンよりも一回り小さく薄いその容器を取り出して何度か振ると、ころっと一粒の白い錠剤が出てきた。容器をひっくり返し蓋をスライドさせ中から透明なシートも一枚抜き取る。板ガムの半分の大きさのそれを錠剤と一緒に口に入れ水で流した。
どちらもラビリンスで支給された薬で、錠剤はこれ一個で風邪や体調不良など大体の病気なら治ってしまう。そしてシートは栄養剤を凝縮した物。舌に乗せておくだけでも効果はあるが、飲み込んだ方が吸収は早い。

…これで、大丈夫…もしダメだったら起きてから本部に連絡しよう…ラブも、しんぱいしてくれてたのね…ありがとう…




「………」
「あ!起きたのせつな?具合どう?」
「ラブ…」

ラブの顔が視界一杯に映って思わず言葉を失った。

「みず…もらってもいい?…」
「あ、うん。ポカリもあるけどどうする?」
「…じゃあそれで」
「はい。ゆっくり飲んでね。あと体温計も」


「…ありがとうラブ」
「ううん。熱も…引いてるみたいだね。昨日は39℃もあったのに一晩で治るなんてすごいや」
「ラブが看病してくれたからね。ありがとう」
「えへへ、どういたしまして。今日は学校休みだし安静にしてた方がいいね」
「もう大丈夫だと思うけど…」
「だめだよ。今日は外出禁止。あたしも一緒にいるからおしゃべりしよう?」
「…わかった」
「あ、それと、せつな昨日突然スイッチオーバーしちゃったから大変だったんだよ?」
「…え…そうだったの?」
「うん。かつら探したりお母さんにばれないように服隠したり…あ、おかゆ取りに行くところだったの忘れてた。ちょっと待ってて今おかゆ持ってくるから。あたしが腕によりをかけて作ったからちゃんと食べてね。あと、とりあえずあたしがとりに行ってる間に元に戻っておいて?」
「わかったわ」



ラブが部屋から出ていった後ベッドからでると、頭にのっていたかつらをとって姿見に自分を映した。
「…」
少しの間そうして、畳まれていたイースの衣装を何も言わずに着込んでからもう一度鏡に映る自分を見る。
「やっぱりこっちの方がしっくりくるな…」


鏡に映る自分は無表情で、でも少し嬉しそうにしている事に自分の顔ながら癪に障る。そのうちパタパタと階段を上がる音がしたのに気付いて小さく「スイッチオーバー」と呟いてから、両手が塞がっているだろうラブのためにドアへと向かった。


…ラブが作ってくれたおかゆはおいしかった。
お見舞いに来てくれた美希と祈里に看病のお礼を言ったが、昨日どれだけ大変だったかを力説されて少しうんざりしたので、
「…というか話を聞いている限り、かつらなんてしなくても学校の催し物って言い訳とかブルン…だっけ…の力でどうにかならなかったの?」
と言ってみると全員目を逸らした。そこの考えは思いつかなかったらしい…揃ってばかだと思った。
夕飯になる頃にはいつも通りに回復していたため家族みんなで食事をする事に。

「おいしい…」
「ん?どうしたのせつなそんな驚いた顔して。まるでそのコロッケ初めて食べたみたいな反応だね」
「あら、この前と同じように作ったつもりだったんだけど、今日のはそんなに気にいったのせっちゃん?」
「えっ?!あ、あの、いつもおいしい料理ばかりですが、今日はその…」
「あ、そういえばせつな昼におかゆしか食べてなかったもんね。お腹ぺこぺこの時に食べるといつもよりおいしく感じるからなぁー」
「え、ええ。そうなの。ほんとうに、今日は一段とおいしいと思ったから」
「あら、ありがとうせっちゃん」

ニコニコと笑うあゆみとラブにぎこちない笑顔で応えながら、目の前に並ぶ食事を口の中に入れていく。なんだかソワソワして落ち着かなかった。自分のためにある料理も、反応すれば返ってくる応答も。すべて。



次の日は学校だったのでラブと一緒に登校した。授業を受けてお昼を食べて、放課後にカオルちゃんのドーナツを食べながら話をして、帰ってからも寝るまでラブと他愛もない雑談をした。

「じゃあもう寝ようか。せつなは一応病み上がりなんだから無理しないように夜更かしはだめだからね?」
「…わかってる。ラブは心配性なんだから」
「それじゃ電気消してくよ。おやすみせつな」
「…おやすみ、ラブ」

部屋の電気も消えてドアも閉まり、ラブが自分の部屋に帰ったのを確認すると、ベッドに腰掛けた。
なんだか一日中胸のあたりがもやもやした。気持ちがぐるぐるするし顔は意味もなくニヤけそうになるし分からないことだらけだった。




…それは、楽しかったって事じゃない?
「貴様か…」

頭の中に自分とは違う感情が響いてきた。

…最初、あなたが表に出た時はどうなることかってヒヤヒヤしたけど…結構楽しんでたみたいだから良かったわ。
「わ、私は別に楽しんでなんか…!」
…おいしかったでしょ?おばさまのコロッケ。私の時に伝わってくるのと自分自身で体験するのとはやっぱり違った?
「…それは、まあ…」
…みんなで一緒に食べるご飯も、ラブたちと学校に行くのも、結構いいものでしょ?
「…そうかも…しれないな…」
…そう。よかったわ、あなたもそう思ってくれて。昨日まではあなたの意識もこんなにはっきりとは出てこなかったからよく分からなかったけど、もうラビリンスに戻るつもりはないのよね?
「さあな…私にも解らん。だが、ここの奴らを見ていたら興ざめしてしまった」
…素直じゃないわね
「うるさい」
…まあせっかくこんな事になったんだし、これからはお互い上手くやっていきましょう。
「ふん、甘いな貴様。私を消しておかないと後々お前の体を乗っ取るかもしれないぞ?」
…あなたを消すなんて、出来ないわ。
「…なんだと?」
…一度は決別したけど、やっぱりあなたも私だった事に変わりはなかったし、FUKO集めはもうしないだろうって解ったから、ラブ達と同じように、あなたともやっていきたいわ。
「…甘いな。まるでラブみたいだ」
…それ褒め言葉ね。嬉しい。
「別に褒めてない」
…この体の主は私だからあなたはそう長い事表に出られないと思うけど、たまには入れ替わったりしましょう?あなたが掴もうとした幸せが、どんなものなのか確かめるためにも。
「…後悔しても、もう遅いからな」
…ええ。
「…そっちに戻る」
…わかったわ。あ…そうだ。ラブに、あなたの事言った方がいいかしら?
「秘密にしておけ。説明するのがめんどうだ」
…めんどうって…まあ、混乱を招くのもあれだし、今はそうする事にしましょうか。
「もういいだろ。じゃあな」
…えっ!?ちょ、「ちょっと急に引っ込まないでよっ!!」
…うるさい。寝ろ。
「はー…おやすみ、イース」
… ………
最終更新:2014年02月01日 00:15