赤い頬 (後)/makiray




(リセットされなくてよかった)
 自分を受けいれてくれた、あゆみよりずっとあたたかい心を持ったこの三人も消えてしまっていたかもしれないのだ。自分はなんて恐ろしい人間なんだろう、と思う。
「そうか、じゃ八割」
「んー」
「怒ると結構、怖いよ、このお姉さん」
「最近、宿題うつさせてくれないしなぁ」
「掃除、抜け出そうとすると追いかけてくるし」
「となると七割も多いかも」
「もうちょっと引くか」
 三人の声が通学路に響く。あゆみは無言のまま歩いた。
 気づいてくれない。わかってくれない。話しかけてくれない。そうやって人に要求ばかりしていた。誰かが何かをしてくれるのを待っていた。しかも、それを口に出すことをせず、理解しもらう努力をせずに、ただ不満をため続けていた。
 わかってもらうには、わかってもらえるようにしなければならない。いや、まず相手を理解しようとするのが先で、自分の要求を出すのは後のこと。
 そんな単純なことを知るためにあんな事件を起こしてしまった。二度とそんな過ちは犯さない。あのとき、金色の雪を見ながら、そう誓った。
「ね、あゆみちゃん」
「え?」
 しまった、と思った。彼女たちの話を聞いていなかった。
「どうしたの?」
「ひょっとしてあたしたちが体温奪ったから具合悪い?」
「大丈夫?」
 三人が覗き込む。その目に嘘はない。自分たちの話を聞いていなかったあゆみのことを心配してくれている。
「ありがとう」
「え、なにが」
「ありがとう」
 照れではなく、本心が出たことで、あゆみはまたうつむいた。
「お礼、言われちゃった」
「うーん、そういうケもあるのかな」
「困りましたねぇ」
 話が見えない。あゆみは目を丸くした。
「なんの話?」
「いや、坂上あゆみの成分」
「成分?」
「だから、優しさ三割、真面目四割、真面目が原因の怒り三割って結論が出たんだけど」
「え?」
「冷静に分析したら、それほど優しくもないんじゃないか、という」
「何、それ」
「いや、心があったかい人は手が冷たい、とかいう説もあるし」
「ってことは、手もほっぺもあったかいあゆみちゃんは、結構――」
「あ…」
「ほら、怒ってるー」
「もう知らない!」
 足音が聞こえそうな勢いで、あゆみは一人で歩きだした。頬は前よりも赤くなっている。三人が追いかけてくるが振り向きもしない。
「え、あゆみちゃーん」
「ごめんってば」
「ねぇ、分析やりなおすからさー」
 だがその三人は笑っている。あゆみも、眉を吊り上げてはいるが、その眉をいつおろせばいいだろうか、校門をくぐったあたりか、と考えていた。
 あの出来事で自分につけた傷が消えることはないだろう。
 だが、あゆみの優しさの何割かは、あの出来事がもたらしたものだ、というのも事実。本人がそれを理解するにはもう少し時間がかかりそうである。



(終)
最終更新:2014年02月10日 19:15