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愛を継ぐ者たち/一六◆6/pMjwqUTk




「へぇ、授業参観の日に調理実習かぁ。それなら参観してる人たちも、み~んなで一緒にお料理しちゃえばいいのにねっ!」
「それでは調理実習にも授業参観にもなりませんわ。」
 相変わらず生真面目な亜久里の言葉に、マナが、そうかなぁ・・・と首をひねる。
 六花はそのやり取りを苦笑いで見守り、ありすはニコニコとお茶のお代りの準備をしている。真琴は妖精たちと一緒に、アイちゃんの相手をするのに夢中だ。

 春の穏やかな日差しが射し込む、ソリティア二階のリビング。ジョナサンがトランプ共和国に帰郷する際、彼はここを、正式にマナたちの集会所としてプレゼントしてくれた。
 もっとも、今までだって本来のアンティークショップとして使われたことなどほとんどなかった場所だから、マナたちにとって、ここの様子は以前と少しも変わりがない。
 変わったのは、ここに全員揃って集まる頻度が、今までより多少は低くなったこと。そして、マナの隣りに陣取ってお茶うけのクッキーを頬張っている、金髪の少女が居ることくらいだ。

「それで、調理実習では何を作るんですの?亜久里ちゃん。」
「それがなんと、テーマはスウィーツなのです!何を作るのかはグループで話し合って決めたのですが、わたくしたちのグループは、ケーキを作ることになりました。」
 “スウィーツ”、“ケーキ”、という単語を口にすると、途端に年相応の無邪気さ全開になる亜久里の表情。それを見て嬉しそうに微笑むありすの向こう側から、マナが身を乗り出した。
「ああ、それでこの前、お父さんにケーキの作り方を習いに来てたんだ。」
「ええ、あのバースデーケーキは絶品でしたもの。それと、六花がもう一人の“その道のプロ”のレシピを見せてくれたので、そちらも参考にさせて頂こうかと。」
「その道のプロ?」
「うん。正確には、プロの卵だけどね。」
 澄ました顔で答える六花に、マナが、ああ、と納得したように頷く。マナ、六花、ありす、真琴の共通の友人である、音楽の街に住む少女のことに違いない。

「いいなぁ、学校でケーキなんて。あたしも食べたい!」
「レジーナにも作って差し上げますわ。」
「ホント!?」
「ええ。もちろん皆さんにも、おばあ様やお父様にも。」
 羨ましそうに口をとがらせたレジーナが、亜久里のひとことでパッと顔を輝かせる。その素直すぎる反応に、亜久里も小さく微笑んだ。

 かつてはその姿を目にしただけで、ざわざわと心が波立ち、その存在そのものを許せないと思っていた彼女。それが今では、性格のまるで違う姉妹のようにも、表に現れることのないもう一人の自分を見ているようにも思える。
 自分と彼女とを生み出す素となった、アン王女の想い。それは、自分たちが生まれながらに背負った重く悲しい宿命なのだと、全てを知ったとき、そう思った。
 でも、“想い”は人の未来を決めてしまう枷なんかじゃなかった。
 例えれば、“想い”は心にともる灯火。その灯火はひとつきりではなくて、人との出会いや経験によって、ひとつ、またひとつと増えていく。そんなたくさんの光が、心を照らし、周囲の人々を照らし、やがては未来への道を照らしてくれる・・・。
 それを教えてくれた仲間たちをそっと見回してから、亜久里はその中の一人の顔を、じっと見つめた。

「真琴。」
「なぁに?」
「あなたにひとつ、お願いがあるのですが・・・。」
 アイちゃんを膝の上に乗せてあやしていた真琴が、怪訝そうに顔を上げる。が、亜久里の次の言葉を聞いて、その表情は驚きと戸惑いが入り混じった、何とも複雑なものへと変わった。

「実はもう一か所、ケーキを作って届けたい場所があるのです。あなたが育った施設に暮らす子供たちに・・・。連れて行って頂けませんか?」
「・・・・・・。亜久里ちゃん。あなた、もしかして・・・」
 かすれた声でそう言ってから、次の言葉を探して口ごもる真琴に、亜久里は少し寂しげな笑みを浮かべると、ゆっくりと首を横に振った。
「わたくしは、アン王女の記憶の全てを受け継いでいるわけではありません。ですから、残念ながらその施設を訪れた記憶は持っていませんわ。
でも・・・感じるのです。アン王女が、どんなにその場所を愛していたか。そこに住む子供たちを、どんなに愛おしく思っていたか。
わたくしは、そんなアン王女の想いを受け継ぎたいのです。」

 賑やかだった室内が、しんと静まり返った。妖精たちも――アイちゃんまでもが一言も発せずに、亜久里の顔を真っ直ぐに見つめている。
 亜久里はその視線を静かに受け止め、嬉しそうな、そして少し照れ臭そうな顔で言葉を続けた。

「それに・・・アン王女ではなく、わたくしだからこそ分かることもあると思うのです。
笑顔で話しかけてもらえることや、頭を撫でたり手を繋いだりしてもらえることが、どんなに嬉しくて、心を温めてくれるものか。不安に押し潰されそうな時も、ただ見守ってもらえるだけで、どんなに大きな勇気が湧いてくるか。
アン王女のように受け入れてもらえるか分かりません。でも、わたくしはケーキと一緒に、そんな温もりを少しでも届けたい。真琴・・・手伝ってくれますか?」
「もっちろん!」
 ニコリと笑った真琴の頬を、すーっと一筋の涙が流れる。そのとき、どこからともなく、うう・・・という低い唸り声が響いてきた。

 マナが、俯いて肩と両腕をわなわなと震わせている。膝の上に乗せられているのは、固く握られた両手の拳だ。
「マナ?」
「マナちゃん?」
「どしたの?マナ!」
 六花、ありす、レジーナがその顔を覗き込んだ途端、マナはガバッと顔を上げると、右手を高々と突き上げて立ち上がった。

「だったら、みんなで行こう~!」
「みんなで・・・ですか?」
「そう。みんなでっ!」
 キョトンとする亜久里に、マナが鼻息も荒く迫る。
「みんなでケーキを作って、それを持って遊びに行くんだよ。子供たちだって、きっとお客さんが沢山来た方が嬉しいに決まってる!それに、あたしもまこぴーが育ったところ、見てみたいもん。」
「マナ・・・。」

「はいはい。そう言うと思ったわよ。」
「さすがマナちゃんですわ。」
 目を潤ませる亜久里とは対照的に、六花とありすが、いつものこと、と慌てず騒がずマナに賛同の意を示す。それを見て、真琴もいつもの調子を取り戻した。
「うん!わたしも、みんなが来てくれたらとっても嬉しい。案内するね。」

「しょーがないわね。それなら、あたしも行ってあげる。」
「レジーナ!」
 口の周りをクッキーの食べかすだらけにしながら、口調だけは頼もしいレジーナに、今度はマナが嬉しそうに目をキラキラさせる。

「シャルルもお手伝いするシャル!」
「僕も役に立ちたいケル!」
「楽しみでランス~。」
「人手は多い方がいいビィ。」
「アイ、アイ!」
 妖精たちも大乗り気で、テーブルの上をクルクルと飛び回る。

「よぉし、じゃあ次の日曜日に、みんなでうちに集合!ケーキを作ってから、トランプ共和国に出発!分かった?」
「了解!」
 期せずして全員の声が揃ったのに気付いて、みんなで顔を見合わせ、思わずプッと吹き出す。
 少女たちの賑やかな笑い声が、あたたかくリビングを包んだ。


   ☆


 トランプ共和国特有の白く美しい街並みが、青空によく映える。街の中ほどにある大きな建物の中庭からは、今日も子供たちの元気な声が響いていた。どうやら最近この国で流行り始めた、ソフトボールに興じているらしい。
 バットを構えていた男の子が、通りの方を見て、あっ、と驚きの声を上げた。その視線の先を辿って振り返った仲間たちが、揃ってポカンと口を開ける。
 中庭が面している建物に横付けされたのは、短い翼を付けたピンク色の巨大なリムジン。背の高い初老の男性がうやうやしく扉を開けると、中から十人ほどの人影がバラバラと降り立って、こちらに向かって真っ直ぐに歩いて来る。
 先頭は、大きなバスケットを提げた小学生くらいの女の子。そのすぐ後ろを歩く少女の顔を見て、子供たちが目を輝かせた。

「あ、キュアソード!」
「まこぴーだぁ!」
 年かさの少年と、幼い少女が同時に叫んで、彼女たち目がけて走り出す。それを見て、周りの子供たちも歓声を上げて二人に続いた。
 真琴が子供たちに笑いかけてから、緊張の面持ちの亜久里の肩にそっと手を置く。その温もりに励まされたように、亜久里は子供たちに向かって、ぺこりと頭を下げた。

「皆さん、こんにちは。真琴の・・・キュアソードの友達の、円亜久里です。皆さんとお友達になりたくて、今日は仲間たちみんなでケーキを作って持って来ました。
あの・・・まだケーキ作りは二度目なので、美味しく出来ているかどうか・・・」
 最後の方は少し自信なさげに声が小さくなったが、もうそんな台詞は子供たちの歓声に掻き消され、誰の耳にも入っていなかった。

「うわぁ、ケーキだって!」
「どこどこ?早く食べたいよぉ。」
 子供たちが亜久里を取り囲んで、我先にと声をかける。
「あなたが作ったの?凄いね!」
 子供たちの勢いにあっけにとられていた亜久里は、自分と同じ年くらいの少女にそう言われて、嬉しそうに頬を赤く染めた。

「はーい、みんな~!これからケーキを配るから、ここに並んで。も~キュンキュンするくらい美味しいから、みんなで仲良く食べようねっ!」
 マナが子供たちの前に進み出て、自慢の大声を張り上げる。それを聞いて、子供たちはワイワイと楽しそうに騒ぎながら、長い列を作った。

 ありすとセバスチャンが、人間の姿になった妖精たちと一緒に、テキパキとお茶の準備を始める。
 中庭に長テーブルが用意され、席に着いた子供たちは、色とりどりのケーキに目を輝かせ、ひと口食べて、一斉に笑顔になった。
 子供たちの真ん中では、レジーナが、美味しい!とひときわ大きな歓声を上げて、ケーキを口に運んでいる。

 六花はその様子を苦笑いで眺めながら、施設の先生に、小児科医の母と一緒に選んだ大量の歯磨きセットを手渡した。
 六花たちの世界からこの世界に伝わったものは、品物や遊びだけではない。最近では、この国でも虫歯に悩まされる人が出てきたと、この前ジョナサンが話していたのだ。

 そして真琴は、子供たちに囲まれながら、感慨深げにこの光景を眺めていた。
 青空の下、この懐かしい場所で、誰もが笑ってはしゃいで、楽しくあたたかな時間が流れていく――こんな幸せな日が訪れるなんて、少し前まで、誰が想像できただろう。

(これで王女様が居て下さったら・・・)

 ふいに湧き上がったその想いを、慌てて笑顔で吹き飛ばす。そのとき、さっき最初に駆け寄って来た小さな女の子が、遠慮がちに真琴の手に触れた。
「どうしたの?」
「あのね。わたし・・・まこぴーの、おうたがききたい。」
 不安に揺れながら、自分を見つめる無垢な瞳。それを優しく覗き込んで、真琴はニコリと笑った。
「もちろん、いいわよ。あなたも一緒に歌って。ううん、みんなで歌おう!」
 子供たちが、わっと三度目の歓声を上げた。



 真琴が、みんなからよく見える、中庭の奥の一段高い場所に立つ。いつもステージで歌うときと同じように、静かに目を閉じ、大きく深呼吸をしてから、そっと目を開けた。

(それぞれが自分に出来ることを精一杯やることで、みんなでひとつのことをやり遂げる――私はそれを、マナたちから教わりました。だから、私に出来ることで、その素晴らしさをみんなに伝えたい。王女様、見ていて下さい。)

 右手の人差し指が、柔らかくリズムを刻み始める。それを合図に、子供たちも真琴と一緒に元気に声を張り上げた。
 曲は『こころをこめて』。みんなの想いを込めて、みんなで作った曲だ。
 子供たちに交じって、レジーナが頬をリンゴのように紅くして、嬉しそうに歌っている。そのそばでは、亜久里も大きな口を開けて一心に歌っている。ありすも、妖精たちも、先生たちも、そしてセバスチャンも、誰もが歌声を響かせていた。
 ただ一人、マナだけは六花に口をふさがれて目を白黒させていたが、その光景も、何だか微笑ましい。

 やがて曲が転調し、クライマックスを迎える。
 そのとき真琴は、こちらに小さく手を振りながら優しく微笑むアン王女の姿を、青空の彼方に、確かに目にした。


~終~
最終更新:2014年02月13日 22:37