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微熱/makiray




 いつきがさつきの部屋の前を通りかかると、戸がわずかに開いていた。さつきは机に突っ伏して眠っているようだった。
「お兄様?」
 返事はない。
「失礼します。お兄様?」
 いつきは戸をあけて中に入った。さつきの背中がかすかに動いた。
「お兄様、うたたねなんかしたら体を冷やしますよ」
「なんか気持ちよくて」
 その言葉の通り、ぼんやりと気持ちよさそうな声でさつきが言った。体を起こしもしない。
「もう」
 いつきは勝手に箪笥を開けると上掛けを出し、さつきの体にかけた。そして額に手をやる。
「熱なんかないよ」
「うん。
 おやすみなさい」
 返事はない。やがて寝息が聞こえてきた。
(本当に熱を出すこともなくなった)
 静かな寝顔を見て思う。
 昔、「お兄様はどうして暖かいの?」と聞いたことがあった。
 子供ゆえ何かとじゃれあって肌がふれることがある。いつきにはさつきの体温が自分よりも高いように感じられた。それはさつきが体調不良で微熱を出していたからだ、と知るのはもう少し後のことである。そのころのいつきは、さつきの温かい体に触れることを心地よいと思っていた。
 だが、手術が成功し、さつきは健康な体を取り戻した。家の道場での修練にも少しずつ参加、祖父の鍛え方が巧みなのか、それとも血筋なのか、目を見張るほどの速さで上達し、今では、道場を継ぐ可能性もあったいつきとの組手も十分にこなす。もうあのころの様に、頻繁に熱を出したりすることもない。
(お兄様が元気になって、本当によかった)
 組み手で触れるさつきの肌は、熱く汗ばんでいる。それは喜ぶべきことなのだ。
 いつきは、あの微熱のぬくもりを感じることがなくなったのは少しさびしい、などと思ってはいけないんだろうな、と思いながら静かに部屋を出た。
最終更新:2014年02月28日 21:57