『PARADOX』/Mitchell&Carroll




緑が生い茂る――川はせせらぎ、
青い空には雲がゆっくと流れ、鳥が何羽か群れて飛んでいる。
緩やかにそよぐ風は、木の葉や小さな草花を優しく撫でて揺らす。
ここは、ラビリンス。
かつての機械の山は次第に減り、
暗くグレーがかった世界は、色鮮やかに変貌した。

「――ラブにも、ラブ達にも、見せてあげたいわ....この風景を」
一面のクローバーに彩られた小さな丘で、せつなはつぶやく。
かつて訪れた四つ葉町にも似たような場所があった。
あの大きな丘と比べれば小さいが、
それでも、町全体を眺めることが出来る。

せつなのプリキュアとしての使命は終わった。
アカルンの力を使えない今、ラブたちに会う方法は無い。
奇跡でも起きない限り――。

せつなは家に帰り、また、手紙を書き始めた。
送り先は決まっている....だが、届かない。
届けるすべが無い。
相手に届かない手紙を、時々こうして書いている。
引き出しには、その手紙がもう、溢れている。

「いつまで私はこんなことを....」
手紙のいくつかには染みが付いている。インクが滲んでいる個所もある。
それでも、文字にすることで気が晴れる....こともあれば、
かえって辛い気持ちになってしまうこともある。

その日もせつなは手紙を書いた。
四つ葉町のあの丘で、ラブと待ち合わせる約束の手紙。

手紙を書き終えた頃、空は夕焼けだった。
偉大な太陽が沈んでいく....暖かさとは、しばしのお別れ。
ここのところ、寒さは感じなかった。仲間にだって恵まれている。
だが、別の寒さが、寂しさが、時折彼女を襲った。
どんなに着込んだところで、紛らわせられなかった。
原因は彼女にはわかっている。そしてその解決方法も。
だが、やはりそれは叶わないのだ。


――少し窓が震えている。
「地震....?」
せつなは窓を見る――その窓から見える光景は....
空に巨大な黒い渦が現れ、間も無く突風が窓を叩き突ける。
粉々に割れたガラスは部屋中に散らばる。

「イースっ!!大丈夫かっ!?」
「ウェスター!ノックぐらいしなさいよ!」
同じ館に住んでいるウェスターがせつなを心配して
ダンベルを片手にやってきた。
「何だあの黒い渦は....!?」
「ええ、凄く嫌な感じがする....」

赤黒い光――
それが一直線にウェスターを貫く。
窓の外からの攻撃。
「グッハァ!!」
「ウェスター!!」
急いでせつなはウェスターの看護に当ろうとした――が、
ウェスターの全身を包んだ不気味な光はせつなを跳ね返した。

「キャッ!?....何、これ....」
「イース....外....窓....」
振り向いたせつなの目に映るもの――
赤い髪の少女....と、その後ろに、青い髪の少女。
氷のような目。

「お前を倒しに来た、イース」
「誰だっお前達は!」
「冥土の土産に教えてやる。私の名は....霧生薫」
「....霧生満だ」
「なぜわたし達を狙う!?」
「それが命令だからだ。わたし達は命令に従うのみ」

氷のような目....氷のような声....ただ命令に従うのみ....
せつなはかつての自分を見ているようだった。
恐怖――自分が他の者達に与えていたものはこういうものだったのか、と、
一度決着を着けたはずの心の傷がまた膿みはじめた。

「消えろ、イース」
再び赤い閃光――それをせつなは持ち前の瞬発力で躱した。
すぐさま反撃の右の拳を撃ちつけるも、満に易々と受け止められてしまった。
「何だそれは?変身しろ、イース。その姿のままでわたし達を倒そうというのか?」
「なめられたものね....もういいわ。満、さっさとこいつを倒して、次の目的地へ
向かいましょう。――四つ葉町へ」
「何ですって....!?今、何と言ったの!?」
「四つ葉町だ。お前には関係あるまい」
「関係あるわよ!!なぜ四つ葉町を狙うの!?」
「わたし達は命令に従うのみだ。何度も言わせるな」

自分には今プリキュアに変身する能力は無い。
だが闘うすべが一つだけあった。
あの姿には変身したくない。
だが変身しなくては、守れない。
大事なものを守るために――

「スイッチ・オーバー!!」

「....ほう、余裕だな。その笑みは何だ?」
薫の御指摘どおり――せつなは自分でも驚いていた。
強烈な懐かしさが全身を覆い包む。
無機質な感覚、かつての自分。
「....こんなところ、ラブに見せられないわね」
不敵に笑うと、光の速度で満に掌底を喰らわす。
「グッ....!!」
「....速い!」
プリキュアとしての鍛錬で培ったものが、今もこうして活きている。
「ふふふ、まだこんなものではないぞ!(口調まで....)」
せつなの――いや、イースの乱打が薫に降り注ぐ。
防ぎきれなくなった薫が闇雲に出したパンチは、
虚しく空を切り、イースのカウンターを浴びる。
止めを刺そうとするイースの動きが....止まった。
そして全身から噴出す嫌な汗。
ひとつ大きく鼓動が鳴る。
「場所を変えましょう。ここじゃ狭過ぎるわ」
薫の冷たい声。
本気にさせてしまった――それは後悔ではなかった。
不思議と高揚するイース、姿こそ難あれど、
大切なものを守るために闘う自分自身の姿に....
「酔っているというのか....?」
自問自答するイースに、満からの提案。
「あの丘へ移動しよう。あそこは広いから、思う存分闘える」


生まれ変わったラビリンスが見渡せる丘。
もし自分が負けてしまったら、ここはもう――
「感傷に浸っている暇はないぞ」
打ち込まれる満の拳、受け止めると――
背中が熱い。薫の手から放たれた閃光がイースの背に直撃する。
満と薫の打撃と閃光が、容赦なく、絶え間なくイースを襲う。
あっという間だった。

「他愛ない。私達二人に掛かればこんなものね」
「さっさとこの町を潰して、断末魔の悲鳴を四つ葉町への手土産に
してあげましょう」
「....させ....ない」
「ほう、まだ動けるのか。闘えるのか?そんなボロボロの体で」
上半身を起こすのが精一杯だった。
守ろうとする意志、せめてそれだけでも――
「情けない格好だな。今、楽にしてやる」
満の手から放たれた赤黒い閃光は、真っ直ぐにイースへと向かう。


「終わっ....た」


「まだ終わってないよ、せつな!!
「....!?嘘....でしょ!?」
目の前で、閃光からイースを守っているのは、
自分と同じような格好に身を包んだ――
「ラブ!?」

「たぁぁぁーーーーっ!!」
閃光を満と薫の方へ跳ね返す。二人はそれを同じ技で相殺する。
「せつな、大丈夫!?」
「ラブ、どうしてここに....それにその格好....」
だが一番の不思議は――自分の体に力が漲ってきたこと。
「....話は後で訊くわ!今はこいつらを倒すことが先決よ!行くわよ、ラブ!!」
「OK!せつな!!」

満と薫の前に、イースとラブが立ちはだかる。
一発一発が――重い、そして強い。
壊そうとするものを、守ろうとするものが上回る。
「何なんだこいつらは....!?」
「どこからこんな力が....何か....巨大なものに覆われるようだ....」
「許さない!!....せつなをこんなにして、それに、
あなた達を闘わせてる奴も許さない!!」
「わたし達は命令に従うのみだ!お前に首を突っ込まれる筋合いは無い!!」
「あなた達の拳からは....苦しみしか伝わってこない!!」


「....引き上げるわよ、薫」
「....そうね、満」
突風が吹き荒れると、二人は消えた。


「....ラブ、改めて訊くけど、どうやってここに?それにその格好は....」
「うん、お昼寝してたらね、夢を見たの。せつなが、二人組に襲われてる夢を....
それでね、助けたいって思ったの。そしたら....気付いたらここに」
「何それ、奇跡ね。....!まさか....」


「よ~さん食べるなぁ、シフォン。なんや一仕事終えたみたいな
せいせいした顔して....」
「(プハー)らぁぶ、せつな、いっしょ!」
「ドーナツもジュースも空やんけ~兄弟!ドーナツ追加!あとジュースも!」
「あいよ!この試作品のドーナツ食べてみてよ。味は保証しないけどね、グハッ!」
「な、何やねん、この色....」


「....で、その格好は?」
「へへ~、せつなとお揃い~....」
「ちょっとラブ、大丈夫!?」

せつなには慣れ親しんだ格好だが、ラブにとってはかなり
負担がかかるものだったようで、
無機質なエネルギーはラブの体力を奪っていた。
せつなにもたれ掛かるラブ。
冷たい衣装の奥からでも、伝わり合うぬくもり。

「....少し、横になってもいい?せつな」
「ええ....」

三日月の下、丘の上――
ラブはイースの膝を枕に、少しの間、目を瞑った。



END
最終更新:2014年03月03日 21:51