「色あせない思い」/アクアマリン




「ところでマナと六花に1つ聞きたいのですが」
「なあに?亜久里ちゃん」

 プロトジコチューとの戦いを終えた夕暮れの帰り道で亜久里はふと気づいた疑問を口にした。

「どうして私達がトランプ王国に行ったとわかったのですか?」
「ああ、それはエルちゃんのおかげだよ」
「エルちゃん?」
「ほら、亜久里ちゃんエルちゃんのお家に絵を届けに言ったでしょ。エルちゃんその時に様子がおかしいって気づいてあたしたちの所に来たの」
「それで何かあるなって思って私達もトランプ王国に行ったという訳」

「そうだったのですか…」
 そんな風に思われていたとは全く気付かなかった。あの時もできるだけ自然な素振りで接したつもりだったのに。
 結果的に助かったとは言え彼女に迷惑をかけてしまったことには変わりない。今度会ったら全て話そうと亜久里は思った。

 それから無言のまま3人は歩いていたが、しばらくしてから亜久里が再び口を開いた。
「マナ。私、おばあ様に全て打ち明けようと思います。私が生まれた理由も、今までの戦いのことも、トランプ王国のことも」

 ただ、そう言って亜久里は力のない声で続けた。
「私、これまでのことを上手く説明する自信がありません。私自身ですらまだわからないことがあるというのに」
「大丈夫だって」
 亜久里を元気づけるようにマナが亜久里の肩に手を当てて即答する。
「茉莉さんならきっとわかってくれるよ」
「そうね。もし上手く説明できなかったら明日にでも私達が行って補足説明すればいい訳だし」
 六花も続けて言った。

「あーあ、あたしも帰ったらパパたちにプリキュアのこととかレジーナのこととか話さないといけないから大変だなー」
「大変って、元々マナがあんなこと言っちゃったからでしょ」
「そういえばそうだったね」
「そうだったねって…」

 そんなことを話しながら笑い合っているマナと六花を見ているとなんだかこんなことで悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えてきて少しは気分が楽になったように亜久里は思えた。

 そんなことを考えているといつの間にか亜久里の家に到着していた。
「マナ、六花。わざわざ送っていただきありがとうございます」
「うん。じゃあ、また明日ね」
「今日は色々あったからゆっくり休んだほうがいいわ」
 そう言ってマナと六花は手を振りながら亜久里と別れ、家族の待つ家へと帰っていった。



 亜久里はしばらくの間2人のほうを見ていたが、やがて意を決したように家のほうを向くと一度深呼吸をしてから家の扉を開けた。

「おばあ様、ただいま帰りました」
 そう言って家に入るとどこか不思議な感じがした。昨日の夜にこの家を出てから1日も経っていないはずなのにまるで何年間かぶりに帰ってきたように感じる。それだけ激しい戦いを繰り広げ、その戦いを通して自分の考えが大きく変わったということなのだろう。

「亜久里、おかえりなさい」
 声がしたほうを見ると割烹着姿の茉莉が台所のほうから姿を現した。

「亜久里、怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
 そう言って笑顔で応えると茉莉もホッとしたような顔になった。

「今、晩ごはんを作っていたところです。後10分もすればできるわ」
 そうして茉莉が台所に戻ろうとすると

「おばあさま、その前に話しておきたいことがあるのですが」
 亜久里は静かに言った。

「わかりました。今、お茶を用意するのでちょっと待ってて下さい」
 茉莉はまるで最初からわかっていたかのようにいつも通りの落ち着いた口調でそう言った。
「はいっ」
 そう言って亜久里は2人分の食器が用意されている食卓の椅子に座った。

「さあ、亜久里。話とは何ですか」
そう言って茉莉は湯のみを亜久里のほうに置いた。
「はい。まず、昨日私が知ったことなのですが…」
 そして亜久里は昨日エターナルゴールデンクラウンによって知った事実から初めて、レジーナのこと、トランプ王国での戦いのこと、そしてその戦いの結末に至るまでの全てのことを話した。

 全ての話を聞いた茉莉はしばらく言葉もなく亜久里を見つめていたが、やがて嬉しそうに言った。
「良かったわね、お父様に会えて」
「えっ」
 まさか、真っ先にそのことを言ってくるとは思わなかったので一瞬驚いてしまった。そう言われて改めてあのことを思い出す。

 キングジコチューは倒す敵ではなく、愛すべき父親である。
 そのことはエターナルゴールデンクラウンが教えてくれた事実だけではわからなかった。そのことに気づいたのはマナたちがレジーナに、そしてキングジコチューに揺るぎない愛の力を示してくれたからだ。

「はいっ」
 自分の父親に会えたこと、そしてそのことを自分の祖母に喜んでもらえた嬉しさを表すように亜久里は元気よく応えた。

「おばあ様。私、正直言って分からないことばかりです。アン王女の愛を受け継いだ者として私は何をすべきか、アン王女が自分のプシュケーを割ってまで確かめようとした問題の答えも」

 ただ、そう言って亜久里は続ける。
「私に与えられた使命は私を縛るものではなく、私をより成長させ羽ばたかせるものである、今はそういう風に感じています」
 そして、問題の答えも戦い以外の方法で見つけ出すことができるはず。今はそんな風に考えていた。

「亜久里…」
 そう言って茉莉は亜久里の頬に手を当てる。
「大きくなりましたね」
「おばあ様…」
 たったそれだけの言葉だけれど、そこには言葉では言い表せないような強い思いが込められているように亜久里には感じられた。

「おばあ様」
 そう言って亜久里は茉莉の手に自分の手を重ね合わせ、真っ直ぐ目線を合わせて言った。
「私、昨日は本当に色々なことがあったと思います。それでも、私がおばあ様の孫であるということは変わりません」

「亜久里…」
 茉莉は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに
「私も同じですわ」
 笑顔で応えた。

「さあ、夕飯の支度の続きをしないと」
「私もお手伝いいたしますわ」
 そう言って2人は足取りも軽やかに台所へと向かって行った。
最終更新:2014年03月05日 23:15