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迫り来るもの/一六◆6/pMjwqUTk




「近付いて来るポポ」
「えっ?」
 パジャマに着替え、髪もほどいてベッドに入ろうとしていたひかりは、ポルンの囁くような声に、驚いて目を見張った。

 小さな部屋にはベッドが二つ置かれていて、その片方では、ひかるがあどけない顔をして、穏やかな寝息をたてている。
 かつてはジャアクキングの命であった幼い少年は、今はひかりの弟として、アカネの家で一緒に暮らしているのだ。

「何が近付いて来るの? ポルン」
 ひかりはベッドの上に座り直すと、ポルンの顔を見つめて、優しく問いかけた。
 ポルンは、自分の定位置であるひかりの勉強机の上で、タッチコミューンの形のまま、顔だけをひかりの方に向けている。

「ちっちゃくて、黒くて、たくさんポポ。空から降りてくるポポ」
「空から……」
 ひかりが眉を曇らせる。
 ポルンには時々、こんな風に未来の断片が見えることがあった。しかし、幼いポルンはそれを上手く人に伝えることが出来ず、大抵の場合は、その時になってみないと何のことだったのかは分からない。
 ひかりは少し考えて、もう一度ポルンに問いかけた。
「それは、怖いもの?」
「怖くないポポ。少し不思議な感じがするポポ」
「そう」
 それならば、邪悪なものではないのだろうか。

 この世界――虹の園を食い尽そうとしたジャアクキングと決死の戦いを繰り広げたのは、ほんの数日前のこと。二人のプリキュアと、クイーンとひとつになったシャイニールミナスが渾身の力を合わせた攻撃の前に、ジャアクキングは消え去った。
 だが、闇の力そのものが無くなってしまったわけではない。光と闇は絶妙なバランスを保ちながら、常に表裏一体で存在するものなのだから。

 真剣な顔で考え込むひかりに、再び遠慮深げな小さな声がかけられる。
「……ひかり」
「なぁに? ポルン」
「ひかり……怖いポポ?」
「怖いルル?」
 ポルンの隣りで、ミラクルコミューンの蓋がパカッと開き、ルルンも心配そうに顔を出す。
 ひかりは、つぶらな四つの瞳に静かに微笑みかけてから、二つのコミューンを手に取り、そっと抱きしめた。
「大丈夫よ。何かあったら、ポルンとルルンは私が必ず守るからね」

「ルルンも、ひかりを守るルル」
「ポルンも頑張るポポ!」
 単純で、でもそれだけに強い気持ちの込められた、あどけない声たち。それを快く感じながら、ひかりはコミューンを抱く手にそっと力を込めた。



   迫り来るもの



「それでね、それでね、それでねー。駅前の名画座で、明日から一週間、昔の名作映画の上映会をやるんだって~! 絶対絶対ぜーったい、全部観に行くんだ」
 志穂が“TAKO CAFE”のテーブルの上に身を乗り出して、キラキラと目を輝かせる。
「あたしは明日から、家族で関西の親戚の家に行くの。こっちはこんな寒い日が続いてるけど、向こうはもう桜が咲き始めているらしいよ」
 莉奈はそう言って、少し懐かしそうな顔で遠くの山に目をやった。あの山では、莉奈が少しの間面倒を見た子狸が、母狸と一緒に元気で暮らしているはずだ。

「ふぅん。二人とも、充実した春休みってわけだ。じゃあ、今度会うのは入学式かな」
 なぎさは、最後のたこ焼きをポイと口に放り込むと、もごもごとくぐもった声で言った。
「そうだね。なぎさだって、色々予定あるんでしょ? 毎年、『春休みって短すぎてありえなーい!』って文句言ってるもんね~」
「そうそうそう。春休みは宿題が無いから一番好きな休みなのに~って、言ってる言ってる言ってる~!」
「ハハハ~、そうだっけか。あーあ、泣いても笑っても、来月からは高校生になっちゃうんだなぁ。まさに、歳月人をまたぐ、か」
「待たず、でしょ!!」
 いつものように諺を間違えたなぎさに、いつものように間髪入れずにツッコむ二人。なぎさは苦笑いで紙コップのウーロン茶を飲み干してから、どんよりとした空を見上げた。

 涙と笑いで大騒ぎだった卒業式から、五日が過ぎた。在校生のひかりたちも、もう休みに入っている。
 確かに宿題の無い春休みは、なぎさにとって一番気楽で、それだけに、毎年ありえないほどあっという間に過ぎてしまう。が、今年の休みはいつもと勝手が違って、何だか気分が落ち着かなかった。

 もう中学生ではなく、まだ高校生でもないという、この中途半端な立場のせいなのか。それとも、四月から始まる新しい生活への、期待と不安のせいなのか――なぎさ自身にも、よく分からない。
 そう、同級生たちがほとんどそのまま同じ学院の高等部に進学すると言っても、その高等部が通い慣れた中等部の校舎の隣りに建っていると言っても、やはりこれから新しい生活が始まるのに変わりはない。
 例えば、なぎさは高校でもラクロスを続けるつもりだが、志穂と莉奈はどうするのか、なぎさはまだ、それを二人に確かめてはいなかった。
 莉奈はともかく、志穂はラクロス部には入らないかもしれないな、となぎさは思っている。
 ベローネ学院の高等部にあって中等部には無いクラブのひとつに、映画研究会がある。文化祭で自主制作の映画を上映したりするのだが、これが毎年なかなかの評判で、プロの映画監督も観に来ることがあるとの噂だ。将来は映画監督を目指している志穂が、このタイミングで本格的に夢に向かって動き始める可能性は、大いにあるだろう。

(それでも――志穂も莉奈も、ずーっとあたしの友達だもんね)

 毎日一緒にボールを追いかけて、いつも一緒に喜んだり落ち込んだり、同じ話題で盛り上がったり。それはとても楽しくて、かけがえのない時間だ。でも、たとえそんな時間が少なくても、友達ってもっと深いところで、お互いに惹かれ合ったり感じ合ったり、信じ合ったりすることが出来る。
 今までと違って、いつも同じ道を歩いているわけではなくなっても、そのことに心乱されることなく――いや、そりゃあ寂しくないと言えば嘘になるけど――変わらぬ友情を信じられる。お互いを見守って、頑張れって応援したり応援されたりして、これからもお互いの力になれると、胸を張って言える。

 こんな風に思えるようになったのは、もしかしたら、普通の中学生とは違う怒涛の二年間を過ごしたお蔭なのかもしれない。
 性格も考え方も、趣味も家庭環境も何もかも違うほのかと、必死で手を取り合い、この世界と大切な人たちを何とか守り通した二年間の。気が付けば、最初は住む世界が違うとすら思っていたほのかと、お互いに一番心の近くにいる、かけがえのない親友になったのだから。
 とにかく、志穂がラクロス部に入らないかも、と思っても、そうなったらどうしよう、という気持ちより、今は、志穂の夢を応援したいって気持ちの方が強かった。

(そう、“今は”ね。その時になってみたら、どう思うかわかんないけど……。あ、それに、ひょっとしたら莉奈は落ち込むかな。そしたら、あたしが励まさなきゃね)

 なぎさがそんなことを思っていると、莉奈が、ご馳走様、と言って立ち上がった。
「じゃあ、あたしもう行くね。明日の準備もあるし」
「待って待って待って、わたしも帰る。今日はじっくり上映会の予習しなきゃあ。なぎさは?」
「あたしは、ここでほのかと待ち合わせだから」
 なぎさはそう言って、去っていく二人に、じゃあまた、と手を振る。
 すると、二人が帰るのを待っていたかのように、ひかりが姿を現した。


   ☆


「えっ、ポルンが?」
 目を見開くなぎさに、ひかりが申し訳なさそうな顔で、コクリと頷く。
 なぎさと、アカネのはからいで“TAKO CAFE”のお手伝いを半日で切り上げたひかりは、いつものように公園の一角にあるベンチに移動していた。ベンチの後ろに広がる雑木林では、メップルとポルンとルルン、それにひかるが追いかけっこをしていて、さっきからひかるの楽しそうな笑い声が響いている。
 もうすぐここにほのかもやって来て、みんなでプラネタリウムに行く予定なのだ。

「近付いて来るって、何がだろう。ちっちゃくて、黒くて、たくさんって……ま、ま、まさか、虫!?」
「さぁ……私にも、よく分かりません」
 自分の想像に思わず慌てふためくなぎさに、ひかりはいつもと変わらず生真面目に答える。それを見て、なぎさは気を取り直したように、明るい声を出した。

「でもさぁ、ポルンの予知って、何も怖い出来事に関することだけじゃないよ? あたしなんて、お弁当の中身とか、晩御飯のおかずなに~? とか、そんなことポルンに訊いたこともあるもん」
「そうなんですか?」
 呆れるというより純粋に驚いた様子で、ひかりがなぎさの顔を見つめる。おそらく、そんなことにポルンの力を使うなんて、ひかりには思いもよらないことだったのだろう。
「うん。でもさ、お弁当も晩御飯も、出てきた時の楽しみ、ってヤツがあるじゃない? だから結局、一回訊いてみただけで、その後は訊いたことないんだ」

 なぎさの、さも重大事だと言わんばかりの解説に、ポカンとして話を聞いていたひかりが、思わず吹き出す。そのままお腹を抱えて笑い転げる姿に、なぎさは口を尖らせた。
「なぁに~? ひかり。そんなに笑うことないじゃん」
「すみません、でも……なぎささんって、やっぱり凄いですね」
「凄い? 何がよ」
 相変わらず口を尖らせたままで首を傾げるなぎさに、ひかりがクスリと笑う。
「私も、今度ポルンに訊いてみようかな、晩御飯のおかず……」
「いやいや、だから、ひかりはそんなこと真似しなくていいんだって!」
 慌てて顔の前で両手を振るなぎさに、もう一度笑顔を向けてから、ひかりは真剣な表情に戻って、なぎさを見つめた。

「なぎささん。ひとつ、訊いてもいいですか?」
「なぁに?」
「もし、また闇の人たちがやって来たとしたら……私たち、やっぱり戦うしかないんでしょうか」
「……どういうこと?」
 なぎさの問いかけに、ひかりはハッとしたように、ごめんなさい、と呟いて口をつぐんだ。
 戦いが終わって、やっと平穏な日々が戻って来たばかりだというのに、他でもない自分がこんなことを言うなんて……。だが、なぎさがじっと心配そうに自分を見つめているのに気付いて、ひかりは地面に視線を落としたまま、静かに言葉を繋いだ。

「前に一度、ひかるが言っていたことがあるんです。ドツグゾーンのあの人たちのこと、いつもそばに居てくれる、優しい人たちだ、って。ひかるがジャアクキングの命だったから、それであの人たちがひかるを守っていたんだって言われれば、それまでなんですけど……。でも、ひかるが優しいって感じるくらい、そばに居てくれて嬉しいって思うくらい、ひかるを大切にしてくれていたんだな、って思って……」
「うん」
 なぎさの短い言葉が、そっとひかりの背中を押す。
「闇の人たちが、また虹の園を襲うようなことがあったら、私は何度でも、この世界を守るために全力を尽くしたい。でも……いつか闇の人たちと分かり合うのは、やっぱり……無理なんでしょうか」

 途中から、ひかりの声が次第に小さくなる。最後は消え入りそうになったとき、その細い肩が、ポンと叩かれた。
 なぎさが、ひかりの肩に右手を置いて、ひかりの方は見ず、その顔を空に向けている。
「この話、ひかりにはまだ話したことがなかったと思うけど……。実はね、ドツクゾーンから来て、あたしたちと友達になった人がいるんだ」
「えっ!?」
 驚くひかりに小さく笑いかけてから、なぎさはそっと公園の入り口の方を窺う。そして、ほのかがまだ来ていないことを確認してから、その目を再び空へと向けた。
「キリヤ君って言ってね。あたしたちの一年下の男子部に、編入してきたの」

 なぎさはひかりに、キリヤ少年と過ごした短い日々を話して聞かせる。
 サッカー部で楽しそうにボールを蹴っていたこと。一緒に農家のお手伝いをしたこと。
 正体を明かし、一度はプリキュアと戦おうとしたけれど、最後はプリズムストーンを託して、去って行ってしまったこと。
 そして、ドツクゾーンでの戦いのさなかに再び現れ、二人を助けてくれたことを。

「キリヤ君とは、それっきり会ってないんだ。でも、いつかきっとまた会えるって、あたしもほのかも、そう信じてるの」

 ちょうど雲が切れて、三月にしては弱々しい太陽が姿を現した。なぎさはひかりの肩から手を離すと、陽射しを遮るように――いや、まるで陽射しを受け止めるように手を翳して、言葉を続ける。
「あたしも、ひかりと同じ。またこの世界や、大切な友達が襲われるようなことがあったら、絶対許さない。全力で戦って、守って見せる。でもそのことと、あの人たちと友達になれないのかって話は、ちょっと違う気がするんだよね」
 なぎさはそう言って、フッと口元を綻ばせると、ひかると妖精たちが遊んでいる方をちらりと見やった。

「光と闇はいつも隣同士だって、光の園の長老が言ってたよね。ってことは、必ずどっちも、いつも存在してるってことじゃない? だったら、みんなってわけにはいかなくても、友達になれる人はきっといるよ。そうして友達になったら、ずっと一緒に居られるように、ずっと友達で居られるように、希望を捨てずに頑張ればいいと思うんだ。そうすれば、いつか必ずそういう未来がやって来る。あたしたちが、今一緒に居られるみたいにさ」

 力強くそう言い切ってから、なぎさは突然、ワシャワシャと頭を掻く。
「なぁんて、ちょっとカッコイイこと言い過ぎ? まぁたメップルに何か言われそうだよね」
「いいえ。なぎささんの言う通りだと思います」
 ひかりの方は、さっきとは打って変わった晴れ晴れとした表情で、なぎさの顔を見つめてニコリと笑った。

 そう、一時はこの世界から消えることを決意した自分だって、こうしてまたここに帰って来られた。ひかるだって、もうダメかと思ったけど、無事に助け出すことが出来た。

(どんなときも、希望だけは忘れないで。未来は、私たちの手で作るものだから)

 この一年でいろんな人から教わった――身をもって教わったその言葉を、もう一度胸に抱きしめる。そのとき、公園の入り口の方から、なぎさとひかりを呼ぶ声がした。
 ほのかが、笑顔で手を振りながら、こちらに向かって走って来る。それを見て、なぎさは不意にひかりの耳元に顔を寄せると、声をひそめて言った。
「ひかり。キリヤ君の話は、ほのかにはしないでね。ほのかは、あたしなんかよりずっとショック受けてたから、なるべくそれには触れないであげてほしいんだ」
「わかりました」
 ひかりは静かに頷くと、ベンチから立ち上がって、雑木林の方へひかるたちを呼びに行った。


   ☆


 プラネタリウムの上映が終わって外に出てみると、何とチラチラと雪が降り始めていた。
「うわぁ、寒いと思ったよ。全く、三月もそろそろ終わりだって言うのに」
 げんなりした顔でコートの襟を合わせるなぎさの隣から、ひかるが歓声を上げて駆け出した。
「あっ、ひかる! 一人で行っちゃダメだってば!」
 なぎさが慌てて後を追う。
「ひかるったら……」
「大丈夫よ、ひかりさん。ひかる君には、なぎさが付いてるから」
 一緒に追いかけようとしたひかりを、ほのかが穏やかな口調と笑顔で止めた。

 そのまま並んで歩きながら、先を行く二人の背中を見つめる。
 なぎさは、目の前の横断歩道の手前でひかるに追いついた。雪が珍しいのだろう、顔を上向けたままで歩いているひかるの手をなぎさが引いて、二人仲良く手を繋いで歩いている。
 その姿を眺めながら、ほのかがポツリと言った。

「この前ここへ来たのは、一年半くらい前。二年生の夏休みに入る、少し前だったわ」
「そうですか」
「忠太郎が、迷子の子犬をうちに連れて来てね。飼い主を探そうって、なぎさと忠太郎と一緒に手掛かりを辿っていたら、ここに行きついて……。無事に飼い主の元へ帰してあげられたときは、嬉しかった」
「へえ。飼い主の人も、きっと喜んだでしょうね」
 笑顔でそう相槌を打ったひかりだったが、それに答える囁くようなほのかの声を聞いて、あっと息を呑んだ。

「ええ。でも何より、私が嬉しかったの。その直前に、友達とお別れをしたばかりだったから……。悲しくて、辛かった。でも、離れていても、願い続けていれば、いつか会えるに違いないって――あの子犬を見て、そう思うことが出来たの」
 さっきなぎさに聞いたキリヤ少年の話が、ひかりの脳裏に鮮やかに浮かび上がる。ほのかが言っているのは、きっと彼のことだろう。

 二人はそれきり黙ったまま、肩を並べて信号を渡った。
 一言も声を発することができないまま、ただ自分の足元を見つめて歩き続けていたひかりは、ひかりさん、とほのかに呼びかけられて、ようやく顔を上げた。
「改めて言うのもヘンだけど……ありがとう、帰って来てくれて」
「ほのかさん……」
 にっこりと、いつもの優しい笑顔を見せてくれるほのかに、ひかりがうっすらと頬を染めて、今度こそ元気に答えを返す。
「私の方こそ、ありがとうございます」
「え……?」
「ずっと守ってくれて。そして――ずっと願い続けてくれて」
 一瞬キョトンとしたほのかが、さっきよりも嬉しそうな笑顔で、うん、と頷く。
 二人は、季節外れの雪にざわめく雑踏の中を歩きながら、目と目を見かわして、同時に、うふふ……と密やかな笑い声を上げた。


   ☆


 雪はそれから少しずつ勢いを増し、“TAKO CAFE”のある公園に戻った頃には、もう地面が白くなりかけていた。
「メポ~!」
「ミポ~!」
「ポポ~!」
「ルル~!」
 妖精たちが、一斉に元の姿に戻って、雑木林を駆ける。
「うわ~い!」
 ひかるも歓声を上げて、その後を追った。

「それにしても、さっきのポルンの予知って何だったんだろうね。まさか……これから、ってこと?」
 不安そうななぎさの言葉に、ほのかが、そうね……と考え込む。
「ちっちゃくて、黒くて、たくさん……だったわよね?」
「そうそう。そして、空から降りてくるポポ……ああ、“ポポ”は余計か。だからさぁ、虫の大群だったりしたらどうしようって思っちゃってさぁ~」
「虫って可能性は低いんじゃないかしら。だって、こんなに寒いのに……」
 ほのかがそう言いかけた時、まるで二人の会話が聞こえていたかのように、ポルンのやけに弾んだ声が聞こえた。

「凄いポポ! ちっちゃくて、黒くて、たくさんポポ! どんどん降りてくるポポ!」
「え……え~!?」
「何が来たの? ポルン!」
「大丈夫? ポルン!」
 なぎさ、ほのか、ひかりの三人が、雑木林に飛び込む。

 そこで目にした光景は、三人の懸念を見事に裏切るものだった。
 メップルたちは、まだ薄い新雪の上に足跡を付けるのが楽しくて仕方のない様子で、メポメポキャアキャアと走り回っている。そしてその後ろを、ひかるがキャッキャとはしゃぎながら追いかけている。
 平和で、無邪気で、変わったものも邪悪なものも、何も感じられない光景――。

「え……? じゃあ、ポルンが言ってるのって……」
 そう言いかけて、ほのかは、あっと声を上げると、おもむろに枯れた芝の上に寝転がった。
「えっ……ちょ、ちょっと、ほのかぁ!」
 なぎさが慌ててその傍らに座り込む。
 ほのかは、仰向けのままで薄暗い空を眺めてから、やっぱり! と嬉しそうな声を上げた。

「ポルンの予知が、何のことなのか分かったの。なぎさもひかりさんも、そこに寝そべってみて」
「え~、冷たいよ~」
「雪を払っておけば、少しの間なら大丈夫よ。ほら」
 ほのかに促され、なぎさはしぶしぶ、ひかりは不思議そうに、その場に身体を横たえる。
「これでいいの?」
「ええ。じゃあ、空を見て」
「空? ……あ」

 なぎさが何かに気付いたように、小さく声を上げた。ひかりも驚いた顔つきで、空をじっと見つめる。
「雪が……黒いです!」
「そう。雪は水が凍って出来たものだけど、その結晶は複雑な形をしているから、光をほとんど通さずに反射するの。それで真下から見ると、太陽の陰になって、黒く見えるのよ」
 いつもながら理路整然としたほのかの説明に、なぎさも納得の表情で頷く。
「ああ、それで、ちっちゃくて黒くてたくさん、か。さっすがほのか! でも、これがポルンの予知だって、よく分かったね」
「ポルンは小さいから、この公園はポルンにとって、背の高いものばっかりでしょう? それに、いつも私たちの様子を見ているから、上を向いていることが多いじゃない。だから、きっとポルンが見ている雪は、こんな感じなんじゃないかなぁと思って」
「なるほどね。はぁ~、とにかく虫じゃなかったってだけで、ホントに良かったよ」
 ホッとしたように大きなため息をつくなぎさに、ほのかは、なぎさったら……といつもの調子で嬉しそうに笑った。

 ひかりは、二人の親友の様子を笑顔で眺めてから、再び灰色の空に目をやった。
 後から後から降って来る雪は、地面を真っ白に染めているのに、こうして見ると本当に黒々としている。光と闇の関係って、もしかしたらこういうものなのかもしれない。
 これからの虹の園での暮らしの中で、きっとまた、ひかりの知らない様々な出来事がやって来るだろう。様々な人たちにも、出会うだろう。
 でも、その出来事ひとつひとつも、出会う人ひとりひとりも、この雪と同じように、黒く見えることも白く見えることもあるんだろうな、とひかりは思った。
 いや、ひかり自身にも、なぎさやほのか、ひかるや妖精たちにも、きっとそんな風に様々な色に見える、色々な面があるんだろう。
 その色々な面の中には、お互い合わない面があったとしても、自分と似ていたり、同じだと思える部分もきっとある。それを見つけて寄り添っていけば、そして別の面も少しずつ分かり合っていけば、きっと仲良くなれる。
 未来に起こる出来事とも、未来に出会う人たちとも、きっと――そんな気がした。

「さぁ、もう帰りましょ。さすがに寒くなってきちゃった」
「そうだね。帰ってあっつあつのココアでも飲みながら、新作のチョコを食べるとしますか~」
「もう、なぎさったら、またチョコなの? しかもココア飲みながらって……それってダブルじゃない!」
「いいじゃんいいじゃん。何たってあたしの抱負は、ひとつでも美味しいチョコを食べることなんだから」
 なぎさとほのかが、いつもの掛け合いをしながら立ち上がる。ひかりも急いで雪を払いながら、そのポンポンと弾むような会話の懐かしさに、思わず頬を緩めた。

「メップル~! 早くしないと置いて行くよ~!」
「ミップル! さぁ、帰りましょう!」
 なぎさとほのかが、それぞれのパートナーに呼びかける。
 ひかりも冷たい空気を思いっ切り吸い込むと、愛しさを込めて、家族たちの名前を叫んだ。
「ひかる~、ポルン、ルルン! 帰ろう。アカネさんが心配してるよ~!」


~終~
最終更新:2014年03月23日 21:45