『ひめとめぐみの空手修行』/夏希◆JIBDaXNP.g
「はあっ、はあっ」
夕暮れの川原で、ひめは教わったばかりの空手の型を反復する。
邪魔しないように陰で見ていたリボンは、背後から聴こえてきた足音に気が付いて、さっと草むらに隠れた。
「頑張ってるな、ひめ。一人で修行してるのか?」
「あ、誠司。そんなんじゃないよ。まだ始めたばっかりだしね」
「そうみたいだな」
「えっ? もしかしてずっと見てたの?」
「そうじゃない。ただ動きを見れば、どの程度反復したかなんてすぐにわかる」
「ええ~っ、こんな腕を回すだけの動きなのに?」
「その腕を回すだけの動きで、今日は助かったんじゃないのか?」
「そうなんだよね。それが不思議で、なんでかな~って考えながらやってたんだ」
「よし、じゃあ組み手してみるか?」
「ええっ! いいのっ? あ、でも、私、まだ攻撃教わってないし……」
「そうじゃない。俺が攻撃するから、習った受けで防いでみろ。大丈夫! 寸止めと言って、ギリギリで止めてやる」
「よーし、わかった。さあ来いっ!」
「せいやっ!」
「はっ!」
誠司の突きは、左回りに回転しながら直線軌道で打ち出され、最短距離でひめの顔面を狙う。
ひめの外腕刀が誠司の腕を捉えるものの、軽々と弾かれてしまう。
誠司の固く鍛えられた拳蛸が、風圧を纏いながらひめの鼻先ギリギリで停止した。
「えっ? どうして? ちゃんと当たったのに……」
「もう一度やるぞ。せいやっ!」
「たあっ!」
しかし――またもやひめの腕は弾かれて、誠司の拳が顔面スレスレで止められていた。
「なんでよっ? サイアークの攻撃はちゃんと止められたのに!」
「それはだな……」
誠司は、いったん構えを解いて説明する。
プリキュアの腕力はサイアークに匹敵する。だから力に力で対抗する受けでも、止めたり弾いたりできる。しかし、ひめの腕力は誠司に遠く及ばない。だからそれでは通じない。
そもそも空手に限らず、武道は“力”に“技”で対抗するから意味がある。あくまで、「自分より強い」相手と戦うことを前提に生まれたものだ。
特に『空手に先手なし』を謳う氷川流空手道においては、相手の力を受け流すことを重視する。
「じゃあ、私が教わった受けも、本当は違う意味があるの?」
「そうだ。腕を回すのは相手の攻撃を弾くためじゃない。回転させた腕で相手の突きを巻き取って、攻撃を真横に逸らすんだ。
その意味を理解して修行したら、自分より強い相手の攻撃だって防げるようになる」
「わかった。やってみる!」
「あーっ、誠司、ここに居たんだ! まおちゃんが心配してたよ。ひめと空手の練習してたの?」
「ああ。ちなみに空手では、練習じゃなくて修行というんだ。めぐみ、おまえもやってみるか?」
「おすっ!」
ひめとめぐみは、横に並んで順に誠司の突きを防ぐ。二人とも何度も拳を顔に打ち込まれそうになりつつも、懸命に受けを繰り返す。
そうして、数十回目のことだった。ひめの腕が理想の角度で弧を描き、誠司の突きを受け流した。
それは、何とも不思議な感覚だった。あれほど固く動じなかった誠司の腕が、カーテンでも押すかのようにスルリと横に流れていくのだ。
「あっ、できたっ!」
「やったな! ひめ」
「すごーい、ひめ。わたしにも教えて!」
それから更に一時間が経過し、赤く染まった夕日が地平線に沈もうとしていた。
「二人とも、どうやら受けの意味は掴めたみたいだな。今日はこのくらいにするか」
「おすっ!」
「ありがとうございました。おす!」
帰り道、普段とうって変わって静かに考え事をしていた二人が、ポツリとつぶやいた。
「ねえ、誠司。あんな単純な動きにも、ちゃんと意味があるんだね。わたし、もっと簡単で、派手に強くなれると思ってた」
「私も……。フォーチュンを見返すとか言っちゃったけど、受け一つでこれじゃ、空手で強くなるなんてまだまだ遠いよね」
いっぱい練習して、たった一つとはいえホンモノの“技”を体得した今だからこそ、自分たちの考えがどれだけ甘かったかが身に染みてわかる。
きっとフォーチュンは、“氷川いおな”のように長い期間を通じて鍛えていることも。それだけの間、敵は待ってはくれないことも……。
「だけどな、空手の本当の意味は、その強さは、もっと別のところにあるんじゃないか?」
「本当の――強さ?」
「ええっ? 今のと別の意味があるの?」
「ああ、俺たちが習ってるのは氷川流“空手道”だ。戦う技は“空手”なのに、どうして“道”と付くと思う?」
「道……空手の道?」
「うーん。道なんて聞いたら、今朝のランニングを思い出しちゃった。って――」
「「それだっ!!」」
ひめとめぐみは、互いの顔を指差して見つめ合う。今朝のランニングで、ひめとめぐみは威勢よく走り出して、すぐにバテてしまった。
そして、「遅い」と置いてきぼりにしたはずのゆうゆうに、あっさりと抜かれてしまったのだった。
「そっか、誠司も言ってたよね。『自分を鍛えるために空手をやってる』って」
「出かける時にブルーさまも言ってた。『気持ちを鍛えるのも大切』だって。きっと同じことなんだよね」
ひめは足を止めて、一度だけ、覚えたての“受け”の型を披露する。
そして、明るい表情で誠司に振り返った。
「私……“受け”の意味が少しわかった気がする。背伸びして、楽して強くなろうとしても、疲れたり怪我をするだけ。
無理をしないで、弱い自分を受け入れて、今の自分の力を精一杯に使うこと。攻撃も、強い自分も、きっとその積み重ねの先にあるってことだよね」
「そうかもな」
「ええ~っ? なによ、その無責任な返事っ!」
「私、今いいこと言った! 誉めて!」といった表情で得意げに語るひめに、誠司はあいまいな答えで言葉を濁す。
唇を尖らせて抗議するひめに、誠司は苦笑してから、真面目な顔に戻って言った。
「そう言うなよ、俺だって修行の身なんだぜ。極意なんてまだわからないさ。でも――それでいいんじゃないか?」
「「うんっ!!」」
迷いがふっきれて明るい気持ちになると、二人とも急にお腹が空いて来た。
今日助けてくれた、黄色いプリキュアの子が歌ってた歌詞を思い出して、ハモるように口ずさむ。
(いつか、あの子とも友だちになれないかな)って、そう願いながら。
不吉な予言も、もう気にならなくなっていた。二人の心は、新たな仲間に向かって飛んでいた――
最終更新:2014年03月30日 21:47