「あゆみちゃんと夏祭り!」/makiray
「みんな、夏祭りに行こう!」
「それはこないだ終わったやんか」
「七色ヶ丘のお祭りじゃなくて」
「どこの?」
「横浜!」
「横浜って」
「ひょっとしてあゆみさんの?」
「そう!」
みゆきたちは電車に乗った。
「あー、やっぱりみんな、浴衣だねぇ」
「まぁ、しゃぁないやろ。着付けができる人、おらんのやし」
地元のお祭りならいいが、あゆみの町までは電車を乗り継ぐことになる。万が一、着くずれたりした場合、直せる人がいないは不安だ、ということでいつもの服となったのだが、みゆきは残念そうであった。
「意外に、と言っては失礼かもしれませんが、大きなお祭りですね」
「そうだね」
「この通りをずっと使ってるんだ」
「端が見えないよ」
あゆみの町は、比較的新しい住宅街である。古くからの神社やお寺はもちろん、商店街もない。この祭りは、地域の住民たちの手作りの祭りだった。
昼間には、幼稚園や小学生低学年の子供たちによる御神輿もあるらしいが、それが始まったのも一昨年からで、メインはまだまだこの縁日らしい。
「ところであゆみちゃんは?」
「確か、この入り口のあたりって言ってたんだけど」
「『確か』て。大丈夫かいな」
「うん…あ、あれだよ」
通りに張られた横断幕の下に、栗色のツインテールが見えた。一緒にいるのは、クラスの友人たちだろう。
「なんか、変じゃない?」
「うん…」
最初に表情を険しくしたのはなおだった。あかねも頷く。
あゆみの前に少年がいる。三人。同じくらいの年齢だが、友達だろうか。それにしてはあゆみの表情は、お世辞にも楽しそうではない。
「行ってみよう」
「れいか、見回りの人がおったら教えてや」
「わかりました」
「あゆみちゃん…」
なおとあかねを先頭にしてやや早足で進む。
「どうしたの」
「あ、みなさん」
ほっとした表情のあゆみ。やっぱり何かあったのか。なおとあかねの表情は逆に険しくなった。
「なにか困ってる?」
「え、いえ、そんな」
言い淀むあゆみについで、なおは少年たちを見た。いや、見た、というよりは、睨んだ、という方が近い。
「…。
行くぞ」
少年たちは、下からのぞき込むような顔をすると、ふいとその場を離れてしまった。
「ひょっとして、あれが『ナンパ』というものですか」
「ち、違います」
あゆみが慌てて訂正した。
「でも」
「あの子たちは、同じクラスの人たちで」
「そうなん?
それにしてはなんか」
「ただ、私、いつも松本君にからかわれてて。今日も、『せっかくの浴衣なのに髪はいつものシュシュなんだな』とか言われちゃって」
「…。
あゆみちゃん、ひょっとして」
「いじめられたりしてない?」
みなが言いにくくしていたことを、なおがずばりと聞いた。
が、あゆみの友人たちは大きく手を振って否定した。
「そんなんじゃありません」
「本当です」
「だけど」
その表情が気になる。なおとあかねだけでなく、みゆきもれいかも、あゆみのさっきの様子とは逆に、友人たちにまったく緊張感がないのが気になってしょうがなかった。
「あの…」
気まずい雰囲気の中、やよいがおずおずと口を開いた。
「ひょっとして、さっきの…。
なんて言うか…甘酸っぱい感じ?」
「え?」
友人たちは、今度は首を大きく振って頷いた。苦笑混じりである。当たりらしかった。
「なんや…そういうことかいな」
「え…あ、そういうこと?」
「なおちゃん…」
やよいが責めるような目で見る。
「悪いことしちゃったな…はは、ははは…。
ごめんなさい!」
体を直角に折って頭を下げるなお。
「え、いいんです。
いいんですけど…どうしたんですか?」
あゆみは、何が起こっているのかわからない、という顔だった。
「え、だって、あゆみちゃん」
「はい」
「さっきの松本君って」
「はい…」
「…」
やよいはもう一度、友人たちの顔を見た。彼女たちの苦笑がこわばっている。少年の気持ちはまだあゆみに伝わっていないようだった。
露店が並ぶ通りを進む。
「へぇぇ、これ全部、この町の人がやってるんだ」
「そうなんです。
あ、あの金魚すくいは、うちのマンションのお向かいの人です。
こんばんは」
「あぁ、あゆみちゃん」
「今日は、モモちゃんはお留守番ですか?」
「うん。あいつ、あれで人混みが苦手なんだよ。もう怖がっちゃって」
かわいいワンちゃんなんです、とあゆみが説明した。
「お友達がいっぱいだね。
サービスするからやってかないかい」
「はい!」
「れいか、いきなり出番やで」
「でも、よろしいのでしょうか」
「いいんじゃない?
あゆみちゃんたちに見せてあげなよ」
「私ももう一度、見たい!」
みゆきが言う。あゆみたちが、何のことだ、と思っている間に、れいかは料金を払い、ポイとボールを受け取っていた。
深く吸った息を吐き、そして止める。
「はっ!」
鋭い気合いを発する。だが、その手の動きは誰にも見えない。気がついたときには、ボールは赤と黒の金魚で一杯になっていた。
「…。
この辺にしておきましょう」
「え、もう終わりなん?」
「まだ十匹もいないじゃない」
あゆみが「『十匹もいない』?」とつぶやいた。友人たちも呆気にとられている。
「いえ。
このお祭りは、ここに暮らしている人のお祭りです。
ビジターである私たちがすくいつくしてしまうことは、人の道にはずれます」
「すくいつくしちゃうんだ…」
「あゆみさんとお友達の方で、金魚が欲しい方はいらっしゃいますか」
「は…」
「その分だけいただいてまいりましょう」
誰も返事をしなかった。
みゆきの肩のキャンディが、「お面クル」とつぶやいた。今日はあゆみだけではないので、ぬいぐるみのふりをしているのだが、どうもキャンディはお面に興味津々のようである。
やよいが立ち止まり、並んでいるお面を一通り眺めた。
「お面、買うんですか?」
「どれも造形が今イチだね」
「ぞうけい?」
「一応、版権はとってるみたいだけど…」
あゆみの頭が空転する。誰も返事できなかった。
「あ、たこ焼きだ」
あゆみの友人で食べ物に目のないまりが叫んだ。みゆきが、どこ? と答えると前の方を指さす。ふたりは一緒に走り出した。
「まりちゃんったら、もう」
あゆみたちが笑う。
やっと追いついてみると、ふたりはすでに一つのたこ焼きを分け合って、熱い、熱いと騒ぎながら頬ばっていた。
「いいにおいですね」
「あたし達も食べようか」
「あかねさんもどうですか?」
あゆみは、なぜか眉間にしわを寄せているあかねの顔を覗き込んだ。あかねは何も答えない。ただ、腕を組んで前の屋台を睨んでいる。
「どうしたんですか?
ひょっとしてどっか具合でも――」
「あかん!」
突然、怒鳴るあかね。
「ごめんなさい!」
「おっちゃん、ちゃうで!」
「え…?」
あかねは突然、屋台の後ろに入り込んだ。そして、どうやら四苦八苦して焼いていた、明らかに昼はサラリーマンであろう男性の横に立った。
「…。
鉄板、買うたばっかりやな」
「え?」
「いつ買うたん。このお祭りのためかいな」
「あ、あぁ。今年やっと町内会費に余裕ができて」
「そうか。それはしゃあないけど、それやったらもっと油塗らんと。油が鉄板にしみこんでへんから、うまくはがれんねん」
「そうなんですか」
「ちょっとエプロン貸してんか」
「え?」
「エプロン。
教えたるさかい」
男性は、あかねの勢いに押され、慌ててスペアと思しきエプロンを出してきた。そして、あかねに場所を代わる。
「生地は悪ないな」
「家内には水っぽすぎるって言われたんですけど」
「いや、これくらいの方がふわっとなんねん。
油は脇までたっぷりや。
それで生地をいっぱいに広げる」
男性はあかねの手つきを感心しながら見ていた。
「こんな感じになったら、一個ぶんずつ切っていくやろ。それからいよいよ回すんやけど」
串を器用に使ってたこ焼きを回す。
「こんな感じや」
「半分だけですよ」
たこ焼きは完全には回っていない。まだ焼けていない生地が見えている。
「えぇねん。
で、こんぐらいでもう一遍、回す。
これで、外がカリカリで中がふわふわのたこ焼きになるんや」
「なるほど!」
「食べてみ」
男性は、おそるおそるという様子で一つを口に入れた。サク、という音がかすかに聞こえてきた。
「おいしい!」
「せやろ」
「私がやってみます。
見てておかしかったら言ってください」
男性の頬が上気している。彼は、あるいは仕事中よりも真剣なのではないか、という勢いでたこ焼きに取り組んだ。
「いかがでしょうか」
焼きあがった。そのうちの一つをあかねに差し出す。
「…」
全員が固唾をのんだ。
サク、という音。
「あかねちゃん…」
「合格や」
「やったぁ!」
それが引き金になったかのようだった。「一つください」「俺にも」「こっちにも」と注文が殺到した。
「すごい…」
「あゆみちゃんの友達ってすごい人ばっかりなんだね」
「私も知らなかった…」
「あゆみ、ありがとうクル」
「私の方こそ、来てくれてありがとう」
いつのまにか、まりたちとみゆきたちはすっかり打ち解けていた。前の方では、やよいとみなが小路の先を指さして何か内緒話をしている。あゆみが話の橋渡しをする必要もない。あゆみは、数歩遅れて、肩に乗せたキャンディと小さな声で話をしていた。
「こんどはあゆみが遊びに来てほしいクル」
「行ってもいいの?」
「もちろんクル!」
「ありがとう」
あゆみちゃーん、という声。輪投げの順番らしい。
「輪投げは気を付けるクル」
「え?」
「隣のおもちゃをとっちゃダメクル」
「うん。がんばる」
もうすっかり遅くなった。あゆみたちは、みゆきたちを駅まで送った。
「ありがとう。
こんどは七色ヶ丘に遊びに来てね」
「おいしいお好み焼きあるで」
「行く行く!」
まりが手を挙げて二つ返事をした。
「あ、そうだ。
あゆみちゃん」
やよいがあゆみの耳元に口を寄せた。
「松本君はきっと悪い人じゃないと思うよ」
「え?」
何を言われたかわからないあゆみ。やよいが目配せをすると、まりたちは、笑いながら頷いた。
やよいとみなは、一つ脇の小路でさっきの松本少年が、悔しそうな表情で小さな包みをもてあそんでいるのを見た。あれはおそらくあゆみへのプレゼントのつもりだったのに違いない。中はおそらく髪留め。「いつものシュシュなんだな」はそういう意味であろう。
「どういうことですか?」
ふふふ、と笑うやよい。
改札に入り、大きく手を振って別れる。
「楽しかったねぇ」
「あゆみちゃんたちが来たら、どこに案内しようか」
「えっとねぇ」
大きな声で話しながら階段を上る。
「あゆみちゃんのウルトラハッピーはいつごろかなぁ」
やよいが言うと、あかねとなおが笑った。
「松本君次第やな」
「ついいじめちゃうんだろうなぁ」
「『思いを届ける』プリキュアに思いが届かないんだね」
また笑う。
「みゆきさん、やよいさんたちはさっきから何の話をしているのですか?」
「うーん。
キャンディはわかる?」
「わからないクル」
「もう、みゆきちゃんもれいかちゃんもダメだなぁ」
「あかんな」
「ダメだねぇ」
「なにが?!」
「私のどこがダメだというのですか」
「行こ行こ」
なおはニヤニヤと笑いながら階段を上がり切ってしまった。それにあかねとやよいも続く。
「とてもお年頃の乙女とは思えないよ」
「ほんまほんま」
「え。
あかねちゃん、教えてよぉ!」
「なお、私に隠し事ですか?」
「こればっかりは自分で気がつかなきゃね」
「ねー」
みゆきとれいかの抗議の声が、滑り込んできた電車の音にかき消された。
最終更新:2014年04月01日 23:43