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決心/makiray




 ゆうこはそれを日の光にかざした。きれいな黄色。だが不思議なことに、それは日の光を透過させているだけでなく、自ら光を発しているような気がした。そう思って手の中に握ってみたら光は消えてしまった。だが、高く掲げるとまた輝き始める。川沿いの柵の前で、ゆうこは首を傾げた。
 不思議な石だ。宝石だろうか。米粒ほどの大きさではあるが、これは警察に届ける必要があるものなのかもしれない。
 だが、もうちょっと見ていたい。ゆうこは手をおろした。今度は目の前を流れる川の水色が石に宿った。
「気に入ったかい」
 その声に顔を上げると、青年が隣に立っていた。ずいぶんと背が高く、ゆうこからはシルエットになったが、その細身の青年が「イケメン」であることはわかる。青い髪が空に溶け込んでいるようだった。
「あの…」
「僕はブルー」
 いや、髪の毛の色を聞いたのではないのだが。
「ひょっとしてこの石はあなたの…」
「いや。それはもう君のものだ」
「…。
『もう』?」
「それを撒いたのは僕だが、今それは、君の手の中で、君の愛を受けて輝いている」
 ゆうこは自分の手を見て驚いた。光はさっきよりも強くなり脈動を始めている。
「これ…」
「それは、プリキュアの光だ」
「プリキュアの光…。
 え、どうして」
「君はプリキュアになれる、ということだよ」
「私がプリキュア?!」
 ゆうこの目が大きく開く。
「私がプリキュア…って、やめてください。そんなこと」
「一緒に来てくれ」
 目の前が真っ青に変わった。それはさっきまでいた川の青ではなかった。前も後ろも、右も左も、見渡す限りの青。
「ごらん。
 美しい星だ」
「星…!」
 言われて下を見たゆうこは言葉を失った。白い雲の隙間から、見慣れた風景が見える。社会の授業で使う地図や、テレビの天気予報でよく見た形。自分は宙に浮いて、大地を見下ろしているのだ。
「きゃっ!」
 ゆうこが慌てて制服のスカートを押さえると、ブルーは小さく笑った。
「地上から僕たちの姿を見ることができる人はいないよ」
 気を落ち着けて、もう一度、見下ろす。ブルーが言う通りだった。青い海と緑の大地、それをうっすらと隠す白い雲。ゆうこには、「美しい」以外の言葉が思いつかなかった。
「…。
 あれは」
 その中に時折、赤黒い点のようなものが見える。いや、その場所には見覚えがあった。テレビのニュースで見た記憶がある。
「幻影帝国に支配されてしまっている街だ」
「幻影帝国に…」
 ブルーはある地域を指さした。そこだけは点ではなく赤黒く塗りつぶされていた。街よりもはるかに大きい。ということは。
「ブルースカイ王国ですか?」
「そうだ。
 今や、幻影帝国の拠点になってしまっている」
 ゆうこは痛みを感じて胸を両手で押さえた。幻影帝国はこの美しい星にこんなにもたくさんの「染み」を残してしまっているのだ。
「辛いかい?」
 無言でうなずくゆうこ。
「『愛の結晶』が君の手の中で輝くのはそのためだ」
 ゆうこの手の中の宝石はまた輝きを増したようだった。握った手の指の間から光が漏れている。
「でも、私がプリキュアだなんて」
「君の中には、愛と意志が満ち溢れている」
「誰でもそうだと思います!
 幻影帝国の活動で苦しんでいる人はたくさんいますから」
「残念ながら、誰でもそうだ、とは言えない。
 他人事である人が大半だ」
 ブルーは言葉を切ると、目を伏せた。
「サイアークがどうやって生み出されるか知っているかい」
「いえ…」
「人々の幸福と希望を裏返して鏡の中に閉じ込める。裏返された幸福は不幸に、希望は絶望に変わり、幻影帝国の力の源になる」
「だから、そういう人たちはたくさん」
 ブルーは首を振った。
「幸福でもなければ希望も持っていない人々は、利用されるおそれがない。幻影帝国の活動とは全く無縁だ。そういう人たちは、幻影帝国が何をしても関心を持たない。そのことが結果的に、幻影帝国の活動を後押ししてしまっている」
「そういう人たちのほうが多い、っていうことですか?」
「それがこの星に暮らす人々の現実なんだ」
「そんな…」
「別の言い方をすれば、『愛の結晶』は愛と夢と希望にあふれた、君のような人の出会いを待っている。渇望している」
 ゆうこは、だけど、だけど、と小さな声で繰り返した。
「無理強いはしない。プリキュアになることには、苦しみも伴う。
 選ぶのは君自身だ」
「友達に相談してはいけませんか」
 ゆうこの胸に、いつも明るく、そう、「愛にあふれた」を体現した少女の笑顔が浮かんだ。
「それは駄目だ」
「駄目…なんですか」
「誰がプリキュアなのか、ということは秘密にしておかなければならない。それが明らかになれば、周囲も、その人自身も苦しむことになる」
「…」
「厳しいかもしれないが、君一人で決める必要がある。
 もちろん、断っても構わない。そのことで胸を痛める必要はないよ」
 ゆうこは、唇を震わせながら足元の青い星を見下ろした。その青を侵食している不気味な色の染み。
「見せてください」
「何をだい」
「田んぼか…畑を」
 ブルーはしばらくの間、ゆうこを見つめていた。ゆうこは目を伏せたままだった。
「わかった」
 空の青は一瞬で消えた。ふたりは灰色の雲をくぐってある国の穀倉地帯に到着した。いや、正確に言えば、穀倉地帯であったところ、である。
「…」
 そこは一面の麦畑のはずであった。教科書にも載っているほどの収穫量を誇る肥沃な土地で、その国の人々を支えるだけでなく、広く輸出もされていた。
 その畑は今、はっきりしない色のカビにおおわれている。もちろん、耕す人も収穫する人もいない。カビが胞子をまき散らしているだけである。
 ゆうこが泣いていることにブルーは気づいた。同時に、なぜゆうこが「畑を見せろ」などと言ったのかはかりかねていた。
 一体、どれくらいの時間がたったものか。そろそろ、体へのカビの影響を心配しなければならなくなるころ、ゆうこが口を開いた。
「やります」
「…」
「やります。
 プリキュア」
「いいのかい」
「はい。
 決めました」
「わかった。
 ありがとう。
 もう少し、つきあってくれるかな」
 次の瞬間、ふたりはブルースカイ王国の大使館にいた。
「ここは」
「君の街にあるブルースカイ王国の大使館だ」
「静かですね」
 大使館というのは、大使をはじめとする外交官が忙しく働いているところだ、というイメージを持っていたのだが。
「本国があの状態だから、ここは大使館としては機能していない。プリンセスの隠れ場所、というところだね」
「ご無事なんですか?」
「たまたまここを訪れていたのでね。不幸中の幸いだった。
 今は見張られながらお勉強中のはずだが、さっきも言った通り、知られてはまずいので、早く済ませてしまおう」
 ブルーはゆうこにプリチェンミラーを渡した。
「これで君はプリキュアになれる。電話のように使って僕に連絡を取ることもできる」
「はい」
「どういう姿になり、どういう能力を持つことになるのかは、君の意思次第だ」
「私の意思」
「君がどのようにしてこの世界とこの世界の人々を守ろうと考えるのか。それによって決まる」
「わかりました」
「それがはっきりするまでは無理はしないほうがいいかもしれない」
 ゆうこは、力のこもった目でプリチェンミラーを見つめていた。
「一つ聞いていいかい」
「はい」
「どうして、畑を見たい、と思ったんだろう」
 ゆうこは、ブルーを見、やがて視線を落とし、またプリチェンミラーを見た。
「断っちゃいそうだったから」
「え?」
「めぐみちゃんに相談しちゃいけないって言われてショックだったし。
 断ってもいいって言われたから。
 このままだと断っちゃいそうだな、って思って」
「…。
 待ちたまえ、つまり君は」
 ゆうこは、アハ、と笑うと顔を上げた。
「じゃ、新米のプリキュアはこれで帰ります。
 いろいろお聞きすることはあると思いますが、よろしくお願いします!」
 深々と頭を下げて出ていくゆうこ。
 ブルーはそれを黙って見送った。むしろ、頭を垂れたくなるのは彼の方であった。
最終更新:2014年04月17日 23:23