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「母たちへの想い」/アクアマリン




「そういえば、マナや六花は母の日に何かしようとか考えていますか?」
4月のある日、亜久里は「ぶたのしっぽ」の店内でそう切り出した。

「あたしはカーネーション買って、オムライス作るって決めてるんだ~」
 その日が待ちきれないといった感じでマナが言うと
「その日ママが帰ってくるかわからないけど、ごちそう用意して待っていようかなって」
 少々言いづらそうに六花も答える。実は亜久里が来る前まで、母の日にどんなことをしようかと2人で話し合っていたところだった。

 亜久里は2人の話を聞いてしばらく考えるような素振りを見せたが、やがて意を決したように言った。
「実は私、おばあさまに和菓子を作ってあげたいと思っているのです。マナのお父様が作るような」

 それを聞いて2人は驚くと同時に少し安心した。亜久里の前で母の日に関する話題をするのはどうかと思っていたが、どうやらそんな気遣いは無用だったらしい。

「おおーッ!いいじゃん、それ」
「そうね、きっと茉莉さんも喜んでくれると思うわ」
 2人がそう言うと亜久里も少しホッとしたような顔を見せる。

「よーし」
 そう言ってマナがテーブルの中央に手を出すと六花もすぐに自分の手をマナの手の上に重ね合わせ、それを見た亜久里もすぐに手を重ね合わせる。

「みんなで最高の母の日にするぞ~!」
「「オーっ!!」」
 そう言って手を離すと六花と亜久里はお互いを見ながら笑みを交わす。マナがこう言うと、不思議と身が引き締まり、前向きな気持ちで物事に臨むことができる。

「それじゃあ、パパが帰ってきたら早速相談してみよっか」
「はい!」
 その時、まるで図ったかのように玄関のドアが開き、買い物から帰ってきたマナの両親が姿を見せた。
 マナと亜久里はその姿を見るとすぐに2人の方に向かっていった。



「うーん、今日も失敗ですわ」
 そう言って亜久里は桜餅を載せたお皿を2人のいるテーブルに置いた。お皿の上には色や形がまちまちの桜餅が載っていて、健太郎がお手本として作ったものと比べると違いは明らかだ。

亜久里がマナの父親、健太郎の下で和菓子作りの練習を始めてから2週間が経った。まず最初の1週間は基本となる餡を作ることからはじめ、次に実際に和菓子を作る段階へと進んだ。
 そんな簡単に行くとは最初から思っていなかったが、実際に作ってみると想像以上に難しいことを実感せざるを得なかった。

 微妙な温度加減
 小豆の煮加減
 水の温度や砂糖の分量

 常に同じ分量で済ませるのではなく、気温の変化に応じて微妙に配分を変えていく。亜久里はそういった話を茉莉から聞いたことがあったが、改めて和菓子の世界の奥深さを理解したような気がした。

「でもだいぶ上達してきたじゃん」
 そう言ってマナは3人分の湯のみをテーブルに置く。
「この調子でいけば来週の母の日には間に合うと思うわ」
 そう言って2人は亜久里を励ましたが、亜久里の顔には焦りも気負いもなく、どうやらそうした言葉をかけるまでもなさそうだった。
 そして亜久里が道具の後片付けを終え、いつもの様にみんなが亜久里の作った桜餅に手を伸ばした時だった。

「ハア~イ、亜久里いる?」
 そう言ってレジーナがお店の中に入ってきた。
 レジーナはいつもの様に満面の笑みを浮かべながら店の奥へ入って行ったが、3人が座っているテーブルの方を見ると途端に抗議の声を挙げた。

「アーッ、ずるい!!」
「えっ、何のこと?」
 本当に何のことかわからないマナが尋ねると
「だって、ずるいじゃん。アタシに内緒でお菓子食べてるなんて」
 そう言ってレジーナはお皿の上の桜餅を指さす。

「あのねぇ、別に内緒ってわけじゃ」
 盛大に勘違いしているレジーナに六花がツッコむと
「そうですわ」
 心外だと言わんばかりに亜久里が立ち上がる。

「今、母の日に向けてお菓子作りの練習を…」
 そこまで言ってしまったところで亜久里はハッとした表情を浮かべ、そのまま黙ってしまった。
 こんなことはレジーナに言うべきではなかったのかもしれない。
 どんな言葉をレジーナに掛ければよいかわからないままでいたが、レジーナの方はそんな言葉を気にするでもなく、何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。

「そうだ、それで思い出したんだけど」
 そう言ってレジーナは亜久里のほうに近づく。
「今度の母の日にパパと一緒にママに会いにいくの」
「「えっ?」」
「それで、亜久里も一緒に行かないかってパパが」
 マナと六花はレジーナの言っている事がよくわからなかったが亜久里はすぐに笑顔で答えた。

「もちろん、ご一緒させていただきますわ」
 亜久里がそう言うとレジーナは満足したように微笑み、マナの隣に座った。
「ねえねえ、アタシもお菓子食べていいよね?」
「もちろんですわ」
「それじゃあ、レジーナの分のお茶淹れてくるね」

 そう言ってマナは席を立った。それから数分ほどしてマナがレジーナの分のお茶を用意して戻ってくるとレジーナはマナを待ち構えていたかのように桜餅をつまんでマナの方に差し出した。
「ハイ。マナ、あーんして」
「えっ?」
 レジーナのいきなりの行動にマナが戸惑っていると
「こうするとおいしくなるんでしょ、前に亜久里から聞いたの」
 今度は亜久里が驚く番だった。去年、夏祭りに行った時の事をレジーナに話したのは覚えていたが、今ここでその話を持ち出してくるとは思わなかった。

亜久里はそんな子供っぽいレジーナに呆れながら、自分も桜餅を1つつまみ
「でしたら私も」
 そう言ってマナの方に差し出した。
「ありがとう。レジーナ、亜久里ちゃん」
 マナはそう言って桜餅を受け取ると2つ同時に口の中に頬張った。

「ねえねえ、マナ!おいしい?」
「どうですか、マナ?」
「うん、とってもおいしいよ!」
 マナが両頬を押さえながらそう言うとレジーナと亜久里はたちまち満面の笑みを見せた。そして、そんな3人を見つめる六花も軽く微笑むと、桜餅をつまみ、マナの方に差し出した。



「ねえ、パパ。入っていい?」
「ああ、もちろん」
 母の日前日の夜、レジーナはドアをノックして父親の寝室に入ると父親の隣に座った。
父親の視線が向いている方を見るとそこにはトランプ王国時代の父親と母親の肖像画が何枚も飾ってある。

 レジーナは肖像画を眺めていく中でふと一番右側にある肖像画に気づいた。そこには生まれたばかりのアン王女を抱きかかえる父親と、それを嬉しそうに見つめる母親が描かれていた。
 もっとも、この肖像画が現実の光景を描いたものではないということはレジーナにもわかった。あの時エターナルゴールデンクラウンが見せてくれた事実によれば、自分の母親はアン王女が生まれるのとほぼ同じくしてこの世を去ったのだから。

「パパ、アタシのママってどんな人なの?」
 レジーナは父親の方を向いて尋ねた。以前から気になってはいたが、父親に悪いような気がしてなかなか聞くことが出来ずにいたのだ。

「ああ、とても優しく、明るく、正に太陽のような人だ」
 父親はレジーナの方を向くといつも通りの穏やかな声で言った。
「私はあのような女性を妻に持ったことを心から幸せに思っているよ」
「ふ~ん」
 とても亡くなった人のことを話しているとは思えない口調だった。

レジーナは改めて肖像画の方を見上げた。そして同じ顔でアン王女に微笑みかけている自分の両親を見ながら
(ママ、明日パパと一緒に会いに行くからね)
 そう心の中で呟いた。



 母の日当日、亜久里とレジーナと2人の父親は小高い丘の上にある霊園を訪れた。今日は太陽が輝き、風も穏やかでこの上ない良い天気だ。
 3人は何十もの墓石の間を慣れた足取りで進み、目的の場所であるトランプ王国の歴代王族の墓地へと向かった。元々はトランプ王国にあったものだが、国王が人間界で暮らすにあたってこの世界に改めて用意したものだ。
 目的であるトランプ王国王族の墓地に着くとそこには先客がいた。

「あら」
 そこでは真琴とダビィが花を添えていた。
「真琴たちも来ていたのですね」
「ええ、今日は母の日だから」

 せっかくなので全員で挨拶をしようということになり、亜久里たちも墓前にロイヤルイエロー、アン王女が好きな花を添えた。
 かつてはトランプ王国でしか見ることのできなかったこの花も四葉財閥とありすの尽力によって、この世界でも普通に入手できるようになった。

 全員が静かに手を合わせ祈りをささげる中、真琴は心の中で誓った。
(王女様、これからも私歌い続けます。自分のため、王女様のため、そして私を支え応援してくれるみんなのために)
 それが王女様の願いでもあり、2つの世界をつなぐ歌姫となった自分の思いでもある。真琴はそんな風に考えていた。

 そうして線香の煙と穏やかな静謐がこの場を包み込む中、一同はそっと目を開けた。そして亜久里はまっすぐ王国一族のお墓を見つめると、あの時言えなかった感謝の言葉を口にした。

「アン王女、私達を生み出してくれてありがとうございます」
 そう言って亜久里はレジーナの方をちらりと見た。そしてレジーナが小さく頷いたのを確認するともう一度墓前の方を向いて言った。

「お母様やアン王女の思いは私が受け継いで生きていきます」
「アタシも」
 亜久里に続くようにレジーナも言った。
「ママやアン王女の分までパパのこと愛してみせるから!」

 真琴は驚きと喜びの入り混じった表情で2人の方を見た。アン王女の愛は確かにこの2人に受け継がれている。それを改めて認識させるような力強い言葉だった。
 それは2人の父親も同じだった。これからも2人は自分の中の愛を磨き上げ、そしてこれから出会う人達に惜しみなく愛を分け与えていくであろう。そんな未来を予感させる言葉に思わず涙腺が緩んでしまい、涙を抑えるのに苦労した。



 母親への挨拶が終わり、次の仕事へと向かった真琴たちと別れ3人は霊園と大貝町を結ぶバスに乗った。
 レジーナは亜久里と取り留めのない話をしながら、亜久里の膝元にある風呂敷の方に目をやる。
「ねえ、これからそれおばあちゃんにあげるんだよね?」
「はいっ」

 嬉しそうに応える亜久里を見つめながらレジーナはしばらく考えるような素振りをしてから亜久里に尋ねた。
「ねえ、アタシも一緒に行っていい?」
「えっ?」
 亜久里は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに
「そうですね、きっとおばあ様も喜ぶと思いますわ」
 そう言うとレジーナは満面の笑みを浮かべながら後ろの席に座っている父親に話しかけた。
「いいよね、パパ!」
「ああ、もちろん。遅くなるようだったら電話しなさい」
「うんっ!」
そうしてバスが大貝町に着くと、2人は父親と分かれて亜久里の家へと向かった。そうして10分ほど歩くと2人は家に到着した。

「おばあ様、ただいま帰りました」
 亜久里が元気よく言うと居間にいた茉莉が2人を温かく迎えた。
「おかえりなさい、阿久里。それにレジーナちゃんも」
「ねえねえ、亜久里ってば母の日にお菓子作って来たんだって」
「ちょっと、レジーナ!何を言うんですか!」
 レジーナに予想外の形でばらされてしまった阿久里は慌てたが

「まあ、それは楽しみね。さあ、お上がりなさい」
 あまり驚いた様子もないまま茉莉がそう言うと、レジーナは靴を脱ぎ茉莉と一緒に居間へと向かった。
 どうやら自分のやろうとしていたことなど全てお見通しだったようだ。亜久里は2人を見つめながら靴を脱いで、家に上がった。



「わああっ~」
 風呂敷を紐解き、中の重箱を開けるとレジーナは目を輝かせながら歓声を上げた。重箱の中には小さく形の整った桜餅が並んでいた。
 マナの父親が持たせてくれた桜の花や枝に止まる鳥が描かれた重箱も相まって、より輝いて見える。

「素晴らしいわね、亜久里」
「はいっ!」
「それじゃあ、早速みんなで食べましょうか」
 そう言って茉莉が席を立つと

「待って下さい、おばあ様」
 亜久里はすぐに席を立つとそっと茉莉の肩に手をやった。
「せっかくの母の日ですから、おばあ様はゆっくりして下さい。お茶は私が淹れますわ」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 茉莉がそう言うと亜久里はすぐに台所に向かい、コンロでお湯を沸かし始めた。レジーナはそんな亜久里をしばらく見つめていたが

「そうだ!」
 勢いよく立ち上がると茉莉の後ろに回り込んだ。
「じゃあ、アタシ肩叩きしてあげる」
 そう言ってレジーナはリズムよく茉莉の肩を叩き始めた。

「あら、お上手ね」
「でしょー、アタシパパにもこうして肩叩きしてるんだ~」
「まあ…」
 その言葉だけでこの親子の暮らしぶりがうかがえるような気がして茉莉は嬉しくなった。

 肩越しにレジーナの手のぬくもりを感じながら、茉莉はそっと目を閉じて改めてここ1年余りの出来事を思い返した。

 かつて、自分はこのまま人生を1人で終えていくものだと思い、それも何かの運命だと考え出来るだけ穏やかにそれを受け入れようと心の準備をしていた。
 ところが、あの時特別な運命を背負った少女と出会い、奇妙な声に導かれるままその子を育てていき、今はこうして孫娘たちの温かな愛に包まれている。

 自分はこの上ない幸せ者だと茉莉は改めて実感した。
最終更新:2014年07月27日 15:51