空しらぬ雨/なずな
夕暮れどきだというのに、陽はまだ高かった。夏が過ぎさっていく気配を察してか、最後のちからをあまさず振りまくような陽だ。
祈里はゆったりとした足取りとともに公袤をながめて目を細める。空はひどく澄みきった色をしていて、ちぎれた雲もすべり落ちそうな角度をした陽も、何もかもがうんと遠く思えた。
ダンスレッスンの帰り道、こうして無意識に空に目を留めることがある。高い建造物がないために広くひらけた空は、ときにはっとするような色あいをみせる。町中にめぐらされた道を迂回して、ときどきの気分で帰り道を選んでいた。そのたびに木々や電線によって違うかたちに切り取られる空を見るのが、このごろ祈里のひそかな楽しみだった。
ずいぶんと前で大声をあげて笑うふたりに続いて祈里はせつなと並んで歩いていた。口数は少なかった。
湿気に膨れた髪が風ではねてやわらかく頬をなぞる。この風がなければじっとりとした空気は不快にほかならなかったのだろう。九月の訪れをおそれるように吹き出してくる煙るような熱気の薄片を、汗ばんだうなじにじんわりと受けていた。長かった夏は、いまだ気配を隠そうとはしない。
――真昼のころにはすっかり曇っていたのに、帰りにはこうなんてずるいわね。
祈里が言うと、せつなは間をおいてからけだるい声でそうね、とだけ返した。一見疲れているようにも、興味がないようにも取れる声色。そうでないことは、きっとこの子の側にいる時間が短ければわからなかったのだと思う。俄かに特異な距離のとりかたをする子だった。
殊にせつなは急かさなかった。どれほどの与太も真剣に聞き入れ、視線は離さないまま適切なはやさで相槌を打つ。ただそれだけの挙動が、慌ただしい幼馴染みに挟まれた身にはいやに新鮮だった。その質実さが心地よくてたまらなかった。だから祈里も、橙に色づいていく空に負けない長閑さで言葉をつないだ。祈里はせつなといるときだけ時間の流れが切り替わるような感覚をおぼえている。喉の奥がじくじくと暖かくなるような思いも。
ゆるやかな足取りで遅れをとりながらとりとめのない会話を続けていると、不意にこめかみに雫が降りおちて伝うのを感じた。それは遠くでラブたちが頓狂な声をあげたのと、ほぼ同時だった。
天気雨だ。
ぽつぽつと出方を試すように振りおちた雫はしだいにその数を増やし、傘はいらないくらいのかすかな雨に成った。祈里は声をもらして足を止めた。並んでせつなも立ちどまる。
霧にも似た軽く心地よい雨が火照った頬を洗っていく。その淑やかなベール越しに見た陽は、あいもかわらずその身を焼いている。そのちぐはぐな様相に、傾いていた太陽がついに転げ落ちてしまったようだと思った。気がつくと空はとうとう塗りつぶしたような橙に染めあげられていた。
「ああ、晴れているのに。ふしぎなこともあるのね」
せつなはてのひらを翳して、すくいとるように広げる。けだるい陽にあたためられた水は、肌に落ちたところで温かくも冷たくも感じさせない。やわらかい髪が頬にはりつくのにも構わずに、ふたりは夢中で雫を浴びていた。あるいは、身動きがとれなかったのかもしれない。せつなは立ちつくしたままだった。祈里の胸だって、どうしてだかくらべられないくらいに高鳴っていた。
神々しい、と思う。使い慣れない言葉だけれど、祈里は胸にふっと浮きあがってきたそんな表現がぴったりだと思った。その定義を説明することはできなくても、模倣のゆるされない美しさをなにかに例えずにはいられなかったのだ。
「こんな綺麗なところなら、神様だって喜んで来るでしょうね」
祈里は弾むような声で言った。ほとんど感嘆のような言葉だったから、返答を期待していなかったのかもしれない。
「かみさま?」
「うん」
だから予想もしなかったことだけれど、せつなはその言葉を拾った。祈里は返事をしたあとで、その問いかけが不可解を意味していたことにようやく気づいたのだ。
「そういった表象があるのは知ってるわ。……でもそのものは、この世界には存在しないんでしょう」
せつなは振り返りしなに小さく首を傾げる。ああ、と祈里は声をだした。この子のうまれたところにそういう概念はなかったのかもしれない。祈里はかわりに彼女が妄信していたものを想起したけれど、知りもしないものに例えるのはあまりに浅はかだと思い、胸のうちで首を振った。
不意に、せつながこちらの世界で暮らしはじめたころ、空の色が移ろいやすいことにいつでも興味を示していたのを思いだした。――初めてこっちに降りたときはおどろいたけれど、いまでも飽きないんだもの。そう、照れくさそうに笑う姿を。
少し離れた場所で騒いでいたはずのふたりはもう飽きたのか、すでに芸能人の話題か何かに戻って盛り上がっているのが漏れきこえる。
「かみさまはどこにいるの」
「どこにでもいたり、いなかったりするわね」
要領をえない返事に、せつなはますます疑問のいろを濃くしていく。
「からかっているわけではないのよ。そういうものだから」
付け加えると、せつながつぶやくように繰り返した。そういうもの。そういう、もの。
祈里は返ってきた言葉を、なぜだか知らない国の言語のように耳に馴染まなく思った。
雨足は微弱ながら勢いを増していく。急いで帰りましょうと、遠くから叫ぶ美希の声が環境音のように聞こえる。返事をして、案外通らなかった声を笑いながら祈里はせつなに向き合う。
「せつなちゃん、日曜はひま?」
「ええ」
柔らかな光を称えた瞳が祈里を見遣る。橙をとりこんで散った細やかな光。視線を落とすと、そんなせつなの朱の衣服に染みた雫がなぜだかとてもよく目についた。ぽつりぽつりとその数を増やしていくのをただ眺めていた。このままでは、この雨に覆われてしまうと思った。何もかも。きっとふたりとも。
「ちょっと、付き合ってほしいのよ」
「……どして」
ゆっくり含めるように発した言葉は、あまり自信のない様相だったと思う。けれどせつなが彼女特有のどこか拙いような声色とともに首を傾げるのを見て、ふいに軽やかな笑いがこぼれる。胸が、急に晴れていくように錯覚した。足は勝手にふたりの待つほうへ歩きだそうとしていた。空の色よりも変わりがちな気分が、いまは浮ついてたまらなかった。
祈里は、彼女の手をとってこう言った。
「せつなちゃんを礼拝堂に連れていくわ」
それほど知られてはいないことだが、白詰草女子学園にはふたつの礼拝堂がある。
といっても、それぞれは隣同士に仲良く並べられているわけではない。日ごろ講堂のように使われている大厦に対し、校舎のある敷地から七分ほどを要する私有地にひっそりと建つそれが、ふたりの行き先だった。
小屋と言っても間違いにはならないような規模の建造物は、日曜にのみ市民に解放される。お世辞にも広いとは言えない大きさでありながら天井は高く解放的で、それなりの存在感を持って鎮座している。申請をすれば誰でも使えるものの、ここをよく知らないまま卒業していく生徒も少なくないだろう。祈里も自分の用事でここを訪れたのは、実のところ初めてだった。
校舎とかわらないアイボリーの壁にはゆるく蔦が這う。その葉にも負けず鈍い緑をたたえた煉瓦が屋根を構成していた。幅のあまりなくひょろ高い建物はそのものがどこか蔦のようだと祈里はつぶやいた。せつなは、乾いた笑い方をした。けれど祈里には彼女が無関心なようには思えなかったのだ。本当のところはわからない。曇った色の飾り窓からは礼拝堂の中を伺えなかった。全体のディテールに比べるとにわかに豪奢にも感じられる重い扉に、俄に錆びのめだつ鍵を慎重に挿す。
これほど華奢な小屋にも、それが特別な場所とみなされるだけで纏う空気が存在する。校内の礼拝堂に負けじと整えられた室内には、余計なものがなにひとつ存在しなかった。それでも、それだからこそ――記憶とたがわぬ静けさに、胸に迫るものを感じずにはいられなかった。
祈里がはじめてここを訪れたのは、小学生の頃に中等部を見学に来たときだ。つぎに入学当初の学校案内。どちらもさわる程度に見ただけだったから、流石に細かくは記憶にとどまっていなかった。それよりもここへ来るまでの道のりの意外な長さに、当時の新しい友達と戯れとばかりに騒いでいた、そんな思い出ばかりが薄らに残っていた。祈里は今だって新しい友人と呼べる人と共にここに居る。けれど今度の道のりばかりは、彼女と話をするには短すぎたのだと感じた。唯一はっきりとおぼえていた、校舎と同じ物をあつらえながらほとんど傷のついていなかった長椅子。それは今も草臥れてはおらず、整然と身を横たえ続けていた。そういえばこの建物は十数年前につくられたばかりだったのだと唐突に思い出す。それとなく聞き流した情報がよくも蘇ってきたものだと思う。目に飛び込んできたものを重ね合わせながら、祈里はたった少し昔の気持ちを思い出そうとするけれど、それは難しいようだった。
祈里は小さく息をつく。それすらたやすく鼓膜を渡るほどに、ここでは外の音はきこえない。わたしたち外界からきりとられてしまったみたいね、とせつなは苦々しく笑った。両の指からわずかにこぼれる程度の人数しか収められない広さながら、ふたりには狭すぎるとも感じられなかった。
予想に反して手入れはゆきとどいている。通路に広げられた絨毯には綻びが見つけられず、中央の鉄製の台やその周囲は埃がかぶらないよう、丁寧に拭きあげられていた。照明は点けなかった。天井のトレーサリーから差すひかりが、まるでスポットライトのように空間を照らしあげていた。それで十分に思えたのだ。
「姿がみえないのに、かみさまはたいせつにされているのね」
せつなが言った。茜の目を見開きながら、知らない空間をひとしきり楽しもうとしているのだろう。余分な色を排除した空間に不釣合いな赤いヒールのサンダルが、かつかつと軽い音を立てる。けれど彼女の存在感とあいまって、それはこの無機質な世界に不思議と馴染んでいた。
雨降り空を仰ぐせつなの姿を見たときに、なぜだかここに来たいと思ったのだ。
目に見えるものをありのまま、かつこわごわと抱き込もうとする彼女が、祈里には時にあまりにも脆く見えた。バランスを取りなしながらあたらしい日々を歩んでいくことがどれだけ難しいか。自らを幼馴染みたちと引きはがしながらこの学校に飛び込んだ祈里は、決してその全てではなくても苦悩を知るつもりでいた。せつなが努力を続ける姿に友人として感心しつつも、際限を括らない姿勢は心に痛かった。
こんなわたしでも、何か力になることができたら――。その切望だけで唐突に手を引いた自分を、彼女はどう思うだろう。祈里がとうてい不自然な過保護を胸のうちで恥じらったのと、せつながうろつく足を留めたのはちょうど同じタイミングだった。
「綺麗なところだけど、……わたし、ここに来て良かったの?」
「来てはいけない人なんていないわ」
おだやかな声で問う彼女は、それでいて目をちらちらと泳がせていた。祈里の言葉を聞いてにわかに安堵したように見えたけれど、それから続けざまに祈里の目をとらえ、二、三の足音を響かせて歩み寄る。
「なんで、わたしを連れてきてくれたの?」
やはり問われるか、と心なしか咎められたような思いがして、祈里はうろたえた。その言葉尻に攻めるような意図がないことは十分にわかっていたのだけれど。あまりに真摯でまっすぐな瞳は夕陽より濃いくれないをたたえて、いっそ畏敬をいだいてしまう時さえある。
「……うーん、どうしてかな。とっても落ち着く場所だから見せてあげたくなったのかな……なんて、それじゃ漠然としすぎているわよね」
訊かれるはずだとわかっていたのに、その準備が出来ていない自分には驚いた。祈里は考えあぐねて、思わずあしもとに視線を逃がす。双の紅い爪先は冷ややかな床にあいかわらず馴染まないまま、まっすぐこちらを向いている。断言をおそれる内気さもすこしは克服できたと思っていたのに、こんなところは治らないままで、いやになる。
「本当は、一緒にお出かけするきっかけを作りたかったのかも」
「そうなの?」
正解にも間違いにもならない言い訳を口にすると、せつなが呆れたように笑みをこぼしてくれたから、祈里にはふいにそれが確からしいと思えてしまった。今になって考えたところで答えの出るものではなかったのかもしれない。こうしてふたりきりで、再び同じ景色にこころ奪われることを望んでいた。それ以外の理由などきっとこじつけに過ぎなくなってしまう。言葉を切って、ふたりして天井を見上げた。
よく見ればトレーサリーの模様にはひとつとして同じものがない。その向こうにあるはずの空のありざまに似て、夜の紺から朝の白までを渡り歩くように散りばめられた色たちが、充溢に閉じ込められている。眩しいはずの光も目を細めれば伺うことができて、そのために技巧の繊細さにあらためて気づかされもした。
校舎の礼拝堂よりよっぽど細やかにつくられたこの模様に、せつなはどんな感想を持っただろう。奥の壁には、それを簡易でやや大味に引き延ばしたような模様の飾り窓がこちらを見つめ返していた。その表面の曇りに触れることはためらわれて、祈里は惰性に引きずられるように堂内を見渡していた。
「少しだけわかったかもしれない。……ブッキーの言いたかったことが」
先程より幾ばくか力を持って聞こえたせつなの声に、祈里は体ごと振り向いた。
「なんだかね、うまくイメージ出来ないのよ。居もしないものに縋ったり、見えないものに価値を見出すことは……まだわたしには難しいわ。誰かを大切に思うように、見返りをもとめない感情とは、別でね」
せつなの白い両手が丸く握られ、胸元に重なる。その口ぶりはひどくゆっくりだった。慎重に言葉を選んでいるように。
「でも、足がかりを探してしまう気持ちはわかる。わたしも館にいた頃、目的のためにこの世界の人たちを惹きつけるものが必要だったの。だから簡単に人を心乱せるものを探して回ったわ。それで辿り着いたのが……笑っちゃうわよね。手にとれないものなんて何も信じてはいなかったのに、占いなんか」
彼女の取り繕ったような笑顔を久しぶりにみたと思う。けれどその柔和さにわずかな手応えを感じながら、祈里はしずかに首を振る。
「占いは生き物だって、せつなちゃんはそう言ったでしょう」
「……ええ」
「信じる気持ちも同じだと思うのよ。……ひとの想いがかわらないことなんてないわ。感情は生きているんだもの。その持ち主と寄り添ったり、反発したりしながら。それでもひとりでは持てあましてしまって、どこかに心ごと預けずにいられないときは、きっと誰にでもあることでしょう」
指標のない世界はこころぼそいから、だれもが偶像をかりて道標をじぶんでたてているのかもしれないね。
確かめるように言葉をつむぎだすと、せつなは頷きながらも困惑しているのがわかった。それでも、少しでも胸のうちを打ち明けてくれたよろこびが、祈里の胸をにわかに温めたけれど。
――そういうものなのね。せつなの返した言葉だけが繋がりかけた心緒を切り離し、どうにも思考の収まりをわるくさせた。
塊のように張った空気をなぞるように惑うその目はおそらく、彼女の今の足がかりを探している。ここには静謐の気配があった。なだらかで無欠で神聖な場所と、そう看做されるための気配が。せつなは、それだけおそれているように感じた。
「ねえ。せつなちゃんも、お祈りしてみて」
祈里の軽やかな声色が導いた動揺は、思っていたよりもきっと大きなものだった。
空気はじっとりと息をひそめているのに、体じゅうがかわいているような気がした。せつなは遠慮がちに歩をすすめて、棚の上に鎮座する空白を仰ぐ。どれほどのろのろと動いても、そこに辿り着いてしまうまでの時間など知れていた。
――こんなふうに、ほら。
祈里はせつなの華奢な両手をとらえると、それをそっと彼女の顔の前で束ねた。あわせられた指先は、白い光をうけてまあたらしい蝋燭のようだった。
「……こうかしら」
たどたどしくその手を見遣りながら、せつなはやはり困惑の表情を浮かべる。
「何をお願いすればいいの?」
「なんでも、いいの」
彼女がくちびるを閉ざし、細く息をついた短い時間の間に、どんな逡巡があったのかは推しはかれない。せつなは言われるままに冷たい床にひざをついて、深く目を閉じる。
その瞬間、祈里には彼女が小枝のようにちいさく見えた。あるいは、遠く見えたのかもしれない。彼女は薄められた極彩色の光を背負って、移ろう空の模様に取り残されたような佇まいでいた。ここにあるものの全てが、触れてもいないのにやけに冷たかった。静けさがやかましいくらいに耳を支配していた。
同時に祈里は居たたまれなさにおそわれる。見たかったのは。見たいと思ったのは、この姿だったろうか。かすかな肌寒さが、昼間であることを忘れさせた。静けさはおのれの耳をきりきりと責めたてるようで苦しかった。あたりには呪詛のような静寂が立ちこめて、ただそれだけだった。
せつながふっと目をあけたとき、凍りつめていた時がゆっくりとその息吹をとりもどした。
「雨が止まないわ」
せつなが諦めたようにつぶやいたその声は、空気を伝って祈里のみみもとだけに降りそそいだ。
彼女が言うところの雨音を、祈里はききとることができなかった。外は色のない雲に覆われているばかりで、雨空には見えなかったけれど。雨はどこに降っているのだろうか。思惟したとき、あの日の、せつなを誘い出した日の鈍い土の薫りがふいに思いだされた。
あおいだりあわれんだり――誰かへ向かう想いは、どうしてこんなにも身勝手なのだろう。大切なあまりに、愛で囲うあまりに、この手で救ってあげられないのかとどうしようもなく思わされてしまうときがある。けれどそのひとの肩に固着したおそれを崩すことができるのは、自らしかいないのだ。
手を引いて導いた先のそれがただしいだなんて、いったい誰が言い切れるのだろう。この部屋の冷めた空気を見つめる瞳の裏には、傾いた陽の色が焼き付いたままだった。けれど空の色は、身をとどめることを知らない。
美しい夕陽はやがてその身を枯らし夜となる。朝は、いつでも再生とともにおとずれる。そのどれをも問わず蹂躙する雨を超えていく力が、誰にもあるというのなら。
差し伸べる手は、その全てが身勝手から逃れられないのかもしれない。助けたい、力になりたいだなんて嘘だ。本当は彼女の側にいられる自分を、力になれる自分を信じるためのひとりよがりなのだ。そう、祈里は思った。
それでも。
「――待っていましょう」
どうか、あなたの心をたまらなく濡らす、無為の雨が過ぎ去る日を――。
ひざまずくせつなの肩を包むように抱くと怖くなるくらいに冷たかった。けれど重ねるようにして握られた手が温かく感じたのだから、祈里の手もおそらくは冷ややかだったのだろう。
ついてきてくれてありがとう。離れないでいてくれてありがとう。力を貸せることがこんなにも救いになるのだと、気づかせてくれて。
こうして導かれるべきは、自らだったのかもしれない。この世界のどこにも身体をあずける頼りはないのだ。手をとりあっていくことでしか、真っ直ぐに進んでいくことはできないのだろう。
だからぬかるんだ道を転ばないように歩く、このちいさな肩を支えることくらいは。きっと許されるのだと、今は強く信じている。
あなたの雨がじきに止むって、わたし……。
冷たくさめた頬がやわらかな色を浮かべたとき、世界はやっと鮮やかさを取り戻した。
最終更新:2014年09月13日 18:26