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「小料理屋『よつば』心を込めて準備中」/ねぎぼう




『準備中』
 札を裏向け、暖簾をしまうと、今夜の小料理屋『よつば』はいつもより早い看板となった。
(大女将、ごめんなさい!)
 今は亡き先代の女将に心のなかで謝る新米女将ひとみ。

「さ、いこっか!」

 数少ないお品書きであるつみれを焦がしてしまい、失意のひとみに
『ハンバーグ作るからご飯食べにおいで』と誘ってきた不思議な客。
 しかしそこには裏表を感じさせない明るさがあった。

「あのぉ~ほんとにいいんですか?」
「もちろんだよ!皆で夕ごはん食べたほうが美味しいもんね」
「でも、お客さんウチで飲んで……」
「今日は月に一回の『お外でちょっとは飲んで帰ってもいい日』なんだよ」
「(クスッ)そんな日があるんですね」

 などと話しているうちにラブの家に着く。
 実家からは独立して、今は小さなマンションで暮らしていた。

「ただいまー!」
 二人を黒髪の女性が出迎える。
「おかえりラブ、早かったのね。このお方は?」
「小料理屋『よつば』のおかみさんなんだ」

 ひとみは、ラブの後ろから申し訳なさそうに尋ねた。
「ほんとに……?」
「もちろん!みんなおうちでゆうごはーん、だよ。さ、上がって」

 ラブに背中を押されるような格好になる。

「……おじゃまします」
「いらっしゃいませ。せつなです」
「(小声で)あの時の友達なんだ」
『よつば』での会話を思い出す。
「えーっ!つみれ煮込んで干物煮込まずの?」
「おーっとっとっ……うっかりお店のつみれ焦がしちゃったんだよね!?
今夜はお家でハンバーグ作っちゃうよー!」
「ラブ、ずるいわ。それならコロッケもよ!」

(ラブさんにせつなさんって言ったよね?まさかあの四つ葉町を救ったという伝説の?)

 新米女将ひとみが先代女将から四つ葉町を救ったヒーローがいることは聴かされていた。
その中の二人が今目の前にいる。

(しかも、普通に……料理しているし)

「おかみさん、ラブちゃん特製激ウマハンバーグ見ていってね」
「私のコロッケもなかなかのモノよ。精一杯、頑張るわ!」

 二人はエプロンをつけると、めいめい食材を手にして調理を開始した。
違う料理を作っていながら作業がかち合うことがない。

「ミンチ少し分けてね」
「オッケー!」
「ニンジンもちゃんと入れなきゃダメよ」
「やっぱりダメ? じゃ、ピーマンも入れよっか?」
「……私は、ちゃんと食べるから」
「せつな、顔が青いよ?」
「何でもないわ!」

掛け合いの中で着々と調理が進む。

 そういえば、依然先代の女将に連れられて料亭に見学したときにも
何人もの板前が多彩な注文をこなしているのをみた。
 その時は板前が淡々とこなしているだけであったが、
今夜のこの二人は何気にリンクまでしている。

「お待たせ!ちょっと遅い時間だから、そんなに品数できなかったけど」
「いえいえ、そんな……」

 食卓には、レストランに並んでいてもおかしくないようなハンバーグと
コロッケと付け合せが並んでいた。
 お客に料理を出すのが仕事なのにまだ「つみれ」と「干物」しか
できない自分が恥ずかしくなる。

「冷めないうちに食べようか?じゃ、いただきます!」
「……いただきます」

 ひとみは付け合せのニンジンの金平に箸を延ばした。
「え……美味しい」
「おかみさん。ちゃんと作れてますか? ラブ自身ニンジンが苦手だから……」
「せつなー、ちゃんと作ってますよう」

 続いてラブ自慢のハンバーグに箸をつけた。
 女将さんを迎えることを意識してか照り焼きソースで仕上げていたが、
箸で割れるくらいでありながら箸で挟んでいても型崩れしないという
バランスの良い固さを保っていた。

「美味しいです。ビールにも合いますね」
「でしょ?せつな、ビールもう1本いい?」
「ダメよ、もう飲んできたのでしょ? おかみさんはもう1本いかがですか?」
「ありがとうございます、恐れ入ります。十分いただいております」

 せつなのコロッケを箸で割るとほのかに湯気が上がる。
口にするとじゃがいものホクホク感に、ミンチ肉が宝石のような煌めきを示した。

「せつなのコロッケ、明日も頑張ろうって気になるんだー」
「やだ、ラブったら」
(明日も頑張ろう……か)

 先代の女将が生前に
“私達の仕事はただ酒と料理を出すだけじゃない。明日への元気をお土産にしてもらうことなんだよ”
と言っていたことを改めて思い返した。
 大女将の思いを胸に、コロッケのミンチ肉を噛みしめる。

「あの……すみません。ひょっとして、貴女達は四つ葉町のあの……」
「覚えてくれている人、いたんだね。うん、昔プリキュアだったんだ」
「私はかつてこの街で……」
「でも、一番強くて優しいプリキュアになった。それでいいじゃない」
「ラブ……」

(『いろいろ大変だったこと』を超えて今があるのね……)
 ひとみはこれ以上『つみれ煮込んで……』の話を蒸し返すべきでないと感じた。

「ね、おかみさんの幸せって何?」
「え?」

 新米女将は先代の女将に四つ葉町の老舗小料理屋の女将の跡継ぎに
突然指名されてこの街にやってきたことを思い起こした。
 勝手もわからぬまま「干物」と「つみれ」がやっと作れるようになった矢先に先立たれた。
 引き継いだ看板は守っていかなきゃ。
 とはいえ、まだまだできることは少ないうえに、競合店との争いにも疲れる毎日。

「お客さんの……笑顔ですかね」

 つみれと干物しか作れないことで客足が少しずつ遠のいていくという現実。
その中でなけなしのつみれが大女将の味に少しずつ近づいていることを喜んでくれる客。

 その言葉がひとみの本心であることが感じられたせいか、ラブもせつなも笑顔でその言葉を返した。

(そうだ、私ばっかりが元気をもらっているんじゃいけない。私からも元気をあげなきゃ!)

「ラブさん、せつなさん、今度ハンバーグとコロッケの作り方を改めて習いに来てもいいですか?」
「いいよ!おかみさんもつみれの作り方、教えてほしいなあ」
「はい、喜んで!」
「レパートリーも増えて、幸せ、ゲットだよ!」


 翌日、仕込みのために店に入った新米女将ひとみは誓った。

(ハンバーグとコロッケがちゃんと作れるようになったら、お店のお品書きに加えよう。
まずはお客様が元気になれるよう、心を込めてつみれと干物を作らなきゃね!)

 夜が来て、ひとみは暖簾をかけた。

(昨日は早じまいごめんなさい。今日は元気を増量しますから)

 そして、昨日は申し訳なさげにひっくり返した札を今日は決意を込めて戻す。

『営業中』 
最終更新:2014年09月15日 22:17