廻る世界で日常を踊る/そらまめ
「―――フレーッシュっ!」
消えていくナケワメーケ。光に包まれるそれを見る。今日も、終わった。
「今回もまあまあ完璧だったわね」
ひとつ伸びをしながらベリーがこちらに歩いてくる。
「ベリーがまあまあってつけるなんて、今日は何か納得できない事でもあったの?」
同じように並んで歩くパインがのぞき込むようにベリーを見れば、それとは反対の方向を向いて腕組をしだしたベリーにクスクスと笑うパイン。そんな一コマに日常を感じる。プリキュアに変身している非日常の中にいつもの自分達を見つけて不思議な気持ちになった。
「パッション、腕から血、出てるよ」
「え? あ、ほんとね」
ピーチの視線の先を追えば、左腕から血が流れ出していた。腕から手先に伝わりぽたりと落ちるその光景に、息を吐き出す。
「だめだよ」
「え…?」
地面に落ちた赤い雫から再びピーチに目線をやる。何がダメなのかわからないが、ひどく真剣な顔で見るものだから、胸がぎゅっと掴まれた様に感じた。
「だめだよ。早く治さなきゃ」
「そうよパッション、こういうのは跡が残ったら大変なんだから」
「ならあそこの教会の裏手に行こう? あそこは滅多に人も来ないし、わたし救急セット持ってるから」
変身を解くために人目につかない教会の裏手へと飛ぶ。確かにあそこに誰かいたことってなかったな。なんて思いながら夕日に染まる街を見下ろした。
夕日の紅に染まる教室で、窓際の席に座ってグラウンドを見る。
今日は修学旅行の係の集まりとか委員会とかが重なって、ラブと一緒に帰る事も出来そうにない。クラスの大半はもう帰ってしまっただろう。
放課後の一人きりの教室は、落ち着くけど、不安になる。
グラウンドから時折聞こえる笛の音や、カキンと金属が鳴る音、無造作に流れるBGMを聞くと人の気配がして安心するが、教室の赤さが次第に黒く影を落としていく様は、自分のようで不安になる。一人きりだと、自分を見失いそうだ。
なんて思いながら、この間怪我をした左腕を撫でる。制服越しからの振動でもまだ痛みの残るそこを、掴むように上に置いた手に力を込めた。
「だめだよ」
そんな声にはっとして手の力が緩んだ。
声のした方を向けば、教室のドア近くにラブが立っていた。
「どうして…」
もう、帰ったものだとばかり思っていた。こんな時間だし、お互いに用事がある時は別々に帰宅していたのに。
「せつなが、いると思って」
「私の事、探してた? 何か用事だったとか?」
「ううん、違うよ。でも、今のせつなは、一人にしておきたくなかったんだ」
近づいてきたラブは、そっと左腕を撫でる。きつく握ったせいで皺のよった制服を戻すその手つきは、壊れ物を扱うかのように優しく、そして、怯えているかのようだった。
「だめだよ乱暴に扱っちゃ。傷は治りかけが一番危ないんだから」
「だからそれは風邪の時の話よラブ…」
「だから…?」
「あ…いえ、なんでも」
撫でる手を止めて驚いたように見下ろすラブは、チラリと外の景色を見て、それからこちらに向き直ると今にも泣きそうな顔で笑った。その表情に、こちらも目を見開く。
「帰ろうか」
「…そうね」
そんな短いやりとりをした後、黒くなり始めた誰もいない教室を後にした。
「修学旅行、早く行きたいよね」
「ええ」
「せつなと一緒にバーベキューするのとか、シーサー作るのとか、早くやりたいなー」
「ラブったらもうルート覚えたの? しおり作りも始まったばかりじゃない」
「楽しみ過ぎて熟読しちゃったんだもーん」
えへへっと笑うラブにつられて笑う。学年で一番修学旅行を楽しみにしてるのはラブなんじゃないかと思えるほどわくわくした表情に、まだ体験したことのないその修学旅行を、自分も随分と待ちわびるようになってしまった。
手をつないで夕日が沈む土手沿いを歩く。犬の散歩中の近所のおばさんとか、自転車で走り去っていく高校生とか、時折すれ違う人々を見ながら、日常を感じる。
腕の傷を気にしてかラブと繋いでいる左手は優しく柔らかな触り方だ。右手に持つカバンが、それとは対照的すぎてひどく重く感じた。
「明日は晴れるかなぁ」
「どうかしら」
「雨は嫌いなんだよなあ…」
立ち止まり二人そろって見る夕焼けに、雲が少しだけかかっていた。
「降ったわね…」
昇降口から空を見上げれば、厚い雲に覆われて昼間の青空が嘘のようだった。にわか雨と呼ぶには本格的な降り方をしていて、予想していなかった大半の生徒は傘を借りるため職員室へと走っている。こんな日だ。早く行かないと傘も無くなってしまうだろう。
手探りで鞄から取り出した折り畳み傘を見つめる。最近ずっと鞄に入れていたものだ。こういう事がいつおきてもいいようにしていた。用事があるラブを待つ間、水路脇の水かさが増していくのを見ながら、ラブは置き傘なんてしてないだろうし、この中を傘一本で二人して歩くのは中々難儀だと思った。帰る頃にはきっとずぶ濡れだ。
「おまたせせつなー、さ、帰ろ」
小走りで駆け寄るラブが隣に並ぶ。
「うわー、すっごいねこれ」
「ええ、家に帰るまでに風邪をひかないか心配ね」
折り畳みの傘を開いてラブの方へ少し傾ける。と、ラブは自分の鞄をごそごそと漁りだし、時折がちゃがちゃと音を立てながら出したのは、今自分が持っているのと色違いで一緒に買った傘だった。
「ああ、あったあった。せつなも傘持ってるしこれでびしょ濡れは回避できるねっ」
「なんで…いつもは傘なんて持ち歩かないじゃない」
家を出て雨が降っていた時、明らかに雨が降りそうな時、そういう時にしか傘なんて持っていかないのに。今日は朝から晴れで、天気予報だってそう言っていたのになんで。
「んー、なんとなくね、降るんじゃないかなーって思って最近は鞄に入れてたんだ」
困ったように笑いながら言われる。理由の曖昧さに思わず傘の柄を持つ力が増した。
雨なんて降らなきゃいいけど、いっそずぶ濡れになった方が気が晴れるんじゃないだろうか。この想いも一緒に洗い流して無かった事にしてくれればいいのに。
でも、吐き出したのは結局、一つの溜息だけだった。
「お風呂、入ってきなさい」
「えーなんでー」
「なんでって二人ともびしょ濡れだからよ」
「このくらい平気なのに…おやつ…」
「ラブ、諦めましょう」
傘なんてあっても無くてもびしょ濡れになった。雨が暴風も伴って襲い掛かってきたせいだ。どうあがいても二人でお風呂は免れられなかったようで、おやつを後回しにされたラブはトボトボと風呂場へ向かう。そんな哀愁漂う後ろ姿にあゆみと顔を見合わせ思わず苦笑いをした。
「あーあ、けーっきょくお風呂だもんなー」
「この雨じゃどうしようもないわよ」
既に体を洗い終えたラブは、風呂場の縁に腕を置き、その上に顎をのせてこちらを向いている。顔が左右に動く度、湯船でちゃぷちゃぷと水が揺れ動く音が響いた。
一緒にお風呂もようやく慣れてはきたけれど、それでも見られているのは落ち着かなくて、身体を行ったり来たりするスポンジの速度はいつもより速めだ。
「そんなに焦らないでせつな。傷、開いちゃう」
「えっ」
口元を腕に隠し、上目づかいで見てくるその視線に思わずぴたりと動きを止めた。
お互い目を逸らせなくて、天井から湯船に落下した水滴の音がいやに反響する。
「ねえ、ラブ」
「なあにせつな」
スポンジを体から離し、それを片手でぐにぐにと押せば泡が次々出てくる。視線を落としながら、自然と口元が震えた。
「私、ラブと一緒に居られてすごく幸せなの」
「うん。あたしもせつなと一緒で嬉しい」
「でもね、それ以上に、ラブが笑顔でいてくれるのが、私にとっては幸せな事なの。だから私…精一杯頑張るわ」
「あたしも、せつなが笑顔でいてくれる世界がいいんだ」
顔を上げる。ラブはいつの間にか立ち上がりこちらを見下ろしていた。
握ったスポンジから、泡が落ちた。
「どいて、ラブ」
「嫌だ」
「ラビリンスがナケワメーケをだして暴れてるのよ」
「あたしが行くから。せつなは今日は部屋にいて」
「そんな事できるわけないでしょ。ラブこそここに居て」
風呂上り、おやつと飲み物を持って部屋に入ると、リンクルンが同時になりだした。ドアの前で両手を広げ行く手を阻むラブと、それを睨み付けながらリンクルンを握る自分の間には、いつものような穏やかさはない。譲る気も、お互い無い。タルトはこの事態に交互にラブと自分をみながら慌てている。
「せつな、お願い。今日だけでいいから」
苦しそうで、泣きそうな、いや、もうすでに涙か零れ落ちている。お願いと絞り出すような声に、ラブの叶えたかった願いはこれだったのだろうかと思った。
「…いくらラブのお願いでも、聞いてあげられないの。ごめんなさい」
それでも、あなたを行かせて自分が残るなんてできないから。リンクルンに願う。
「…アカルン」
「待ってせつなっ!!」
手を伸ばすラブのその手に掴まる前に、視界が飛んだ。
「せつなっ、遅かったわね」
「ごめんなさい。ちょっと色々立て込んでたの」
「せつなちゃん、ラブちゃんは? 一緒じゃないの?」
「そうね、後から来るのかもしれないわ。私たちだけでも先にナケワメーケを」
「ええ、そうねっ」
「うんっ」
ラブが来る前に、ナケワメーケは倒すつもりだけど。
プリキュアに変身して、豪雨の中を飛ぶ。さっきまでは制服が濡れたといちいち騒ぎながら帰宅したが、今は当たる風も衣装を濡らす雨も気にならない。それよりももっと速く。限界まで速度を上げて、それでも遅いと歯ぎしりするその先では、雨の音に混じって爆発音が響き渡った。
考えるのはせつなの事。雨に溶ける血の色なんて見たくない。
せつなの名前を力いっぱい叫ぶ声は、雨音でかき消される。
早く、速く。
「はァッ!」
「ウゴぉオオオオッ」
いくつも伸びて襲ってくる木の根の触手。それを拳で貫いてもその度に再生していくことに舌打ちをする。この雨もその再生の手伝いをしているのだろう、本体が徐々に巨大になっていくのがわかる。長引く戦いは不利になるばかりだ。早めに決着をつけなければと拳に力が入る。
ラブが来る前に。早く。
「パッションっ! ちょっとパインっ、パッションなんか変じゃないっ?」
「わたしもっ、そう思うよベリーっ!」
迫る木の根を躱し、壊しながらお互い話し合うのはパッションの事で、前しか見えていない戦い方にお互い首をかしげる。
「ラブとっ何かあったのかしら!」
「一緒に来なかったからっ! そうかもっ!!」
「「はあああっ!!」」
パインが囮となって躱す木の根を、背後からベリーが蹴りで軌道を逸らせ同時に拳をぶつければ、引きちぎられた木の根は上空に打ち上げられパンッと弾けて消えた。
「パッション、絶対気付いてないわよねっ」
「うんっ、多分っ!」
パッションがやってくる攻撃をなりふり構わず倒しまくっている間、パインとベリーはお互い連携して敵の弱点を探していた。
「本体から切り離してっ」
「地面につける前に攻撃すればっ」
「「消えるっ!!」」
ぜーぜーとお互い背中合わせで息を吐きながら構える。そこから少し離れた所では、パッションが次々と木の根を壊す姿が見えるが、本体と切り離さない攻撃にダメージを与えることが出来ていなかった。それでも動くことを止めない姿を見て、ベリーは構える拳を下ろし溜息をついた。
「ちょっとアタシ行ってくるわ。なんか見ててイライラしてきた」
「べ、ベリー、なるべく穏便に、ね?」
青筋を立てたベリーの後ろ姿に苦笑いしながら見送る。きっと穏便になんてできないんだろうと思いながら。
「はぁ、はぁ、くっ…」
疲労ばかりが蓄積される。雨のせいで視界も最悪だ。それでも、目の前の敵は倒さなければならない。ラブの為に。
雨が髪を伝って視界を遮る。こういう時は髪の長さを煩わしいと思っても仕方がないと手で掻き上げても、すぐに落ちてきてそれもまた不快さを助長させた。
襲い掛かる木の根を横に躱す、その瞬間、両目に雨水が入って思わず目を瞑った。
「せつなぁっ!!」
雨音に混じり聞こえた声にはっとすれば、上空からピーチがこちらに向かって飛んでくる。でも、さらにその先の背後から木の根が迫っていて、フラッシュバックのように血濡れのピーチが今と重なった。
「ラブっ!! だめぇえええ!!」
手を伸ばす。また繰り返してしまう恐怖に嗚咽が漏れる。
一体何度同じ結末を繰り返せば気が済むんだ。もう、嫌だ。
どんなルートを歩いても結末はいつも同じで、その度に泣き叫んでは後悔ばかりが残っていく。どうすればよかったのか。もっと出来る事があったのではないか。どんなに改善してもラブは自分を助けようとしてくれるから、どんな事があっても自分で解決しようと決めた。それでも、結果は変わらなかった。自分が盾になってもラブが代わりになっても繰り返す。二人だけの鬼ごっこは永遠に終わらない。
ああ、また繰り返すのか。
伸ばした手がラブに届いても変わらないなら、いっそ一緒に終わったらどうなのだろう。
暗い考えが頭をよぎり、空に向かって伸びていた腕が地面へと落ちていく。
と、身体がふわりと浮きあがる感覚がした。
オレンジの暖かい風が一度吹き抜けて、それから間もなく背中に腕が回される。抱きかかえられて元いた場所から数十メートル先の地面に着地した。
先程までいた場所には太い木の根が地面に突き刺さり、ピーチは更に離れた芝生の上に立っていて、何が起きたのかわからないといった顔でこちらを見ている。
抱えられていた腕から抜け出せば青い衣装が目についた。ベリーが睨み付けながら見下ろしている。状況が理解できなくて、ベリーを見て、ピーチを見て、周りをきょろきょろとしていると、遠く離れた所でスティックをこちらにかざすパインがいた。
「なんで…」
「なんで…ですって…ふざけんじゃないわよっ!」
胸倉をつかまれて思い切り怒鳴られる。ベリーの目があり得ないほど近くにあって、その瞳には間の抜けた自分の顔が映っていた。
「アンタさっき、諦めようとしたわね」
「…っ!」
諦める。その言葉が突き刺さった。それは一番嫌いなはずだったのに。
「普段ならまだ許されるかもね。出来ない事は誰にだってあるもの。でもね…今のアタシ達は、プリキュアであるアンタは、諦めちゃダメなのよっ! アタシ達はチームなのよ? 二人でだめならアタシやブッキーだっているじゃないっ。忘れないでよ…」
滲む涙に怒気をのせて、絞り出す声音にこちらが泣きそうになる。
「み、き…」
「ふざけんじゃないわよ…」
「ごめんなさい…」
「いなくなったら、許さないから」
背中に回す手から震える振動が伝わる。どちらが震えているのかもうわからないけど、それでも強くその体を抱きしめた。
「せつな、せつなぁっ」
「ラブっ、本当によかったっ…」
お互い泣きはらした顔で、諦めかけた温もりを感じる。こうしてまたラブと話が出来ている事が奇跡だと思った。どんなに頑張っても辿り着けなかったこれまでと今に、どんな違いがあったのだろう。
「ようやくだね。美希ちゃん」
「ええ、ホントに。これであの泣き声は聞かなくて済むのかしら」
「どうだろうね。でも、一段落だとは思うよ。とりあえず今はお疲れ様。ほら、もういいから」
「ブッキぃー…」
「美希ちゃんも泣き虫だね」
「そう言うブッキーだって泣いてるじゃない」
胸に顔を埋めて寄りかかる美希の体を受け止め、頭を撫でる祈里の手はとても優しく、込み上げる涙が洋服を染めていった。
雨が止んだ曇り空の隙間に青空が見えては隠れ、光の柱が空と地上を繋ぐ。今日の天気をどうにかする事なんてできはしないけど、雲を晴らすくらいなら、この世界に喧嘩を売ってもいいかもしれない。こんな理不尽な世界を振り回されながら踊るように生きているんだ。それくらいは許されてもいいだろう。
「嫌な雲ね…」
「やっていいことと悪いことがあるって教えてあげるわ」
「あたし一発殴らないと気が済まないよ」
「わたしは一発どころじゃおさまらないかな」
ころころ変わる天気も、足掻く姿を楽しんでいるのかもわからないけど、きっと胡坐をかいて見下ろしているんだろう。
「こういう事が起きるのはきまって樹木のナケワメーケばかり」
「いい加減分かるわ」
「ついでに今回が今までで一番たちが悪い」
「許さないよ」
揃って見上げる先は雲の上まで続く大きな大樹。先ほどから活動が止まっている事に何か意味があるのか分からないけど、もう関係無い。
さあ、この世界の神様に喧嘩を売りに行こうか。
最終更新:2014年11月04日 23:15