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あの海から始まる物語:episode.1



 仲良し4人組でクリスマスパーティー。その後は、ラブちゃん家でお泊り。楽しい夜になる……はずだった。


 急にお腹が痛くなってしまった私は、一人で帰るつもりだった。
 折角のパーティーだもん。台なしになんて出来ない。したくない。
 だけど、そんな私を送って行くって言い出したのは、せつなちゃんだった。
 一人で平気だからって私がいくら言ってもまったく耳を貸そうとしてくれない。


「お願いせつなちゃん、私の話を聞いて……」


「いくら言ったって無駄よ、ブッキー」


「だって……私、せつなちゃんにも楽しい夜を過ごしてほしいの」


「もう十分楽しんだわ」


「ラブちゃんや美希ちゃんと一緒にお泊まりなんて、滅多にないイベントなのに……」


「それはブッキーだって同じじゃない」


「そうだけど……」


「ブッキーが治ったら、またいつでもお泊り会は出来るわよ」


「もう……せつなちゃんには敵わないなあ」


「はい、決まりね」


 こうして私は、せつなちゃんにアカルンで家まで送ってもらうことになったのだった。


 ラブちゃんと美希ちゃんに見送られ、せつなちゃんに抱きかかえられる。
 こんなに彼女に近づいたのは、それが初めてだった。
 何故だか胸がドキドキし、息苦しさを覚えた。これも具合が悪いせいだろうか。
 せつなちゃんって、何だかとてもいい匂いがする……。
 一瞬、お腹が痛いことも忘れて、私は彼女から立ち上る香りに感覚を研ぎ澄ませた。
 その瞬間、私たちは赤い閃光に包まれた。
 その眩しさに思わず目を瞑った私が再び目を開けた時、そこはすでに私の部屋だった。




「ブッキー、スイッチは?」


 真っ暗闇の中、私の耳元でせつなちゃんが尋ねる。彼女の息遣いを間近で感じ、動悸が加速する。


「待って、今つけるね」


 胸を打つ心臓の音が聞こえてしまうことを恐れた私は、急いで彼女から離れた。
 暗闇の中とはいえ、いつも寝起きする我が家の自室なので、スイッチの場所は見えなくても手に取るようにわかる。


 スイッチをつけると、部屋がパッと明るくなった。せつなちゃんは眩しそうに目を細めながら言った。


「お薬、飲むんでしょ?」


「うん、下に行って取ってくるね」


「いいわよ。ブッキーはベッドに横になってて。わたしがおばさまにいただいてくるから」


「せつなちゃん待って!そのことなんだけど……」


 今にも階下に下りて行きそうなせつなちゃんを止めるため、私は話し出す。
 今夜この家に両親がいないことと、その理由。
 両親は、私が泊りがけのクリスマスパーティーに行くのに合わせ、旅行に出かけたのだった。前からお母さんが行きたがっていた温泉旅館へと。


「だから、今日は誰もいないの」


 説明し終えても、せつなちゃんの顔は晴れない。それどころか、怒っているみたい……。


「じゃあどうして帰るなんて言ったの?」


「いつものことだし、お薬飲んで寝てれば治るから……」


「だけど、今夜ひとりぼっちなんて言わなかったわ」


「言わなかったのは、皆に心配かけたくなかったからなの。だけど言わなかったことはいけなかったわ、ごめんなさい。……怒ってる?」


「いつもなら怒るところだけど……相手は病人だからやめておくわ」


 せつなちゃんは、やれやれしょうがないわね、と言いたそうに肩をすくめ、微笑んだ。


「ごめんね、せつなちゃん、心配かけて。ありが、と…痛!」


 再び疼き出した腹部が、ニシニシと鈍い痛みを放つ。


「ほら!早く横になる!お薬は適当に探すから名前を教えて」


 お薬の名前を教えるやいなや、せつなちゃんは階段を駆け降りていった。
 このままベッドに腰掛けていたらどうなるだろう。決まっている。また彼女に怒られるだけだ。
 さっきのせつなちゃんの怒った顔を思い出し、ふともう一度怒られてみたい衝動に駆られた。
 ……怒った顔も可愛かったな。
 でも、そんなことをすれば嫌われてしまうかも知れない。嫌われるのは困るので、私は素直にベッドに横たわり、毛布にくるまった。




 しばらくすると、トントントン……と階段を上る音が聞こえ、ドアが開いた。
 何故か目を瞑る私。せつなちゃんが近づき、ひんやりした彼女の手が額に触れた。


「熱は……無いみたいね」


 手で熱を測る行為。ただ、それだけ。なのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
 ふいに彼女は、毛布の中にしまい込んだ私の腕を取り出して、今度は脈を取り始めた。


「少し速いみたい……ブッキー大丈夫?」


「う……うん、大丈夫」


 少し声が上擦った。喉が乾く。


「あの……せつなちゃん、お薬見つかった?」


「ああ、ごめんなさい、これよね?」


 管楽器のマークの黄色い箱を見て、私は頷き、身体を起こした。


「ブッキー、あーんして」


 言われるがままに口を開いた私の口の中に、せつなちゃんは白い糖衣錠を放り込んだ。黙って水の入ったコップを私の口の端に宛てがう。
 ごくっ、ごくっ。錠剤とともにコップの中身を一気に飲み干すと、私は再びベッドに横たわる。


「ありがと……世話かけちゃってごめんね。早くパーティーに戻って」


「ブッキーのベッドって広いのね」


「え?ああ、セミダブルだから……ちょっ!?」


 私が言い終わらないうちに、せつなちゃんが潜り込んでくる。


「寒いから、くっついてればあったかいわよ」


「そ、それは嬉しいけど……早くパーティーに戻って。きっと皆待ってるよ」


「大丈夫。さっき、ラブにはメールしといたから」


「メール?何て?」


「今夜はブッキーの家に泊まりますって」


「そんな、駄目よ」


「だって、ブッキーをひとりぼっちにはしておけないんだもの」


 せつなちゃんはそう言うと、私をぎゅうっと抱き締めた。


「早く良くなってね……ブッキーが元気ないと、わたしも調子狂っちゃう」


「せつなちゃん……」


 すっぽりと胸の中におさまる子猫のような彼女の頭を、私はよしよしと撫でた。


「ごめん……これじゃ、どっちが病人かわかんないわよね」


 ふふっと力無く笑う彼女の姿を見て思う。
 ああ、そんなに心配してくれてたんだ。
 胸の奥からぽかぽかした温もりが湧き出し、身体全体が熱くなる。


「私、お腹が痛くなった時、なんてツイてないんだろうって思ったの。でも今は……」


「今は?」


「なんてツイてるんだろうって思ってる」


 そう言うと、私はせつなちゃんを強く抱き締め返した。
 まだお腹は鈍く痛むけど、気にしない。気にならない。
 だって、幸せだから。


 こうして私たちふたりは、ひとつのベッドで温めあって眠り、聖なる夜を過ごしたのだった。


最終更新:2013年02月12日 14:18