『フレッシュプリキュア!(第16.5話)――ラブとせつなの大切なもの――』/夏希◆JIBDaXNP.g




 四つ葉町の森の深部に、ひっそりとたたずむ洋館――通称、占い館。その一室にて、正装したイース、ウエスター、サウラーが、揃って一体の虚像の前にかしづく。
 その幻影の正体は、ラビリンスの総統メビウス。幾多のパラレルで知られる偉大な支配者であり、同時に、誰もその実体を目にしたことがない謎の人物でもあった。

「いったい、いつになったらインフィニティが手に入るのだ」

 メビウスは必要なことしか口にしない。淡々と話す口調からは、焦りも、憤りも、何も汲み取ることができない。

「申し訳ございません、メビウス様」

 イースは一瞬だけ視線を横に走らせて、そう言ったサウラーの表情を伺う。彼もまた表情を変えず、心を表に出そうとしない。きっと頭の中では幾通りもの回答をシュミレートし、最善の印象を与えられる返答を探しているのだろう。

「しかし、これも全てプリキュアのせい」

 ウエスターの表情は見るまでもない。この男は始めから何も考えていない。まるで言葉を覚えただけの獣のように、感じたままを口にするだけだ。

「プリキュアの始末は、イース、お前に任せたはずだが?」

 ついに自分の番が来た。言い訳は下策。胸を張れ、顔を上げろ、ここは戦果を報告する場所と思え。

「ハッ! 愚かにもキュアピーチは、この私に心を許しております。あとは隙を見てリンクルンを奪ってしまえば、奴は二度とプリキュアにはなれません」

 全ては計画通り――そう言わんばかりに、イースは自信に満ちた声で答える。メビウスはその返答に満足したのか、それ以上は追求せずに黙って姿を消した。
 ウエスターは安堵の表情を浮かべて足を崩す。サウラーはすぐに席を立った。二人を一瞥すると、イースもまた、報告した計画を実績へと変えるべく行動を起こすのだった。






フレッシュプリキュア!(第16.5話)――ラブとせつなの大切なもの――』






 イースはせつなへと姿を変え、占い館に用意された自分の部屋で、首から外したネックレスを見つめていた。緑色の光沢のあるペンダントトップには、黒髪に戻った自分の顔が映し出されていた。
 すっかり馴染んだアクセサリーは、己の体の一部でもあるかのように感じられて、肌身離さず身に付けている。

「ふっ、そのペンダント、ずいぶんとお気に入りのようじゃないか?」
「馬鹿なこと言わないで。アイツを油断させるためよ」

 先日、占い館の通路でサウラーとすれ違った時の会話を思い出す。
 とっさに強がったものの、彼の指摘は図星だった。つけていないと不安になるし、見ているだけで心が満たされていく。

(お気に入りだから、何だと言うの? 私の作戦の成功の証であり、今のところ唯一誇れる具体的な戦果よ。現に奴は油断しているじゃない)

 お気に入りとは――大切なもの。このペンダントは――幸せの素そのもの。ならば――幸せとは……。

「せつなの幸せって、なに?」

 イースの思考の中にラブの声が混じり、心の平穏をぐちゃぐちゃにかき乱す。
 最近はいつもこうだ。特にボーリング場の、あの一件の後からは顕著だった。こうしてペンダントを見ているだけで、不思議と心が温かくなり、鼓動が早くなり、そして胸が苦しくなる。

(そう――これは私のお気に入りで、大切なもの。ラブが大切にしている、リンクルンを奪うための道具。さっさと済ませて、用無しになれば興味もなくなるはず)

 次のメビウス様への定期報告まで、もう日数も残り少ない。イースはラブの携帯に電話をかける。次は――二人きりで逢いたいと。






 ラブとの待ち合わせ場所は、この前と同じ女神像の前にした。
 先日の失敗の原因は、蒼乃美希と山吹祈里、そしてサウラーの邪魔が入ったためだ。ラブだけなら自分を疑わない。それは本音を引き出す羽根の効果でも立証済みだ。
 今度こそはと、強い決意で拳を握り、グッと力を込める。その直後に、突然背後から「わっ!」と声をかけられた。

「きゃっ!」

 せつなは思わず可愛らしい悲鳴を上げて、背筋をピンと伸ばして硬直する。
 声の主はラブだった。こんなに驚くと思っていなかったのか、おろおろしてこちらを伺っている。

「もう、ラブったら、驚かせないで」
「ごめーん。だって、いつもせつなの方が先にあたしを見つけるでしょ。今日は逆だったから、つい……」

 申し訳なさそうな顔で謝るラブを見て、思わず笑ってしまいそうになる。そして、すぐにそんな自分に気付いて、改めて表情を作りなおした。
 これは任務であり、作戦の一部だ。楽しい気持ちになってはいけない。笑顔は演技でなくてはならないからだ。

「もういいわ。それよりも」
「うん、わかってる。今日はあたしだけだよ。こないだはゴメン。せつなに会うのが嬉しくて、二人に自慢しちゃったから」

「そうだったの、もう気にしてないわ。私はただ――ラブと二人きりで会いたくなっただけよ」
「うん。あたしもせつなに会いたかったんだ」

 街の中で遊ぶのはこの間やったからと、せつなの希望で、今日は川沿いを散策することにした。四つ葉町はその名の通り、ほんの十年ほど前までは小さな町でしかなかった。
 開発が進み巨大な街へと発展しても、住人は変わらずに自然を大切にしてきた。だから大きな森もあれば、湖もあり、澄んだ川だってある。
 よほど自分の街が好きで、そして誇らしいのだろう。せつなは、「そうね」とか、「うん」くらいの返事しかしないのに、ラブは終始楽しそうで、会話は途切れなく続いた。

「ありがとうね、せつな」
「どうしたの、急に? こうして案内してもらってるんだから、お礼を言うのは私の方よ」

「そうじゃなくて、そのペンダントのこと。あたしのプレゼントした幸せの素を、大切にしてくれて」
「変なラブね。友達――ううん、親友のプレゼントを大切にするのは当たり前でしょ。それこそ私からお礼を言わなきゃ」

 せつなは、「ありがとう」と、今さらのように頭を下げる。その時にペンダントトップが目に入って、前から気になっていたことを尋ねることにした。

「本当はこれ、ラブが欲しかったんでしょ。どうして私にくれたの?」
「あ、うん、そうなんだけど。あたしはもう十分に幸せだし、もっと欲しいものができたから、かな」

「十分に幸せなのに、もっと欲しいものがあるの?」
「前に聞いたよね、せつなの幸せは何かって。それを見つけて、一緒にゲットしたいから」

「そんなことをして、ラブに何の得があるの?」
「だって友達が笑顔になってくれたら、あたしも嬉しいもの。せつなはそうじゃないの?」

「わからないわ。私には友達なんて――ううん、なんでもない」

 それからしばらく、二人は何も話さずに、ただ静かに寄り添って歩いた。
 幸せとか、笑顔とか。友情とか、友達とか。
 ラブと話していると、虫唾が走るとしか感じられなかったものが、なんだか違う、価値あるものに思えてくる。

 ペンダントを、首にかけたままそっと掌の上に乗せて見つめる。
 これはラブが欲しかったもの。ラブにとって大切なもの。だからこそ私にくれたもの。 
 そんな気持ちは、本当に愚かなんだろうか?

 そして今は――私の大切なもの……。

 胸の中が、あたたかくて、おだやかで、心地良いなにかで満たされていく。
 いっそ、このまま時が止ってくれたら――

(馬鹿な、何を考えている!)

 イースとしての理性が、そんなせつなとして芽生えかけた感情を否定する。
 今日はあのヘンテコな妖精もいないし、なんだか苦手なドーナツ屋も、そして邪魔な二人もいない。やっと巡って来た千載一遇のチャンス。
 ここで、今、確実にリンクルンを奪わなければならない。

 これ以上、自分は何も考える必要がない。判断はメビウス様に委ねているのだから。
 それが忠誠を誓うということなのだから。それこそが、自分の使命なのだから――

 川の向こう岸まで架けられた、大きな橋の中央に差し掛かる。ラブに案内してもらっている風を装いながら、本当は自分がここに誘導していた。
 案内なんて必要なかった。今日の散歩コースにかけては事前に念入りに調査して、ラブよりも詳しい自信がある。
 この川は川幅は広いけれど、比較的浅くて中学生の膝くらいまでしかない。しかしこの橋の下だけは深みになっていて、水位が腰くらいまであり、しかも橋の影になっていて陽が当たらない。
 だからここで何かを落としたら最後、普通の人間ではまず見つけることができない。

「ねえ、ラブ。今日の記念に、写真を撮って残しておきたいの」
「えっ、いいけど、あたしはカメラなんて持ってきてないよ?」

「ラブの携帯に、カメラ機能は付いてるでしょ?」
「あ、うん、一応あるけど、これだと一緒には写せないし……」

「構わないわ。交代で撮りましょう」

 せつなは川を背景に、首にかけたペンダントを軽く持ち上げて、見せるようにしてポーズを取る。

「次は私がラブを撮る番ね。二人一緒には撮れないから、その代わりに……これを首にかけて。それが友情の証よ」
「そっか、二人で同じペンダントをかけたら、一緒に撮った写真だってわかるもんね」

 ラブは何も疑わずに、リンクルンをせつなに渡そうとする。交換するかのように、せつなもまたペンダントをラブに渡そうとする。
 だけど、せつなはリンクルンを受け取るわけにはいかない。実は触れることすらできない。それを承知していたからこそ、この瞬間が最初で最後のチャンスだった。

 二人の手が交差する瞬間に、狙い済ましたかのように突風が吹きつける。
 せつなはよろけて体勢を崩し、ペンダントを手放してしまう。それは風に乗って橋の外へ落ちていき……。

「えっ?」
「せつな、危ないッ!」

 当初の計画では、ペンダントを拾おうとしたラブが、手にしていたリンクルンを川に落としてしまう手はずだった。
 それでも落とさないようなら、転ぶフリをして手を払ってでも叩き落とすつもりだった。
 なのに、身体が勝手に動いてしまった。川に落ちていくペンダントを、先に掴んだのはせつなで、そのままバランスを崩して橋の下に転落してしまい――

「ラブっ!」
「ふがっ、もごもご」

 せつなの右手はしっかりとペンダントを掴み、左手は――ラブの両手に掴まれていた。
 ラブのリンクルンは、狙った通り、後ろに投げ出す暇もなかったんだろう。ただ信じられないことに、彼女が口にくわえていた。
 せつなの体重は軽い。軽いけれど、ラブの細腕では離さないようにするのが精一杯で、持ち上げることなんて到底できなくて……。
 それでもラブは顔を真っ赤にしながらも、リンクルンも、せつなも決して離さなかった。通りがかった人が助けに来るまでの数分間、必死で支え続けたのだった。

「あーびっくりしたね。でも良かった、せつなが無事で。それに……ペンダントも無事で」
「どうして?」

「えっ?」
「ラブは携帯を離さなかったわ。そんなに大切なものなの? ラブだって落ちていたかもしれない状況だったのよ」

「うん――大切だよ」
「そう……そうよね」

「せつなのペンダントと、幸せの素と同じくらいに」
「同じ?」

「事情は話せないけど、これはただの携帯電話じゃないの。あたしが、大好きなこの街のみんなと一緒に、幸せをゲットするためのアイテムなんだ」

 だから自分にとって、そのペンダントと同じくらいに、これは大切なものなんだって、そう言ってラブはせつなに微笑みかけた。
 その言葉が、自分に向けられた笑顔が嬉しくて、でも同時に寂しくて、せつなは黙って顔を背ける。

 その視線の先には、失わずに済んだペンダントがあった。そのトップに輝く幸せの素に――
 緑色のダイヤが突き刺さった!

「えっ!?」
「どうしたの、せつな?」

「お楽しみのところ申し訳ないのだが、ナケワメーケの素材を探していてね。今回はそれに決めたよ」


“我が名はサウラー。ナケワメーケ――我に仕えよ!!”


「ナーケワメーケ!」

 ダイヤの刺さった幸せの素は、瞬く間に大きく膨らんでいき、緑色に燦然と輝く、巨人型ナケワメーケへと変貌した。

「サウラー、貴様ッ!」
「待って、せつなは危ないから下がってて」

「でもっ!」
「お願い、せつな。事情は話せないけど、ここはあたしに任せて。絶対に大丈夫だから……。必ず取り返すから!」

「わかった。気をつけてね」

 せつなはナケワメーケに背を向けて、元来た道に引き返した。その背後で、桃色の閃光が爆発したように感じた。






 ナケワメーケとキュアピーチとの激闘が、せつなの立っている位置の反対、対岸の川原で繰り広げられていた。
 橋を壊さないように、そして、何より自分を巻き込まないように、ピーチはナケワメーケを誘導したのだろう。
 そこまでは良かったが、その後の戦いは、いつもの精彩を欠いているように見えた。


“アン・ハッピー!!”


 ナケワメーケの繰り出すパンチが、キックが、ピーチをじわじわと追い詰めていく。
 ピーチも反撃するものの、敵を捉えたと思っても、なぜかインパクトの瞬間に減速してダメージを与えられない。
 そして、何度目かの――

「悪いの、悪いの、飛んで――キャアッ!」
「フフフ、そんなあくびの出るようなモーションの長い大技を、ダメージも与えず、バランスも崩さずに当てられると思うのかい?」

 そう、キュアピーチはナケワメーケを傷付けるのを恐れて、思い切った攻撃に出られないでいた。
 唯一、無傷で浄化できる“ラブ・サンシャイン”はサウラーに警戒されていて、発動を待たずに潰されてしまうのだ。

「ピーチっ!」
「お待たせっ!」

 そこで戦局が変わる、かと思われた。
 駆けつけたキュアベリーとキュアパインが参戦する。彼女たちの必殺の“ダブル・プリキュアキック”を止めたのは、他ならぬピーチだった。

「ピーチ、どうして?」
「お願い、ベリー、パイン。あれを傷付けないで」

「あれって、もしかしてせつなさんの?」
「うん、そうなの。サウラーはあれがせつなの大切なものと知っていて、だから壊れるように作ったって」

 そこから先の戦いは、一方的にプリキュアが嬲られるだけだった。
 ピーチはもちろんのこと、ベリーやパインまでもが、積極的に攻撃できなくなっていた。
 二人が気を引き、残る一人がキュアスティックを放つ。もしくは時間差をつけて三方向から撃つ。そのすべてが通じなかった。
 サウラーは冷静に戦局を見て指示を出す。フェイントにはかからない。ただ浄化技だけを注視して、順に妨害するだけで彼女たちの攻撃を完封できるのだ。

(これでいい。結果的にプリキュアを倒せるなら、リンクルンを奪う必要もない。ペンダントのせいで手が出せないのなら、サウラー一人の手柄にされることもない)

 だけど――

(なぜ、これほどまでに胸が騒ぐ? 気分が悪い。不愉快だ。――誰のものに、勝手に手を触れている!?)


“スイッチ・オーバー”


 イースに変身したせつなは一気に橋を駆け渡ると、まるでボロボロになったプリキュアを庇うかのように、ナケワメーケの前に立ちはだかった。

「ハアッ!」

 状況が飲み込めずに困惑する、サウラーとピーチたちを前に、イースは強烈な足払いでナケワメーケを転倒させた。

「イース! どうして?」
「なに、仲間割れなの?」
「もしかして、わたしたちを助けてくれたの?」

「勘違いするな、お前たちは私の獲物だ。これから手柄を横取りしようとしたサウラーに、制裁を加える」

 イースはピーチたちを一瞥すると、一つだけ助言した。「壊れやすいナケワメーケなど作れない。お前たちの攻撃ごときで傷などつかない」と……。
 そしてイースは、土手の上で指揮していたサウラーに殴りかかる。その攻撃は全て避けられてしまったが、サウラーもまた、イースに反撃しようとはしなかった。
 やがてピーチの“ラブ・サンシャイン”がナケワメーケを包み、元通りのペンダントに浄化させる。その光が収まった時には、もうイースの姿も、サウラーの姿も、どこにも見えなくなってた。






 占い館の通路で、せつなの姿に戻ったイースと、サウラーとが再びすれ違う。

「ふっ、そのペンダントが、そこまでお気に入りだったとはね。僕の計算違いだったよ」
「馬鹿なこと言わないで。アイツを油断させるためよ。ただし、今後はお前にも油断しない。次に邪魔をしたら、その時は」

「恐い、恐い、せいぜい気を付けるとしよう」

 その日を境に、イースとサウラー、そしてウエスターとの距離が広がった。
 イースは、彼らにより心を許さなくなった一方、ラブには心を許すようになってきていた。

 孤立したイースは、それまで以上にプリキュアへの、ピーチへの執着を深めていく。胸に芽生えた温かい感情を、燃えるような敵意へと変えて――
最終更新:2015年02月11日 20:02