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春のうららの/makiray




「うららフェアを開催すること、けってーい!」
 のぞみが言うと皆の拍手が重なった。
「ありがとうございます!」
「だが、売るものはどうする。うちには CD の仕入れルートはない」
「それは私の方で準備いたします!」
 ナッツが言うと、マネージャーの鷲尾が勢い込んだ。
 春が近い。何か面白いことないかなぁ、というのぞみの一言から話はどんどんと転がり、ナッツハウスで「春日野うららフェア」を開催することが決まった。店内の一角の配置を変えて「うららコーナー」とし、うららの CD や、過去にうららを取り上げた雑誌のバックナンバーなどを並べることになった。店内には CD の発売イベントで 5 人が一緒に歌った時の写真なども飾る。
「どうせなら店中を埋めたいよね」
「でも、そんなに写真があるかしら」
「春だから、お花の飾りとかは?」
「ピンクの折り紙で桜の花びら作ろう!」
「うちの店から鉢持ってこようか」
 あれよあれよという間に話が決まっていった。鷲尾が「うららちゃんはこんなに愛されて」とうれし泣きしている。
「なんかもっと強烈なのが欲しいね」
「ほかでは見られないものとか」
「うーん」
「うららさん、なにかお宝はないの?」
「お宝ですか…」
 うららは小さなあごに指をあてて考える。
「前に使った台本とか、ですか?」
「それは俺も読んでみたい」
「私も興味あるわ」
「あとは…」

 翌日、うららが台本を持ってきた。びっしりと書き込みがしてあり、真面目な性格がしのばれる。中には共演者のサインが寄せ書きのように並んでいるものもあった。のぞみとりんは、そのサインを一つ一つ解読しては驚きの声を上げていた。
「超レアものだよ…」
「鍵のかかるショウケースがいるな」
「それから」
 うららが、台本とは別のバッグから CD を出してきた。
「あれ、『とびっきり』?」
「こんなジャケットだったかしら」
「それ、NG 版なんです」
「NG 版」
「うららちゃん、そんなもの持ってたの?」
 鷲尾が覗き込んだ。
「ほぼ実物大だね」
 りんがケースをうららの顔の横に置いた。
 四角いジャケットからうららの顔がはみ出している。可愛らしい笑顔のインパクトは強烈だが、うららのチャームポイントであるツインテールが映っていない、ということもあり、早々とボツになった写真だった。
「どうして、こんなの」
「最初に出していただいた CD の最初の写真だから」
「最初?」
「そうだ。撮影が始まってすぐ、カメラマンさんが、うららちゃんをリラックスさせようって、超アップの写真を撮ったんですよ。こーんな近くから」
「本当に最初に撮った写真なのね」
「つまり、初心忘るべからず、ってことか」
 ココが感心したように言った。
「今でも、時々取り出して眺めるんです。
 あの時の、わくわくしたときの気持ちと、不安な気持ちを思い出して。
 そして、みなさんに助けてもらってすごくうれしかった気持ち。
 私の大切な宝物なんです!」
 当時のことを思い出して、また鷲尾の目じりが濡れた。
「今の話も説明に書いて飾ろう!」
「だが、そんな大切なもの、出してしまっていいのか」
「売るわけじゃないんだろ?」
「当たり前だ。
 だが、いくら鍵付きでも、万が一と言うことがある」
 ナッツの表情が厳しい。
「じゃ、レジのところの壁に飾るっていうのはどう?」
 ココが言った。
「そこなら必ず人がいるし。手が届きにくいちょっと高めのところなら大丈夫じゃないかな」
「どうだ、うらら」
「それでお願いします!」
 うららの笑顔がはじけた。

 期間は十日の予定とされた。金曜日に始まり、週末を二度挟んで翌週の日曜日に終わる。最終日には、かれんがピアノを弾いて、インストアのミニライブが開催されることになっていた。
 大した宣伝はしなかった。ナッツハウスはもともとそうした店だったし、「友達の応援」の域を出ないもの、どちらかと言えば自分たちが楽しむためのイベントだと誰もが認識していた。うららのこととなると過度に力の入る鷲尾も、雑誌の類は 5 部ずつ、CD は 30 枚もあれば十分だろう、と考えていた。
 だが、初日にそうとは知らずやってきた客が、ナッツハウスで「春日野うららフェア」開催中である、ということをブログに書いたことで状況は一変した。レアな写真や台本の展示があることなどもあっという間に拡散、土曜日には、普段のナッツハウスなら一週間分くらいの客が押し掛け、日曜日の昼までにはすべての商品が売り切れてしまった。
「のぞみ、鷲尾さんに電話して、明日までに補充をお願いしてくれ」
「りん、花を増やせないか? 棚がガラガラで見栄えが悪いんだ」
「『こまち』のお菓子を置いたらどうかしら。桜餅とかなら春つながりで」
「それはさすがに趣旨が」
 売り切れでいつもより早く閉店したというのに騒然としている中、奥の扉が開いて、うららが顔を出した。
 当初は、店に立ってファンと交流しよう、などと考えていたのだが、客が殺到したことで危険だと判断したりんが、中に隠れているように言ったのだった。
「売り切れちゃったんですか?!」
「やっぱり、うららはすごいよ!」
 のぞみはすっかり興奮している。
「何があったんでしょう…」
「って、あんた、自分が人気者だって自覚ないの?」
「はぁ…。
 あ、お手伝いします」
 布巾を持って走るうらら。確かに、金曜の朝には CD と雑誌で埋まっていた棚が空である。それを拭いていると、のぞみが、りんが、みなが「やったね」と声をかけていった。うららも笑顔で答えた。
「誰か、他にうららさんの写真持ってない?」
 こまちが言った。この空白を埋めないといくらなんでも体裁が悪い。明日は平日だが、こうなってしまっては、それでも客は来るだろう、と思わなければならない。
 ほかに「お宝」は何かあっただろうか、とうららは手を止めて顔を上げた。
「?」
 レジの現金を確認しているナッツが目に入る。うららは駆け寄った。
「どうした」
「CD は、どこかに移動したんですか?」
「CD は売り切れたぞ」
「そうじゃなくて…」
 うららはナッツの背後を指した。
「え…。
 !」
 ない。
 うららが「大切な宝物」と言った、NG 版ジャケットの「とびっきり! 勇気の扉」がなくなっていた。
「おい、みんな!」

 全員の記憶をたどったが、レジの背後の壁にそれがあった、と断言できるのは朝十時の開店までだった。レジの現金を確認したナッツが覚えていた。
 だが、客は開店と同時になだれ込んで店内は大騒ぎとなった。レジの担当も、その時に手が空いているものが次々と入れ替わったため、いつなくなったのかわからない。
「すまん、俺の責任だ」
「いや、レジに飾ろうって言ったのは僕だ」
 ナッツとココが揃って頭を下げると、うららは慌てて手を振った。
「いえ、いいんです。皆さんが悪いわけじゃありません」
 だが、その表情も翳っている。
「防犯カメラがある店じゃないしね…」
 りんがつぶやいた。
「警察に届ける?」
「待ってください!」
 うららが叫んだ。
「私の CD が欲しいって思ってくれた人なんです」
「泥棒は泥棒だ」
 ナッツが厳しい声で言った。
「初めから転売が目的なのかもしれない。だとすればうららのファンなんかじゃないぞ」
「でも」
「こっそり返しに来てくれるといいんだけど」
「どうかしらね」
 こまちの言葉をかれんが遠まわしに否定した。
「鷲尾さんに相談してみたら?」
 りんが言うと、うららは携帯電話を取り出した。しばらく考えた後、鷲尾を呼び出し、小さな声で事情を説明していた。
「やっぱり、大きな騒ぎにはしたくないそうです」
 誰ともなしにため息をつく。
「フェアは中止する」
 ナッツが言う。誰も反対しなかった。

 火曜日までは、フェアをやっているものと思っている客がやってきた。店の前に貼り紙はしたが、それでも「やってないんですか?」とたずねる者は多かった。
 理由を問われても、言葉を濁すしかない。ネットでは、弱小アクセサリーショップがヘマをした、などと悪口も書かれたが、ナッツは何も言わなかった。
《もしもし、鷲尾です…》
「あ。
 今回は、俺たちが迂闊だったせいで」
 数日後、店に鷲尾が電話をかけてきた。ナッツは真っ先に謝罪した。
《CD、戻ってきてませんよね…》
「はい」
《実は、うららちゃんがすっかり元気をなくしてまして…》
 仕事はきちんとやっている。だが、休憩時間などで一人になると、目を伏せて寂しそうな顔をしているという。
「そうですか…」
 ナッツは受話器を置いた。うららを心配する気持ちはみな同じだが、彼らにはどうしようもなかった。

 金曜日。
 小雨が降っている。店には、彼女へのプレゼントでも探しに来たのか、高校生くらいの少年が一人いるだけで、店を手伝いに来ているのぞみたちも手持無沙汰、いつもと違っておしゃべりに花を咲かせる気分でもなく、やがて誰からともなく宿題に取り掛かり始めた。
 少年が店を出ようとする。
「待て」
 ナッツが少年の腕をつかんだ。少年の顔が引きつる。
「今、置いたのは何だ」
「…」
「それはうちの商品じゃない。何の真似だ」
 少年は青ざめた顔のまま、唇を震わせていた。様子に気づいたココがやってくる。少年は、ココとナッツに挟まれる形になった。
「調べるぞ」
 ナッツは棚にある平たい袋を手に取った。中身を引き出す。
「…。
 お前だったのか!」
 ナッツの怒号が店内に響き渡る。何事かと降りてきたのぞみたちは、ナッツが持っているものを見て言葉を失った。
 うららの CD だった。
「ココ、警察に連絡だ」
「ナッツ、落ち着いて」
「泥棒だ。警察を呼べ!」
「ナッツ」
 うららが近づくと、ナッツは CD を差し出した。うららをそれを両手で受け取ると胸に抱いた。
「売り飛ばす気だったのか」
 ナッツは少年に向き直った。少年は、流石に顔を上げることができないようだった。
「…。
 そうだ。
 でも、全然話題になってないから、ガセだったのかもしれないと思って」
「俺たちが嘘をついたっていうのか!」
 ナッツは少年の胸ぐらをつかみかねない勢いだった。ココが止める。
「生徒手帳を出せ」
「ナッツさん、それはひどすぎます」
 こまちが言ったが、ナッツには聞こえていないようだった。突き出した手を収める様子がない。
「出せ!」
「いいよ、ナッツ」
 全員の視線がうららに集まった。
「CD は帰ってきたんだから、もういい」
「こいつは、お前の大切なものを盗んだんだぞ!」
「返してくれたから」
 少年は、うららの言葉に顔を上げたが、その表情で、うららが彼を許したわけではない、ということに気づいたようだった。
「でも、これだけは忘れないでください。
 みんな、すごく心配して、私のことも気にかけてくれました。盗まれてしまった原因が自分にあるんじゃないか、って悩んでいました。今週は誰も笑うことができなかった。
 あなたは、私の大切な人たちを苦しめたんです。それだけは絶対に忘れないでください。
 私も」
 うららは唇をかんだ。
「私も、忘れません。
 みなさんを傷つけてしまったこと…」
 それきり黙る。耳に入るのは雨の音だけだった。
「出ていけ」
 ナッツが言った。
「二度とこの店に来るな」
 少年はもう一度、顔を上げ、うららをちらりと見ると踵を返した。乱暴にドアを開けて出ていく。また、雨の音が戻ってきた。

「ごめんなさい…」
「うららは悪くない」
 りんが言う。
「そうよ。泥棒は泥棒。
 ナッツが怒らなかったら私が言ってたと思う」
 深呼吸してからかれんが言った。
「あの人がうららさんのファンで、どうしても欲しかった、っていうのだったら、まだよかったのかもしれないわね」
 こまちがハンカチを差し出した。うららが目じりの涙をぬぐう。
「そうだよ。
 今度、どこかで会ったら私がギッタンギッタンに」
「できんの?」
 のぞみが大きなふりを交えて言ったが、りんの言葉に笑いでごまかした。
「ちょっと怖いかも…」
「まぁ、ここには怖いお兄さんも二人いることだし、あの人もそうそう近づかないでしょ」
「それって僕たちのこと?」
「俺は当然のことを言っただけだ」
「そうね。二人とも背が高いから、挟まれたら威圧感があるわ」
「ナッツさんは表情が変わらないから逆に怖いのよね」
「そうそう、もうちょっと笑顔で」
「泥棒相手に笑う必要はない」
 やっと空気が緩んできた。今日はもう閉店である。
「次の『うららフェア』はいつにしようか」
「またやんの?!」
 懲りていないのぞみの言葉にりんが呆れて言った。
「あ、僕は賛成だな。
 ちゃんとしたのやろうよ」
「だが、今回のようなことが起こったら」
 ココは乗り気らしいが、ナッツはそうではないようだった。
「そこは鷲尾さんがノウハウを持ってると思うんだよね。今回みたいな思い付きじゃなく、ちゃんと最初からじっくり丁寧に計画してさ。機材なんかも借りられるんじゃないかな」
「怖いお兄さんたちには警備員をやってもらって」
「何度も言うな、りん」
「どうかなぁ、うらら」
「でも、やっぱり…」
「やろうよやろうよ!」
「かれんさんもピアノ弾きたいって言ってるし」
「そうね。せっかく練習したんだから、うららに歌ってほしいな」
「私たちはうららさんに迷惑をかけられたなんて思ってないわよ」
「そうだよ。
 私たちのうららのフェアを、私たちのナッツハウスでやらないなんて、おかしいよ」
「みなさん…」
「いいよね」
 のぞみがうららの顔を覗き込んだ。その後ろに五つの笑顔。
「はい。
 よろしくお願いします!」
「よーし、『うららフェア』をちゃんと開催すること、けってーい!」
 ナッツハウスにはもう一度、春が来るようだった。

(終)
最終更新:2015年02月13日 01:40