44話 Paradise is Nowhere(前編)
レジャー施設内、金子翼は宿泊施設区画の通路を歩いていた。
それなりに長い間レジャー施設内を探索しているが今の所、人影は見当たらなかった。
もっとも施設は広大であり、全てを回り切れた訳では無かったが。
「……」
とある客室の前で翼は立ち止まる。
微かに中から呻き声のようなものが聞こえたのだ。
翼は手に持ったピッケルの柄を強く握り締め、その客室の扉のノブに手を掛ける。
鍵は掛かっていなかった。
「うう……う」
「え、何これは……(困惑)」
客室へと足を踏み入れた翼は思いも寄らない光景に当惑する。
確かに人は居た。
しかしその人――恐らく中高生ぐらいの少年は、パンツ一丁で椅子に拘束されている上に、
全身にミミズ腫れや赤い蝋燭を垂らされた痕が有り、更に坊主頭でその頭にもまた蝋が垂らされ、
彼の周囲には彼の物と思われる髪の毛が散乱していた。
一体何が有ったのかは分からないが、少年が想像を絶する体験をしていたと言う事だけは翼にも想像出来た。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
余りの惨状に自分が殺し合いに乗っている事も忘れ、翼は椅子に拘束された少年に声を掛ける。
「誰だ……? あの二人じゃない……?」
視線を翼に向け直す少年――壱里塚徳人。
部屋に入ってきた人物が、自分を調教、もとい拷問した二人では無い事を見て取るや否や、必死に助けを乞い始めた。
「頼む助けてくれ! この縄解いてくれよ!!」
彼は(元々は徳人が巴とKBTITを襲ったのが原因だったが)長時間に渡り犬狼獣人少女
原小宮巴と、
ゴーグル色黒男KBTITこと拓也による拷問を受けていた。
坊主頭になっているのも、拷問により無理矢理剃髪をさせられた為である。
巴とKBTITの二人は「食事をしに行く」と言い残して現在は不在であり、そこへ翼がやってきた。
最早心も身体も限界に達していた徳人は恥も外聞も無く、老け顔ではあるが自分よりかなり年下であろう子供に、
涙目になりながら救難を妖精したのだ。
今の徳人にとっては、あの二人から逃れるまたと無いチャンスだったのだから、翼が殺し合いに乗っているかどうかなど考えていなかった。
翼もまた、彼の必死な様子に応えて、拘束している縄を解こうと徳人の背後に回った。
だが、そこで彼は思い止まる。
自分の本来の目的を思い出したのだ。
ここでこの男を助ける必要など無いではないか。さっきは思わぬ光景に気を取られていたが、
拘束されていて動けないと言うのなら、好都合だ――――翼はそう思った。
「おい、どうしたんだ? 早くしてくれよ、助けてくれるんだろ?
そこに鋏が有るから、それで縄切れるだろ?」
翼の様子が変わった事に気付かない徳人は翼が本気で自分を助けてくれると思い込んでいる。
もう少し警戒出来たであろうが、そこまで配慮する余裕などもうこの時の徳人には無かった。
翼は徳人が顎で示した場所を見る。
確かに散髪用と思われる鋏が置かれていた。
恐らくこの鋏と、すぐ傍に置かれているバリカンでこの少年の髪を切ったのだろう。
だがそんな事はどうでも良い――――翼はピッケルを床に置くと、鋏を手に取った。
「そうだ、それでこのロープを切ってくれよ……頼む」
「……」
「なあ、聞いてるか? おい……おい?」
翼が返事をしなくなった事に戸惑う徳人。
とても嫌な予感がした。
思えば、この子供に自分は助けを求めたが、この子供は殺し合いに乗っているかどうかなど分からない。
今自分は拘束されていて身動きが取れない。
もし、この子供が殺し合いに乗っていたとすれば?
徳人の顔から血の気が引いた。
そして、次の瞬間には、先程まで逃れようとしていた二人に向かって助けを呼んだ。
「原小宮!! 拓也ぁ!! たす――――」
だが、その大声は翼が徳人の口を左手で塞いだ事により中断される。
そして、徳人の喉に、鋏の刀身が深く突き刺さった。
灼熱にも似た激痛を感じると同時に、呼吸が出来無くなり徳人の口からごぼごぼと血が溢れ出た。
ひゅー、ひゅー、と空気の漏れる音も聞こえた。
消えていく意識の中で徳人が見た物は、惨劇を目の当たりにしても己の義務を果たし続ける照明器具と、
白い歯を剥き出しにして嗤う、中年男性のような顔の子供の表情だった。
【壱里塚徳人@パロロワ/自作キャラでバトルロワイアル 死亡】
【残り 34人】
少年が完全に動かなくなった事を確認すると、翼は鋏を引き抜き床に放り投げた。
背後から刺したおかげで返り血を浴びたのは右手だけで済んだ。
洗面所に向かい、翼は右手に付着した血を洗い流す。
これで、この殺し合いにおいて彼は二回目の殺人を行った。
いや、一回目は相手は犬だったので、厳密に言えば、殺人を行ったのは今回が初めてと言う事になる。
これでいよいよ後戻りは出来ない。
(随分冷静だな僕、人を初めて殺したのに)
自分で疑問に思う程、翼は冷静だった。
冷静では無く、ただ単に感覚が麻痺してしまっているだけなのかもしれない、とも思ったが。
置いたピッケルを拾い再び装備し、少年の物と思われるデイパックが有ったので漁るが、
役に立ちそうな物は何も入っていなかった。
少年をここに拘束して拷問を加えた人物――少年が死の直前に叫んだ二つの名前がそうだろうか――が、
恐らく没収してしまったのだろう。
これ以上部屋には何も無いと判断し、翼は出入口へと向かう。
少年を拷問していた人物は、少年の言によれば食事をしに行ったとの事なのでやがてはここに戻ってくるだろう。
待ち伏せて襲おうとも一瞬考えたがもし相手が銃火器等を装備していたら返り討ちにされる可能性も有る。
少年が叫んだ名前は二つ、と言う事は少なくとも二人は居る。数の上でも不利だ。
ここは早々に撤退すべき――――翼はそう考えた。
◆◆◆
「いやぁ、色々有って良かったねタクヤさん。まぁそんなに食べなかったけど」
「まるでバイキングのようになってたな。誰が用意したんだろうな……まあ良いか」
雑談しながら、犬狼少女の原小宮巴と色黒ゴーグル男のKBTITこと拓也は元居た宿泊棟の客室へと向かう。
多目的ホールと思しき広間にバイキング形式の料理が並べられていた為、そこで料理を食べて腹を満たした。
何か細工(毒入り等)が有るのではと最初二人は疑ったが特にそんな事も無かった。
「ああ、あの壱里塚君どうしようかな~殺しちゃおっか?」
「いや殺すのは流石に可哀想だろ……散々痛めつけたんだし、椅子に縛り付けたまま放置しといて良いんじゃないか?」
「あらぁ温情的なんだねタクヤさん。そうだねー殺しちゃうとそこで苦痛も終わっちゃうしねー。
動けない状態で放置プレイさせて絶望させるのもアリかなぁ」
部屋に残してきた壱里塚徳人の処遇について二人は話し始める。
そして宿泊棟手前の通路の、幾つかソファーやテーブルが並べられた広くなった部分に差し掛かったその時。
宿泊棟の方から歩いてきた見知らぬ少年と鉢合わせになった。
「ん? あなた誰?」
「……っ!」
「あ、おい! 待てよオイ!」
おっさんのような老け顔の小学生ぐらいと思われるその少年は、二人を見るや否や逃げ出してしまう。
少年を追い掛ける二人だったが、少年の逃げ足は早く、また建物内の通路が入り組んでいた為、見失ってしまった。
「逃げちまったぜオイ……あいつ、何で逃げたんだ? 俺らが殺し合いに乗ってると思ったのか?」
「……多分別の理由じゃないかなぁ。あの子から血の臭いしたよ」
「何?」
「ほんの微かだけどね」
獣人種である巴は少年から発せられた微量の血臭を嗅ぎ取っていた。
「怪我してる風でも無かったし……そう言えばあの子宿泊棟から来たよね」
「……! 壱里塚の奴大丈夫か?」
「行ってみよ」
巴とKBTITは急ぎ徳人の元へと向かった。
しかし部屋に戻った二人が見た物は、椅子に縛られたまま、首から血を流して息絶えた徳人の変わり果てた姿だった。
「やられたね」
「何てこった……」
落胆する二人。
もっとも、巴はこれ以上徳人を痛めつける事が出来なくなった事、
KBTITは死なせるつもりは無かったのに死なせてしまった事に対して、と、二人共理由が異なっていたが。
床に、徳人の散髪に使った鋏が血塗れで転がっていた。恐らくこれが凶器だろう。
「やっぱ鍵掛けといた方が良かったね。どうせ逃げられないから大丈夫だと思ってたんだけど、
誰かが侵入する可能性を考えていなかったなぁ」
「死なせる気は無かった、許せ壱里塚……」
KBTITは開いたままの徳人の目をそっと閉じさせてやった。
「やっぱり殺したのは……」
「さっきの子供じゃないかなやっぱり。血の臭いがしたのも説明がつくし。
洗い流したけど完全に臭いまでは消せなかったんだと思う。
逃げたのは……壱里塚君から私達の事でも聞いたのかな?」
状況や、先程の少年の様子、巴が嗅ぎ取った血の臭い等から、二人は先程の逃げた少年が徳人を殺したのだと推測する。
「あんな小さい子供が殺し合いに乗ってんのか……おっさん顔だったけど」
「子供だからって殺し合いに乗らないなんて理屈は通らないよ。
生き残りたい、その為に実力行使するって考えは子供にだって出来るでしょ」
「まぁ、そりゃあな……」
「ともかく、この部屋はもう使えないね」
客室内は徳人の血によって汚れ、濃厚な血の臭いも漂い、とても通常使用出来る状態では無くなっていた。
特殊清掃会社に依頼しなければならないレベルである。
「結構ここで時間潰したし、そろそろ移動しようか……って言っても、放送までの時間考えるとそんな移動出来ないと思うけど」
「そうだな……コイツの死体はどうする?」
「放置で良いんじゃない?」
徳人の死体の扱いについて尋ねるKBTITに現状で放置を提言する巴。
苦楽を共にした仲間ならともかく元はと言えば自分達(特に巴)を襲って、挙句返り討ちされ、
自分達に拷問地獄を味わわされた言ってしまえば愚か者の壱里塚徳人の死体など、
椅子に縛られたまま放っておけば良いんだ上等だろ? と言うのが巴の意見であった。
KBTITもこれに同意したが、せめてもの情けと布団のシーツを徳人の遺体に掛けてやった。
「タクヤさんって楽しそうに拷問する割に結構優しい所有るよね」
「そうか?」
「まあ良いや、行こっか」
巴とKBTITは徳人の遺体の有る客室を後にした。
ほぼ時を同じくして、レジャー施設一階では騒ぎが起きていた。
【後半に続く】
最終更新:2014年09月02日 04:40