SIDE:S

〜ネオの騒動の後しばらくして…ー
十也は今日、結利と美術館に出かけるべく待ち合わせをしていた。
ところが、待ち合わせの時間になっても結利はやって来ない。それどころか、連絡の一つもない。
もしかして、何か事件に巻き込まれたのでは?
そんな不安を胸に抱いた十也は、明日もう一度電話をして、それでも連絡が取れなければ、EGOに行こう……と考えつつ、布団に入った。


次に十也が目を覚ますとそこは、十也の部屋ではなく、全く身に覚えのない小部屋だった。十也はその部屋の藁布団の中に埋もれるようにして眠っていたようだ。
青みがかった白い壁紙、同じ色の床と天井、まるで氷の棺のような寒々しい空間。
壁には温度計がかかっており、気温が0度だということがわかる。どうりで寒いわけだ。
十也は普段着で、靴も履いていり。だがコートや上着の類は着ておらず、また持ち物も何も持っていない。このままでは凍えてしまう……早く、ここを出なくては……。
十也「さ…寒すぎる!とにかくここから出よう!」
金属製の扉を勢いよく開けて十也はその部屋から飛び出した。
扉を開けると、そこには大理石の美しい廊下が真っ直ぐに伸びている。
そして、廊下の奥から誰かがこちらに近づいてくることが分かるだろう。
十也は、その人物から目を離すことができなかった。
何故なら、その人物は──昨日から連絡が取れなくなっている、結利だったからだ。
十也「結利!」
しかし結利は氷のように冷たい目を向け、嫌悪感も露わに、抑揚のない声で吐き捨てる。
結利「キミは誰だ? こんなところで何をしている?」
十也をまるで汚らわしいものでも見るかのような目で見ているが、間違いない、結利だ。
服装はよく見る普段着姿。長袖ではあるが、コートの類は着ておらず、とても寒々しい。
表情こそ刺々しいが、目に見える異変はない。いつも通りの結利だ。
ただ一つだけ、違和感があるとすれば、結利の左手にいつもとは異なる見覚えのない腕輪がはめられていることだった。
十也「なぁ結利ここはいったいどこなんだ?どうして俺はあの部屋にいたんだ?」
結利「ここはボクば使える大事な人の城だ」
冷たい視線を向けながら続ける。
結利「どうしてキミがここにいるのかって?そんなことボクが知ってるわけないじゃないか。だってボクはキミのことを知らない。もしどこかで一度でもあっているのだとしたら、キミがボクにとって記憶にも残らないようなどうでもいい存在だったということだ」
十也はあっけにとられながらも、ここはEGOの女子寮なんだ!俺は寝ぼけてここにきてしまった挙句結利にとがめられてるのか、だから冷たい視線をむけられてるんだ!と思い至った。
すると結利が「もういいか?」とうんざりしたような顔で言い放ち、十也に背を向ける。
「キミが何をしにここに来たかは知らないが、いつまでも居座られても迷惑だ。早く帰ることだな。出口は右の扉だ」
結利が指示す廊下の奥には三つの扉がある。どうやら、その一番右側が出口らしい。
彼女はそれだけ言うと、自分は真ん中の扉を開けて中に入って行ってしまった。

十也「そうとう怒ってるのか…仕方ない大人しく変えるか」
そうして廊下の先にある右側の扉のノブに手をかけた瞬間十也は妙なイメージを感じ取った。
ーこの扉を開けてはいけない。開けたが最期…ー
十也「…ひとまず結利に謝るか」
その扉のドアノブから手を離し、十也は中央の扉を開いてみることにした。


〜中央の部屋〜
中はこじんまりとしたダイニングキッチンのような部屋だった。
入って左手にはキッチンがあり、右手にはタンスがある。
また、奥には木製の扉がある。
部屋の中に結利の姿はなかったから、あの扉の奥に行ったのかもしれない。
十也は奥へと続く扉を開きその先に足を進める。
扉を開けると、そこはテーブルとソファがある小部屋だった。ソファには結利が腰掛けていたが、一瞬十也をちらりと見て「まだ帰っていなかったのか」と顔をしかめる。
ソファのそばには暖炉があるが、火は付いていないようだ。
ソファの正面の壁には何やら絵画らしきものがかかっている。
また、部屋の奥には木製の扉がある。まだ奥に続く部屋があるらしい。
十也「悪かった!起きたばっかりでよく覚えてないんだけど寝ぼけて女子寮に迷い込んじゃったみたいで…」
結梨「…ハァ」
それっきり黙ってしまった。
十也「(んー何か機嫌をとったら許してくれるかなぁ)」
部屋を見回す十也は突然壁にかけられた絵が気になった。
それは一見すると赤と黒で適当に塗りつぶしただけの絵に見えるだろう。だが、その絵を見た十也は次第に絵から目が離せなくなる。
何かと目が合った気がした──そう、絵と目が合ったのだ。
そこでようやく十也は気付いた。その絵が、ドス黒い血の海に溺れてもがき苦しむ人間の顔をアップで描いたものだということに。
十也「この絵って…」
おののく十也に反して結利は「とても綺麗な絵だろう?」といってうっとりと微笑んでいた
十也「(女子の趣味って独特なんだなぁ)」
奥の部屋に進もうとしたところ結利に強くとがめられ、これ以上彼女を刺激してはいけないとさすがに察し十也は一旦部屋を後にした。


〜左の部屋〜
中に入るとそこには広いプールがあった。プールの表面は数センチほど凍っていて、スケートが出来そうだ。
だが、十也の目は大きなプールではなく、プールサイドに並ぶそれに釘付けになる。
それは、氷の塊だった。その中には目を閉じた人間が閉じ込められている。その顔に血の気はなく、既に息絶えている事は明白だった。
老若男女、様々な死体を閉じ込めた氷の塊がずらりと並んでいる。
十也「殺人事件だ!」
慌てふためき部屋から出て扉をしてると、扉の上に「霊安室」と書いてあるのを見つけ「死体安置所か!カレンさんの能力で凍らせてるのかな」と安堵し再び部屋に戻ることにした。
中央にある凍ったプールに目を向けるとキラリと光る鍵が沈んでいるのに気が付いた。
十也「カチカチに凍ってるじゃあないか…なら!こいブレオナク!」
旋風とともに現れたその槍を氷のプールに突き立て、「ブレオナク・アンカー!」と叫び、爪開いた四つの刃を使って鍵を掴み取ることができた。
十也「よしこれをカレンさんに届けよう!そしたらきっと許してくれるはずだ!」


〜中央の部屋〜
勢いよく扉を開けて中に入る十也。
どうしてまだいるんだいと呟く結利を無視して、奥の部屋に続く扉を開けようとするがー結利に制止されるのを無理やりほどいてー鍵がかかっていて開かない。手に持った鍵も大きさが違うようで使えなかった。
そこで十也はハッと気づいた。結利の身体が恐ろしく冷たいことに。
十也「寒くないのか?」
結利「何も」
その言葉とは裏腹に結梨の顔は青白く身体は小刻みに震えているようだ。
十也は隣の部屋にあったタンスからタオルを山のように抱えてきて結利の身体を覆うように被せてみた。
十也「どうだ!これで暖かくなっただろう!」
結利「…」
十也「まだダメか…ん!」
部屋を見回し暖炉を見つけ、十也はニヤリと閃いた!
十也「こいっブレオナク!」
旋風とともに出現した槍を持ち地面に槍先を擦りつけ火花を散らす!そうしてその火の粉は暖炉に大きな火を灯す!
十也「これでどうだ!」
結利「…」
十也「まだダメなの?だったら!」
部屋を飛び出し最初に目覚めた場所に敷いてあった藁を持って戻ってくると、十也は何を思ったかその藁を、タオルまみれの結利にさらに被せたのだ。
十也「どうだ!」なぜか自信満々の十也
するとそれまで感情を失っていた結利の顔に笑顔が浮かんだ。
結利「あったかい…キミっていいやつだね」
十也「結利!やっと許してくれたんだ!よかったー!」
結利「だからってキミをあの方に会わせるわけには行かない。さっさと帰るんだね」
十也「まだその感じをつづけるのか…おや?」
結利の左腕にある腕輪に小さな鍵穴があることに気づく。十也の手には小さな鍵が…これは…
十也「(腕輪がきつくて苦しいのかも)やるしかないよな!」
腕輪の鍵穴に鍵を差し込むとガチャンと音がして腕輪が外れた。するとどうだろうか、結利の纏っていた警戒心はすっかりなくなり、そして元どおりの結利の様子になったのだ。
十也「どや!これで許してくれるかい?」
結利「あれ…本当に十也?君が…なぜそんな姿に…」
十也「へ?」
結利「どうしてそんな醜い怪物の姿になってるんだぁぁっぁ?」
結利には十也が酷い姿となって見えているようだ。
十也「何がどうなってるんだ…ん?」
結利を包むタオルの隙間に何かが挟まっていることに気づく。手に取るとそれは「少女の涙」と書かれた目薬だった。
十也「もしかして結利は目が悪くなっている?…そういうことか!」
すかさず目薬を結利の眼に向けて放つと、彼女の眼から煌めくかけらがコロリと落ちた。
結利「あ!やっぱり十也だった!」
十也「へっへん!」


〜女王の間を前にして〜
結利の許しを得た(?)十也は奥の部屋にいるカレンさんに挨拶してーまだ彼は理解していないのだー帰ろうとする。しかし扉には鍵がかかっている。故に十也は…
十也「扉に向かって突撃だ!」
扉にぶつかる瞬間、「鍵なら私が持ってるよ」と結利が鍵を取り出すものだから十也は扉の前で転んでしまった。
十也「持ってるなら先に言えよ!」
結利「言う言わないの前に扉に突っ込もうとしたのは十也だろう?」
十也「まぁいい。これでカレンさんに挨拶できるってわけだ」
結利「…十也、勘違いしてるようだから教えるけど、ここはEGO女子寮じゃぁないよ。ここがどこかは分からないけどあの扉の奥にいるのはカレンさんじゃあない」
結利は唾を飲み込み恐れながら話を続けた。
結利「思い出した。美術館に先についた私は我慢できなくて先に中に入ったんだ。そして彼の作品を、最期の絵を見た時に聞いた声…美しく清楚で、でも冷たい女性の声を…そのあとの記憶は明瞭じゃあない。だけど…」
私たちじゃぁ敵わない相手かもしれない、とは言えなかった。直感的にこれから戦う相手だと感じ取っていたのだろうから。身体の震えはまだ止まない。彼女の呪縛から解き放たれていない証拠だろう。
じっと話を聞いていた十也は「結利、安心しろ」と彼女の背中を叩き、「だって俺がいるんだ!どんな相手だって勝ってみせるさ!」と力強く言い放った。
そして結利から鍵を受け取り、力強く扉を開けたのだった。


〜女王の間〜
扉を開けると、先には長い廊下があった。目の覚めるような青い絨毯が長く長く奥へと伸びている。
先へ進むごとに、皮膚を切り裂くような冷気が十也達の肌を撫でるだろう。
廊下を進んだ先には、大きな両開きの扉があった。
中から感じる冷気によって、扉には霜がおりている。
扉を開けると、そこには氷で覆われた玉座があった。
豪奢な細工の施された椅子に座るのは、ダイヤモンドのような煌めきを持つドレスを身に纏った女だ。
宝石のように美しいシルバーブロンドの髪、白い肌、均整のとれた体──完璧な美しさに見えたが、唯一、その顔だけが異質だった。 顔に目や鼻は無く、ただ縦に亀裂ができている──その亀裂からは鋭い牙がのぞき、だらりと長い舌が垂れていた。
醜くおぞましい雪の女王の正体を目の当たりにし、十也と結利の身体を恐怖が走り回った。

雪の女王「美しいわらわに何用か?…おや結利、扉の番を申し付けたじゃろう?誰が部屋に入ってよいと申したか?」
結利「はっ…」彼女の身体これまで以上に震えだした
十也「結利お前は下がっていろ!俺が行く!」
「ブラストリンカー!」と叫ぶと十也の身体は鎧につつまれる。さらに「ブレオナク!」の呼び声に応え槍が現れた。
雪の女王「ほうわらわに楯突くというのじゃな?」
手をかざすと氷の結晶が数十と出現し、十也に向かって飛んできた。
雪の女王「永遠の眠りにつくが良い」
しかし氷の結晶が十也に命中することはなかった。十也は慣れた様子で次々に結晶を避けながら砕いていたからだ。驚きを隠せない女王に対し、十也は「俺の知っている氷の女王の攻撃はこんなチャチなもんじゃないんでね!一気に行くぜ!」と槍を構えて女王との間合いを詰める。
雪の女王「なに!?ならばこれでどうじゃ!」
手を上に掲げると大きな氷塊が出現する。
十也「これは…ちょっとやばいかも」冷や汗が垂れるも、「そのまま進んで!」と結利の声が耳に届いた彼はその歩みを止めず女王に向かって突き進むことを選んだ!
結利「リンク!氷の結晶を再構築!」

どごぉぉぉぉん!
氷塊が地面に衝突しあたりは雪煙に覆われた。
雪の女王「これでしまいじゃ」満足げな様子を浮かべるも「お前がしまいだぜ」との十也の声を聞き、女王の顔は引きつっていた。
同時に女王は自身の身体がブレオナクによって貫かれていることに気づいた。一体どうやって氷塊を避けたのだ…雪煙が落ち着いてきた室内を見つめる先には、氷によって生成された、湾曲した通路ーまるでボブスレーの走路のようなーがあったのだ。
結利のリンクにより作られた氷の道を走り抜け、十也は雪の女王の裏へと周り攻撃を繰り出したのであった。
雪の女王「わらわの呪縛を…自らの力で突破したともう…すか…」
雪の女王はそのままぐたりと玉座から崩れ落ちた。

〜玉座の奥の扉〜
結利「やったね十也!」
十也「ナイスサポートだったぜ結梨!」
互いに褒めあったことが少し恥ずかしくなった結利だったのだが、玉座の奥に扉があることに気がついた。
扉には鍵がかかっていない。あけると十也達はすぐに中に入ることができた。
視線を前に向けるとそこは、小さな小部屋だった。氷と霜と氷柱に覆われた白い部屋。その中央には一際大きな氷の塊が一つ。
氷の中には一人の青年が眠っていた。
淡い金髪、青白い肌、瞳の色は目を閉じているから分からない。

結利「あ!この人画家の幾羽場イツヤだ!」
十也「それって美術館で展覧会を開いていたっていう?」
結利「そうよ。しかも彼は数年前に雪山にデッサンへ出かけたきり戻ってきてなかったの。誰も彼が生きてるとは思っていなかったわ」
十也「雪の女王に拉致されていたってことか…よし、ブレオナク・アンカー!」
彼の身体をきづつけないように気をつけて氷の中から彼を助け出す。
かなり弱っているようだがどうやら心音はあるようで、結利は応急処置を試みる。しかしおおきな回復はないようで、ここではこれ以上の処置ができないことが直感的にわかった。
十也「この人も連れて早く出よう!」
彼を背負い部屋から出ようとする十也に「ちょっと待って、あれを見て」と結利が指を指す。

砕けた氷の手前には一枚の絵が置かれている。
それは美しい絵だった。氷で覆われた美しい城の玉座に座る雪の女王。ただ、その表情は黒く塗りつぶされている。
この部屋を守るように雪の女王は立っていた。結利は、この絵が雪の女王にとって、とても大切な物なのではないかと思った。
結利「この絵をこのままにはしちゃあいけない気がするの」
十也「…俺もそんな気がしてきた…そうときたらブレオナク!」
十也は画家を背から下ろし、雪の女王の絵をズタズタに切り刻んだのであった!

〜現世への帰還〜
絵がズタズタになると同時に、十也たちの頭上の天井にも亀裂が入った。
天井だけでない、壁に、床にヒビが入り崩れ落ちていく。
「十也!!」と結利が手を伸ばす。十也は必死にその手にしがみついた。
そして、浮遊感。落ちていく、落ちていく、どこまでも。
それでも、十也は手を離さなかった。結利もまた。
冷たく冷えていた結利の手が、次第に熱を帯びていく。温かい。
そう思いながら、十也は目を閉じる。

そして次に目を開いた時、十也は自分の部屋にいた。
帰ってきたのだ……そう悟った十也の横で、何かが動く気配。
ギクリとして視線を向ければそこには、結利の姿がある。
「……どうやら帰ってきたみたい」
そう言って、結利は小さく微笑む。

後日、十也たちはとある美術館に足を運ぶ。そう、あの日行き損ねた美術館だ。そこでは、美しい冬のイメージの作品が沢山並んでいた。
その中で、十也達は一枚の絵を見つける。
美しい氷の城から手を取り合って逃げ出す少年少女。
その姿は、何故だか十也達によく似ているような気がした。
不思議さに戸惑う十也の手を、十也の隣にいる結利がギュッと握ったのであった。



……

そこから少し前…瀕死の状況にあったイツヤが、スピノザの拠点で息を吹き返した。
いくつも並んだ培養液に満たされたカプセルの中で、イツヤは見覚えのない女性の笑顔を見たのだった。

かもめ「うふふ♪十也くんあなたは本当にいい人間ね。またこうして大事な人を連れ戻してくれたんだから♪」

赤黒く揺れる培養液がイツヤに温もりを与える。
そして彼はかもめに向かって呟いた。
イツヤ「筆をくれ。あの絵を完成させないといけないんだ」
かもめ「もちろんよ♪あなたの力ならそこからでも絵を完成させることができるわよね♪」

こうして描き上げられた絵は彼の最高傑作として世に出づり、しばらくして彼のたっての希望でミストラルシティ美術館に飾られることになったのだという。



SIDE:S(スノーパレスの怪異) Fin

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最終更新:2021年08月29日 11:44