SIDE:M

〜ミストラルシティ〜
アサルトシャドーからミストラルシティを奪還した後、街には久々の平和な時間が流れていた。
十也「いやーひさびさにのんびりしてるなー」
背を伸ばしながら街中を歩く十也と結梨。
結梨「ちょっと十也!連戦続きだったのはわかるけど少し気が抜けてない!?」
十也「たまにはいいじゃん。あ!ちょうどかざぐるまに着いたぜ。チョコパフェフラペチーノ飲んで行こうぜ」
結利「全くもう…(息抜きも必要だよね♪)」
カランコローン
喫茶店の扉を開けた矢先、男女の話し声が聞こえてきた。
にろく「ナルと連絡がつかなくなったって?」
メルト「そうなんです」
ツバメ「研究室にこもってるだけじゃないの?」
メルト「定時連絡もなくって…これまでこんなことなかったのに」
にろく「何か揉め事に巻き込まれたか…まさかアサルトシャドー?」
と、そこで来客の二人に気がついた様子、にろくが「…いらっしゃい」と声をかけてきた。
十也「何かあったのか?」
メルト「実はですね!ガォ…」との声を制しツバメが「大したことじゃないの」と続けた。
不服そうにするメルト。
にろく「ミストラルシティ中央駅に出店する次の店の話をしてたんだ」
結利「…そうなんだ!どんどんお店が拡大していくね!」
十也「え?ナルがどうとかって言ってなかった」
すかさず結利が十也の脇を小突く。「ごふっ」
にろく「悪いな。そういうわけで今日はもう店じまいなんだ」
十也「ごふっふっ…そ…そうなのか。じゃあまたくるぜ」
結利「…またね」
カランコローン
店を出た結利は不審に思って店の中に聞き耳を立ててみると、店内の3人は魔導都市に向かおうとしていることがわかった。
結利「十也、いくよ!」
十也「お決まったか?飯の場所!」
浮かれ気味の十也を引っ張りながら結利は足を進める。
結利(EGOの一員として民間人を危険な目に合わせるわけにはいかないからね!アサルトシャドーが関わっているかもしれないなら、なおさらだよ!)

〜モゴラ大陸・タウガス共和国「パーミル高原」〜
どこまでも続くような草原の中を彼らはひたすら歩いていた。
いつまでたっても“その先”にたどり着かないのではないか…そんなことが頭をよぎる。
十也「なぁ結利、飯屋にはまだ着かないのか?もうとっくの前からずっと腹が減ってさぁ…」
結利「…」
彼女は焦っていた。勇みミストラルシティを出立し魔導都市を目指したはいいものの、どんなに歩いても街に着かないのだから。
そう、ここは魔導都市へ悪意の侵入を拒むための罠。彼らはすでにその罠にかかっているのである。
しかしその時…
「あ!あれか?あそこが飯屋か!」スキップ混じりにその館へと走り出す十也を追いかけながら、結利は「こんなそばに建物なんてなかったのに…」と思っていた。
なんせその館は金色に光輝く外観であり、見逃していたなんてことまずありえないとも感じていた。
とはいえ、ようやく休めると安堵した彼女はそんな不安を払拭してしまった。
金色の館に入ると、中はひどく殺風景だった。
広いエントランスがあるほか、くたびれた机とイスと本棚と、さらに奥に続いているだろう扉がひとつだけあった。
十也「…っておーい!何にもないじゃあないか!」
騒ぎながらエントランスを突き進む十也。すると不意に足元の床がガラガラと崩れだし、人を飲み込む大きさの穴が口を広げた。
十也「おおっと!」
咄嗟に床板にしがみつき穴の中に落ちずに済んだのはよかったのだが、一人では穴から出るのは難しそうだ。
十也「結利!頼む、手を貸してくれ!」
結利「任せて!いくよーリンク!」
散り散りになった床板に手をかざすと、破片が集まり長い棒が出来上がった。
結利「さぁ十也掴まって!」
十也「おぉサンキュー結利!…っ!!」
彼が棒を掴んだ瞬間、床がさらに抜け落ち穴が大きくなった。
一瞬、十也は長い棒を掴んだまま宙吊りになった、しかし一瞬だ、その矢先彼の身体は宙をまった。重力を感じる。
そして見上げた先には…切っ先が折れた棒を持つ結利の姿があったのだ。彼女は「ハッ」とした表情を浮かべている。
そしてそのまま、彼は床下へと落ちていったのだ。
結利「ごめん十也!すぐに引き上げるから!」
しかしそれは叶わなかった。結利は背後に気配を感じ取ったからだ。
結利「!?」
振り返ると”それ“がいた。
”それ“は毛の生えていない猿のような体、それでいたヌメついた表皮、足より長い手、大きな目、反して小さい口、ビクビクと蠢きながらそこにいた。
「ヒッ!」思わず悲鳴をこぼす。
その漏れた声に反応するように”それ“は結利めがけて駆け寄ってきた。
結利「フ、フリントブレード!」
ガキイイン!!
間一髪のところで”それ“の進撃を食い止めた。しかし”それ“はフリントブレードブレード越しのすぐそこでジタバタと体を動かしている。
結利「十也!やばいよ!こっちにきて手伝って!」
「…」
結利「十也!」
「…」
まさか落ちた時に気を失った?それなら”これ“は私がなんとかしないといけない!
結利「これでどうだ!」
ガキン!
ブレードの刃が外れ、その刃が爆発する!
ドゴォン!
爆風を食らった”それ“は力尽きたようにその場に倒れ崩れた。
結利「ふぅ!どんなもんだい!」
十也「やるじゃん」
穴の淵から出てきた十也が冷めたように呟いた。
結利「おっ気がついた?せっかくの私の勇姿を見逃したね!」
十也「いや最初から見てたぜ。だからいったろ「やるじゃん」って」
結利「それもそうか。え、じゃあ私のヘルプは聞こえてた…どうして無視したのさ!」
十也「俺が穴に落ちたのは棒が折れたせいだ。その棒は結利が作ったもの…つまり俺が床に落ちたのは…」
結利「あーもうわたしのせいだよ!ごめんってば!」
十也「にやにや」
二人がわちゃついていると、床に鍵が落ちていることに結利が気づいた。
その場所は”それ“が倒れたところ、気がつけば”それ“の姿は消えていたのだ。
結利「金色の鍵…どこの鍵かなぁ?」
十也「おそらくあそこだろう」エントランスの奥にある扉を指差す。
離れたここからでも気がつくほど、その扉の鍵穴は金色に輝き、金色の鍵を待ち構えているようにみえた。
二人は扉の前まで進み、そして鍵を開けて中に進んで見た。
扉の向こうには机があった。その上に細長い小箱が置かれている。
十也はその小箱を開けてみる。すると中には…

〜魔導都市メルディアシール〜
数日前、にろくとメルトはメルディアシールに到着していた。
すぐにナルの研究室がある図書館へと向かったのだが、そこにナルの姿はなかった。
意気消沈。ガクッと肩を落とすメルト。
にろく「ほかにナルが行きそうな場所はないのか?」
メルト「ガオミン様はいつも研究室にいるのでほかの場所と言われても…」
「そうか。それなら…」とにろくは図書館の案内板に手をかざし「プラグオン!」と叫ぶ。
すると案内板にプラグが出現した。そのプラグに携帯端末を接続する。すると…
にろく「魔導図書館のキヲクに接続した。案内板周辺のキヲクが映像として再生するぞ」
メルト「すごい!」
映像を確認すると、そこにはナルが図書館中に入り、そして地下への階段を降りて行く姿が映っており、それを最後に彼が外には出ていないことがわかった。
にろく「ナルは地下にいる!いくぞメルト!」
だが彼女は動かない。
にろく「どうした?ナルに何かあったのかもしれないんだ。早くいかないと!」
メルト「だめですう…図書館の地下には行けません!そこには畏怖するマナが…」
にろくはただならぬ空気を感じた。図書館に入る魔導師たちもまた、地下に行くことを否とするよう、そんな態度だったからだ。
にろく「何かわけがあるんだな。だが、ナルが地下にいる以上俺は先に進む」
行けないのであればそこにいろ、と言葉を残し、にろくは地下へ続く階段を降りて行くことにした。
メルトはまだ動けないでいた。だって地下には…

〜「ミスカトニック図書館」〜
螺旋の階段が続く。
にろくは上を仰いで見た。階段の始まりが遠くに光る、まるで星のように。
階段の手すりから体を乗り出し下を見てみる。どこまでも暗闇が続いているようだ。
メルトや魔導師たちが危惧する「畏怖するマナ」がこの先にあるのか…とにろくは思う。
魔導師でなければマナを感覚することはできない。
何が待ち受けて入るのか検討もつかないが、それでもにろくは先を急ぐ。


そしてついに階段が終わった。そこは円形の部屋になっており、四方に廊下が伸びている。
すると…どたばた!どん!
階段の上からものすごい勢いで誰かが転がり下りてきたのだ!
結利「あいたたた!十也!勢い良すぎだよ!」
十也「だって暗くて足元見えないんだから勢いに身をまかせるしかないだろ!」
結利「どういう理屈だよ!」
あっけに取られるにろく。どうしてこいつらがここに?
そんな心情を察してか結利は「私たちはEGOだ!困っている一般人がいたら助けるのが役目なのさ!」と胸を張る。
十也「俺もいるぞ!」
結利「なんとかかんとかメルディアシールに着いたらさ、メルトが図書館の前でうろうろしてたから聞いてみたの。
そしたらにろくが一人で危険な図書館の地下にいったていうんだもの!急いできたんだよ!」
十也「そのとおり!」
にろく「んーまぁ仲間は多いにこしたことないか。ところでお前たち、何か感じるか?」
十也と結利は二人揃って顔を傾ける。
にろく(そりゃあそうか、こいつらは魔導師ではないからな。なら問題ない)
にろく「あぁ気にするな。俺はナルを探しにこの街にきた。そして図書館の地下の最深部にナルがいると断定した。そんな状況だ」
そして周囲を見渡す三人。
円形の部屋には無数の本棚が立ち並んでいた。
しかしその本棚は、昔はずらりと本が並んだいただろうが、今はスカスカとなっている。
十也「おう!早速探すとしよう!まずは向こうの廊下に進んでみるか!」
意気揚々と廊下を突き進む十也。その後ろ姿になにかデジャブを感じる結利。
悪い予感がする…その結利の予想は、悪い方に当たってしまった。
廊下の奥からガション…ガション…と機械の駆動音が聞こえてくる。
暗闇の中、そこにいたのは…巨大な機械!
大量の本を整理するための大型自動配架装置が左右にある複数の脚部を器用に動かしながら、空となった本棚の整理をしている。
どうやら制御部が損傷し正常な動作をしていないようだ。
そしてその大型自動配架装置は…彼らに向かって突き進んできたのだ!
十也「鎧人形?いや違う…なんだあれは!」
結利「私たちを狙ってきてるみたい!」
にろく「おい!とにかく避けるぞ!」
三人は各々飛び避けるのだが、結利の服の裾が大型自動配架装置の脚部に引っかかり、
そのまま連れ去って行くではないか!
十也「そうはさせるか!ブラストリンカー!」
十也の身を鎧が包む。地面を蹴り駆け出し、結利に向かって手をのばす。
結利「十也ー!」
だがしかし、十也のその手は届かなかった!
さらに暴走した大型自動配架装置が突如進行方向を反転し、倒れこんできた!
このままでは十也は結利もろとも大型自動配架装置と床の間に潰されてしまうだろう!
「プラグオン!」
大型自動配架装置は動きを止めた。
脚部を壁面の書棚に突き刺し、なんとかその身が倒れこまないように保ったのだ。
その巨体からは一本のコードがつながっており、先には携帯端末を持つにろくがいた。
にろく「二人とも安心しろ。俺の能力でそのデカブツはすでに俺の支配範囲にある」
そう言いながら携帯端末を操作すると、大型自動配架装置は両腕を器用に使いながら結利と十也を安全な場所へと移動させた。もう暴走する様子はないようだ。
結利「すごいよ!にろくありがとう!」
十也「戦わずして仲間にするとは!にろくヤルじゃないか!」
すこし照れ臭そうにするにろくは、大型自動配架装置を操作して廊下の先進んで行くのだった。

廊下の奥にある扉の先にはさらに多くの書棚が立ち並んでいた。
しかし多くの書棚は隣の書棚に倒れかかっていたり、本を置くことができないほどに損傷していたりと、元々の役割をまっとうすることができる状態にはない。
それゆえかこの部屋には本がほとんどなかった、いや見渡す範囲には一冊足りともない。
十也「この部屋にもナルはいないみたいだな」
結利「それにしてもめちゃくちゃな部屋だね…見てよ!ランプだったもの…かな?こんなにぼろぼろ!」
にろくが結利の方を向くと、彼女は壊れたランプらしきもの、こうべを垂れた棒を持っていた。結利が言うようにひどく破損しているのだが、奇妙なことにその点灯部がチカチカとわずかに光っていることに気がついた。
にろく「!?…結利!その手に持っているランプを手放せ!」
結利「えっ……うわっ!」
咄嗟に手を離したからよかった。その壊れかけたランプを小さな光が包み込んで行きそして次第にその棒が小さく、小さくなっていったのだ。まるで光の粒が棒を食べているようだ!
十也「その光の粒…蠢いてるぞ!結利、にろくこっちに!」
十也達三人はは光のそれらから離れ一箇所に固まって様子を見る。
その光に目を凝らしてみると、それらは小さな虫...次第に虫らはぐちゅぐちゅ潰しあいながらと大きな光の塊に成り変わっていく。
結利「うそでしょ…」
にろく「これは…」
そこには巨大な…太い双対の顎を持ち、ぶとっと太った腹を抱えた、書棚を超える大きさの蟲『大本喰蟲-ブッカホリック』が構えていた。
十也「やばそうだな…それなら一気に畳みかけるぜ!」
グラムを手に取り蟲に向かい攻撃を仕掛ける。
ガキン!ザシュン!キュイン!
結利「私も加勢するよ!フリントブレード!」
ガキン!
すると蟲も4本の鈎爪のような前足を巧みに使いながら二人の攻撃を受け、そして隙を見つけては攻撃を仕掛けてくる。
にろく「さて俺も…ん?」
彼は気づいた。この部屋の奥の隅にうずくまり震える赤い何かに。
蟲のほうは二人に任せて、にろくはその何かに向かっていった。なぜかほっておくことが出来なかったのだ。それは今もわからないことだ。
そこにいたのは赤い魔導の民の服を着た老人。背丈は子供ほどしかない。
にろく「あんた…誰だ?ここで何してる!すぐにこっちにこい!」
赤い老人は「わしのことを気遣ってくれるんか?」と一言告げるとすぐにろくの背中におぶさった。
にろく「…なんなんだ。まぁいい離れるなよ」

一方、十也と結利はというと、難なくその蟲を倒したところだった。
結利「大きい割にはそんなに強くはなかったけど、体中べたべた~涙」
十也「この蟲は地下空間の主だったのかもな…あれ、にろくその背中…どうした?」
背中にいる赤い服をきた老人に十也と結利が気付き、にろくは「どうやらここに迷い込んでしまった人らしい」と返した。
とはいえ簡単に迷い込めるようなところではないことは明白で、怪しげな視線を十也と結利は老人に向けている。
その視線にいたたまれなくなったのか、老人はにろくの背中から飛び降り三人の周りをぐるぐると回った後、部屋から走り出て行ってしまった。
にろく「お前らな…そんな顔してたら誰でも逃げ出すだろう?」
十也と結利は顔を見合わせて見た。お互いにひどく睨みの効いた顔をしていた。
結利「仕事柄かな…それとも生まれ育った環境のせいかな…」
十也「と…とにかく、追いかけよう!あの爺さん、さっきの大きな機械に巻き込まれるかもしれない!」
彼らはすぐにその部屋を後にした。

~円形の部屋~
廊下にでた三人だったが奇妙なことに老人の姿は見あたらない。
大型自動配架装置にプラグをつなげて操作しながら廊下の先にある、円形の部屋に向かって足を進める。
「ぎゃぁぁぁ!!」
向かう先から老人のしゃがれた悲鳴が響く。三人はその足を速めた。

円形の部屋に入ってすぐ彼らは言いようのない光景を目にする。
部屋の中央、螺旋階段の真ん中で老人が地面から持ち上げられ、首を締めあげられ、足をばたつかせているのだ。
老人に苦痛を与えているのは、金色になびく長い髪、漆黒の服に身を包んだ背の高い女。
女は三人に気づいたようだが気にも留めず、老人の命を消し去らんとその手に力をこめる。
十也「その手をはなせ!」
結利「おじいさんに何してるんだよ!」
二人が一斉に飛び出した。各々の武器を構えて、その女にめがけて攻撃を仕掛けんとする。
だが、しかし、なぜか、その攻撃は空を切り、十也は壁に向かって、結利は床に向かって突っ込み白煙を上げる。
ドゴオオン!
二人はあまりの衝撃に意識を失ってしまったようだ。
にろく「お前ら!くっなにもかも突然すぎる!けどまずは爺さんを助けないと」

「プラグオン!」

大型自動配架装置を呼び寄せて眼前の女めがけて攻撃をけしかける。
装置の方腕が老人の身体をつかみ取ろうと、もう片腕の先端は回転しながら女に向かって迫る。
金髪の女は「ちっ」と舌打ちしてから、老人をつかんでいた手を放し、大型自動配架装置の攻撃を避けるように後ろに飛び退いた。
にろくは老人に駆け寄る。大丈夫かと声をかけてみると思いの外ダメージは無いようで、金髪の女を凝視していた。
そうかまだ闘いは続いている、そうにろくは認識を改めて戦況を確認する。
目を覚ました十也が女に向かってグラニを振るう、がその攻撃はあたらない。
結利がフリントブレードの刃をずらし爆発させようとするが、その爆風は女とは真逆の方向に飛んでいく。

金髪の女「その程度か人間!我が名はポルチスター=ヴェルヘルミナ=ニーチェ!スピノザの元で世界を安寧に導くもの!」
彼女はかく語った後、拳を振り上げて十也に迫る。その攻撃はささいなものに見えたのだが、衝撃は想定以上だった。
十也「がはっ!」

まったくもって有利とはいえない状況だ。不明なところが多すぎる。
にろく(こいつ(大型自動配架装置)でまずはガードするにして…奇妙すぎる…なにがなんやらわからない。くそ、こんなときナルがいれば)
あらかじめ作戦を練り、準備し、勝率を高めた状況を作り出すことが必勝の条件。そう考えるにろくにとってイレギュラーが多い乱闘戦は勝手が違いすぎるのだ、と彼はこんな時でも考えていた。
その思考はわずか一瞬だ。それで身体がすくんだり、思考が遅れるまででもない。
しかし老人の一言がにろくのこころを突き刺した。

赤い老人「お前は闘わないのか?」その目はにろくを見つめていた。
にろく「今まさに戦ってるだろう!」
赤い老人「お前のそれは闘いではない。目の前の嵐が過ぎ去るのを待っているだけだ」
さらに老人は続けた。
赤い老人「万人は平等に闘う権利を持っている。その力を持っている。自分の命を守るためじゃ当然じゃな」

俺は…EGOの暗部の奥で生きてきた。命よりも重要な任務のために。
今、俺は…何をしている?戦うことの意味…ずっとわからなかった…でもそれは…

「お前も人間であろう?それなら闘うのじゃろうが!」
赤い老人はそう叫ぶと、赤い光を放ちながら、その姿を「緋色の魔導書」に姿を変えた。
そしてにろくの手に魔導書が置かれる。
赤く光る魔導書は鼓動しているようだった。いや、違う。その鼓動はにろくの中から、発せられているものだった。

この世界の影を白日の下に引きずり出すために…闇に隠れた悲しみはもう必要ないんだ!
俺は…生きる。生きるために闘う!

にろくの黒いスーツが少し赫みを帯びる。彼の身体もまた高揚していた。

「プラグオン!」
図書館の床に手をかざしプラグを突き刺す。
にろく(この先にどんな力が眠っているのか…さっぱりわからねぇが!どんな力でも!こいっ!)
するとどうだろう。プラグオンにより吸い出された何かはにろく自身に蓄積されていくではないか。
手に持つ携帯端末の画面には『畏怖魔素充填完了』の文字が表示されていた。
にろく(あぁーそういうことか!ここがどこか忘れていたぜ!)

にろく「おいそこの金髪!」
ニーチェ「あん?どこの人間風情が私様を呼び捨てにするのだ?」
振り返った女めがけて携帯端末の銃口を向けるにろく。
ニーチェ「闘わずに隠れていたネズミか。いまさらなにをいきっておる?」
そんな言葉は今のにろくには響かない。緋色の精神が心の奥底から湧き上がっているのだから!
にろく「『我は偉大なる悪文。天才の孤高はナンビトにも理解能らず』」
ニーチェ「それは遺失魔導⁉︎…やめろ!」しかしニーチェの制止よりもずっともっと早くに…

にろく「プラグアウト=『アンリーダブル』!!」

銃口から放たれた黒い球体は一瞬の間にニーチェの胸元まで届き、かっとその表面にひびが入り割れ目から目玉がのぞき、その目はニーチェの目を見据えていた。
『深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているのだ』

ニーチェ「くっここでこの魔導は必死!すこぶる不本意であるが…人間、緋色の魔導書を大事に持っておくのだぞ。私様が手にする時まで」
その言葉はほとんど聞き取れなった。だがニーチェの目が、にろくを見るその目が、その言葉をかく語っていた。
瞬時、ニーチェの姿は魔道都市から消えうせる。
図書館の地下に静寂が戻ってきた。

十也「やった…のか。にろくやるじゃん!バーンって銃を打ったらあいつにげてったぜ」
結利「(身体が…普通に動く。ううん、なんだか、今の状態が動きにくい…みたいなそんな感じ…だけど)」
結利「やったね!みんな!撃退成功だよ!」
にろくはふうとため息をつきながら近くの
椅子に腰かける。体とスーツはいつも通り戻っていたようだ。
十也「ん?あの爺さんはどこにいったんだ?」
にろくは手に持つ緋色の魔導書を見せて「これだ」とだけ告げた。
結利「?」

すると四方に伸びる廊下のうちの、彼らが探索しなかった方向から彼が歩いてきた。
ナル「騒がしいと思ったら。君たち来てたのか…ってにろく、その魔導書…まさか…」
駆け寄ってきたナルは「緋色の魔導書だ」とつぶやいた。
どうやらこれは始祖の魔導士が残した古の魔導書の一つらしい。
まぁそんなことはどうでもいい、今はひどく疲れてるんだ。にろくはそんなことを考えていた。
ナル「大変だ!魔導士でもないにろくが、よりによって古の魔導書の影響を強く受けている!」
結利「私たちも危ないの?」
ナル「いや魔導書が所有者と認めたものにだけだ。でもなんでにろくが所有者に…なんてことは今はいい。なにか力を制御するものがあれば…」
十也ははっと何か思い出し、ポケットから「金色の栞」を取り出した。
それは彼ら二人が魔道都市に来る道中で一時的に手に入れたものだ。決して盗み出したものではない。
十也「これさ、何かに使えない?」
ナルは少々不審な目を向けつつも、「ちょうどいい。これは魔導書の力を抑える効果がある栞だ」と緋色の魔導書に栞を挟んだ。
ナル「でもにろくの症状は厄介だ。地上に運び出そう」

そうして彼らは図書館の地下を後にする。
螺旋階段を上りきったところで、にろくは一時目を覚ました。図書館の入口にいた少女が目に映る。メルトだ。
太陽の光に照らされた彼女の髪の毛が、いつもは茶色なのに、その時は金色に輝いて見えたのを覚えている。
そう、先ほど相まみえた「ポルチスター=ヴェルヘルミナ=ニーチェ」のように…


この一件は魔道都市内でもごく少数にしか知らされなかった。
それは魔道都市のセキュリティを突破された証になるから。無用な心配は不要という取り計らいから。
しかし、その選択は誤りだったのだろう。その後、この街は再び外界の侵入を許してしまったのだから。


SIDE:M(ミスカトニック図書館の怪異)     Fin

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最終更新:2021年08月29日 11:43