■ミストラルシティ〜イマヨリザキコーポレーション本社〜
今寄咲ツバメは困惑していた。
これまでに数多の窮地に遭遇していた彼女ではあるが、今回の問題はなかなか厳しいものになるだろう。
ツバメ「たった一通のメールにここまで悩まされるなんて」
社長らしい大きく深い椅子から立ちあがり窓の外を眺めながら思考を巡らす。
例えばこれが数学の問題だったとしたら。コレッセ予想とアントワニー方程式の仮説第二項を立証した上で、“いちたすいちがに”になることを証明するような、単純にみえて複雑難解無理難題。
しかしながら彼女は今寄咲家の当主。この世の中に解けないものなんてないのである、さらに彼女は誰よりも負けず嫌いであり(それ故に果倉部道場で鍛錬したこともあるのであって)、つまり彼女はその日ほかの全ての仕事を放棄してこのメールに秘められた『暗号』解読に挑んだのた。
〜数時間後
にろく「あーツバメに呼ばれてきたんだが…」
呼び出しに応じてやってきたはいいものの、彼女がいるだろう社長室の前には社員が数名ウロウロと、中には入れないでいた。
秘書「社長は朝からこもりっきりで…よっぽど社長の興味を引く何かがあったのでしょう。たまにあるんです」
にろく「…はぁ。秘密の箱庭か。でもまぁ…」
そう言いながら
にろくは扉に手をかけた。とびらはガチャリとすんなり開く。この閉鎖空間にはツバメが許可したものしか入れない、しかしにろくはツバメに呼び出されたわけだから中に入ることが“許可”されているわけだ。
そしてにろくは中に進む。
するとそこには…小屋があった。元は社長室のはず、小屋なんてあるわけがない。しかしにろくの眼前にはたしかに小屋があったのだ。
ツバメ「やぁにろく待っていたよ。さぁ中にきてくれ」
小屋の中からひょっこり顔を出し手招きをする彼女の誘いのまま、にろくは小屋の中に足を進めた。
この小屋は秘密の箱庭でも特に特別な空間でね、シャンティハウスっていうのよ、何が特別かっていうと、この小屋の中では時間がゆっくり流れるの、考え物をするにはぴったりでしょ。
矢継ぎ早にそう話す彼女の言う通り、小屋の中には数日、数週間は居座っているであろう跡が多くあった。散らばった紙には難しい数式や図形が書いてある。にろくには理解できない。
にろく「それでこんな厳重で豪華な屋敷に呼び出してなんのようなんだ?」
ツバメ「一ヶ月くらい前に、いや小屋の外だと今朝か、私の端末宛にメールが届いたんだ」
にろくはツバメに見せられた端末に目をやる。そこにはなんやら小難しい数式やらグラフやらが並んでいた。
にろく「いたずらか何かのメールか?」
ツバメ「私も最初はそう思ったの。でもいたって大真面目な内容だったわ。解読するのに時間がかかってしまったけれど、それでね内容なんだけど」
にろく「…俺に関係することなんだな」
ツバメ「察しがいいわね。そうよ。メールは依頼、探偵事務所ヴィントミューレ宛のね」
にろく「ほう」
ツバメ「依頼内容は…忘れ物のレモンの回収」
にろく「はぁ。大真面目といった割にはふざけたもんだな」
やはりいたずらメールではないのかと首を傾げたにろくに対して、ツバメは理解を求めた。
ツバメ「いいにろく、暗号は解くより作る方が難しいの
私が一ヶ月かかった問題を作れるような人間がふざけてこんなことをするとは思えないわ」
ツバメ「さらによ!暗号から忘れた場所が特定できたんだけど…」
机の上に広げた地図には数百の矢印が書かれており、それらの指し示す先には赤いペンで丸印が付いていた。
にろく「ミストラルシティ中央駅・ミストラルベース…」
ツバメ「今度喫茶店を出店するところでもあるわね。最近うちのリサーチ会社で調査をしていたのはたまたまかしら。それでね…」
その先に語られたことをにろくは知っていた。ミストラルベースが駅舎として新築された50年前より昔、そこにはEGOのある機関があったこと。それはにろくにも大いに関係していたことである。その機関とは『EGO旧・秘密諜報部』。現在は解体され存在しない機関の前身。
ツバメ「…ということで、にろく、私と一緒にミストラルシティ中央駅にある『EGO旧・秘密諜報部』にいって欲しいの。そこでレモンを回収するのよ!」
にろく「おそらくレモンとはなんらかの隠語。場所は級秘密諜報部。依頼を受けた以上行かないわけにはいかないな!」
かくして二人は正体不明の依頼を受けて、ミストラルシティ中央駅に向かうのであった。
……
にろく「ところでツバメ仕事の方はいいのか?社長室の前にお前の社員が多く集まっていたぜ」
ツバメ「あらおかしいわね。今日は臨時休業にして社員は全て帰っているはずなんだけど…」
にろく「そういえば見覚えのない秘書がいた。まさか…」
ツバメ「思ったよりも深刻な事態かも。十中八九、外にいる“彼ら”は私たちが探りを入れていることに気づいている」
にろく「そしてそれを阻止しようとしている」
ツバメ(“彼ら”は何もの?何を止めようとしているの?私たちが探ろうとしているのは……EGO旧秘密諜報部……つまりEGO?そんなことって……)
にろく「このまま外に出るのは避けた方がいい。お前は秘密の箱庭を解除せずにこのままここに残れ。駅には俺がいく」
ツバメ「いいえ、私も行くわ」
にろく「だが社長室の前には“奴ら”が控えている。諜報人のお前が出ていったらすぐにつかまるだろう!」
ツバメ「安心して。私はいつも先に進もうと歩みを止めないのよ」
椅子から立ちあがりツバメは小屋の裏側に通じる勝手口のノブに手をかける。
ツバメ「最近気づいたの。秘密の箱庭の『裏口』の存在に」
彼女が勝手口の扉を開くとその先には…
→喫茶かざぐるま
にろく「秘密の箱庭と俺の店の裏口が繋がったのか」
ツバメ「私が箱庭から外に出たら能力は解除されるわ。いずれ社長室が空になったことに“彼ら”が気づくでしょう」
にろく「なぁどうせならミストラルシティ中央駅の裏口に繋いでくれたらよかったのに」
ツバメ「残念だけど、どこにでも繋がるわけじゃあないの。今のところここだけよ」
にろく「お前の力もまだ発展途上ってわけか」
ツバメ「でも都合がいいの。あなたのあれを持ってきてほしかったから」
にろく「あれ?…あぁなるほどな」
にろくはそれを手に取り、二人は喫茶店を後にした。
〜ミストラルシティ中央駅
すでにその日の運行が終了した駅は静まり返っていた。
終電を逃した乗客すらおらず、待合室には頼りないあかりだけが灯っている。
にろく「さてレモンとやらはどこにあるだろうか。忘れ物というくらいだ駅員室に侵入してみようか?」
ツバメ「いえ、あらかた検討はついてるわ」
そういうとツバメは待合室に向かって進む。
赤いプラスチック製の椅子だけが並ぶその空間には、なんら不思議なことなど無いように思える。
にろく「ここになにかあるのか?」
ツバメは携帯端末を取り出しスッと操作する。空中ににまいの地図が現れた。
ツバメ「こっちが駅舎周辺の地図。そしてこっちが50年前の同じ場所の古い地図。重ねてみると…」
にろく「ふむ。かつての秘密諜報部の場所は現在の待合室
つまりこの場所ってことか」
ツバメ「ええ。暗号にはこうあったわ。秘密の場所に忘れたレモンを回収せよってね」
にろく「だがすでに旧秘密諜報部は存在しないんじゃ…いやもしかして」
周囲を見渡してみる。なんら変哲も無い待合室の一角ににろくにだけ見覚えのあるマークが紛れ隠されていた。
それは秘密諜報部のシンボル。そしてにろくは喫茶店から持ってきた“あれ”こと、忌まわしきチョーカーを取り出した。
にろく「さて、まだ承認が消されていなければ…」
チョーカーを壁面のシンボルにかざしてみたところ、ガチャリと音が響いた後、壁が左右に開き隠された部屋が現れたのであった。
ツバメ「ナイスよ!さぁ中に進むわよ!」
〜隠された部屋「旧・無機室」
部屋の中はがらんどうだった。埃がたまり人が出入りした痕はない。
棚も同様に空っぽで、特に何かがある様子は感じ取れない。
ツバメ「何もなさすぎて探しようが無いわね。さてどうしましょう」
にろく「ここが「無機室」と同じならできることがある」
彼は壁面の前に転がっている自動文章表示装置(旧式のPC端末。一見するとタイプライター)に手をかざす。
にろく「プラグオン!」
自動文章表示装置とにろくの携帯端末がプラグオンによってい接続されると、携帯端末にレモンのイラストが表示された。
にろく「ビンゴだ」
彼が携帯端末を操作すると、部屋の隅の床がぱかっとひらいた。その中には…
ツバメ「これが…レモン…かしら?」
そこにあったのは5台の携帯端末。手に取ってみると画面には『アンビエント』という文字が表示された。
ツバメ「アンビエント?この端末の名前かしら」
続いてにろくも端末を手に取り上げた。にろくが持っている端末に比べずっと軽くしかししっかりした作りをしている。
にろく(?50年前の代物にしちゃあ作りが現代的だ…いやむしろやや未来的か?)
ピピピッ!
アンビエント端末がメールを受信したようだ。
そこにはこんなことが記されていた。
*
Toヴィントミューレの精鋭 にろく ツバメ
無事にアンビエント端末を入手したな。
難解な暗号を解読し自身らの能力を活用し危機を脱しミッションをクリアした。申し分ない。
まずはおめでとう。合格だ。
君たちを我がカンパニーの一員と認めよう。
これからの活動に期待している。
*
にろく「今回の依頼人か…どうやら俺たちは試されていたようだな」
ツバメ「そして見事合格したようね」
ピピピッ
*
追伸
アンビエント端末5台は今回の依頼料だ。
君たちに必要な機器だ。有意義に使ってくれたまえ。
これからEGOとやりあうため。
そして怪異を止めるため。
*
にろく「…巻き込まれたな」
ツバメ「えぇ。でも直感ではあるけれど、私たちにとって悪い話ではないと思うわ。最近のEGO、特に上層無は良くない噂が絶えないし、あなたがいた秘密諜報部にはまだ多くの謎が隠されているのだから」
にろく「俺は依頼があれば受ける。だがそれ以上に俺の出自を明らかにするために、できる限りやっていこうと思う」
ツバメ「決まりね。さて問題は…依頼人の素性がわからないことね」
にろく「通信記録は…明らかに偽装されているな。ここから辿ることはできないだろう」
ツバメ「そうね…ひとまずはここを後にしましょうか。でも会社には“彼ら”がいるでしょうから戻れないわ」
にろく「向こうがだめならしばらくかざぐるまにいるといい」
ツバメ「そうね。そうさせてもらうわ」
そうして彼らのカンパニーとしての最初の作戦「レモン作戦」は無事に完遂された。
彼らが入手したアンビエント端末には最新鋭の機能(EGOのの施設の施錠解除、通信傍受、秘密連絡等)が搭載されていた。また後ほどナルが分析したところ、どうやら魔マナを封じ込める機能が備わっているようであることがわかった。
正体不明の依頼人からの連絡により、当面は不穏な動きをしているEGOの調査にあたることとなる彼ら。
そこに秘められた真実とは?
それらを知り彼らが直面する事態とは?
続報を待て!
SIDE:C(カンパニー結成譚) Fin
最終更新:2018年06月07日 12:47