〜EGOミストラルシティ支部 管制室〜
ピピピ!
異常を知らせる警告音が鳴り響く。
室長「警告事項はなんだ!」
室員A「シティ内部統制異端信号検知!パターン青!未確認来訪者です!」
室員B「ばかな!外部侵入警報は感知していない!4つの橋の使用形跡なし、上空からの飛来形跡なし…まるで忽然と現れたようです!」
室長「ええい!侵入経路はいまはどうでもいい!即時、非常事態宣言を発令!総員戦闘配置!」
室員C「管域内にいる全職員へ発令!エマージェンシー!各位通常作業から緊急作業に移行せよ!繰り返す!緊急作業に移行せよ!」
〜リハビリ室〜
その警告音は十也がいるリハビリ室にも響き渡っていた。
十也「何かあったのか!?」
サガルマータ雪山から戻ってきた後、懸命な処置によりある程度回復した十也は、トレーニング装置で体を鍛え直していた。その手を止め、放送に耳をすます。
結利「十也はリハビリ中、私は付き添いだから、緊急召集の対象外だね…だけど…」
最近ミストラルシティ内では緊急事態どころか小さなイザコザすら発生していなかった。一体どのよう状況となっているのか想像もつかない。
結利「状況を確認してくるね。とにかく、十也はトレーニングを続行しててよ」
たっと走り部屋を出ていく結利の後ろ姿を追いかけるように見つつ、トレーニングを再開する十也であったが…
十也「…トレーニングしてる場合か?俺も戦闘に参加した方がよくないか!?」
一人悩みながらも広背筋の伸びを意識しながら黙々とトレーニングを続ける。
十也「…やっぱりおかしいだろ!俺の身体はまだ万全じゃあないけど未確認な事件であれば尚更前線で戦わないといけないだろ!」
もういいと、トレーニングの手をやめて立ち上がる。ちょうどそこに結利が戻ってきていた。
結利「あ!ダメだよ!トレーニングを続けなきゃ」
十也「そういう状況じゃあないだろう!さあ結利も一緒にいくぞ!」
結利「絶対NG!私たちは私たちの為すことをするのよ。前線の状況ならこの部屋の画面でも見れるようにしてもらったから」
それでもまだ納得できない。ひとまず、画面に映された映像を見てみることにした。
そこには…驚愕の状況が映し出されていた!
〜ミストラルシティ プロバンス通り〜
悠々と街を闊歩する二人。
一人は白衣に身を包み、もう一人は赤黒いドレスを靡かせる。
その後ろには、おびただしい数のEGO職員、ミストラルシティ市民が意識を失い転がっていた。どうやら命は手放さずにいるようだが、その表情は恐怖に引きつっていた。
通りの端にはEGOが迎える。それ以上先に行かせないようにと陣を構えながら。
ちょうど隊を率いる長が次の手を打つところだった。
隊長「ぐぬぬ、まだ足りぬか!次の隊員前へ!」
隊員R「はっ!」
丸腰の隊員が二人に向かって歩み寄る。満面の笑顔を浮かべて。
隊員R「お二人方、我々はお二人を歓迎します。どうかまずはお名前をお聞かせください」
双方の距離が次第に縮まると、隊員の方だけがばたりと突っ伏すように倒れてしまった。
トキシロウ「力の加減ができていないのではないか?」
ブラン「ほざけ。詠唱なしの基本魔導じゃ。我に息をするなというのか?」
トキシロウ「能力が喪失したこいつらは微弱な未元エネルギーですら気を失うほどの影響を与えるんだ」
ブラン「能力…あぁ
シャカイナの戯れじゃな。そんなものに頼らなければ自心を保てないとは脆弱なもの達じゃ。貧相な時代となっておるのか嘆かわしい」
隊長「ぐぬぬ、交渉力が尽きたか!次!次の隊員前へ!」
隊員S「はい!」
隊長「諦めるな!どんな相手でもいつか対話は必ず叶う!生まれ変わったEGOの力を見せつけてやろう!」
隊員一同「おう!」
その後も隊員達は笑顔を絶やさず二人に近づき、為すことなく倒れ続けるのであった。
その光景に誰も疑問を抱かない。
武力で世界を恐怖に包んでしまった過去を反省し、様々な手法を検討した結果がこれとは。
だが武力を行使しないEGOを見て歓喜する市民が多いのも事実。
どうして銃や駆動鎧で反撃しないのかって?だって攻撃されていないでしょ?何もされていないのにこちらから攻撃するなんて非道なこと、できるわけないじゃないですか。
〜EGOミストラルシティ支部 管制室〜
室長「ふむなかなか手強いな」
室員A「ご安心を。あの部隊は高度交渉術を会得しています。時期に対話が成功します」
室長「いかにも。さて客人を迎える準備はできているか?間も無く支部に到着するぞ」
室員E「ご安心を。すでに主賓室にて全て整っています」
室長「よし万全だな」
どん!
「何が万全だよ!!!」
十也だ。十也が管制室に乗り込んできたのだ。
室長「天隊員、君はリハビリ中だろう。緊急配備することなく、身体を労りなさい」
十也のあとを追いかけてきた結利も十也に声をかける。
結利「ね、前線はみんなに任せて。十也はトレーニングにもどろうよ」
あまりの緊張感のなさに、十也は語気を強めて声を荒げる。
十也「みんな何いってるんだよ!敵襲だろう!」
その場の全員の頭に疑問符が浮かんだようだ。誰もが理解できない。
室長「どうした?確かに登録のない客人だが、敵襲だなんて。攻撃されてるわけでもないんだから」
結利「そうだよ!あのひと達は“ただ歩いてるだけ“じゃない!」
十也「結利まで…みんなどうしちゃったんだよ…」
愕然とする十也。十也にだけ見える攻撃。十也だけが感じる敵意。
魔道士の二人の背後から放たれる悪意の塊が隊員を退ける。隊員達はその何も感じることなく、笑顔で近づきそして倒れる。
俺がおかしいのか。みんなが正常なのか。
…いや違う。そうじゃない。
変わったのは世界の方だ。敵意なく、攻撃を認識できない、そんなものの概念が失われたこの世界…後に呼び名が広まることになる。
安寧世界、と。
〜プロバンス通り〜
つい先刻まで意気揚々だったEGO隊員達は、為すすべなくみな意識を失ってしまったようだ。
陣営を突っ切り、通りを抜けると、その先にあるEGO支部が見えてきた。
ブラン「奴らの命を摘むことはせぬのか?生きていても必要ない弱小生物のようじゃが」
トキシロウ「ああ。あいつらにはなにも見えないし、感知もできない。だがそれでいい。安寧世界は万人に平等だ。能力の有無によらず皆がそれぞれの人生を、生きる意味だけのために生きることができる」
そう、それこそが秘密結社スピノザが求めた完成された世界。
誰もが他者に敵意を持たず、争うことない平和な世界。
そのためにも、能力の有無がもたらす不公平は取り除かなければならなかったのだ。
そして、人々が前を向いて歩みを止めないように、個々の生きる意味を明確に心に刻むことが必然だった。そのために「全世界統合個人情報カード」に機能を追加し、全人類に配布したのだ。
ブラン「不憫よのう」
突然の発言に思考が一瞬止まる。
トキシロウ「どういう意味だ?」
ブラン「ぬしのことだ。ぬしからは生きる意味を微塵も感じえない」
トキシロウ「…」
ブラン「わたくし様には無用なことじゃ。気にするでない」
だん!
「そこまでだ!」
突如空から舞い降りた十也が二人を阻む。
ブラン「きゃつが天十也か?見よ、向こうからやってきたわ」
高らかに笑い声を上げる。
十也「!?俺が目的のようだな。どうしてこんなことを!」
トキシロウ「…やはりお前には安寧が訪れていないよか。“あいつ”の力の影響が強まってもなお、お前は特別なのだな…まぁ為すことは変わらない。天十也、お前はこの世界に不要な存在だ」
十也「何を根拠に!」
トキシロウ「問答は無用だ」
トキシロウが空中に手をかざすと、複雑な紋様を刻む魔導陣が浮かび上がった。ブランのそばにいる間、古の魔導士の愛嬌が有れば、魔導陣が展開できるとトキシロウは想定していたのだ。
ブラン「ほう、それがぬしの魔導か。稀有であるな」
そう言いながらも、どこか高飛車な笑みを浮かべつつ、何やら詠唱を始めた。
ブラン「求魔の調べ 第三の扉を閉ざし 赤い夜に 時を刻む……」
通常であれば長時間かかるだろう詠唱量を、わずか風が吹く間、一息で言葉を吐き出す様はあまりに驚愕。ついで彼女の後方に巨大な火球が出現したのだ。
トキシロウ(さすが古の魔道士…魔導書なしに極大魔導を即時発動するとは)
束の間、二人の魔導は十也目掛けて放たれた!
〜〜
爆風が辺りを土煙が包みこむ。
トキシロウ「やったか?」
ブラン「いや、まだじゃ。よもやこの時代でまみえるとは思わなんだ」
十也「いやー助かったよ」
そこには白き翼で召喚師を守るブレオナクと十也の姿があった。
ブレオナクは威嚇しながら二人の魔道士に対峙する!
すかさず口元から白い波動球を二人に向かって放った!
魔導陣を再展開し波動をなんとか防ぐトキシロウ。波動は続けて何度も放たれる。
トキシロウ「くっ!魔導陣の攻撃は通用しない、さらに連続攻撃!守備がいつまでもつか…」
ブラン「わたくし様の極大魔導を弾くとはなかなかじゃ」
すると踵を返す長身の魔女。
トキシロウ「おい!どうした!」
ブラン「わたくし様は目覚めが良い方ではないのじゃ。あとは任せる」
トキシロウ「いや…俺の力ではあの龍には敵わない…だからお前を呼び出したんだぞ」
ブラン「ふん、誰がぬしに任せるといったか?」
トキシロウ「……どういうことだ」
突如暗雲が立ち込める。鳴り響く金色の雷。吹き荒れる赤き旋風。
雲の間からひときわ巨大な雷鳴が地面に落つると同時に、ミストラルシティの中央に大いなる存在が降臨した!
ブラン「現れよ!毒蛇龍シュピーゲル・ヴァイパー!」
金色の龍。
その両翼は赤々と怪しく煌き、身体中が帯電している。
十也「何ぃぃ!金色の龍だとぉ!(召喚師は俺だけじゃなかったのか!)」
ブラン「召喚術を使えるのはぬしだけではないのじゃ。この星に深く根差した万物の根源術。わたくし様に使えない道理はないわ」
そう告げると彼女は飛落した雷と共に姿を消した。
「ここまでが契約だ。あとのことは知らぬ、好きにさせてもらうぞ」とトキシロウに告げて。
トキシロウ「まさかあいつも召喚術を使えたとは。だがこれは好機!金色の龍よ、あいつを、天十也を葬り去れ!」
召喚師ではないトキシロウの声に応えたわけではないが、シュピーゲルは赤き翼を強く羽ばたかせて風を起こした。
その風は甘い香りを含み周囲に拡散していく。
十也「ブレオナク!」
十也の指示で迎撃態勢に入るブレオナクであったが、その風を微かに感じ取ると十也を背中に乗せて飛び上がった。
ブレオナク「あの風には毒がある」
今のままでは十也を危険に晒してしまう。それでブレオナクはその場から離れたのだ。
十也「このままだと街中に毒が拡散しちゃうな。よし、ブレオナク、真下に向かって白い波動球を放ってくれ!地面に大きな穴を開けて毒と龍ごと近深くに落としてやろう!」
ブレオナクはうなずくと、口元を大きく開く。
十也「放て!閃光のブラスターストリーム!!」
先ほどよりも大きな波動球が放たれたのであった!
不均衡な平和で満ちた安寧世界。
虚構で塗りたくられた人々をもとに戻すため、十也とブレオナクが全てを打ち破る!
果たしてスピノザの刺客を退けることはできるのか!?
TO BE COUNTINUED
最終更新:2020年09月05日 12:04