賢者の石(けんじゃのいし)

~更生院(カリキュラム)・管理室~
涅尤「社長!」
倒れている零軌のもとに駆け寄る涅尤。気を失っていた零軌が涅尤の呼びかけで目を覚ます。
零軌「…あらぁ…遅かったじゃない…」
全身に空いた風穴。小さな穴だが出血がひどい。意識を保っているのもやっとの状態だ。このままでは命すら怪しい。
涅尤「僕の能力で」
涅尤は自身の両腕から発生する炭を体に空いた穴をふさぐようにまき散らす。零軌の傷口をふさぐように炭が固着していく。とりあえず傷口からの出血はこれで防げるだろう。
零軌「…それで…状況はどうなってるのぉ?」
自身のダメージよりも状況が気になる零軌。
涅尤「錬金術師たちは倒しました。ただ…」
涅尤は部屋の中央に目をやる。その目が見据えるもの。その正体が何なのか零軌にはすぐに分かった。
零軌「賢者の石…。完成してしまったのねぇ」
パラケルの記憶から彼女は知っていた。彼らの目的。賢者の石の創造。その方法までは読み取れなかったが現に今、目の前にいるものがそれなのだろう。
零軌「まさか…人間を触媒としたものだったとは…」

グッ!

零軌の体を抱える涅尤。
涅尤「ここは危険です。すぐに退避します」
零軌「…そうね(悔しいけれど今の私に彼女をどうこうできるほどの力はない…一凛さん…)」
涅尤は零軌を抱えその場を後にした。

「う…ん」
意識を取り戻したオタクダ。
オタクダ「なんだ…?」
あたりを見回すが奴らがいない。。
オタクダ「あいつら消えやがった。何が起きてやがる?」
対峙していたホムンクルスも錬金術師もその姿はない。代わりにあるのは室内に吹きすさぶ風だけだ。
オタクダ「あいつがこの風を起こしているのか?」
吹きすさぶ風の中心に人影が見える。その近くには学生服を着た少女の姿も見える。
オタクダ「次から次へとなんだってんだいったい…」

十一「先輩…なんですか?」

吹きすさぶ烈風の中に立つ人物に声をかける十一。
「…」
その人物は十一の声に全く反応を示さない。髪は烈風により逆立ち、その瞳は赤く輝いている。その身は風が全身を包み込み、常に逆巻いている。胸の中心には赤く光る石が見える。姿は変われども彼女は也転一凛に間違いはない。
一凛「…」
右手を上へと向けかざす一凛。彼女の手のひらに風が集まっていく。集まった風は天井を貫き巨大な風の剣を形成する。

ブン!!

巨大な風の剣を振り下ろす一凛。その剣は更生院を切り裂きながら彼女へと振り下ろされていく。
十一「私を狙って!?」
千百款染を使った反動か、はたまた一凛が自分に攻撃してきたという衝撃からか体が動かない。

ガガガガ!!

集束された風の剣は建物を破壊しながら十一へと迫る。
十一「先輩…」
オタクダ「くそっ!」

ドゴォン!!

風の剣が振り下ろされる。その衝撃はすさまじく、剣が振り下ろされた前方が砕け、建物の外が見えるほどだ。
オタクダ「なんとかまにあったか…」
間一髪のところでオタクダに弾き飛ばされ、風の剣の直撃を免れた十一。だが彼女は状況が呑み込めず唖然としているままだ。
一凛「…」
風を纏い、瞬時にオタクダの眼前へと移動してくる一凛。
オタクダ「おわっ!」
オタクダの首をつかみ持ち上げる。
オタクダ「ぐえっ!」
彼の体から光が周囲に出てくる。その光は一凛の胸元の赤い石へと吸収されていく。
オタクダ「な…に…」
意識を失うオタクダ。そのまま壁へと投げつけられる。
一凛「…」
一凛は一瞬十一のことを見た後、何かを感じたように風を纏い瞬時にその場を後にした。
十一「先輩…そんな…」
あまりの事態に混乱する十一。

「…おい」

そんな十一に誰かが話しかけてくる。それは…
リヴィエラ「あいつ…どうしちまったんだ?」
全身ボロボロのリヴィエラ。意識を取り戻した彼女だ。リヴィエラが何者でどうしてここにいるのか、そんなことを考える余裕もない十一は彼女の問に答える。
十一「先輩は…おそらく賢者の石になったんです」
リヴィエラ「賢者の石だぁ?なんだそれは?」
十一「賢者の石…魔導士ヘルメスの妄想だと思われていたものがこんな形で現実になるなんて…先輩…」
一凛が賢者の石となった現実が受け入れられない十一。状況が理解できず…いや違うだろう。頭ではわかっているのだが今の状況を理解したくないという気持ちがそれを勝っている。
十一「なんで…どうして…」
現実を受け入れられない。その気持ちが十一の心のすべてを支配してしまっている。それ以外の感情が沸き上がってこないほどに。
リヴィエラ「ちっ…仕方がねぇな」
リヴィエラの右肩に大気中の水が集まっていく。水が集まり、腕の形を成す。

ガッ!

十一「うっ…」
十一の首元を水の右腕でつかむリヴィエラ。
リヴィエラ「あいつを止めなくていいのかよ?」
十一「先輩は…もう…」
くよくよとあきらめる様子の十一。
リヴィエラ「何だってんだよ?賢者の石っつーのになるとお終いなのか?」
十一「あなたは知らないから…」
リヴィエラ「あぁ知らねぇよ。だからわかるように説明しろってんだよ!」
十一の首をつかんでいた右腕を放すリヴィエラ。リヴィエラに迫られ少し冷静になった十一。
十一「わかりました…。賢者の石…それは無限の力を得られるという生成石です」
リヴィエラ「無限の力?」
そんなものがありえるのだろうか。甚だ疑問だが…。
十一「私のいたメルディア=シールの伝承にある錬金術に関する記述の中にはこう記されていました。ヘルメスが提唱した賢者の石。それは原初の魔導書に匹敵する力を発揮する。そして賢者の石は原初の魔導書にはない特性を持つ」
リヴィエラ「ヘルメスだ原初の魔導書だってのはわからねぇが…とにかくすごい力をもっているってわけか。そんで賢者の石の特性ってのはなんなんだ?」
十一「賢者の石は成長するんです」
リヴィエラ「成長?」
十一「はい…賢者の石は人間を触媒とし成長する。そんなものがあるはずがないと今まで思われていました。ですが…」
リヴィエラ「それがあいつ…さっきの也転一凛か」
変貌した一凛の姿は二人ともその眼で見ている。尋常ではない力を発揮していた彼女の姿。それこそが賢者の石の実在の証明。
十一「はい。先輩の胸で光っていた物。あれが賢者の石だと思われます。賢者の石は先輩を触媒として成長していくつもりです。もうだれにも止められないんです」
その場に膝をつきあきらめた様子の十一。そんな十一にリヴィエラは苛立ちを覚える。
リヴィエラ「おいてめぇ!まだあいつは生きてるんだろ!だったら!あきらめんな!生きてりゃ必ず救える可能性はある。死んじまったら救うこともできねぇんだよ!」
十一「生きていれば…可能性はある」
その言葉にはっとする十一。あきらめたら先輩は助からない。たとえどれだけ苦難な道でも今はそれを進むしかない。限りなく0に近い可能性でも0ではないのだから。
十一「そう…ですね。先輩を助けないと!」
さっきまでと違い十一の眼には迷いがない。何としてでも一凛を元に戻すため十一は決意を新たにする。
十一「先輩…今行きます!必ず賢者の石から先輩を解放します!」
リヴィエラ「いい眼になったじゃねぇか」
十一とリヴィエラは一凛の後を追うのであった。

~更生院・入口前~
焙那(はいな)「なにが起きたの…」
美天(みそら)「わ、わかりません」
突然更生院の建物が両断されるように内側から破壊された。目の前で起こった現象に理解が追い付かない。
肇李(ちょうり)「中で何が…」

キィィィン!

何かが建物の中からすさまじい速度で飛んでくる。

ゴゥゥ!!

その何かが彼らの横を文字通り目にもとまらぬ速さで通り過ぎる。超速で移動した後に起こる風の衝撃(ソニックブーム)が彼らを襲う。
美天「きゃぁぁ!!」
肇李「くっ!」
史香(しか)「上です!」
上空に浮かぶ一凛。治安維持委員(セキュリティ)の面々を見下ろすようにその場に浮かんでいる。
焙那「一凛さん…なの?」
美天「でも様子がなにか…」
一凛は両手のひらを広げ治安維持委員たちへと向ける。一凛の指一つ一つに渦巻いていく風。その風は指から放たれ竜巻のように治安維持委員たちへ襲い掛かる。
鎖霾(さめ)「だめ!罠(トラップ)が間に合わない」
挫羅(くじら)「私の防風壁(エアロ・シャッター)で!」
風の壁を作り出す挫羅。だがその壁はまるで発泡スチロールを壊すかのように竜巻に容易く破壊されてしまう。

ドドドド!!!

地面を削りながら暴れまわる竜巻。為す術もなく治安維持委員たちは倒れていく。
一凛「…」
一凛は倒れた治安維持委員たちに手を向ける。すると彼らの体から光が湧き出て、一凛の胸の赤い石、賢者の石に吸収されるように吸い込まれていく。

ドクン!

脈打つ賢者の石。それに呼応するように一凛の体に変化が起きる。体を黒い膜のようなものが覆っていく。全身を覆う黒い膜。赤く光る両目と胸の石。今の彼女は人間からかけ離れてきている。これが賢者の石の力なのだろうか。
怜霞(りょうか)「うぅ…」
かろうじてまだ意識があった怜霞が起き上がる。怜霞を見つけた一凛は怜霞へと風を纏い飛んでいく。
怜霞「こっちに…きた!?」
来るのが分かっても反応できない。それに反撃するほどの力も彼女には残っていない。まるで生命エネルギーが抜かれたかのように体に力が入らないのだ。
怜霞「だめ…」
このまま突撃されれば無事では済まない。だがもうどうすることもできない。
怜霞「…」
両目を閉じ覚悟を決める怜霞。

ゴッ!

直後聞こえる衝撃音。だが何かおかしい。
怜霞「あれっ?」
自分の体に痛みはない。目を開けると目の前には見覚えのある、というより良く見慣れた人物の背中があった。頭に鉢巻を巻き、暑苦しい彼が怜霞の前に立っていた。
列覇(れっぱ)「大丈夫か怜霞!!」
先ほどの衝撃音。それは列覇が一凛を殴り飛ばした音だったのだ。相変わらずの熱さを見ると彼はあの竜巻の中でも無事だったようだ。
怜霞「先輩…」
列覇の姿を見て安堵したのか怜霞はその場に倒れるように気を失ってしまった。
一凛「…」
吹き飛ばされた一凛が起き上がる。
列覇「おいお前!なかなかやるな!だがな!」
両手の拳を合わせる列覇。
列覇「俺がいる限りお前の好きにはさせないぜ!」
右腕の拳を地面へと勢いよく打ち込む列覇。その衝撃が地面にひびを入れると同時に地面を砕きながら列覇の闘気(オーラ)を纏った衝撃波が一凛へと向かっていく。

ドゴォン!

衝撃波が一凛へ直撃する。白煙を上げ辺りに散らばる砕片。
列覇「どうだ?」
白煙が晴れるとそこには何もなかったかのように一凛が立っていた。
列覇「まったく効いていないか。なら直接ぶち込む!」
拳を構え両足で地面をける列覇。彼を纏う闘気が彼の体を加速させる。瞬時に一凛の眼前へと飛んできた列覇の右拳が一凛の顔面へと放たれる。
一凛「…」
一凛は風の壁を作り出す。だが風の壁は列覇の拳に触れた瞬間、消滅する。

ゴッ!

一凛の顔面に直撃する拳。

ビキビキ…!!

体を覆っている黒い膜にヒビが入る。だが…

ガッ!

右腕をつかまれる列覇。そのまま空中へと放り投げられる。
列覇「うぉ!?」
一凛「…」
宙に浮かぶ列覇へと右手を向ける一凛。その直後。
列覇(なんだ?)
突然音が聞こえなくなると同時に声も出ない。それに体が落下していかない。
列覇(うっ…!)
胸が苦しい。吐き気がする。
列覇(なにが起きてるんだ!?)
状況が理解できないまま意識が遠のいていく。このままでは助からない。それだけはわかる。
列覇(だ、だめだ…苦しい…)

バラララ!!

一凛の周りに何かがまき散らされる。小さな黒い…それは…
列覇(炭?)

ボッ!

直後炭が爆発する。爆発にのまれる一凛。
列覇「おわっ!」
列覇の体が地面へと落ちる。
零軌「危ないところだったわねぇ」
黒いスーツに身を包んだ男が学生服の女性を抱えている。異様な光景だ。少し間違えれば犯罪のにおいがする。
列覇「なんだあんた?」
涅尤「戦うつもりはなかったが…」
零軌「仕方がないわね…やれるだけのことをやってみましょうか(治安維持委員第一支部長の彼もいることだし…もしかしたらがあるかもしれないわね)」
零軌をその場に下ろす涅尤。爆発の中から一凛はなにごともなかったかのように姿を現す。
涅尤「この程度ではダメージも与えられないか」
零軌「さっきのあなたへの攻撃、あれは気を付けたほうがよさそうねぇ」
列覇「あの訳の分からない攻撃か?」
零軌「あれはおそらく真空状態を作り出している。何度も真空状態に体がさらされれば体の中身が持たないわよぉ」
列覇「わかったぜ!なら避けるかやられる前にやるしかないってことだな!」
涅尤「言うのは簡単だがそれを成すのは困難かもしれないな」
一凛が手を3人に向ける。
涅尤「またくるぞ」
零軌「そのためにあなたがいるんじゃないの」
涅尤「なるほど僕だよりというわけですか。なら行きます」

バッ!

涅尤の両腕から周囲にまき散らされる炭。
涅尤「来ます!」
涅尤は炭の挙動の変化から真空状態が形成されるのを察知する。その場から退避する涅尤と列覇。
零軌「今がチャンスよぉ!」
列覇「よっしゃいくぜ!」
闘気を纏い一凛へと突撃する列覇。

ゴッ!

一凛は風の壁を作るがそんなものは列覇には通用しない。風の壁を突き抜け一凛へと衝突する列覇。
列覇「おらぁ!!」
拳を握り、拳撃をなんども一凛へ浴びせる列覇。一凛の体を覆う黒い膜がひび割れていく。
列覇「もう一押し!」
右手の拳に力を籠める列覇。
列覇「うおらぁ!!」
勢いよく拳を一凛へと振り下ろす。黒い膜に放たれた拳。

ビキビキビキ!!

一凛の体を覆う黒い膜に大きくひびが入る。

パリィン!!

黒い膜が割れ、その中の一凛の姿が露わになる。
涅尤「この機を逃しはしない」
炭を集め刀を形成する涅尤。
零軌「だめ!一凛さんを殺すわけには…」
涅尤「そんなことを言っている場合ではありません」
炭の刀の剣先を一凛へと向ける涅尤。

ガキン!!

炭の刀は一凛の体の直前で静止している。
涅尤「刀が通らない…風の壁か」
一凛「…」
炭の刀をつかむ一凛。つかまれた炭の刀が一凛の作り出した衝撃波で崩壊する。
涅尤「くっ…」
涅尤の顔面をつかむ一凛。
列覇「やらせるかよ!」
一凛を止めようと向かってきた列覇の顔面をもう一方の手でつかむ一凛。

ゴゥゥゥ!!

二人の体を包むように竜巻が発生する。全身をズタズタに切り裂かれる二人。そのまま二人は放り投げられる。
零軌「もう…手はないわねぇ」
その場に一人たたずむ零軌。次に狙われるのは自分だ。動くだけの力もない今、彼女にできることはない。
一凛「…」
一凛の体が再び黒い膜につつまれる。零軌へと狙いを定めるように指を向ける一凛。その指先に風が逆巻いていく。
一凛「…」

バシュン!!

一凛の指先から放たれた風の弾。それは零軌の胸へと一直線に飛んでくる。
零軌「余計なことはしないほうがよかったわねぇ…」

ガン!!

風の弾が零軌に当たる直前で何かにぶつかり止まる。
リヴィエラ「あきらめるにはまだ早いんじゃねぇか」
それはリヴィエラの水で形成した右腕。
十一「先輩を止めるんです!」
現れたリヴィエラと十一。だがそんなことなどもろともしないように一凛は彼女たちを風弾で吹き飛ばす。
十一「きゃぁ!」
リヴィエラ「くっ!」
零軌「残念だけどダメみたいねぇ…」
十一「あきらめません!絶対!」
十一はボロボロの体をなんとか動かし立ち上がろうとする。そんな彼女に対し一凛は無慈悲に力を溜める。一凛の前方に風が集まっていく。圧縮された風。それを受ければ無事では済まないだろう。
一凛「…」

ボッ!!

風の塊を放つ一凛。今の3人にはそれに成す術はない。
零軌「…」
リヴィエラ「終わりかよ…」
十一「先輩…」

「うぉぉぉ!!」

頭上から聞こえる声。直後、十一たちの前方の地面へと突き刺さる槍。風の塊が槍に直撃する。

ゴォォォ!!

槍にあたった風の反動による衝撃が辺りに広がる。
リヴィエラ「ぐっ!」
十一「なんですか!?」
零軌「なにが…?」
槍はあれだけの風の塊を受けても無事なようだ。よくみるとその槍は4つの刃を持つ特殊な形状をしている。さらにさっきの衝撃で壊れてもいない。

タッ!

上空から槍の持ち主だろう男が降りてくる。槍を手に持つ男。

「まったく…帰ってきたと思ったらいきなり大変なことになってるなぁ」

やれやれといった様子だが言葉とは裏腹にやる気は十分といった様子だ。槍を構え、臨戦態勢をとる男。

十也「とにかくやるしかないか!」

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最終更新:2021年06月13日 18:03