怪異の石扉④魔導都市を襲う脅威!

〜モゴラ大陸・魔導都市〜
十也「お、懐かしいな!」
扉を抜けた先にあったのは、煉瓦造りの建物や塔が立ち並ぶ中世を思わせる建物が並ぶ街。
かつて十也も訪れた事がある。そう、ここは魔導都市。

にろく「ん?ツバメはどこだ?」
トニーを追いかけて別の扉に進んでしまった彼女がいないことにようやく気づいたようだ。
十也「あれ?扉をくぐった時は一緒にいたと思うんだけど」
ナル「ちょっとツバメちゃんにコールしてみるね」
携帯端末を取り出し、ツバメのナンバーを選んで通信を試みる。
ナル「・・・おかしいな。呼び出し音が鳴らない。どこでも通じるはずだよね?」
これはただの端末ではない。カンパニーのメンバーが所有する、独自ネットワークに接続されたアンビエント端末は地球上ならどこでも必ずつながるはずだ。
呼び出し音すら鳴らないということは、一体どういうことなのか。
十也「もしかして、すでに俺たちは攻撃を受けているんじゃ・・・」
身構える十也。その可能性もあるのだが。
にろく「いや、さすがに何の気配もなくツバメを連れ去ることは不可能だ。おそらくはミストラルシティにでも残っているんだろう」
十也「そ、それもそうだな。よし、ちゃっちゃとここの怪異を取り払ってやりますか!」

しきり直し、さぁ前を向き進もうとした一同であったが、そこに何かが突っ込んできた。
正確には、ナルを目掛けて、彼女が宙をまい転がってきたのだ。
メルト「あ〜れ〜」
すぐそこの何もない道で転がったのだろう。そして慣れたようにナルは彼女を受け止めた。
ナル「またですか」
メルト「gmンァsjfgぁfsが!」
それの正体は、魔導都市でカフェブームを生み出した、メルトだった。
大変なんです!と言わんとして、口を開くのだが、なぜかメルトの話は要領を得ない。
十也「おい!ちょっと落ち着け!何をいってるか全然わかんないぞ!」
落ち着かせようとしてもメルトは何故か理解できない言葉を発し続けている。
ふと周囲を見渡すと、他の魔導士たちも集まってきたのだが、やはり誰の言葉も理解できない。
にろく「どういうことだ?一体何があったんだ?」
メルトはにろくに顔を向け話し出すも、どうやっても話が通じない。まるで・・・
ナル「まるで古の魔導書を解読している時のような・・・そうか!遺失魔導言語だ!」
十也「遺失魔導・・・言語?」

魔導書にはいくつか種類がある。原初の魔導書、遺失魔導書、そして大衆向けに書き下され誰もが解読できる魔導書(正確には、読み解くためにマスタープルーフが必要だ)。
原初の魔導書、遺失魔導書の文字は、通常の魔導書のように読み解くことはできない。
それぞれを執筆した魔導士が独自のルールにより言葉を紡ぎ書き残したためだ。
つまるところ・・・
にろく「暗号ってことか。まさか遺失魔導書の影響で、文字だけでなく言語すら意思疎通できない状態になったってことか?」
ナル「うん。古の魔導書も遺失魔導書も、安易に内容を読み解かれないように、暗号と合わせてトラップが仕掛けられていることも多い。」
十也「メルトやみんなはトラップにハマって意味不明な言葉しか話せなくなったってことか」
ナル「それにしても・・・」
メルト「がlksdjごぷjほpjkth;t!」
他の魔導士「sウェdrftgyyvgbhんjmk、l!」
これほど多数の魔導士が同時に遺失魔導書を読んでしまった?しかも相当深い内容部分まで?理解できない魔導書の文字を?ありえるだろうか?
ナル「あぁ、伝達魔導が使えたら、直感的な意思のやり取りができるのに!」
能力喪失は、魔導にも及んでいるのだ。魔導そのものが能力というわけではないが、魔導を使用するのに必要な能力「マスタープルーフ」が喪失している故だろう。
天才と称えられるナルもその範疇だった。現世の魔導士では、魔導を完全に理解できないということだろうか。

十也「メルト!身体で表現するんだ!」
試しにと、十也が腹部を叩きながら悲痛な顔を浮かべる。同時に胃袋が空になったことを知らせる音が響いた。
にろく「・・・腹減ったのか?」
十也「当たりだ!」
メルトの顔がパァッと明るくなる。その手があったか!
彼女はくにゃくにゃと身体を動かし、立ったり、座ったりを繰り返す。
十也・にろく「・・・さっぱりわからん」
首を傾げるふたり。しかし、彼には伝わったようだ。
ナル「ミスカトニック図書館が襲われて、遺失魔導書が全て奪われただと!」
なぜ分かる!ナルとメルトのコンビネーションの賜物だ!
十也・にろく「なるほど!って、え!」
非常に厄介だ。かつて彼らはミスカトニック図書館の地下深くで、遺失魔導の力の片鱗をその身に浴びていたのだ。
ナル「本来魔導書は、使用者たる魔導士がいてこそ力を発揮する。だが遺失魔導は別だ。使用者なく(遺失)してその力を発揮する、その危険性ゆえに封印されているんだ。だが封印されている間は安全だ。強奪者でもいなければ!」
にろく「強奪者、一体誰がこんなことを!」
十也「俺には察しがつくぜ」
スピノザがもたらした安寧世界で、怪異を振り撒く魔導士なんて、あいつしかいないじゃないか。
十也「隠れてないで出てこい!」

〜〜
長髪で金髪。赤黒いドレスに身を包み、窓の外を眺める。
「騒がしいのう。何をそう吠えるのだ」
いつにも増して騒々しい。世界とはえてしてこんなものか。
「ほう、あやつは・・・」
目線の先には十也、にろく、ナル、そして騒ぎ散らすメルトがいた。
じっと見つめる。その真意知る術はなく、立ち上がる彼女は部屋を後にした。

〜〜
ブラン「今世の魔導士の理解力とはこの程度か」
大小さまざまな色の光球を周囲に浮かべながら、塔から出てきた彼女の周りで、多くの魔導士がバタバタ倒れていく。口からを泡と共に、意味不明な言葉を吐きながら。
老練な魔導士「絵d5f67・・・湯品kml・・・」
清廉な魔導士「cvfgh・・・bh8位9個l・・・」
幼い魔導士「ふいjこht・・・grふぇmk・・・」
たった一人の彼女の前に、魔導士たちは手も足も出なかったのだ。
ブラン「全く不甲斐ないものだ」
先程の光球は、携える宝剣を中心に出たり入ったりを繰り返している。どうやら遺失魔導書が光に姿を変えて、魔導士に脳に直接内容を叩き込んでいるようだ。
使用者を必要としない遺失魔導であるにもかかわらず大人しく従っている様子から、ブランがかなりの高位に相当する魔導士であることがうかがえる。
ブラン「能力とやらがなければ魔導を使うこともできないような輩は魔導の民にあらず。さぁ静かに消えたまえ」
長身の彼女の身長を悠に越える大きさの宝剣を天に向ける。光の玉が次々に飛び上がり、そして魔導都市全体に広がっていった。
ばぁぁぁん!!

ブランは古の魔導士の一人。
ヨミガエリ、そして目にした世界はあまりに不甲斐なし。
ブランの残した魔導書はまだしも、彼女より低位な魔導士が残した魔導書すらも解読できないのだから。
ブラン(これでよい・・・理解を超えた力は存在してはいけない)
そうして彼女はこの世界から魔導士を消滅させることに・・・

ナル「させてたまるか!」
立ち塞がるナル、にろく、メルト、そして十也!
十也「やっぱりお前の仕業だったんだな!これ以上、お前の好きにはさせないぞ!」

ブラン「ややおかし。魔導士は全て遺失魔導の迷宮に囚われたはずだが」
にろく「何にもおかしくないぜ。罠はハマるものじゃない、はずすものだからな」
彼の手には赤い魔導書と、そして黄金の栞が握られていた。
ナル「魔道は使えなくても、魔導書の力そのものが消えたわけじゃない。お前が証明しているよな」
遺失魔導書の罠が発動したのだ。にろくが持つ緋色の魔導書が持つ性質「万人の万人に対する闘争」も当然発動する。
にろく「そしてこの黄金の栞があれば、魔導士でなくとも魔導を使用できる。魔導トラップに対抗する闘争心を与えて罠を解除するくらいわけない」
十也「そういうこと!魔導士のみんなは無事だ!まだ目を覚さないけど、起きるころに目にするのは・・・」

バッとブランに向けて指をさす。
十也「お前を倒した俺の姿さ!」
ブラン「ほほう。ぬしらのようにマシなものもいたのだな。だがな、一つ、超えては行けないラインを超えてしもうた」

突如暗雲が立ち込める。鳴り響く金色の雷。吹き荒れる赤き旋風。
雲の間からひときわ巨大な雷鳴が地面に落つると同時に、魔導都市の中央に大いなる存在が降臨した!
十也「まさか!ミストラルシティで倒したはずなのに!」
にろく「恐鳴召喚獣は簡単にはやられないってことか」

ブラン「魔導とは選ばれたもののみに許された力。その根源は夢、希望、想造。誰でも魔導を使えるなど、あってはならぬのだ!」
赤々しい翼を携えた金色の龍を後ろに従え、ブランは宝剣から光球を全て放出し、そして、終焉の魔導召喚術を発動した!
ブラン「毒蛇龍シュピーゲル・ヴァイパーよ!今、その魂折り重ね、真の姿へ昇煥(ナイトメア・レボリューション)するがよい!」

十也「何ぃぃ!新たなショウカンだとぉ!(晶煥(クリスタライズ)以外の選択肢があったのか!)」

金色龍の体に光球が吸い寄せられていく。その進化を止める術があるとすれば・・・

十也「あぁーとにかく!できることをするしかないな!召喚!こい!ブレオナクドラゴン!」
大いなる翼羽ばたかせ、十也の元に白き龍が降り立った。
十也「すかさず行くぜ!放て!閃光のブラスターストリーム!!」

その波動球は、いとも簡単に金色流を貫いた。
あまりにも呆気なく。

〜〜
十也「やったか!」
ナル「・・・いや、まだだ!」

崩れ流るる金色龍の体液は止まることを知らず、次第にその波は大きくうねり出す。
まずは彼らの周囲を囲み、そして濁流は街全体を囲うまでに至った。

ばっ!
飛び立つ白き竜。
十也「間一髪だったな」
ブレオナクドラゴンの背に掴まる三人が街を眼下に見据える。
にろく「もしやこれも罠だったのか。はっ!意識を失った魔導士たちは無事か?」
ナル「問題ないよ。メルトに頼んでおいた。動ける魔導士たちと一緒に避難するようにって」
十也「よし、なら俺たちは戦いに専念すればいいんだな」
ブレオナクドラゴンの上に立ち上がり、身構える。
十也「感じるんだ。この濁流全体があの龍の正体だって」

ブラン「よもや。感性もまずまずじゃな」
濁流の奥から彼女が浮かび上がる。その身は一滴も濡れず、乱れていない。
堂々たる姿に戦慄を感じる一同。しかし退く事はない。

十也「あいつが「昇喚」なら、こっちだって!にろく、ナル、俺に輝鉱石を託してくれ!」
にろく「言われなくともそのつもりだ!」
ナル「任せるよ、十也!」
二人から輝鉱石を受け取った瞬間、眼前に濁流が迫っていた。
十也「!?(気づかないほどの!なんて速さだ!)」
バシン!
まるで巨大なムチに払われたかのように、十也たちは吹き飛ばされ、塔の壁に叩きつけられた。
立ち上がろうとするも足がすくむ。生物的な本能が知らせるのだ。自然の脅威に立ち向かうことなかれ、と。
十也「まるでおこがましい人類よ、って言いたげだな。だけどな、どんなことがあったって、俺たちは諦めないんだぜ」

「気概は買うが、ぬしの身体は限界であろう?」
長髪で金髪。赤黒いドレスに身を包み、十也を見下ろす・・・ニーチェだ。
十也「お前!くっ!」身体からダメージが抜けず、動けない。
にろく、ナルも同様だ。
ブレオナクドラゴンは十也たちの盾となるようにその身を寄せていた。

ニーチェ「取って食うつもりはない。ぬしの主人に用事があるんじゃ、どいてくれるか」
違和感を感じる。スピノザの一員であるはずなのに、敵意が感じられない。
ブレオナクドラゴンはニーチェを迎え入れたように、その身を横にのけた。

十也「何のつもりだ」
ニーチェ「そう警戒するな。今はもうぬしらと争うつもりはない。それより、あのお方を止めて差し上げろ」
にろく「ブランのことか、そういやぁ、お前、ブランに似てないか?」
ニーチェ「当然じゃ。双子じゃからな」
ナル「!?古の魔導士が双子だったなんて」
ニーチェ「無駄話はそこまでだ。天十也、ぬしの気概、超越の精神にふさわしい。ありがたく思え、私様直々にその身に魔導をかけてやるのだからな」

ニーチェ「万人の万人に対する闘争ーその限界を超越せよ」

するとどうだろう。十也の身体が赫みを帯びる。もう痛みは感じない。
それだけじゃない。
十也「うん、わかった。ブランを止めよう」
何かを理解して、行くぞ、と声をかけブレオナクドラゴンと共に塔を後にする。

残されたナルはニーチェに話しかけた。
ナル「なぜ古の魔導士たるあなたがスピノザに?」
ニーチェ「いつかは誰かに伝えようと思っておったことじゃ」
そうして彼女は、その生涯をナルに伝えた。
緋色の魔導書の継承者、にろくもそばに据えながら。

〜〜
十也「身体が軽い。これならあの濁流とも渡りあえる!」
それに彼女を“救う”こともできる。

背中の上で何やら考える十也を横目で見るブレオナクドラゴン。
十也「心配するな無茶はしないさ。わかったんだ、恐鳴召喚獣はただの召喚獣じゃない。超自然的な現象が実体化したというか、この世界のことわりが具現化したというか、とにかく、普通なら泣き寝入りするしかないルールと戦える機会なんだよ」
遠く濁流の中に佇むブランが視界に見える。
十也「スピノザに無理矢理ヨミガエさせられた偉人。そして無理やり反乱させられた濁流(濁龍)か」


決意を胸に羽ばたきながら次第に近づく十也たち。
さて、やってやりますか!
輝鉱石を“二つ”握りしめ、ブレオナクドラゴンの首元にポンと投げる。
十也「行くぜ!ダブル晶煥(クリスタライズ)!」
二人から託された輝鉱石がブレオナクドラゴンの首元に吸い寄せられる。
晶煥で使える輝鉱石が一つだと誰が決めたか?ニーチェの魔導を受けた際の閃きが役に立ったのだ!

黒いローブのような鎧を纏う白龍に姿を変えたブレオナクドラゴン。

十也「よし!これでプラグオンとマスタープルーフを纏った!あとは・・・」

バヒュウィィィン!
これまで以上のスピードで飛び進む。これなら濁流に先を越されることはない。

ブラン「ふむ。どうやら先に進んだようだな」
姿を変え飛ぶブレオナクドラゴンを視界のはしに、何かを察する彼女の周りには濁流が渦巻く。まるで彼女を守るように。
ブラン「このままでよいぞ。ぬしはそのまま、この世界の流れのままにあればよいのじゃ」


十也「よし、このあたりでいいだろう。ブレオナクドラゴン!紡げ!相関のプラグストリーム!」
白龍が波動球を放った先は濁流の渦の真ん中。
飛びあがる濁流の一つ一つが小さな粒子となって空中に浮遊する。

十也「次だ!マスタープルーフ!」
小さな粒子の一つ一つが空気中の元素と化学反応し、さらに魔導都市に漂う畏怖するマナと魔導反応を起こし、浄化されていく。
同時に複数の稀有な反応が起きるなんて、それは限りなく低い可能性であるのだが、零でないかぎり必ず実現する。
そうして濁流だったその流れは清く穏やかな川に姿を変えた。

ブラン「見事じゃな」
彼女の周りには先ほどまでの荒れ狂う泥色の川ではなく、小さなせせらぎが流れていた。

どんっ
満足げな表情の彼女の身体が小さく揺れる。
ブランが振り返ると、そこにはニーチェの姿があった。
ブランに向けた手のひらから少しだけ煙が立ち上る。
ブラン「閃光弾(シャングァンダム)、最初に覚えた魔導ですね、お姉様」
胸を貫かれたブランは膝をつくと、そのままその身をチリに変えた。
気がつけば雲が消え、降り注ぐ太陽の下、塵はキラキラと輝きながら空高くへと流れていった。


見事浄化された魔導都市では、遺失魔導の影響による後遺症もなく、意識を失った魔導士たちも皆正常に戻った。
街は大破したものの、多く人命が失われなかったことは奇跡だろう。
そもそも、本当に命を奪おうとしたものがいたのか。
ナルは少しだけ思いを巡らせ、今は街の復興のためにと体を動かすのであった。


〜時の魔女ニーチェ〜
双子の少女、ニーチェとブランは共に魔導の才に秀でていた。
とても仲の良い二人が好きな色は、赤色と黄色。
それぞれの好きな色はそのまま魔導の性質として語り継がれることになった。
ある時、ニーチェは限界を突破する可能性を追求し始めた。その結果、彼女の時は無限となり、死ぬことがなくなった。能力「超越」の発現である。
その力ゆえに、ニーチェはブランが死した後もその身を今世に残すこととなった。

時に委ねるその人生を前に、表面上は追求を止めない彼女であったが、真の願いはブランとともに老い、そして死ぬことだった。
スピノザが用意した安寧世界はそれを叶えるものだった。
能力が消えた今。彼女の寿命は残りわずかなのだ。


しばらくして、魔導都市の復興が進むと、新たに生まれた川のそばの丘台に小さな二つの墓標が建てられた。
陰りなく日当たりが良いため、周囲には常に赤い花と黄色い花が咲くそうだ。


そうそう、彼女たちの子孫の中には数世代に一人、特に血の濃い才を秘めた魔導士が生まれるらしい。
普通は赤茶色の髪の色が、太陽にかざすと金色に輝く特徴があるんだとか。



かくして魔導都市を覆った怪異は十也を前にチリとかした。
恐鳴召喚獣を打ち破ったブレオナクドラゴンの可能性は無限大。
このままスピノザ討伐に向けて一直線に進むんだ十也!

残る一つの石扉。
ああそうだ、次は彼の登場だ!


TO BE COUTINUDED

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最終更新:2021年08月22日 16:45