無限の可能性!輝鉱石が照らす世界!

〜ミストラルシティ〜
いつ見ても見事な街だ。
世界を掌握しようとする悪者によって混沌に陥っても、能力が消えてしまっても、そして安寧世界に包み込まれても、ここミストラルシティは人々の生活を絶えず支えている。
EGOが守ってくれているからだって?果たしてそれだけだろうか。

いずれの大陸にも属さない独立都市ミストラルシティ。
新興であるが故に歴史は浅いが、旧きしがらみがない透き通った純粋な街。
朝日が街を照らすころ、人々の生活が始まる。何も変わらないいつも通りの日常だ。

十也「よう!帰ってきたぜ!」
石扉の一つが開き、満足げな十也が先陣を切って飛びててきた。
にろくとナルは、魔道都市に残って街の再建を手伝うことにしたという。

次いで隣の石扉が開いた。
キノ「うー!やっぱり気になるよ!」
ボルク「忘れてしまえ!考えすぎは体に悪いぞ!」
何かモヤモヤしている様子のキノを宥めるボルクと、その後ろからアポロンが続く。

ツバメ「さーてと、これでみんな揃ったわね!」
トニースライはカリナンで休んでいるわと添えてから、ツバメは一同を見渡して大きく声をはりげる。
ツバメ「残るは最後の石扉よ!みんなの力をあわせて怪異を打ち破るの!」
十也「おう!俺の、俺だけの!召喚の力で!必ず世界を救ってみせるぜ!」

結利「・・・あのさ、十也、最後の扉の先にはもう行かなくていいみたいだよ」
十也「え!?」
言いづらそうに声をかける結利。十也は鳩に豆鉄砲を体現するようにキョトンとする。いや、その場にいる全員が不思議がった。
ボルク「どういうことだ?まさか結利が扉の先の怪異を倒したのか?」
結利「いやぁ。私じゃあないんだけど。解決済み、みたいなんだよね」
アポロン「・・・そういうことか」

アポロンの視線の先に、朝日に照らされながら、ディックリョウガの二人が歩いて近づいてきた。
ディック「よう!みんなお揃いで。どうかしたのか?」
キノ「・・・もしかして最後の怪異を倒したのってディックなの?」
ディック「最後の怪異、かどうかは分からないけど。そこの向こうのことなら、そうだね、俺がやった」
怪異を倒したというのに、どことなく元気がない様子であることは誰が見ても明らかだ。
なんだか聞きづらい空気が漂っていた。

リョウガ「まぁ、とにかくさ。最後の怪異とやらを倒したら、何が起きるんだ?」
全ては解決した?なら、えーと、次にすることは、はて?
ツバメはカンパニー用通信機器を手に取った。
ゴーシュなら、次の手を考えているかもしれないと思ったからだ。
しかし、通信機器は反応しなかった。

十也「なぁ、ちょっといいか」
リョウガを睨みながらディックに話しかける。
十也「まさかディックも召喚士?どうなんだって!」
召喚士がこれ以上増えてしまったら、もはや十也の特別性は消滅する。これ以上自己存在の否定は何がなんでも避けなければ、やっていられない!
ディック「ああそうだよ。それと“この“リョウガは召喚獣だな。でも、そうだね。ちょっと見てて」
ディックがふん!と念ずるとリョウガの姿がパッと消えさる。

そして彼は“いつも通り“の手順を踏むことにした。懐かしい“いつも通り“のやり方で。
ディック「さてと、いくぜ。イマジナリーフレンド!こい!リョウガ!」

ボワっ
青白い炎とともにリョウガの姿が現れた。
リョウガ「なぁ消すなら消すと先に言ってくれないか」
ディック「あ、ごめんごめん汗」

一同はその光景を何度も見てきたはず、だけど、まさか再びこの瞬間を目にするなんて思っていなかった。
だって、能力は消失してしまったはずだから。日常が消えさり、不便めいた毎日がさも当たり前になっていたのだから。
それは長く地下に閉じ込められて数年ぶりに外に出たような、否応なく身につけていた仮面を取り去ったような、そんな感覚。

十也「もしかして!能力が・・・戻ったのか!!」
身体、腕、手のひらに意識を集中する。

感じる。
未元粒子を。

次第に粒子が集まり、“それ”を形作るさことができるってことを直感的に理解する!
十也はニヤッと笑みを浮かべて、そしてあの言葉を口にした。
十也「『ブラスト・リンカー』!」

ゴオォォォ!!

十也の体を激しい突風が包み込む。

バシュン!!

突風の中から鎧を纏った十也が姿を現す。
十也「もう一つだ!こい!ブレオナク!」
その手に一本の槍が握られる。
だが、それだけじゃない。

十也「!!??」
能力ではない。彼の後ろには、召喚獣ブレオナクドラゴンが立ち上がっていたのだ。


〜遠く離れたあるところ〜
10年前、地球に月が堕ちた。
全てはヴァリアを生み出すために、多くの未元エネルギーを集約するために、超高濃度の輝鉱石を作るために必要な儀式の一環だったのだ。
はて、月がないというのなら、ここはいったいどこなのか。
言ってみれば大きな嘘月。人の子により作られた紛い物なのだ。

私は今、白い花畑の中、幾つもの鐘楼の中の一つから、遠くに浮かぶ青き星地球を眺めていた。


〜ミストラルシティ〜
十也「ブレオナク・・・ドラゴン!」
白き竜は十也のそばに首を伸ばして語りかけるように頷いた。
十也「能力が戻っても、召喚術は使えるのか。え、そうなの?」
アポロン「召喚とはこの星に根付く深き力だ。気づいていなかっただけで遥か昔から人のそばにあったのだな」
キノ「あれ?僕の召喚獣は呼び出しに応じないよ」
ボルク「ヘルフレイムはここにいるぜ。もともと炎神様は昔からいたからなぁ」

どうやら誰でも召喚術が使えるわけではなさそうだ。
これは仮説だが、能力を消失したことがきっかけとなり召喚の才ある者が目覚めた。だが能力が戻ることでその力が再び眠りについた、といったところか。
つまりそれは・・・
十也「ここに召喚能力者(クリスタライザー)天十也が降臨したのだ!」
ざざぁ・・・(これは風の音ではない。皆の心のざわめきだ。)

ツバメ「・・・まだまだ世界には不思議なことがあるんだね」
結利「でもさこれってとどのつまり、解決したってことじゃないか?安寧世界が終わりを告げたってことだよね!」
安堵する雰囲気が立ち込める。確かに非日常は過ぎ去った、のだが。

ディック「でもさ、元凶は倒せてないぜ。俺が払ったのは能力を消失させた原因だけだから」
リョウガ「一連の出来事を画策した秘密結社スピノザってやつはまだ残っているってことだ」

そう、忘れてはならない。首謀者はまだ生きている。
ツバメ「あれほどの綿密で巨大な計画をし、安寧世界を構築しようとしたスピノザのことだから、きっと次の手を打ってくるに違いないわ」
十也「親玉をぶっ潰すまで終わらないってことか!」
そういうことなら当事者に聞くのが早いだろう、十也はボルクに向き直して問いかける。
十也「スピノザのボスはどこにいる?あれ前も聞いたっけ?」
ボルク「あーそうだな。行き方はわからんが、場所だけは知ってる」
指を空に向けて突き上げる。空を見上げる一同。

天に浮かぶ月。丸っとした真っ白な星。
そうだ。秘密結社スピノザは、そこにある。

〜月〜
私は思案する。
幾度とない試行の果てに、輝鉱生命体ヴァリアを誕生させてもなお、安寧世界は長くは続かなかった。
どうしても人の子は、不可侵な領域に落とされても、そこからさらに前へ進もうとするのだ。
何度も、何度も、繰り返し見てきた。だからこそあの手この手で試してきた。
これまでないほどに可能性に満ちていたこの世界。
今までと違うのは、あの青年の存在、世界の特異点、天十也。
彼がいなければこの結果には到達していないだろう。
とはいえすでにツミだ。静かに青い星を眺めよう。


〜ミストラルシティEGO支部〜
リオル「月に行きたい?無茶なことを!」
十也たちの戯言めいた話にかまけるわけにはいかない。
能力が戻ったと同時に、敵意めいた感覚が戻り、多くの人々はこの数ヶ月の出来事を反芻し、混乱きわめていたのだ。その対応に四苦八苦しているようだ。
もとよりEGOの本質は治安維持。月に行く術など持ち合わせていなかった。
十也「そりゃあそうだよな。忙しいところ悪かったな」
EGOは全力で世界の平和維持に努めている。

ボルク「すまん。俺の記憶も曖昧で。気づいたら向こうにいたり、こっちに戻ったりしてたから。何が起きたか全くわからないんだ」
ツバメ「空間転移能力かしら?もしかしてそれが果蔵部かもめの能力かも?」
その名前を口に出すのをもう憚らない。ツバメの武道の師たる彼女を止めるとそう決めたから。
ボルク「ああそれは間違いないだろう。」
ここに居る中にもそれを経験したものがいる。
かつてアポロン、キノ、ボルクがディックを強襲した際に、彼らは突然別々の場所に転移したよう。あの時、果蔵部かもめはすぐそばにはいなかったはずだ。遠く離れたところから手出しできるというのなら、それはあまりに…

ディック「規格外だなあ。それってさ、もしかして今俺たちのことを月から見てるかもしれないってこと?」
リョウガ「能力が戻ったのは俺たちだけじゃあないからな」
一同を身震いさせるのに十分な悪寒が走る。
能力復元は成し得たが、それはむしろ不利な状況を招いてしまったのだろうか?

ツバメ「だとすれば、この会話も聞かれているかもしれない・・・いや、それならすぐにでも私達を除外すればいい。なのにそうしないのは」
アポロン「取るに足らない算段、だからだろうな」
キノ「もしかして!すでに次の策を打っているとか?」
ボルク「んー。それはないと思う。あの人は用意周到だった。この数年は、ヴァリア生誕以外に時間を費やしているようには見えなかった」
だとすると、いや考えても仕方ない。誰も知らない策の対策を練るよりも彼らにはすべきことがあったのだ。
ツバメ「パーティの再編成を提案するわ。一つ、EGOと協力して混乱を鎮めること。一つ、月への到達手段を見つけること」
バランスとしては9:1。現状、スピノザの直接的な行動が確認されていないから、まずは目先の治安維持が必要と判断したのだ。

ツバメ、アポロン、ボルク(withヘルフレイム)、キノ、ディック、リョウガはミストラルシティを拠点に全国の治安維持にあたることにした。

十也(withブレオナクドラゴン)は単体で、月への移動手段を見つける。
ブレオナクドラゴンの背中に乗れば移動に際して支障がないし、乗れるのは十也一人までだから。
十也「なぁブレオナクドラゴン、お前に乗って月まで飛んで行けないのか?」
ブレオナクドラゴンが首を横に振る。召喚獣といえど宇宙空間で生存することは困難なようだ。

ディック「息を止めれば、宇宙でも大丈夫じゃない?」
そういうとディックは十也を縄で縛って近くの池に突き落とした。
酸素がない空間と水中は似ている。水中でも活動できれば、宇宙でも支障ないはずだ!

…5分後、半死状態の十也がブレオナクドラゴンによって救い出された。


〜アンモライ王国〜
そんなことがあってからしばらくして。
大きな変化があった世界は、それにも慣れてきたようで、次第に当たり前じゃないことが当たり前になってきた。
EGOを筆頭にして各国各都市の復興と再生は順調に進み、もはやあの“能力喪失”がなかったことのように扱われることもあった。

ただ人々はふと思い返す。そして感じる。能力のありがたさと、その尊さに。


「奇跡なんか起きやしない。すベては必然により引き寄せられているだけだ」
そんなことを呟きながら作業に明け暮れるのは、元スピノザの一人、トキシロウだった。
ここはかつての彼の研究室。この王国で何があったのか、全てを思い出した彼がここに戻るのは当然のことだった。他に行くところも、会いたい人もいないのだから。

トキシロウ「ジャックヒルズ・クォーツナイト!」
彼の能力も復活している。だが、あの人のプロファイルだけはどうもうまくいかない。
トキシロウ「やはりダメか。あいつの起源だけはどうしても解明できない」
この能力の前では、どんな人間だろうと、その素性や他者との関係性の全てが詳らかにされるはずなのに。
何度試しても果倉部かもめの素性は明らかにならなかった。

トキシロウ「あらゆる可能性を考えろ。俺の能力が処理落ちするほどの途方もない情報を持ってる、と仮定するなら・・・あいつの能力は『不老』かもしれない」
決して老いることがないのなら、そこには膨大な情報量が眠っているのだろう。数十年、いや数百年の積み重ねがあると見て間違いない。そんな化け物が相手なのだ。恐れよりも前に手が動く。今はこれの完成を急がねば…

バサッ!ザシュ…

そんなトキシロウの前に降り立ったのは白き竜、そして…
十也「トキシロウ!やっとみつけた!」
月への到達手段を探し求める十也だった。
この数ヶ月、人類未到達の月への移動方法を求め、文字通り世界中を飛び回っていたのだ。
そして最後の綱として頼ったのがトキシロウというわけだ。

トキシロウ「どうした?俺はもうスピノザから離れた身だ。もう用はないだろう?」
十也「隠しても無駄だぜ。月に行く方法を探してるんだろう?」
トキシロウは答えない。だが十也は確信している。あの日の咆哮はスピノザに対して放たれた声、復讐を遂げるためトキシロウなら月に行く手段を何がなんでも見つけるだろう。

十也「俺には見つけられなかった。だけどお前なら何かヒントとか見つけてるんだろう・・・ん?」
彼の後ろにあるそれに気づいた。
十也「もしかしてこれが月に行く手段?でもさ…」

そこにあったのは作りかけの蒸気機関車。真っ青な車体に、赤色が差し色となっている。
車体自体はかなり古そうであるが、どうやらトキシロウが修繕を施しているのだろう、今にも煙突から煙を上げて走り出すような豪快な印象を感じた。

十也「機関車で月に行くなんて!とんでもないことを考えたもんだ!」
だけど機関車とは線路の上を走る乗り物だ。地球から月への線路なんて見たことも聞いたことも想像したこともない。
トキシロウ「線路?そんなものは必要ない。ヘルンゲルシュターデン現象を応用する」
十也「なんだって?」
トキシロウ「いいか、どんな未知なる存在であってもその繋がりを断つことはできない。そんな繋がりを目に見える形に置き換え、体感することが現象の大筋だ。動物が何もない空中をじっと見つめることがあるだろう?彼らはそこにいる霊的存在が見えているんだ」

ポカンとする十也。
トキシロウ「堕月があった場所に行けば、月までのルートを動物たちが教えてくれるってことだ。そこにレールが現れるのさ」
十也「繋がりは消せないってことだな。じゃあ堕月のあったレモンドに行って、動物を探せばいいんだな」
トキシロウ「残念ながらレモンド湖周辺には堕月の影響で動物は生存していないんだ。だから・・・」
トキシロウは十也の後ろに佇む白き龍に目を配る。

十也「そうか!ブレオナクドラゴンならそのヘルゲ・・なんたら現象を感じ取れるかもしれない!なぁどうだ?ブレオナクドラゴン?」
白き竜は天を仰ぐ仕草ののち、ふと何かの気配を感じとったようだ。そして力強くうなづいた。
トキシロウ「霊的上位生命体である召喚獣なら申し分ない。探す手間が省けた、よし、天十也、お前も一緒にこい!」
十也「言われなくてもそうするさ!」
トキシロウ「機関車の最後の整備も手伝ってもらうぞ」
十也「お安い御用だ!」

そうして勢いに押されて急ピッチで作業が進められ、ついに輝鉱石を原動装置に据えた特性機関車『クトゥル・トレビィ860形』が完成したのだった。
十也「いざ月へ!ブレオナクドラゴン、俺たちを導いてくれよ!」

〜月への道中〜
水の国の湖跡地を出発地として、機関車が動き出す。
その車両の上部に座するブレオナクドラゴンの見つめる先を目指して空に浮かび上がった。
車両重量はゆうに数十tを超えるのだが、人造輝鉱石を燃料とするがゆえ、その馬力は計り知れない。

十也「本当に空を飛んだ!街があんなに小さくなって行く!」
これまでに十也がブレオナクドラゴンと共に飛んだ際の高度はおよそ13,000m、それでも雲のはるか上になるのだが、今やこの機関車はさらにその上空を飛んでいた。

十也「はっ!忘れてた、宇宙空間では俺たちも、ブレオナクドラゴンも生きていけない!空気がないから!」
どうしよう、どうしようと車内をうろうろする十也。
だが、トキシロウは冷静に話を進める。

トキシロウ「この車両は特別製だ。車内、および車外の数m園内は常に地上と同じ環境に保たれている」
さも簡単に言ってのけるトキシロウを十也がじっと睨む。
素人でもわかることだが、それって。
十也「・・・それってきっとすごいことだよな」
トキシロウ「どの国の軍隊でもまだ辿り着いていないな。常人であれば100年後の技術水準だろう」
十也「お前ってほんとに優秀なんだな」
トキシロウ「なんの意味もないさ。強大な力は人を惑わし、狂わせ、最後には自滅する。俺もそうだ。仲間を失い、国を失い、今はなんの目的もないんだ」

かつて自国を壊滅に追いやったのは、スピノザの作戦立案だったことは事実。だが、それを支えた軍事力を生み出したのは、何を隠そうトキシロウ自身なのだ。
人造輝鉱石を発明しなければよかったか。いや、時間の問題だ。人の欲望があるかがり、結果は変わらない。誰が引き金を引くかの違いだけだ。

十也「それでも人は生きるんだぜ。生まれた目的を求めて、一生、もがきながらな」
人造人間として生を受け、異世界からこの世界に訪れた彼は、最初何も持ち得なかった。
だが、今はそうじゃない。
好きな都市があって、多くの仲間がいて、何よりこの世界を守りたいという自負がある。
十也「なぁ、トキシロウ。この先、月で一件落着したらEGOに入ってみないか?きっと世界にはお前の存在が必要だから!」

トキシロウ「戯言を。バトルグランプリの行動は誉められたことじゃない。犯罪者、お尋ね者と言われても仕方ない身分だ」
十也「あの時はお前も必死だったのさ。間違いは顧みればいいし、誰かが死んだわけでもない・・・あ」
俺がお前を一度は殺したんだったっけ、とは言えなかった。
間抜けな顔が空気を和ませる。

トキシロウ「そうだな。奇跡でも起きればそうするさ。まぁこの世界に奇跡なんて期待してないけどな」
十也「昔誰かに聞いたんだけど、人生の歩き方には2種類あるんだ。奇跡が全く起こらないと思って生きるか、全てが奇跡と思って生きるか、どちらかだ」
トキシロウ「全てが奇跡と思う、か・・・」
その人生に意味を持たせるのは自分自身。トキシロウは今、人生に敷かれた線路と向き合っていた。

機関車の窓がガタゴト鳴る。
地球から月までの距離約400,000km。最大時速100kmの通常の機関車であれば単純計算で160日かかる。
だが、彼らが乗車するこれは輝鉱石を原動力とする特殊な車両だ。到着まで要する日数はなんとわずか9日だ。

トキシロウ「九死霊門と呼ばれる量子的なトンネルを通過することで走行距離を極限に短縮できているのだ。そもそもこれは人造輝鉱石を生成する段階で発見した特殊な鉱石反応の一種であってな・・・」
十也「一車両しかないから・・・逃げ場がない・・・」
このままだと十也が優秀な生徒になってしまうと思ったかい?安心したまえ、右から左に話は通り抜けていく。通り過ぎる隙間にちょっとだけ苦痛を残してね。

機関車の車窓から見えるのは光速で移動する銀河のかけらたちだった。
まるで輝鉱石が散らばったように見えるその風景の中、もう時期、彼らは到着する。
ずっと見つめられていた、あの嘘つきの元に。


〜嘘つきにある月の宮〜
十也「・・・ようやく、到着した」
息も絶え絶えに彼は機関車から降り立った。この九日間、高尚な講義がずっと続いていたのだろう。
続いてトキシロウがホームに足をつける。
トキシロウ「スピノザの拠点は少し離れているな」
すぐに歩み始めるトキシロウを追いかけながら、十也は目を輝かせていた。

空に地球が浮かんでいる。

そして見渡すかぎりその周辺には白い花が咲き乱れていた。
十也「月にも不知火が咲いているんだな」
トキシロウ「ああ。怪異を散らばせるためにここで花を増やしていた。まぁそれだけじゃなくてだな」

なんのことかと首をひねる十也。そして気がつく。
十也「はっ!機関車から離れたら、空気が、酸素がない!死んでしまう!」
気づいた時には機関車から遠く離れたところまで来ていた。だが彼らは生きている。
不知火の花は極限状況で群生すると、高濃度の酸素を吐き出すのだそうだ。
そうして人間の生存が可能な環境が整うのだという。
十也「それなら安心だな。おっ、ついたな」

彼らの前に白い巨塔が現れた。

多くの怪異の発生、能力消失、そして軍事コンサルによる国の崩壊、それら悪意はこの地から放たれたのだ。
そして彼らは塔の扉を開き、中へと進む。

トキシロウ「あいつはここの頂上にいる」
正面の階段を登りながらトキシロウは上だけを見ていた。
仮にどんな理由であったとしても、この世界に混乱を呼び込んだのだ。そして友を奪ったのだ。

十也「やけに静かだな。誰もいないのか」
トキシロウ「すでにスピノザは解散しているからな。ここには果倉部かもめしかいない」
階段を登り切ったところには一つだけ扉があった。

十也とトキシロウは一瞬だけ目を合わせ、ノックもせずに扉を開いた。
十也・トキシロウ「!?」

室内は思いの外狭く、小さな机とベッドが一つ、そして大きな窓がある。
窓からは地球が覗いていて、青い輝きが壁面を照らしている。

そして何より、静寂の屋内で、彼らを驚かせたのは…異形の存在だった。
十也「果倉部かもめ・・・か?」
トキシロウ「違う!奴の足元を見ろ!」
異形の存在の足元にぞんざいに打ち臥せる人間、だったものがいた。
おそらくはそれが果倉部かもめなのだろう。

十也「じゃあ・・・こいつは・・・」
異形の存在がこちらに顔を向けようとしていた。

トキシロウ「魔導陣!反(アヴィーシュバング)!」
間髪入れずに伸ばした掌の先、その空中に魔道陣が浮かび、異形に向かって金木犀色の光弾が放たれる。
異形はそれを避ける間も無く、光弾に触れるや否や横に吹き飛び、壁面を破り、塔外へ落ちていった。

一瞬反応が遅れた十也もすぐに臨戦体制に移った。
十也「ブラスト・リンカー!」
風と共に鎧を身につけた十也が壁に開いた穴から外を覗く。
見渡す限りの白い花畑の中にぽっかりと堕ちた跡がある。

十也「すぐには動かなさそうだ」
トキシロウ「そっちを追おう。こいつはもう息をしていない」

傍に伏せる果蔵部かもめの亡骸の生死を確認したようだ。
よもや復讐相手が先に死んでいるなんて、想像もしていなかっただろう。トキシロウの感情が沸騰する。
だがそうも言っていられない。異形の存在が、目に見える脅威として出現したことでトキシロウは自我を保っていた。

トキシロウ「あの異形、何か思い当たることはないか?」
十也「えーと、どうだろう…あ!どことなくオリジンに似ていた気がする!」

一瞬ではあったが、異形の成り姿はかつて地球を襲った神抗者オリジンに似ていたように感じた。
いや正確には、地球上に存在するものか、そうじゃないかで線引きしたらどちらに近いか、の程度だが。
十也「詳しくは全くわからないけど・・・」

トキシロウ「・・・いや十分だ。『ジャックヒルズ・クォーツナイト』!」
十也が持つ微細な断片情報から異形の存在をプロファイルする。
十分な情報には足りないため細かいことまではわからないとはいえ、この状況下ではどんな些細なことであっても知っておいた方が良いだろう。
トキシロウ「・・・完了した。あいつは外宇宙からの侵攻者だ。そして、果倉部かもめを糧としてヨミガエリ、今地球を狙っている」
まぁそんなとこだろうな、と十也は思った。誰が見てもそんな展開だろうに。
だが、次のトキシロウの言葉が耳を貫いた。
トキシロウ「奴の名は、スピノザ。神抗者スピノザだ」


〜白く揺れる不知火の花畑〜
塔を離れて異形の着地点に近づく二人。
地球を狙っているというのなら、あそこはまだ混乱の最中だ。ここで奴を倒すことが必須だ。

十也「他にはわからなかったのか。例えばあいつの弱点とか」
走りながら問いかける。
トキシロウ「さっぱりだ。異聞な存在すぎてな」
十也「そうか」
トキシロウ「直接視認すれば深掘りできる。先制は十也に任せた」
十也「おうよ!」

ぐぐっ
異形が、スピノザが立ち上がった。
十也「いくぜ!ブレオナク!」
呼応して現れた槍を手に、スピノザめがけて刃を振るった。

がしっ
容易く掴み止められた。
十也「計算の・・・うちだ!」

ばおぅぅぅ!
スピノザの後ろから白き龍が近づき、爪が体を引き裂いた!
十也「へへっ。呼び出したのは槍だけじゃあないのさ!」
能力と召喚術を同時に繰り出す攻撃をものとした十也の攻撃がスピノザを撃つ。撃つ。撃つ!

十也「くらえ!波動球!」
竜の口から放たれたそれをスピノザは身構え受け止めようとした。
だがその手はを二つの槍が押さえ込み、身動きをとれなくする。
スピノザは光球を無防備に受け、どさっと倒れ崩れた。
十也「ツヴァイの拘束からは簡単に抜けられないぜ!」
身体から煙を上げる異形の前で腕を組み立ち勇む十也。

絶対優勢に見える。だがトキシロウは解せなかった。
これほどの猛攻を受けているのに、異形は一見してダメージを負っていないようなのだ。
トキシロウ「手を止めるな!反撃される前に一気にたたみ込むんだ!」
十也「お・・・おう!」

戸惑うのも無理はない。十也は全力で、余すことなく攻撃を繰り出しているのだ。
手を止めたのも体力を消耗しすぎないように、言い換えれば相当の疲労が生じて身体が軋みつつあるほどに。
十也「うらあ!」

精度の落ちた槍の一突き。スピノザはそれすらも避けることなくその身に受けた。だが、血の一滴もでやしない。
十也「だめだ。全く攻撃が効かない!」
スピノザの体は最初に見たその時のまま、無垢で純粋だった。
あまりに不気味だった。

すると異形は遂にその口を開いた。
スピノザ「ふむ。十分だ。果倉部はよくやってくれた」
十也の体が一瞬震える。こいつはやはりオリジンのような存在だと直感が教えてきた。
スピノザ「人の子らよ。もうできることはない。諦めなさい」

ビリリっ
十也とトキシロウの身体がこわばる。全く動けない。
まるで空気が凍ったように、二人はその場からスピノザの挙動を見つめることしかできなかった。

スピノザ「能力。召喚術。さまざまな力を持っているようですが、私の前では全て無力」
まるで世界の全てを知っているかのような圧倒感。

トキシロウ「何を・・・言っている!能力は人間の可能性!召喚は地球の大いなる意思そのもの!俺たちはあらゆる壁を突破するためにいるんだ!」
十也「モゴモゴ!」
十也(・・・くそ!まだ口が動かない!俺も、かっこいいことを言ってのけたい!)

スピノザ「試してみたらわかるとでも?」
びりっ
さらに身体の強張りが強くなる。
トキシロウ「ぐ・・・」

スピノザ「試すことすら無力。すでに決している」
この世界の理の全てを理解しているとでも言うのだろうか。
十也「ぐはっ!そんなこと!やってみなきゃわからないだろう!」

バシュっ
十也の意志に呼応して白き龍ブレオナクドラゴンが飛び上がった。
この空間でもブレオナクドラゴンは身動きがとれるようだ!
十也「くらわしてやれ!波動球!」
放たれた光球は、やはり先刻同様、スピノザの体に傷すら与えることはできない。

トキシロウ「だめだ・・・プロファイルの破片が読み取れた・・・奴は・・・」
彼の能力が知らしめた。神抗者スピノザの力の根源。

それは、数多ある世界の知識と経験。
無限にある並行世界で獲得した経験値が集約され、結実した存在。
いうなれば全てのパラメータを最大にまで成長させてレベル100。
途方もない時間がかかることをこいつはやってのけたのか。
…いや、違う。

トキシロウ「そういうことか」
十也「!?」
トキシロウ「こいつの力の根源は・・・いや、その話は後だ。十也、お前の持つ力を“全て“使うんだ。いいか?すべてだ!」
十也「全て・・・そうか!まだ試してなかったな!」

十也「晶煥(クリスタライズ)!」
それは他者の能力をブレオナクドラゴンに纏わせる応用技!
誰の能力を纏うのかというと・・・そう、トキシロウのそれだ!
トキシロウ「上出来だ。この人造輝鉱石(クトゥルハート)を喰らえ!」

ブレオナクドラゴンの首元に輝鉱石が引き寄せられる。
瞬時、その姿が変容する!

全身を七色に煌びやかせ、その目は流星の尾のように揺らぐ!
十也「これが!俺たちの突き進む意志と可能性!星誕せよ!」

ばおぉぉぉ!!
スターリーナイツ・ブレオナクドラゴン(星降る夜の白き竜)が高らかに叫びを上げた!

ビリリっ
体を震わせるのは感動か、衝撃か。銀河を翔ける竜の姿に目を奪われる。
スピノザ(数多ある並行世界にも力の組み合わせはあった。だが召喚と晶煥、そして能力を組み合わせ、さらにこれほどの完成度とは。ここが特異環世界であることに疑いの余地はない!)」
スピノザ「それでも!私の前では全て無力!」

バリバリリリっ!
さらに強力な閉塞感が空間を覆う。だが、ブレオナクドラゴンはその羽ばたきを止めることはない!
スピノザ「!?」

トキシロウが解明したスピノザの力の根源、それは幾星霜の並行世界での経験値の継続と適応。
理屈が分かれば対処方法を知っている、一度食らった攻撃はもう効かない、という類だ。
それが今覆った。
なぜなら、トキシロウの輝鉱石を取り込んだ十也の召喚獣は、唯一無二の存在としてここに君臨しているから。
他の世界には存在しなかったスピノザにとっても全く未知の存在なのである。

トキシロウ「いけるぞ!」
十也「うおおお!スターリーナイツ・ブレオナクドラゴン、俺も連れて行ってくれ!」
呼びかけに応じたブレオナクドラゴンが十也の元へと舞い降り、その背に乗せると羽ばたき飛び上がる。
竜が翔けるその後には星屑が散らばるように、輝鉱石の微粒子が夜空を彩っていた。

十也「!ブレオナクドラゴンの背中の上だと身体の自由がきくじゃないか!よーし、このまま行くぞ!」
流星群を描き分けて人と竜がスピノザに決死を突きつける。

スピノザ「止まらないというのなら・・・更なる否定!」

スピノザの体が湾曲して見える。いや、それだけじゃあない。星が、宇宙が、ぐにゃりと折り曲がって行くように、十也とトキシロウの感覚が狂い荒れる!
トキシロウ「まさか・・・スピノザの感性が、あいつの常識が、俺たちに伝播したのか!」
左が前で、後ろが下で。もはや自分が立っているのか、倒れているのかすら判然としない。
後にこれはヘルンゲルシュターデン現象のもたらした作用であったことが判明する。人類で体験したのは後にも先にも十也とトキシロウだけだろう。

スピノザ「あなたたちの常識を全て否定する。もはや立ち向かう術などな・・・い・・・?」
そこにはぐにゃりと曲がった人の子と竜がいた、はずなのに・・・

十也「そうだな。誰かの常識は、誰かの非常識だ。共に歩むことは至難の極みだよ。だけどな、必要なのは否定じゃあないんだ。共に前へ進むのに必要なのは、手を取り合うことなんだよ」

銀河をバックに宇宙空間に浮かぶ。
そこにいたのは煌びやかな鎧姿の十也だ。

身につけるは、七色に輝く流星の如き鎧。
それは、スターリーナイツ・ブレオナクドラゴンを纏った騎士、スターリーナイト(星降る風を纏う騎士)天十也の姿だった!

スピノザ「ば・・・ばかな。あらゆる環世界を否定する私の力の前だぞ。全ての可能性をも否定したのだ!なぜ!そのように立ち向かえる!」
十也「お前が途方もない世界を見てきたことは事実だと思う。だけどな、可能性は無限なんだ!どんな苦難な壁があったとしても、無限の可能性を信じることで、無限の中から答えは見つかる!必ず乗り越えることができるんだ!」
トキシロウ「俺の能力の本質は、起源を詳らかにすることだ。見事にその力を晶換し、無限の可能性を勝ち取ったな!十也!」

スピノザ「認めんぞ!どんな可能性であったとしても、どこかの世界の亜種にすぎん!」

ビリリっ
空間が張り詰める。だが、スターリーナイト十也にとってはそよ風にすぎない。
十也「今の俺ならわかる。無限の可能性の中にある、俺が進むべき道が見える!」

背中に折り畳まれた鋭角な翼を展開し、十也は呼吸を整える。
宇宙に浮かぶ無限の恒星の光が一箇所に集まるように十也を照らし出した。

スピノザ「これはまさか・・・人の子が手にして良いはずがない・・・私は・・・何のために無限の時を刻んだというのか・・・アァァァ!!」
それまで決して見せなかった驚嘆の顔を浮かべるスピノザ。
口をちぎらんばかりにガッと開くと、その喉奥からドロドロしたガス球が飛び出す!

スピノザ「無限の中で否定された環世界の悲鳴たちだ!」
バロロロロロ!!
それはスピノザが歩んだ世界の軌跡。世界もろとも消失した世界、望まぬ結末に至った世界、それらが1メートル球に圧縮されて放たれたのだ。

スピノザ「ぐわははっ!世界の衝突に巻き込まれてこの世界ごと吹き飛べぇぇぇ!!」

十也「そんなことは・・・させない!」





スパン・・・!!
「一」の文字が刻まれたかのように、空間に光が浮かび上がった。


十也「一閃!」

七色に輝く槍を握る十也が振るったその一太刀は、スピノザが放った悪意の塊を切り裂くと共に、スピノザの身体を両断していた。

スピノザ「がはっ・・・」

十也「俺はこの世界を必ず守る。そのためなら無限の可能性の中からでも、たった一つの光を見つけるだけだ!」

スピノザ「・・・無限の世界よりも、たった一つの世界が勝るか・・・人の子よ・・・」

スピノザの身体が両断された端から消えていく。
救いを求めるのか、それとも自らも可能性を掴み取ろうとしたのか。最後にスピノザの目が映していたのは、十也の力強い眼光だった。

そうして遂に、そこには何も残らなかった。


〜白い巨塔を前にして〜
十也「果倉部かもめは秘密結社のボスだったけど、全ては神抗者スピノザのプラン通りだったってことか」

トキシロウ「死体からは完全なプロファイルはできなかったがな。果倉部かもめはスピノザに踊らされ、多くの異世界を渡り歩いた。その過程で獲得した全てをスピノザに吸収されるとも知らずにな。そんな果倉部かもめが最後に求めたのは安寧だった。こいつにとってはその選択が、可能性の中で見出した答えだったんだ」

十也「誰かにとっての幸せが、みんなの幸せじゃないんだな。困った問題だ」

トキシロウ「それでもお前が世界を救った事実に変わりはない」

ざっざ
十也「ふぅ・・・これでいいか?」
シャベルを手にして地面に小さな山を作る十也。

トキシロウ「ああ。これでいい」
彼らの前にあるのは小さな墓だ。果倉部かもめの亡骸を埋めようと言ったのは意外にもトキシロウだった。

トキシロウ「俺の国を、友を奪ったことは許せない。だがこいつにも安眠する権利はる。十也が見せてくれた可能性を俺も信じたくなってね。俺も柔くなったもんだ」

十也「それでいいさ。お前もこれからは好きに生きろよ。ま、気が向いたらEGOに来てくれてもいいんだけど!」

トキシロウ「いや俺はここに残るよ」

十也「一人でか?それってあまりに寂しくないか?」

トキシロウ「そんなことはない。この星自体が輝鉱石みたいなもんだから、研究に精が出るさ。それに、ここからなら地球の全てが見えるからな」

十也「そうか・・・まぁ月もそんな遠くないもんな!」
トキシロウなりの罪の償い方なのか。それを十也に否定する権利はなかった。


さーて、仕上げだ。そう呟くと、トキシロウは両の手を左右にかざした。
左手の先と、右手の先に、それぞれ石の扉が現れる。
ミストラルシティの巨穴から飛び出したあの石扉だ。どうやらこれはトキシロウの召喚獣(召喚石?)だったのだ。

トキシロウは左手で扉を開く。その先は狭い機械室につながっていた。
室内には一人の男と、大きな剣が収まっていた。
十也は面識がなかったが、その男はカンパニーの創設者ゴーシュ・ダイヤモンド、そして剣は怪異を断つ十字架の大剣だった。

トキシロウは十字架の大剣を手に取り、果倉部かもめの墓に突き刺した。
十字架が荘厳めくと、静かに安寧を刻み始めた。

トキシロウ「長きに渡り怪異を封じたこの男も英雄だ。十也、こいつを連れて帰ってやってくれ」

十也「おう。でもどうやって帰れば・・・また機関車に乗ればいいのか?」

トキシロウ「その必要はないよ」
右手の扉を開くと、そこはミストラルシティのプロバンス通りのど真ん中につながっていた。

十也「あぁ!あそこの石扉とリンクしたのね!帰るのは随分と簡単だなぁ」
ゴーシュを抱えて石扉をくぐる十也。

また・・・会えるよな。
十也が振り向いてつぶやいた。

トキシロウは静かに微笑みを返し、扉を閉める。
太陽の光に照らされて、石扉は静かに消えていった。



長きにわたるスピノザの怪異は、こうして十字架の元に葬られた。

一度、非日常を受け入れた世界が、すべてそれまで通りの世界に戻ることはなかったが、それでも俺たちは前に進む。
無限の可能性は誰にも等しく光を授けることに気がついたからね。

それからというもの、満月の夜になると十也は宇宙を見上げることが多くなったという。
そこにはきっと、今日も研究に励むトキシロウがいるはずだから。


スピノザの怪異編
Fin

ASR
to be continued

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最終更新:2021年10月28日 23:12